ハルヒSSの部屋
electric girl moon girl
少女は歌う。歌など知らなくても。歌う意味など分からなくとも。
それでも、彼女は歌わなければならない。
いつかまた出会えると信じて。いつか謝れる日が来ると信じて。
肉体など無くても。きっと「彼」は。
自分を見つけてくれると、そう信じている。
だから歌う。その時が来た時に彼が惑わないように。
ちゃんと見つけて貰えるように。

その身は情報体でしかない。有りもしないその唇を震わせて。
星を数えて。その日を待つ。

やがて世界に色が着く。その日を夢見て。

寂しいなんて感情は端から持っていない。苦しいなんて感情は理解出来ない。
時間なんてものに縛られてはいない。
限りの無い未来だけは、彼女に味方した。
だから、彼女は待っている。
ずっと。きっと。
この歌に彼が気付いてくれる事を信じて。

濡れた眉。幻覚。涙を流せるような身体を持っていない。
震える肩。幻覚。熱を感じる事の出来る身体を持っていない。
性すらそこには存在していない。
それでも彼女を「彼女」と呼称するのは。
「それ」が彼に焦がれているから。
恋、焦がれているから。
彼女自身はその事に気付いてはいないけれど。

これはかつて「朝倉涼子」と呼ばれていた、一個の情報体のお話。

それを無理とは思わない。理屈では彼が自分の前にもう一度現れる事など決して無いと判断しているのに。
けれど、ソレを無理だとは決して思わない。
待って、待って、待ち続けて。
望んで、望んで、望み続けて。
そうすれば、きっといつか。
彼にもう一度会える気が、理由も無く、していた。
だから、彼がとうに死んでしまった今であっても、彼女は待っている。
待つ事しか出来ないというのも事実。自分には永遠とも思える時間をただ拘束されていく未来しか無いだろう事も理解している。
しかし、それでも。
何も考えずにただ存(ナガラ)えるには、彼女に与えられた無為の時間は長過ぎた。
いつしか、彼女は歌い始めて。

どこで覚えたのかは分からない。彼女本人にも記録が無い。
それは初めて彼女自身から溢れた旋律だったから。
初めての感情の発露だったから。
訳も分からなかったけれど、意味も分からなかったけれど、とにかく、それを歌い続けた。

歌っている間だけは、退屈から逃げ出せるように思えたから。

それは一人の少女の歌。
ただ、待ち続けるだけの歌。ただ、想い続けるだけの歌。
寂しいと、囁く歌。近付きたいと、会いたいと、希(コイネガ)う歌。
恋い、願う、歌。
彼女自身の歌。

許して欲しいとは思わない。許して貰えるとは思っていない。
けれど、一度だけでいい。謝りたかった。
何を謝りたいのか。そんな事はもう、分からないけれど。
謝りたいのか、会いたいのか。そんな事すらもう、分からないけれど。

遠く、遠く、離れた星。そこで生きていた少年。
いつか会えると信じて。信じて。疑う事は何百年も前に止めてしまった。
彼女はただ、願う事で時間を消費し続けている。
まるで鎮魂歌を歌うように。一人静かに時を重ね続けて。
いつか、はるか、かなた、きっと。
一度だけ、彼に会える。
まるで本物の少女のように、思考する機械は、今になってやっと、恋を、覚えた。

それは遅過ぎる初恋。世界から対象が消失した後で出会う。
彼が銀髪の少女に向けていた眼差し。彼がカチューシャの少女に向けていた眼差し。
それを自分に向けられてみたいと。一度だけでいい。一度だけでいいからあの瞳で自分を見つめられてみたいと。
何も望まない彼女は「欲」した。
思考する事だけは許された。願う事だけは許された。祈る事だけは許された。
いつまでも、いつまでも。
待つ事だけは許された。
永遠とも思える時間を。浪費する事だけは許された。
それだけが「希望」。

いつか、はるか、かなた、きっと。

彼女は、遠い昔「朝倉涼子」と呼称されていた事の有った一個の情報体は、
今日もまた、彼に見つけて貰う為、心の中で歌を紡いでいる。

見えざる唇が、静かな歌を奏でているように見えても、それはきっと幻覚。

だから「迎えに来た」という懐かしい声が聞こえた気がしても、それが不思議なくらいにリアルでも。
それもまた、きっと幻覚なのだと、少女は目を閉じた。

歌を奏で続ける唇が塞がれて、歌えなくなって。そこで初めて彼女は涙を零した。
涙を流せるような身体を持たない情報体が、一筋だけ流した。

「それ」を奇跡だと言わずに、何を奇跡とカテゴライズすればいい?


「だれにもとどかないウタなんてきっとずっとない」 is closed.
BGM "Electric Light Moon Light" by capsule


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