ハルヒSSの部屋
Can you melt me ?
お前を好きな俺は お前を好き過ぎて お前にどう接していけば良いか 分からない
今を好きな俺は 今を好き過ぎて 今をどう生きていけば良いか 分からない
だから 解答も 関係も 感情も そういったものは 全部 保留
始めてしまえば きっと 壊れる

閉鎖空間へようこそ。

「アンタはあたしをどう思っているの?」
ハルヒらしくなかった。「それ」をはっきりさせようと、お前が動くとは思ってなかった。
俺達はお互いに何も言ってこなかったけれど、「それ」をずっと保留していこうと暗黙の了解を持っていた。そう思っていた。
筈なのに。
そんな事を思っていたのはどうやら俺だけだったのか?
月の無い灰色の空間。光源も無いのに、夜はやけに明るい。
お前が俺を閉じ込めてまで、その問への答えを求めていたなんて知らなかった。
知らなかった? 本当に?
ずっとこのままで居られると思っていたのか? 俺は? 本当に?
時は、無慈悲で。時は、待たない。そんな事はとうの昔に知っていたのに。
「ねぇ、答えてよ……答えなさい!」
ハルヒが俺の襟首を掴んで揺らす。それに併せて地面がぐにゃりぐにゃりといびつに形を変えた。
まるで、誰かさんの愚鈍で卑劣な脳味噌みたいに、歪んだ。

俺がお前をどう思っているのか。どんな風に想っているのか。
そんな事はとっくの昔に気付いて貰えてるもんだと思ってた。だから言葉にはしなかったし、態度にも表そうとはしてこなかった。
お前が聞いてこなかったから。それを逃げ道にして。
逃げ道……逃げてきたってか?
……そうさ。俺は逃げてた。
何からかも分からないけれど、必死に。「それ」から。
言葉にすれば、その瞬間に、この時間が終わってしまうような気がしていた。
神様と宇宙人と未来人と超能力者が同居する、この日々は薄氷の上に。生温い日常が、いつかそれを溶かし崩してしまう事を知りながら。
それでも今を重ね続けていければと思っていた。
お前への特別な感情に気付いたその日から。ずっと。
そんな事は出来ないと。いつかは終わると知りながら。ずっと。
氷を割らないように、感情の火を覆い隠して。
お前の傍で。友人として。天真爛漫にして唯我独尊な少女を見つめ続けていたかった。
俺にはそんな風にはなれそうになかったから。憧れた。
お前が晴れ晴れな笑顔で居られるのはこの日々の中でだけだと思っていたから、出来る限り引き延ばした。
俺一人じゃ、お前にその笑顔をさせられない。
宇宙人と未来人と超能力者が、懸命にお前の世界を彩るから、お前はその屈託のない笑顔を出せるのだと思っていた。
自信が、無かった。言い換えれば、そういう事なんだろう。

単純な理由。

だってさ。
もしも、仮にお前が俺の所有物になっちまったら。
きっとこの景色は一変するんだろ?

その先がもっと綺麗なのか、醜悪なのか、そんな事は知らないが。
けれど、俺は「今」で満足なんだ。
だから、お前がそんな問を俺に投げ掛けてくる。その理由が理解出来ない。
今のままじゃあ、いけないのか?

「アンタはあたしの事を何とも思ってない? それならそうと、ちゃんと言って」
長い睫毛が伏せられる。違う。そうじゃない。
そんな表情をさせたいんじゃない。そんな表情を見たいんじゃない。
……違うんだ、ハルヒ。
俺は、踏み出したくないだけなんだ。
お前が現実に満足しちまったら、きっと。
宇宙人は居なくなる。
未来人は居なくなる。
超能力者は居なくなる。
それを望む神がいなくなるから。
俺がどれだけ、その夢のような日々を望んでいたとしても。
神様は俺じゃない。ハルヒなんだ。選択するのはお前で、決定するのもお前。
俺が叫んでも。もう、それは帰ってこない。
夢のような日々? 我ながらよく言ったもんだ。 でもさ。覚めて欲しくないと、本気で俺のクソッタレな頭は願っちまってるんだよ。

例えばお前の問い掛けに本心を答えたとしても。
読書好きな寡黙な少女と、面倒見の良い優しい先輩と、笑顔が胡散臭い少年とが、文芸部室のドアの向こうに待っているんだろう。
でも、ただそれだけ。
長門は宇宙人じゃないし、朝比奈さんは未来人じゃないし、古泉は超能力者じゃないんだ。
つまり、俺達は俺達じゃなくなって、どこにでも居る誰かになっちまう。
なぁ、お前は昔言ったよな。「なんでそれが自分じゃないんだろう」って。
エラい皮肉じゃないか。今の俺は丁度その正反対の事を考えてる。
「なんでそれが自分じゃいけないんだろう」ってな。
ハルヒ。お前は俺から「それ」を奪っていっちまうのか?
この破天荒で、それでもどこか穏やかな……非日常の日常を。
世界に冷めちまってた俺にお前がくれた、世界で唯一無二の破綻した物語を。
取り下げるのもお前なのか?

ああ、気付いちまった。土壇場で、気付いちまった。
ハルヒの笑顔が云々抜かしておいて。そんなのは綺麗事でしか、お為ごかしでしかなくて。
俺は、俺の両手からこの日々が流れ落ちていく事が嫌なんだ。

「なんとか言いなさいよ!」
ハルヒが叫ぶ。でも、俺には届かない。鼓膜は震えても。
それは只の紙切れ。
眼は俯く少女を映していても。
それは只のガラス玉。
俺の心には、届かない。
「言えぇぇっっ!!」
俺の卑小な心には、届かない。

きっと、しあわせなんだろう。一歩踏み出したその先は。
きっと、しあわせにして貰えるんだろう。神様がそれを望んでくれるなら。
でも、お前が欲張りなのを、意地悪なのを、我が侭なのを。俺は知っている。
俺はよく知っているから。だから、分かる。
少女は、自分以外の俺が目を向ける可能性を消滅させてしまうんだ。
全て無かった事に、してしまうかも知れなくて。
なぁ、俺は怖い。お前が、怖いよ。
お前の真っ直ぐな想いが、今までの俺を否定してしまいそうで。
それがどうしようもなく怖いんだ。

それとも、お前は俺への想いをと俺達の世界を天秤にくらいは掛けてくれるのかい?
もしも、そうなら、その問に答えてやっても良い。
でも、俺は馬鹿だから。どうやってお前にこの感情を問い掛ければ良いか、分からないんだ。

こうして沈黙している間にもSOS団の在る世界が消えていっているってのに、俺にはどうすれば良いのか、分からない。
ああ、罵ってくれて良いさ。
俺はどう足掻いても俺でしかないんだ。
俺はどう悩み込んでも馬鹿でしかないんだ。

「なぁ、ハルヒ……大人になるってどういう事だと思う?」
シャツを引っ掴んだまま、途方に暮れているソイツに問い掛ける。ソイツは答えない。
まぁ、良いさ。俺だってお前の質問には答えてないんだ。だから、俺は勝手に喋繰らせて貰う。
「俺が考えるには、だ。全てを背負って先に進む事なんだよ。ああ、分かりにくいよな。俺にもまだちょっと心の整理がついてないから、何が言いたいのか、とか訊かれても解答に詰まるんだが」
ハルヒは答えない。ただ、沈黙を守り続ける。
「生きてれば、忘れてぇ、って思う事の一つや二つや三つや四つ、場合によっちゃ二桁とか簡単に出てくるもんだよな」
出て来るに任せてつらつらと言葉を紡ぐ。自分でも理解が出来ない。
何を言おうと、しているんだろうか。まるで壊れたプリンターがバグの山を吐き出し続けるみたいだな。
そして、俺はそれを止める術を知らないから、止まるまで給紙を続けるしかないんだ。
「子供ってのはそれを忘れようとするよな。格好悪い思い出って奴を消化する方法なんざそれしか思い浮かばないから。だが、忘れようとすればする程、思い返しちまって結局は自爆する」
そんな悪循環をずっと繰り返してきた。忘れたいから、忘れられなくなってた。
「それが俺なんだ。だけどさ……そろそろ止めようと思う。だって、どうせ忘れられないんだから」
傷は傷跡を残す。それは当然。忘れようと思うような傷であれば、尚更。
「だったら、忘れようとしなきゃ良い。忘れようとする、必要はきっとどこにも無いんだ。
どんな過去だって、今に繋がってるんだろ? 線路が途切れてちゃ列車はそこから先に進めない。逆に言えば、俺達が今ここに立ってるのは良しにしろ悪しきにしろ、過去が有ったからって事になる」

「重要なのは今で、これからよ」
ハルヒが呟く。俺は頷いた。
「そうだな。必要な訳でも、重要な訳でもないんだろう。でも、切り捨てるべきじゃないと思う。俺は今を楽しいと思ってる。だから、今へと繋いでくれた過去のなんやかんやも、今はもうそんなに嫌いじゃない」
それがどんなに格好悪くても。
宇宙人は困り事しか持って来なかった訳じゃない。
未来人は苦い未来を暖かなお茶で濁してくれた。
超能力者には現実を直視する恐怖と勇気を教え込まされた。
「ソイツらを置いていきたいとは思わない。全部、ひっくるめて俺だ」
「そうね」
ハルヒが頷く。俺にだって何を言ってるのかよく分からないが、そんな言葉を聞いてこっくりと。
誰かが言っていた。ハルヒは心根の部分で優しいのだと。その片鱗を見た気がする。
コイツはコイツなりに、俺の言葉を理解しようとしてくれているのだろう。感情を汲み取ろうと、してくれているのだろう。
「いつか忘れちまうだろうけどな。パズルのピースが一つづつ部屋のどこかに消えちまうみたいに。でも、それは『いつか』で良い。『少しづつ』で良い」
そうさ。少しづつ、で良いんだ。俺とハルヒの関係も。こんな急展開でなければならない道理は無い。
きっと、お前の傍に居続けていれば、この感情を吐露する日も来るんだろうと思う。
でも、それだって「いつか」で構わないんだ。いつか必ず来る「いつか」で良いんだ。だから、俺はハルヒに問い掛ける。
「なぁ。『それ』は『今』でなけりゃいけないのか?」
「……ピースがなくなったら、いつまでも完成しないんじゃないの?」
予想外の質問。俺よりも断然賢いお前が、その問を吐くのか?
なぁ、その問に過去、誰よりも秀逸な答えを出した、お前が言う台詞じゃないだろ?
「なくなっちまったら、そん時は……」

お前の言葉を借りると、だ。
「創れば良いんだよ」
少しづつ忘れちまった思い出を。埋める為の新しい思い出を少しづつ。
そうだよな、団長様?

元の絵とは似ても似つかない代物になっちまってるかも知れない。けれど、それが元よりも酷くなっているとは決して思わない。
思いは、育てた時間の分だけ実ってる筈なんだ。青臭い信仰だと、笑ってくれて良い。
でも、俺はそう、信じてる。
凄ぇイかした絵がそこには生まれているんだろうと、信じている。

「だから、こんな事をしてまで関係を進めようとする必要は無いんだ」
何が「だから」なのか、なんて事は俺にだって分からない。だが、言いたい事は全部言ったと思う。支離滅裂で文脈も何も無い。思い付くままを、口から出るままに任せた言葉。
「今のまま、って事?」
「こういう事は……少なくとも焦ってまでやる事じゃねぇよ」
「ヘタレ」
自覚してる。でも、こんな世界創らなきゃ俺に気持ちを聞けないお前も相当なもんだと思う訳だが、そこんとこはどうなんだ?
「アンタ……大チャンスだったの分かってる? 確立変動中。チャッカー開きっ放しの台の前を自分から離れたのよ?」
言いたい事はなんとなく分かったが……しかし、チャッカーって何だ?
「ああ……もう。分かったわよ。……でも、一つだけ。これだけは答えなさい」
質問の内容によるな。だが、出来るだけ答えてやろうとは思うんで、なるべく答え易い問にしてくれ。

「あたしは、未来に、期待して良いのね?」
そんな言葉が未来を望み通りに出来る神様もどきの口から聞けるとは思わなくて、俺は爆笑した。
あんまりに笑い過ぎて、目の端に涙が浮かぶくらいに。
ハルヒが顔を真っ赤にして、ぶー垂れている。なんて答えたのかは、よく覚えていない。あんまりにも可笑し過ぎて、忘れちまったらしい。

「約束、しなさい」
そう言って、ハルヒは小指を俺に差し出した。それが妙に暖かかったのは、よく覚えているんだけどな。

そんな、夢を見て。起きたのは夜半過ぎ。
俺が布団の中で頭を抱えて七転八倒しているとケータイが鳴った。……ったく、誰だよ、こんな時間に。

frm「ハルヒ」
sbt「約束」
本文「針千本用意しておくから」


飲む気なんざさらさら無いね。だから、もう少し待ってくれるか。
この世界に誰かさんが嫉妬しなくなるくらい、俺がお前の事しか見てないってのに大切な人が気付くまで。
この破天荒な世界が、破天荒なままで継続を許されるその日まで。
神様なんだからそれくらいは懐が深くても良い筈だと思うんだが、どうだ?


お前を好きな俺は お前を好き過ぎて お前の創った世界を好き過ぎて
だから 傍に居る事から 逃げられない
始めてしまうのが 楽しみで 少し 惜しい

「はじまりはじまり」 is started and closed.


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