ハルヒSSの部屋
ラフメイカー
たまに、彼を思い出す時が有る。
アタシが中学生の頃に出会った、あの男。
アタシの指示に一々文句を言いながらも、楽しそうに従ってくれたあの高校生。
たまに、アタシは思い出す。彼だけがアタシを信じてくれた事。アタシ以上に突拍子も無い事をさも当然と言い放って。
まるで、本当に宇宙人や未来人、超能力者と知り合いであるかの様な。
思えば、アレは初恋だったのかも知れない。そして、アタシはこの時期が近付くと、時々切なくなる。
どこを探しても手掛かりすら掴めなかった、彼を思って。
アタシだって年頃の少女だから、一人で居る時に不覚にも泣いてしまったりもする。

「何よ? 何しに来たのよ!?」
……いや、俺も何をするつもりで来た訳でもないんだがな。
「だったら、さっさと帰りなさい! 大体、アンタなんでアタシの家知ってるのよ!?」
ああ……その辺は古泉に教えて貰った。家の人にハルヒの知り合いだ、って言ったらすんなり通してくれたぞ?
「ったく……そんな事するのは母さんね……困ったもんだわ」
なぁ、ハルヒ。どうでも良いが出来れば部屋に入れてくれるか? 廊下でずっと立ちっ放してるのも……お袋さんの視線が痛いんだが。
「ふざっけんじゃないわよ! 今すぐ帰りなさいっ!」
……そう言われてもな。俺に用が無いのは確かなんだが、帰る訳にも行かん。
「はぁ? 意味分かんないんだけど!?」
朝比奈さんと古泉がな。最近、お前の様子がオカしいから、取り敢えず笑わせて来い、ってさ。全く、あの二人も何考えてやがんだか。
「何それ? 冗談にしちゃ笑えないわよ?」
ああ、俺もそう思う。
「……みくるちゃんも古泉君も何考えてるのかしら」
まぁ、確かに最近のお前はちょっとオカしいな。なんってーか、話し掛け難いっつーのかな。ピリピリしてる気がするぞ?
「気の所為でしょ? そうじゃなかったら、アンタが不甲斐無いからよ!」
へいへい。じゃ、そういう事にしておきますかね。
「何よ、その返事! アンタが原因なのよ!?」
分かった分かった。以後気を付けるよ。だから、取り敢えず部屋の戸を開けて出て来てくれ。部屋に入られるのが恥ずかしいってのは分かるからさ。
「全然分かってないじゃない! 良いから帰ってよ!!」
そうもいかん。俺は任務達成の証拠としてお前の笑顔を撮って、古泉と朝比奈さんに送らなきゃならんからな。
「……悪いけど、今そういう気分じゃないの」
お前にしちゃ察しが悪いな、ハルヒ。だから俺が来たんじゃないか。
「は?」

お前に笑顔を届けに来た。
「馬っ鹿じゃないの!!」

ハルヒ……お前、もしかして泣いてたんじゃないのか? 声、オカしいぞ。
「そうよ。アタシだってたまには昔を思って泣いたりすんのよ。悪い? 前にも言ったでしょ! これでも年頃の女なんだから!」
そうだな。覚えてるよ。
「分かったなら、さっさと帰りなさい!」
だから、そうもいかないんだよ……色々とこっちにも事情が有ってだな……。
「ハァ? 事情って何よ!?」
言えないから曖昧な言葉使って誤魔化してるって事ぐらい察しろよ。
「だったら、今、アタシが誰にも会いたくないって思ってる事ぐらい察しなさいよ」
分かってる。でも、俺にも止むに止まれぬ事情が有ってだな。
「そんなもん、乙女の感傷に比べたら瑣末に決まってるじゃない!!」
乙女の感傷、ねぇ。そいつは世界の崩壊とどっちが重いんだろうな。
「なんか言った?」
いや、なんでもねぇよ。

ハルヒ、開けてくれないとそろそろお袋さんの俺を見る視線がアレなんだが。
「嫌よ!」
……笑わせに来たのに、俺が逆に泣きそうだ。

「昔、さ。変な奴に遭ったんだよね。すっごく変な奴でさ。アタシが周囲から変な目で見られてるのは知ってるけど、そのアタシに輪を掛けて変だったの。
自分は宇宙人と未来人と超能力者と知り合いだー、とかなんとか真顔で言うのよ?」
……そ、そうか。
「すっごく変な奴だったわ。背中に女の子背負ってて、傍目には誘拐犯にしか見えないような奴!」
飲み会の帰りかなんかで同僚を負ぶってたとか、そんなオチは無いのか?
「それは無いわ……だってソイツ、北高の制服着てたもの!」
……よく、通報しなかったな。
「通報する代わりに手下にしてやったの! 思えばアイツがアタシの手下第一号ね!」
そいつはまぁ……可愛そうな話だ。
「そう……手下第一号で、それで……」
それで?
「アタシが恋した人第一号だった」
はぁっ!?
「なによ。アタシが恋とかオカしいの?」
いや。スマン、余りの話にちょいと驚いただけだ。そんな意味を含ませた覚えは無い。勘違いさせたなら悪かった。
「別に良いわよ。で、アタシはソイツを追ってこの高校に入ったんだけどね……もう卒業しちゃったのか、居なかったってワケ」
顔とか覚えてれば……卒業アルバムにでも載ってんじゃないのか?
「それが……夜遅くだったからあんまりはっきり見えてた訳じゃないの。だから、記憶もおぼろげ」
そうかい。
「で、ソイツに遭ったのが丁度この時期だったって訳! ……もうアタシがダウナーになってる理由は分かったでしょ? さ、さっさと帰りなさい!」
成る程ね。なぁ、ハルヒ……?
「何よ?」
泣くほどの相手なのか、ソイツ?
「分かんないわよ。出会ったのはそれっきりだし。ロクに話をした訳でもないしね。でも、これは初恋よ」
なんでそう言い切れる? 恋愛は精神病の一種なんだろ?
「そうよ。精神病。罹っちゃってるのよ、アタシも」
気の所為じゃないのか? 行きずりの男なんだろ、ソイツは。
「良い事を教えてあげるわ」

「恋と気の所為の差はね……自覚の有無よ」

「キョン、分かったらさっさと消えなさい」
さっきも言ったが、そうも言ってられない事情が有る。
「だから、なんでそんなにアタシが笑う事に拘るのよ」
さっきまでは古泉と朝比奈さんに言われたからだったんだけどな……なんか、そういうのどうでも良くなっちまったよ。
「なら、帰れば良いじゃない」
残念だが、お前の涙交じりの声を聞いてたらそうもいかなくなった。こっから先は俺の問題だ。
「何言ってんのよ? 意味分かんないんだけど!?」
俺がお前の笑顔を見たい、ってそう言ったつもりだったんだがな。
「……っ!!」
まぁ、なんだ。ハルヒ……泣きたい時は誰にでも有るさ。そういう時は我慢せずに泣けば良いと思うぞ。
幸い、誰も見ちゃいないしな。このドアは……お前が泣き止むまで見張っといてやるよ。

壁一枚、挟んでキョンが居てくれると思うと、アタシは溢れ出した感情を抑え切れなかった。

「キョン、もう入って来て良いわよ。未だ、目は赤いだろうけど、もう良いわ。吹っ切れちゃった……って居ない!?
冗談でしょう!? ようやく、アンタを部屋に入れてやろうと思ったのに……。
そんなアタシを置いて帰ったワケっ!?」

叫んだその時、コツンと窓に石が当たった。アタシは窓を開けてそこから下を見下ろす。
家の庭に、キョンが居た。木の棒を持って。地面に何か書いてある。

「お、出て来たな! さぁ、願い事しろよ、ハルヒ! 今ならきっと叶うぜ!」
そこに書いてあったのは、アタシが作ったSOS団のエンブレム。
中学の時、あの人と協力して書いた、あの記号。
内容は「私はここにいる」。
「ソイツに教えてやれよ、自分はここにいるぞ、って! 宇宙の端っこの小さな星から全宇宙に向けて発信してやれば、ソイツにだってきっと届く! そうだろっ!!」
そう言って、こっちを見て笑ったキョンの姿が「あの人」とダブる。
「それにな。お前が望んでる、宇宙人だって、未来人だって、超能力者だって、きっと呼び寄せられるに決まってる!」

「そうだろ、団長様っ?」
「決まってんじゃない!!」

ハルヒは笑った。ようやく、笑った。

その日、俺が見たそれは、涙でぐしゃぐしゃだったけれど。
けれど、今まで見たアイツの笑顔の中で最高の輝きを放っていた。
そんな気がしたんだ。

気の所為と恋の差は自覚の有無だっけ? しったこっちゃねーや。

「私は同じ人に二度恋をした」closed.
BGM 「ラフメイカー」by BUMP OF CHICKEN


←back next→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!