ハルヒSSの部屋
キョンむす!試作版
「お疲れ様」
玄関を開けた俺を待っていたのは割烹着姿の女性……親父やお袋と同年齢だとはとても思えない、ともすれば俺と同い年だと言われても誰にも疑われる事など無いだろう、その人。
名前は、長門さん。
「ご飯、出来てる」
彼女はそう言って、とととっ、と音が聞こえてきそうな足取りでリビングへと向かう。靴を脱いで、その姿を追おうとして……制服の侭だったのに気付いた。
「着替えてきます」
長門さんが振り向く。
「手伝う?」
……。
「結構です」
何をどう手伝う心算であったのか。少しばかり興味を惹かれないでもないが、生憎俺は花も恥じらう十六歳である。女の人の前で着替えるとかは謹んでお断りさせて頂こう。
「……残念」
長門さんが何か呟いた気がするが、きっと気のせいだ。

『いやぁ、ジュニア君はモテモテですねぇ』
黙れ、変体ロリコン脳内古泉死ね。
自室にて、着替えながら鏡を見る。この部屋は元々長門さんの私室の一つで、全身を映す事の出来る姿見が置いてあった。
「……やっぱ、似てきたよな」
ぽつりと呟く。まじまじと見る必要も無かった。
俺の姿はアルバムに有った過ぎし日の親父をよく反映している。

長門さんは俺の親父とお袋の親友なんだそうだ。その縁で実家から通うには少し……否、かなり無理の有る高校に受かってから、ホームステイさせて頂いている。
断じて同棲ではない。ホームステイ、だ。
ん? なんで地元の高校にしておかなかったのか、って? そんなもんは俺の方が聞きたいね。
ある日唐突にお袋が「高校はここしか受けさせないから!」とパンフレットを片手にいきなり告げて。そしてウチにはお袋に逆らえる人間など居はしなかったのだ。
……何と言う横暴だろうか。

まぁ? 無事に合格こそしたから良かったものの、しくじったら高校浪人だったのである。お袋の横暴にも大分慣れていた俺だったけれども、今回ばっかりは洒落になっていなかった。
信じていたからな、とは親父の言だが……しかし、目が「お前も大変だな」と語っていたぞ。
……やれやれ。
で、今に至る、となる訳なのだが。
ここまで来れば幾ら鈍い俺でも分かろうというもので。つまりは「最初から俺と長門さんを同棲……ホームステイさせる」心算だったのだろう、お袋は。
……何の為にか? その答えは非常にシンプル。

代替品なのだ、俺は。

今日の夕食は長門さんの一番の得意料理、カレーである。
「なぁ、長門さん?」
物を食べながら喋るのは行儀が悪いが、知ったこっちゃねーや。
「何?」
「……口に満タン、カレー入ってるにしちゃ滑舌良いっすね……」
「……ちょっとした特技」
「あ、そっすか」

「あの……つかぬ事聞きますけど、親父のどこが好きなんすか?」
「全部」
彼女は恥ずかしがる事も無く言い切った。……なんだろう。気分、悪ィ……。
「俺は親父の代わりにはなれませんよ?」
長門さんは小首を傾げた。
「貴方は貴方。彼ではない」
「なら、なんで俺を側に置いてるんすか?」
今日はきっと虫の居所が悪いんだ。だから、こんな下らない事を聞いちまう。
「……光源氏計画。貴方の母親はそう命名していた」
いやいや、待て待て。
「育成シュミレーションっすか?」
こくりと頷く長門さん。コラ。そんなモンはテレビの中だけにして下さい。現実に持ち出すなんて論外です。俺の人権はどこへ行った?
「種は良い。後は育て方に掛かっている。大丈夫。任せて」
……種とか言わないで欲しいなぁ……。

「私は貴方のお父さんが好き」
長門さんはカレーを掬うスプーンをことりと皿に置くと、俺の目を見て話した。
「知っています」
「でも、貴方のお母さんも好き」
それは初耳ですけど……って、ちょっと待って下さい!?
「待たない。二人の間に子供が出来たと聞いた時、その子は私の為に生まれてくるのだと思った」
「それが……俺ですか?」
「違う。残念ながら一人目は女性だったので古泉一樹に譲ったが、二人目は……貴方は、私の」
今度こそ俺の事だよな、二人目だし。
「私のもの」
長門さんの黒目がちな瞳が俺をしっかりと捕らえる。捕らえて……離さない。
「……いや?」
彼女は一言、呟いて首を傾げた。
顔を背けられない。瞳の中に不安が映り込んで見えた。気のせいかも知れないけど。

「俺の意思無く決まってる、って点は確かに不服です」
長門さんが俯く。
「そう」
「でもって」
俺は息を吸い込んだ。
「でもって、押し付けられた筈のこの境遇に迎合しちまってる自分も嫌なんですよ」
長門さんが顔をゆっくりと上げた。
「……それって?」

「……長門さんの事は……嫌いじゃないです」
顔が真っ赤になってるのが分かる。でも、それはきっと辛かったカレーのせいだ。体が熱いのも、喉がカラカラに渇いてるのも、きっと。
「例え親父の代替品であっても、それでも構わない程度には……嫌いじゃ……ないです」
一世一代の告白に相当する、そんな気概だった筈なのに、なんだよ、この婉曲極まる表現は。
ああ、でも仕方ねぇ。これが俺の精一杯だ。

「私は貴方が好き」
ねぇ、長門さん。貴女はどうしてそんな台詞を恥ずかしがらずに言えるんですか?
「彼への想いとは違う形で……ちゃんと貴方の事が好き」

俺の人生初めてのキスは福神漬けの味がした。


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