ハルヒSSの部屋
キョンむす! 2
「悩み、相談、よろず請け負います」
そう看板を掲げていたあの頃と、変わらない僕らには……僕にはそれを無視する事なんて出来る訳も無かった。
僕らは、大人になっても……今でも「SOS団」だったから。
誰かが勇気を出して振り絞る「SOS」なら、絶対に見過ごす訳にはいかない。もし、そんな事をしてみたら。僕は「SOS団」から弾かれてしまうでしょう。
少なくとも自責の念から、僕は皆の隣に立っていられなくなりそうで。
……ねぇ、キョン君。許して頂けますか?
この少女を愛する事を。君の宝物を譲り受ける事を。
僕の全身全霊を懸けて、しあわせにしてみせますから。
だから……僕はそろそろ自分の感情に素直になっても良いですか?
……ねぇ、親友?

『しょうがねぇな。そんかし、絶対にしあわせにしろよ』
そんな声が、聞こえた気がした。

「私には貴方以外に考えられな……」
「もう、良いんですよ」
僕は少女の言葉を遮った。立ち上がる。ゆっくりと彼女の背後に回る。
「貴女の想いは伝わりましたから」
緊張からか、体をすくめている少女。背中が、肩が小刻みに震えている。
「だから、もう良いんです」
僕は少女の背後に腰を下ろすとその肩を抱いた。
震えが強くなる。それをたしなめる様にゆっくりと小さな体躯に体重を掛けていく。

「わたっ……私はっ……古泉さんが私を実は嫌いなんじゃないか、って」
「いいえ。大好きですよ」
「父親と娘、としかっ……それだけとしかっ……思われていないんじゃないか、って」
「否定はしません。ですが、それだけではありませんね。出来ればずっと父親でいたかったのですが」
「わ……私の醜い思い込みなんじゃないか、って」
「貴女はとても可愛いです。自信を持って下さい」
「私……のっ、感情を強制しているだけなんじゃないか、って」
「そんな事はありません。貴女の言った通りですよ。僕は貴女の為に産まれてきたと、半ば本気で思っていますから」
「独占欲強くて……わがままで。意固地で……卑怯で。いつも古泉さんがどんな風に考えるかを計算しながら振舞って」
「はい」
「こうやって弱い部分を見せているのだって、貴方に想って欲しいからで!」
「……それで良いんですよ」
「……え?」
「それで良いんです。だって、貴女は女の子なんですから」
「女の子?」
「ええ。……僕の可愛い、女の子ですから」

肩の震えは止まる気配が無い。どころか段々と大きくなって。少女の声にしゃくりあげる音が混じり、前に回した腕に液体を感じて、彼女がこぼれる程に泣いている事を知る。
「適当に泣き止んで下さいね……貴女を泣かした事がキョン君やハルヒさんに知れると僕が怒られますので」
無論、冗談です。こんな状況で事後処理を本気で考えるほど、自分でも野暮ではない心算ですから。
「……無理です。泣き止めません」
彼女がどんな表情をしているのかは後ろから抱き留める僕には分かりませんでした。しかし、泣き顔なんて誰しも見られたくは無いものでしょう。
「嬉しくて、涙が止まりません」
震える声で少女は言った、その言葉を皮切りに小さなワンルームに嗚咽が満ちて。
僕は愛しい娘が泣き止むまで、何も言わずにその気高い心を抱き締めていた。

これもきっと「規定事項」。

「古泉さん」
「なんでしょう?」
「キス、して下さい」
「後、一年待って貰えますか?」

少女は大きな瞳に涙を溜めたまま、大輪咲きの向日葵の様に笑った。

「これからは……たまにで良いです。こうやって娘としてじゃなくて、一人の女の子として見て下さい」
「無理です」
耳元で呟く。少女がはっとして振り向いて。吐息が横顔に掛かる距離。
「娘として見るのは、ね」
それが僕の本心。きっと貴女に会えた最初から。娘となんて思えてなかった。
そう思い込もうとする事で、彼女を女性と見る事から逃げ続けていた。
けれど、もう逃げてはいけないのでしょう。
コレがこの世界の規定事項なら。僕はソレを受け入れよう。
この柔らかい運命を、受け入れて前へ進みましょう。
「さっきまでは、まるで逆の事を言ってらっしゃいます」
少女が笑って。そして細く白いおとがいを僅かに上向けると目を瞑った。本日三度目。……何を期待されているのかは分かりますが、それは却下と言った筈です。
「嘘吐きには罰が必要です……よね?」
「確かに、罰が必要です。が……」
少女の唇に指を二本当てる。うっとりとそれに唇を重ねる少女。唇の感触に頭が焦げそうになる。指でコレならば、唇同士ならばどうなってしまうのだろう。
知ってみたい。でも、それは取っておきたくもある。
彼女をこの両手に抱く事に罪悪感を覚えなくなる、その時まで。
時間が必要なのは、実は僕の方なのだと知る。
「それは僕にとって罰ではありませんので、辞退させて頂く事にします」
そう言葉を継いで。少女が目を見開く。自分の口に当たっている物が指だと気付いて、眉頭を上げる。
その姿にハルヒさんを重ねる事は、もう、無かった。
「折角ですから『それ』は、またの機会に取っておきましょう」

これでもかと顔を真っ赤にする少女に、ハルヒさんを重ねる事は、もう、無かった。

「遅かれ早かれ、こうなる事は決まっていたんでしょうか……」
換気扇の下で煙草を喫(ス)いながら呟く。いつもはテーブルで服(ノ)んでいますが、少女に伏流煙を吸わせる訳にはいきませんので仕方なく場所を変えます。
「何を一人で呟いていらっしゃるんです?」
リビングで座っている少女が僕に声を掛ける。僕は少し考えて、そして返答した。
「貴女が産まれた時の事を思い出していました。……貴女の名前は、僕が付けたんですよ。ご存知でしたか?」
「いえ、初耳です。てっきりお母さんが付けたんだとばっかり思っていました」
確かに、ハルヒさんが他人に娘の名前を任せるなんて発想はそうそう出て来ないでしょうね。
「産まれてくる子の性別を僕だけが当てましたので、そのご褒美だそうです」
煙草を灰皿に押し付けて揉み消す。
「僕の名前はご存知ですね。貴女にとっての唯一安らげる宿り木であれば良い。そう考えて……貴女の名前を付けさせて頂きました」
換気扇のスイッチを切る。カラカラと、動力を失ったそれが回って、やがて止まる。静まり返る室内に少女が喉を鳴らす音が聞こえた。
「思えば、その時から僕は貴女の唯一である事を望んでいたのでしょう」
自嘲気味に笑う。けれどそれは清々しいものだった。
「迷惑でしたか、『小鳥(コトリ)』さん?」
僕の大切な少女が小さな頭をぶんぶんと振って。その仕草はまるで彼女が持つ名前通りの――

やがて、時節は巡る。
小鳥はその中で綺麗に成長していって。
宿り木はそれを見守っていくのを一番の楽しみに、葉を付けましょう。

ああ。未来がとても、とても楽しみでなりません。



少女を自宅まで送り届けた夜、僕とキョン君はリビングで酒を酌み交わしていました。多少、アルコールで酩酊しながらも、キョン君へと今日一番の話を切り出す。
「娘さんを僕に下さい」
「寝言は寝て言え」
「そう言うと思ってました」
酔った頭で僕らは笑った。高く声を上げて。その様をキッチンからハルヒさんがうんざりと見ています。
「年ばっかり取って、中身は子供のダメ息子を二人いっぺんにを持った母親の気分だわ……」
言って溜息を吐いていらっしゃいますが……少しだけ楽しそうに見えるのは僕の気のせいですか?

「……で……マジか?」
「エラく……マジです」

「小鳥は? アイツは何て言ってた?」
爆笑から真剣な表情へとグラデーションするキョン君の顔が面白くて、笑いを堪えるのに内心必死でした。しかし、そんな事をすれば明日、腫れた顔で出社する事にもなりかねません。
出来る限り真剣な表情を作って……アルコールの所為でしょう。上手く出来ずに頬が引きつっているのが自分でも分かります。
「察するに余り有ると考えますが」
僕の台詞に頭を抱えるキョン君。良かった、笑いそうになっていたのはバレていないようです。キョン君も大分酔っているのでしょう。
……今の彼の途方に暮れた姿も大分面白いのですが、我慢しなければいけませんね。
「二十二離れてんだぞ?」
「ですよねぇ。本人曰く『幼な妻』らしいですが」
「限度ってモンが有るだろ。後、誰だ。アイツにそんな馬鹿な単語を教えたヤ……いや、大体想像が付くか。長門かハルヒの二択しかねぇ」
「あはは、良い迷惑ですよ」
ジロリとキョン君が僕を見据える。……そんな仕草は小鳥さんそっくりですが、これも遺伝でしょうか。
「俺の娘の好意が迷惑、だと?」
「そんな事は言っていません。キョン君、かなり酔ってるでしょう」
「おう。こんな話、素面で聞けると思うか」
「無理だと思います」
口では憎まれ口を叩きながらも、しかしキョン君はどこか楽しそうで。なんだかんだ言っても、この人とハルヒさんは似た者夫婦なんでしょうね。

「アイツがお前に惚れてるのは知ってたが……しかしなぁ」
グラスの中の氷が溶け出して硬質な音を立てる。
「これでもお前の自制を期待してたんだが?」
「女神が本気になってしまったら、どうしようも出来ないという事でしょうか。いや、失礼。冗談めかして言う話ではありませんね」
口に含む。ウイスキーは甘く、芳しく、苦い。まるで恋を溶かし込んだ様な液体で。
「……でも、キョン君は僕の感情を知っていたでしょう?」
「ああ。だから、多分……お前らは上手くいくんだろうな、とは思っていた。非常に腹の立つ話だけどな」

「しあわせにします」
「当たり前だ」
キョン君が言う。
「貴方の宝物を奪っていく男です」
「一生恨むぞ」
僕の友達が言う。
「……ごめんなさい」
「そうじゃねぇだろ。お前が口にするのは謝罪じゃ、ない筈だ」
それは僕の最高の親友が今、口に出せる内で最大級の祝福の言葉。
「……ありがとう。僕の為に彼女をこの世界に送り出してくれて」
「お前の為じゃない。……でも、まぁ、その言葉だけは受け取っておいてやる」

「ありがとう」
「「どういたしまして」」
正面からキョン君、背中からハルヒさんの声が重なって僕に降った。
優しい運命に涙をこぼすのは……まぁ、今夜だけはアルコールの所為にしても構わないのではないでしょうか?



「……まったく、アイツにも『古泉だけは止めておけ』って言っておいたんだがな」
キョン君が溜息を吐く。でも、心が理性で縛れるようなモノじゃない事を、誰より彼は知っている筈で。
「酷い話ですね。しかしまぁ、僕の方こそ良いんですか? って感じではありますが」
年の差はいかんともし難いとは僕と彼との共通の見解で。どうしましょうかね、どうすっかなぁ、と僕らはちびりグラスに口を付ける。
「なぁに言ってんのよ! 愛が有れば年の差なんて、どうって事無いモンなのよ?」
言ったのはハルヒさんでした。テーブルに肴を満載したお盆を下ろしながら、にっこりと笑う。
「ハイ、けしかけたお前が言うな」
キョン君がポテトフライに右手を伸ばしながら、グラスを置いて空いている左手でハルヒさんの髪に触れた。
彼と彼女。僕の友人達は今日もまた、しあわせそうで。
「……本当に僕で良いんでしょうか」
こんな風に、僕もなれたら。なれるだろうか、彼女と。そんな思いを口に出す。
「良い訳ねぇだろ」
彼がねめつける。その左手は愛しい人を撫で続けて。
「あら、アタシは大丈夫だと思うわよ!」
彼女はまるであの頃の侭の顔で笑っていた。

「……大体、お前らが本気だってんなら俺がどんだけ反対した所でどうしようもならんだろ」
「ありがとうございます」
「だからって反対してない訳じゃないからな。……お前もハルヒも、もう少しコモンセンスってモンを持て」

「しかしですね、お義父さん」
「誰が『お義父さん』だ! 誰が!」
僕の冗談にキョン君が本気で嫌そうな顔をする。ああ、こんな掛け合いがとても楽しい。
これからもずっとこの二人と、彼らの大切な娘さんと、生きていけるのかも知れない。そう思ったら自然と頬が緩んだ。
今、僕の顔に浮かんでいるのは見せ掛けじゃない。作り物じゃない。
ホンモノの微笑。くれたのは彼と彼女と、その二人の愛の結晶。
「失礼しました。キョン君。僕は僕の気持ちを伝えてしまったんですよ」
「ああ、自分の年齢も考慮せずに、な。取り敢えず死んで詫びろ」
キョン君のそれは半分本音でしょうね。……死ぬ、か。彼女の気持ちが自分に向いていると分かった時に少しだけ、考えた選択肢です。
責任が取れるのならば「彼女の前から消える」くらいの措置は取れなくも無いかもと。勿論、今となってはお断りですが。

「そんな事をすれば恐らく……世界改変が起こりますよ」
ハルヒさんが台所に立った隙を見計らって、キョン君に耳打ちする。彼は、僕の言葉に面食らっていた。そして、ゆるゆると頭を抱える。
「僕には彼女を穏便に説得する事が出来そうに有りませんし……また、そんな事を言う気もありません」
「確かに、アイツの頑固さはハルヒ譲りだからな……」
「誰が頑固なのよ」
まるで僕等に内緒話をさせる為だけに席を離れたかの如く、すぐさま戻ってきたハルヒさんがキョン君を叩く。
「鏡でも見て来い」
頭をさすりながら、彼は呟いた。

「しっかし、古泉君が息子ねぇ……大歓迎なんだけど、後三年。あの子が二十歳になるまで待ってあげてね?」
「分かりました。では、三年後からお世話になります」
「ハルヒ、何言ってやがる! 古泉、お前も挨拶すんな!」
三者三様。僕らの談笑する夜は更けていく。明日は朝から仕事なのに。僕はこの時間が続く事を少しだけ望んでいる。
そして、それはキョン君とハルヒさんも同じなのかも知れない。二人とも、何も言わないけれど。それでも、笑っていて。
ハルヒさんがキョン君の首に腕を回したまま、僕に流し目をした。続けざまにウインク……ですか? さて、どんな意味を含ませた仕草なのでしょう?
「有希とみくるちゃんも息子二人に転んでるし……なんだろ。このままいくと……」
指を折って何かを数えている彼女も、大分酩酊しているのだろう。普段なら指など使わず暗算で二桁同士の掛け算が出来る人ですし。
「昔した願いが二十五年経って叶っちゃうわね」
「「え?」」
僕とキョン君の声が重なる。二人して顔を見合わせた。恐らく同じ事を考えているのでしょう。慌ててハルヒさんに詰め寄る。
「お、おい、ハルヒ!」
「そのお願い事を詳しく聞かせて頂けますか?」
「へ? 単純よ? 『みんなでずっと一緒に居られますように』って。昔の自分ながら恥ずかしい願い事だったわ、アレは」
ハルヒさんが真っ赤な顔で舌を出す。頬が上気しているのは先程から飲んでいるお酒の為も有るでしょうが……しかし、彼女が何を考えているのかは、この際後回しです。
「……それって……」
「……間違い有りませんね」
その場に居る男性二人は揃って頭を振った。
「「やれやれ」」
アルコールがやけに回っているのは、きっとしあわせで仕方が無いから。



「……この年になって、まだ規定事項が残ってたのかよ……」
ハルヒさんがトイレに向かったのを目で追いながら、キョン君が呟く。
「そのようですね。はは、どうやら僕達は最後まで女神の手の上のようですよ」
グラスを手の中で回す。揺れる氷がまるで賽の様。
ダイスは二十五年も前に彼女によって投げられていた。知らなかったのは僕達ばかり。でも、それは受け入れ難い真実などではありませんでした。
「笑えねぇ。まったく笑えねぇ冗談だ」
ただ、少しだけ釈然としないだけ。ですよね、キョン君?
「と、仰る割には楽しそうですよ」
「お前、陽が昇ったら眼科行ってこい」
僕達は笑った。こんな日々が続くのなら少女だった女神と、女神である少女の創った運命に乗せられていても良いと、心からそう思った。

「しかし、年の問題は結構深刻ですよ」
「まったくだ。お前、勃つのかよ」
「生々しいですね」
下ネタは酔っ払いの専売特許といった所でしょうか。
「そんな事言って、キョンだってまだまだ現役バリバ……何でも無いわ」
ハルヒさんが言って俯く。見事な自爆です。今にも頭から煙が上がってきそうなその顔は「茹蛸」という表現がピッタリきますね。
「……で、どうなんだ、古泉」
キョン君が僕に訊く。ああ、ハルヒさんの失言は無かった事にする心算ですね? 分かりました。
「一時期減衰していた頃も有りましたが、最近は中々暴れんボーイですよ」
「日本語で頼む」
うんざりと呟く彼。その様に笑いが込み上げてくる。
そんな僕をまじまじと見つめる……ん? ハルヒさん、僕の顔に何か付いていますか?
「そう言えば最近、古泉君血色良いわよね……ううん、血色と言うよりも若返ってるみたいな」
「そんなに褒められても何も出ませんよ」
言って右手を下ろして、そこに有った髪を反射的に撫でる。うん……誰の髪の毛ですか、この銀は……?
「……事実」
「うわっ! 長門、どっから涌いた!?」
ゆっくりと視線を下げた先に居たのは……頭を撫でられていたのは長門さんでした。神出鬼没とはまさにこの事です。
「玄関、開いてた」
彼女はそれだけ呟いて僕の隣に当然と座りました。正対したハルヒさんが嬉しそうに笑います。
「あら、いらっしゃい! っと、今、有希の分もお酒とおつまみ持ってくるわね!」
「気にしないで」
長門さんの言葉も聞かずに立ち上がってキッチンへと小走りで消えていくハルヒさん。キョン君は本当にかいがいしい奥さんを持ちましたね。
……と、そうではなく。
「先ほどの『事実』と言うのは一体?」
ハルヒさんが席を離れたを良い事に、僕は長門さんへと問い掛ける。
「先程の彼女の言葉は真実。古泉一樹は若返っている」
「……マジかよ」
「本当」
いつも通りに抑揚の無い彼女の返答に家主が天を仰ぎます。しかし、その方向には天井しか有りませんし、途方に暮れたいのはむしろ僕の方ではありませんか、キョン君?
「なぜです?」
自分の身に起こっている出来事だというのに、どこか冷静なままで僕は長門さんに問い掛けていました。
「『少女』が原因。彼女は貴方に早く釣り合おうとした。だが、自分の時を早める訳にはいかなかった。なぜならば、どれだけ彼女自身の時間を進めて成長しても周囲からは年齢通りとして扱われるから」
それこそ、周囲の時間ごと操作しない限り、ですか。
「我が娘ながら考える事が突拍子も無いと言うか。とにかく俺は頭が痛い」
「ですから、僕の台詞です」
うんざりする僕らを置いて、長門さんが解説を続けました。
「そこで少女は相手の年齢を自分に近づけるという手段を取った、と考えられる」
「はは……なんか凄く想われてますね、僕」
苦笑いが吐息を伴ってこぼれる。そこに軽口が掛かった。
「良かったな、古泉。また一つ変態属性が増えたぞ」
「……実害は無いから別に良いのですが……しかし、釈然としないのは何故でしょう?」
「早めに諦めた方が良い。これは朝比奈みくる的に言う所の規定事項。実害が無いのに困惑する、その理由が私には分からない」
長門さんが首を傾げて。僕らは「取り敢えず」とグラスに残っていたウイスキーを一息にあおった。
揃って顔を俯ける。アルコールで床が揺れる。そこにチャイムの音が響いた。
「朝比奈さんかな」
キョン君が呟く。そうですね。このタイミング……十中八九間違いないでしょう。これでSOS団は全員勢揃いという訳です。
「彼女は仲間外れを嫌う」
長門さんが言う。そう、これもまた規定事項。

僕らはきっと、あの日の少女が望んだ通り、ずっと一緒に笑いあっていくのでしょうから。

目を開ける。視界一杯に映り込んできたのは少女の笑顔。
「起きましたか?」
少女がソファから立ち上がって僕に声を掛ける。その際にソファが歪んで彼女がそこに腰掛けていた事を知った。
「今……何時です?」
寝転んでいたソファから上半身を起こして少女に尋ねる。……毛布が掛かっていたのは、彼女の仕業でしょう。僕は久方振りの飲み会の後、倦怠感に身を任せて着替えもせずに突っ伏した筈ですから。
「四時くらいです」
少女は微笑んで僕の眼を見る。
「四時……ですか? それは……寝過ぎましたね」
幸いだったのはここが観測対象(今となっては形ばかりのものですが)の家だったことでしょうか。昨日は確かに飲み過ぎだったとは言え、目覚ましも掛けずに寝てしまうなんて我ながら何と言うか……。
「困ったものです」
溜息を吐く。

「何が困った事なんですか?」
少女が僕の上に掛かっていた毛布を丹念に畳みながら聞いてくる。
「いえ、仕事が夜からで良かったと思いまして」
勿論、嘘です。しかし、キョン君家族を監視するのも仕事の内だと少女に言う訳にもいきません。
「もしも仕事が朝からでしたら、森さんからどんな怒声を浴びせられていたか……危なかったです」
森さん、という単語に少女の眉がぴくりと動いた気がしますが、きっと気のせいでしょう。
「危なかったって?」
「いえ、だって寝過ぎでしょう。幾ら久方振りの再会とは言え、昼過ぎまで酔い潰れていたなんて……」
「昼過ぎ?」
少女が手を止めて僕を見つめる。不思議そうな顔。恐らく、僕も同じような顔をしているのだと容易に想像がつきます。そのまま数秒見つめあった後、彼女が何かに気付いたように、うんうんと一人頷いて。
「何に得心されていらっしゃるんですか?」
僕の問に少女はその細い腕をゆっくりと持ち上げる。指を差した先は……窓?
視線を向けて納得する。月を見て酒の肴としていた僕達がカーテンを閉めている訳も無く。
窓の外は真っ暗だった。
「えっと……もう一度現在の時刻を教えて頂けますか?」
振り向く首が中々回らない。呆然とし過ぎて神経が上手く繋がっていない様です。
「ですから、四時ですよ」
「十六時ですか?」
「いいえ、AM四時です」
少女が平然と回答する。ああ、なんだか頭痛がしてきました……。
「分かりました。未だ深夜な訳ですね。で……一体貴女はそんな時間に何をやっていらっしゃるのでしょう?」
うんざりと問い掛ける。

「古泉さんの寝顔を見ていました」
少女は悪びれずにそう言った。
「……僕の唇が湿っているのはなぜでしょうか?」
頭痛がする。ああ、今日は間違いなく二日酔いでしょう。

「一年後の分を一回だけ前払いして頂きましたので」
真夜中にそぐわない、晴れやかな笑顔で少女が笑った。

それは一生大事にしていきたいと想わせるに十分な、輝くばかりの笑顔だった。
そこから眼を背ける事は、きっともう無い。


「あなたのためにうまれてきた」 is closed.


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