ハルヒSSの部屋
通りすがりの雑用係さ 2
「眠り姫……ね」
確かに。そこで眠っているハルヒは。前にもどこかで言ったと思うがコイツは黙ってさえいれば美少女にカテゴリされる類の目鼻立ちの整った顔をしており。
まあ? その中身を知っているとは言え俺だってそこまで捻くれてはいないから、今のソイツを「眠り姫」と呼ぶにしたって吝かではない。
だが……だが。
「……また、あんな事を繰り返さにゃならんのか、俺は」
役得……いやいやいやいや。本人の了解も何も無く、あんな鬼畜めいた真似をするのはどうか一度だけで済ませて頂きたいのが本音だ。ああ。
「あのさ、長門」
ハルヒの眠る布団の横で、ずっと置物のように正座している少女が返事も無くこちらを向く。
「出来れば、隣の部屋に行っててくれないかな?」
「……なぜ?」
なぜ、と来るかい。そして俺にその理由を口に出せとお前は言うのか。
血も涙も無いとは、お前が例え宇宙人であったとしても思いたくないぞ、俺は。
「理由は……ええと」
俺が言いよどんでいると、そこに思わぬ助け舟が出された。この場で俺と長門を除けば登場人物は後一人しかいないのだが。
「長門さん、キョン君には大切な用事が有るんですよ。さ、私と一緒に隣の部屋に行きましょうね」
この時ばかりは朝比奈さんが、本気の本音で天使に見えた。ありがたやありがたや。もう一生、足を向けては寝られないだろうね。で、朝比奈さんのお住まいはどちらになるのですか?
「禁則事項です」
……ですよねー。


そんな浮ついた空気も、和室の襖が閉められた音と一緒に消えていった。
静か過ぎるんじゃないかと疑う程音の無い和室の中では、布団で眠るハルヒと俺だけがいる。
そんな現状を確認しただけで、何故か俺の体温は二度程上がった気がした。
「……ハ、ハルヒ?」
何で疑問形なんだよ。
緊張が消えない自分に突っ込みを入れつつ、俺は布団のすぐ隣に座った。
「ハルヒ」
いつもの、あの気の強そうな顔はそこには無く、長い睫毛は伏せられたままだ。
小さく上下する胸元を見なければ、古泉が言ってたみたいに……まるで。
思い浮かんでしまった言葉を首を振って追いやった後、俺はハルヒの上に覆い被さった。
「お前が起きてたなら、寝ている女の子に何すんのよ? ……くらい言いながら、ビンタの一つでも飛んできそうだな」
今なら、笑って殴られてやれる気がするぜ。
まさか、たった一日にも満たない時間で……お前の声が恋しくなるなんてな。
まったく、とかくこの世は謎ばかりだ。
きっとこうすればハルヒは目覚める、そんな確信にも似た感情を持ちながら、俺はハルヒに二度目のキスをした。
――初めての時と違ったのは、ハルヒの唇に力が入っていなかった事ともう一つ。
「……」
顔を離した時、ハルヒは俺の顔をじっと見つめていた。
……液体ヘリウムの様な目で。


有りかよ、オイ。これでも俺は結構腹括ったんだぜ? そんなのって……そんなのって、だが、どうして!?
「……涼宮ハルヒの精神がここには無い」
ハルヒが喋る。いや、ハルヒの皮を被った……長門が。
「貴方が今及んだ行為はわたしも考えた。しかし、提案しなかったのはこうなる事が分かっていたから」
それって……それって……のは。

「涼宮ハルヒには届かない事が分かっていたから」

命のキス。童話の物語のラストシーンを飾る、それは「お決まり」のオチ。
けれど、俺が浅はかだったのは。現実と童話をごっちゃにしちまった事。
御伽噺のように、人生がハッピーエンドになるのであれば。きっと不幸な人なんてこの世の中には一人も居ないなんて現実を再確認させられる。痛烈に。
そう、それは。唇に。痛いくらいに。
「はは……人が恥ずかしい思いまでして……なんだ、その肩透かしは……なあ?」
同意を求めて、ハルヒを見る。その眼が少しだけ悲しげに見えたのは……見えたのはなんでだ?
「大人しく目覚めとけって、ハルヒ! なぁ! 頼むよ!」
俺の懇願に、けれど少女は冷たい眼をしたままで。肩を揺さぶっても、その眼に「あの」百Wの輝きは戻っちゃこない。
「……涼宮ハルヒの身体に負担をかける事は、推奨出来ない」
その口から出てくる声は、紛れも無くアイツの声だってのに。
「……揺するのを、止めて欲しい」
けれど、その眼は、寒空の月みたいに、怜悧で……鋭利だ。


自分では気付いて無かったが……俺の中で、ある意味こいつは切り札だったんだろうな。
ハルヒとのキス。
それはかつて、世界を崩壊の危機から救ったらしい。
だが、今は目を開けたまま眠っているお姫様一人起こす事もできやしない。
俺はハルヒの肩を掴んだまま、
「ハルヒ、聞こえてるか?俺がジョンスミスだ」
無駄と思いながらも、残った手札をばらまき初めた。
「前にも言ったが、実は長門は宇宙人で古泉は超能力者だ。朝比奈さんなんて未来人だぞ? これは全部本当だ。お前が捜してたこの世の不思議は、すぐ近くに全部そろってたんだ」
お前がSOS団を作った、あの日からずっとな。
「なあ……何で起きないんだよ? 宇宙人を捕まえるっていつも言ってたじゃねーか……俺も手伝ってやるからさ……なあ、起きてくれよ」


ハルヒが目覚めない事。分かってた、そんな事。だけど。コイツに言わなきゃならない事が俺の方にはたくさん有る事もまた、理解した。
言わなきゃならないなら、言ってやらないとな。ああ、そうさ。この馬鹿団長を叩き起こして、俺が足を踏み入れた非常識で不可解な、現実に対してたっぷりの謝罪をして貰わなきゃならん。
だから……だから。
「長門」
「……何?」
「ハルヒの心はどの時点で消えたのか、お前なら正確な時間が分かるよな」
だから、取り戻しに行く。取り返しに行く。
切り札は、言葉だけじゃないだろ、俺? 例え「クローバの2」だろうと、ソイツは「4カード」にだって「ストレートフラッシュ」にだって成長するって事。
「原因を捕まえて、この馬鹿を起こしてやろうと思うんだ」
長門は、ほんの少し瞳の中のブラックホールを深くして、そして頷いた。
「貴方に、託す」

ああ、託されたとも。


俺とこの部屋には、余程縁があるのだろうか。
三年前の七夕の時は朝比奈さんと、そして今はハルヒの隣で布団に入っている。
「涼宮ハルヒの精神は何物の介入も受け付けない。それはわたしの異時間同位体で試した結果、確認済み。でも、あなたなら可能性がある」
長門は俺の上にかけ布団を掛けながらそう呟き、自分は和室の出口へと向かった。
部屋を出た所で振り向き、襖に手をかけながら、
「今からこの部屋の時間を凍結し、彼女の精神が消える一時間前にあなたを同期させる」
どうやって……とは聞かないが。
「そこで、俺は何をすればいいんだ?」


問い掛けに長門は眼に少しだけ逡巡の色を浮かべた。
「何もしてはならない」
「へ?」
それ、どゆこと?
「貴方が時間に介入する事によって歴史が変わる恐れが有る。その日のその時間、涼宮ハルヒが貴方に接触していないのは古泉一樹によって確認済み」
なるほどね……って、オイオイ。何もしちゃダメだってんなら、俺は何の為に過去へ行くんだよ。
「涼宮ハルヒの精神が消失した引き金、及びその後の精神の行き先を探って欲しい」
「えっと、長門?」
「……何?」
「あいむぱんぴー、なんだが」
魂の行方とかそんなモン目視出来たら俺は霊能力者の枠でパーティーインしてるぜ、きっとな。
「……日本語で大丈夫」
「いや、日本語だ。意訳するとだな……『一般人にはちょいと荷が重過ぎると思わないか? アーハン?』となるんだ」
「問題ない」
なぜか自信たっぷりにそう言う長門。いやいや、問題しかないからな。
「貴方になら、見える筈」
涼宮ハルヒは。俺達の団長様は、不器用だから。
「貴方にだけは、見せても良いと。わたしが彼女ならそうする」
機械知性体は、かつてロボットだった少女は、まるで人間みたいに慈愛の篭った発言が出来るように、いつの間にかなっていたようだ。


長門の手が部屋の照明に振れ、聞こえない程の小さな声で何かを言った後、部屋の電気が消えた。
そして、襖の滑る音が聞こえたかと思うと――俺の意識は、そこで一度途切れた。

再び俺が目を醒ました時――そこはただ真っ暗な場所で、俺は自分がまだ長門の部屋の和室に居るのだとばかり思っていた。
だが、隣に居たはずのハルヒの姿はどこにもなく、何歩歩いても部屋の壁にぶつかる事は無かった。
ここはいったい……って、今の俺は喋ったらまずいのか。


時間にして一分程だろうか。歩いた所で急に視界が開けた。つーか眩しい。何が起こってやがるのかと、現状把握に努めようとしたその前に、声が聞こえた。
高慢的で良く通る、特徴的な、アイツの声が。
思わず口から少女を呼ぶ声を出しそうになっちまったのを、なんとか手で抑え込む。
「眠り姫、か……」
リビングだと思われるその部屋で、パジャマ姿の涼宮ハルヒがソファに寝そべっているのを両目が捉えた。
彼女の手の中には、古びた絵本。
「こんなに楽して王子様が手に入るなんて、神様も贔屓が過ぎるわよねえ」
オイオイ、なんてだらしない格好してやがるんだよ、現在進行形の眠り姫さんよ。ヘソなんか出してたら一発で風邪引くぞ、お前。
て言うか。そんな台詞を誰よりも吐いちゃいけないお前が吐きやがりますか?
ブツブツと独り言を、言いたいのを必死で絶える。口を覆う右手もまた、今にもハルヒの頭を叩かんとするので、それを更に左手で止めなければならなかった。
……俺は「言わ猿」か。だとしたら「見猿」と「聞か猿」は一体どこへ行った?


そんな事をしている間にハルヒは絵本の最後のページを開いて、
「……なっ何よこれっ!」
そこにあった内容を見た途端、突然ベットから起き上がるのだった。
その時のハルヒの顔を、多分俺は一生忘れる事は出来ないだろう。
開いたままソファの上に置かれた絵本、それを見つめるハルヒの顔は――間違いなく、怯えていたんだ。
しかし……こいつが怖がる様な内容だったか? あの絵本。最後まで読んだ訳じゃないが、ハッピーエンドだとばかり思ってたんだが。
いったいそこにどんな事が描いてあったのかと思い、俺もベットの上を覗いて見ると……おい、これは何なんだ。
最初は、何か別の絵本の広告がそこにあるんだって思ったんだ。何故ならそこには……眠り続ける姫でも王子様でもない、ごく普通の少女が狭い部屋で寝ている姿が描かれていたのだから。


何だ、コレ!? 俺はこんな絵本……知らないぞ!?
『あ、これって眠り姫ですよね』
そうだ、朝比奈さんが言った通り。コイツが持っている絵本は。藤原から渡されたそれの翻訳版で。少なくとも表紙は同じ。なのに。
展開が……違う? ライト兄弟フリークな俺でも知っている「眠り姫」のストーリーには、こんなシーンは出てこない。出てくる訳が無い。
当然だ。絵本は子供に夢を運ぶシロモンで。そこにこんな、夢も希望も毟り取って地面に突き落とすようなラストシーンなんか描かれる筈は無い。
だってのに。
ハルヒがソファの上に放置した絵本には、そんな……「夢から覚めるような」ラストシーンが展開されていて。
どうなってんだ? どうなってやがるんだ!?
考えろ。考えろ、俺!
藤原に渡された絵本。
破り捨てられた1ページ。
改悪された「眠り姫」。
塗り潰されたハッピーエンド。
夢見る少女。
全て、夢の中。
現実は狭い部屋。
目覚めないハルヒ。
ヒントはこんだけ出てやがるんだ! 出し過ぎるくらい出ていやがるのは直感で理解出来る!
だったら、俺! 後は……後は導き出せ! 出せる筈だ!
全てを現象を繋ぐ、たった一本の真実の糸ってヤツを!
なぜなら……なぜならハルヒは。

……俺の目の前で泣いてやがるんだから。
渾身のSOSを、俺に向かって、放っていやがるんだから!!


焦りだけが募る中、誰かが俺の肩を叩いた……叩いただと?!
思わず振り返った先には誰の姿も無く、普段の性格からすれば意外なぬいぐるみが並ぶハルヒの部屋があるだけ。
でも、いま確かに……。
「ふ〜ん。あんた、本当に鈍臭いのね」
その声は間違いなくハルヒの声だった、だが聞こえてきたのはどこか遠い所からみたいで。
「ちょっと、精神体を飛ばせるのに何であたしがわからないのよ」
正体不明のハルヒの声は、今度は目の前から聞こえた気がした。っていうか精神体ってなんだよ?
俺の脳内の突っ込みに対し、
「意識だけの存在の事。まあまだ概念としては存在してないから、あたしがそう読んでるだけだけどね……さっ。これなら見えるでしょ?」
無駄に軽い口調が途絶えた瞬間、俺の目の前にハルヒがもう一人現れた。……裸でな。


え? え? え? え? 何、コレ? 役得パート2?
「……何、やってんだ、お前?」
出来るだけ小声で囁く。ソファの上に居た本物ハルヒの耳がピクリと動いた気がして、ああ、心臓に悪い。
「何やってるか、って言われてもね……自分でも何が何やら、ってのが本音かしら」
おーい。その割には概念がどうとか精神体がこうとか、ちょいと一般人(俺)には縁遠い専門用語的なモノが口から出てた気がするぞー。
「とりあえず、移動かしらね。この部屋じゃアンタ、満足に喋れないでしょ?」
いや、取り敢えず着衣だろ、馬鹿たれ。
「…………見るな!」
見せてんのはお前だ!!
俺は部屋のドアを潜ると……おお、壁とか今の俺は透過出来るんだな。凄え。ちょっと感動……ハルヒ(裸)に手を引かれるままにどこかへと案内された。
「……どこだ、ここ?」
「ウチの客間」
「暗いから電気点けて良いか?」
「良い訳無いでしょうが、このドスケベキョン!」
違う。そんなつもりで俺は提案した訳じゃ……ああ、一個前の選択肢まで今すぐ俺を連れ戻せ、長門! 朝比奈さんでも良いから!
「だったら、裸で出てくるんじゃねえよ!」
俺の小声の、しかし魂の叫びはけれどソイツには届かなかった。
暗闇だってのに、なんでジト眼の視線が突き刺さってくるように感じるのか。罪悪感って言うのか、こういうの。いや、不可抗力だろ?
もしも、裁判沙汰になったらどこまででも身の潔白を訴えてやろうじゃないか、うむ。


「で、何の用なのよ」
はっ?
「だから、何の用なのって聞いてるの。何、思春期の暴走を静めに来たとか言うんじゃないでしょうね」
いやいや待て待て、俺はお前を助け……その。
「助ける? あんたが、あたしを? 何で?」
そうか、こいつはまだこの先の事を知らないのか。
「ま……別に何でもいいけどさ。もうどうだって」
何だよ、急に投げやりな。
「別に、あんたに話したって仕方ない事よ」
いいから話を聞けとしか聞こえないんだが。
「……ねえ、キョン」
何だ。
「あんたもさっきの本、見たの?」
ああ。
「……そっか」
しかし、悪趣味な絵本だったな。どこの誰の悪戯か知らないが、子供に見せる様な内容じゃない。
「……あれ、本物なのよ」
へっ?
「だから、あれは……眠り姫の原作を最初に絵本にした本なの」


ああ、そうか。
だから、コイツは。
本物を、見ちまったから。
本物が、絶対だと。
眼で見た物をきちんと評価出来る、素直なヤツだから、コイツは。
だから、それを信じちまった。
盲信して妄信しちまった。挙句が、物言わぬ少女。
そんなエンディングならば要らないと。
眠り姫に焦がれている少し普通よりも夢見がちな少女は。
その思いを実現出来るだけの、力を持っていただけ。
ただ、不幸な真実に不幸な能力が重なっちまった。
ただ、それだけの、不幸。
本物を手に入れて読んで、そして信じちまったコイツは知らない。
なぜ、その本物が出回っていないのか。
なぜ、改訂版が出回って、愛されているのか。そんな単純な事に、直情径行な愛すべき馬鹿は気付けなかった。
だったら、俺は。
ただの「雑用係」は。
ソイツを教えてやらなきゃ、いけないんじゃないだろうか。

本物が絶対だなんて。偽物がいけないだなんて。
そんな事、世界の誰も決めてない。
もしも神様がそんなルールを決めちまったってんなら。
俺がその思い違いを……ぶち壊してやる。


「あたしね……昔から、この物語が好きだったのよ。寝る前には何度も読んで貰ったし、自分で読める様になってからは毎日見てた。
いつか、あたしの身に何かが起きて……王子様が助けに来てくれる。本気でそう、思ってた。でも――」
暗闇の先にいるハルヒの声が、曇る。
「いつか、あんたにも話したけどさ……この世界には凄くたくさんの人間が居て、あたしはその中の一人でしかないって。そんなどこにでもいるあたしなんかの所まで、王子様が来てくれるはず……ないじゃない」
だから、何でもいいか変えてみようとしたのか。
「そ……笑いたければ笑ってもいいわよ」
「笑ったりしないさ」
「……」
「俺だって、この世界には悪の組織と、そいつと戦う正義の味方が居るって本気で信じてたんだ」
「ふ〜ん。……それっていつまで?」
……中学の頃までは、多分。
「あんた馬鹿」
自覚はある。


「馬鹿だけどさ」
「何よ」
「でも、お前ほどじゃない」
ハルヒほどじゃあ、ないね。
「……喧嘩、売ってんの?」
「ああ。売ってやる。お前みたいな馬鹿は、叩いてでも……助けてやる」
「だから、先刻から『助ける』って何よ? 何様のつもり? キョンのくせに。雑用しか出来ない万年『雑用係』のくせに!」
雑用係……ね。今の俺にうってつけのポジションじゃないか。
王子様だ、なんて格好良い事を言うのは、頼まれたってお断りだね。だから、俺にはそれくらいが丁度良い。
「ああ。だがな、王子様なんてのは居やしないんだろ?」
「絵本の中だけよ」
だったらしょうがないよな、ハルヒ?
「だったら、この際だ。我慢しとかないか?」
「だーかーらー……先刻から何を言ってんのか分かんないのよ、アンタ。何よ? アタシが眠り姫じゃないのなんて分かってるんだから!」
「そうさ、お前はSOS団の団長だ」
「だから、王子様なんてやって来ない! 分かってんのよ、そんな事」
プリプリと怒っているだろう、その顔が見えなくても分かる。俺は笑いを堪えられなかった。
「未来で待ってろ。SOS団の、溜まり場で待ってろ。そしたら迎えに行ってやるから」
「誰が!? 先刻から言ってるでしょ! 王子様なんてのは……」
有無を言わさぬ、唇ふわり。
「誰が来るって? 決まってるだろ。その役は誰にも渡さない。眠り姫未満を迎えに来るのは」
迎えに行くのは。

「通りすがりの雑用係さ」


――て、これはどう受け取ればいいんだろうな。
暗闇の中でハルヒと話して居たはずの俺なのだが、気がつけばそこはまた長門の部屋の和室だった。
隣に引いてある布団には誰かの寝ていた痕跡があるだけで誰の姿も無く、ついでに言うと部屋の中に長門や朝比奈さんの姿までなかった。
ハルヒが目を醒まし、みんなで何処へ出掛けた……って事なのか? これは。
ポケットから携帯を取り出し、事情を知ってそうな奴に電話をしてみようと思ったんだが。
「……ま、いいか」
何となくだが、今はそうしない方がいい気がする。
そんな曖昧な考えだけで、俺は誰とも連絡を取らないまま、無人の長門の部屋を後にした。

しっかし……冷えるな。
俺が寝ていた間に日は落ちていたらしく、通い慣れた学校までの坂道には誰の姿も無かった。
っていうか、俺、今日学校さぼっちまったのか。
ハルヒの事があったせいで忘れてたが、今日は普通に平日だ。
……やれやれ、いったい俺は何て言い訳すればいいんだ?
真実を言った所で正気を疑われるだけだが……王子様だって姫を助ける為には苦労したんだ。雑用係の俺にはこの位の苦難でちょうどいい、あんたもそう思わないかい?


「どうでしょうね。副団長が背負った苦労の十分の一でも感じて頂ければ幸いですが」
「いきなり出て来るな、古泉」
それも背後から。良かったな、俺がゴル何とかってヒットマンじゃなくて。お前、運が悪ければ殺されてたぜ?
お誂(アツラ)え向きに拳銃も持ってるしさ……あ、コレもう必要無いよな?
「何を言っているんですか?」
「は?」
古泉が髪をかき上げる。そこには目立たないように細い包帯が……包帯?
「この道から敵対組織の勢力を排除するのには少々骨が折れました。ああ、ちなみに残党の可能性は捨て切れないので、悪しからず」
おおい!?
「んふっ、真実ですよ」
いや「冗談ですよ」って言えよ、そこは!
「大丈夫ですよ。貴方の身の安全は……」

「わたしが、守る」
「え……えっと、微力ながら頑張りますっ!」

気分は黄門様ご一行である。でも、ま、悪い気はしないか。
さあ、SOS団勢揃いで、どっかの我が侭団長様でも迎えに行くとしますかね。
「で、長門。ハルヒは? ハルヒの身体はどこへ行っちまったんだ?」
「……おっと、テレポーター……」
……いや、もう良いよ……。


「大丈夫です、涼宮さんは現在部室でお待ちです」
その口調から察するに、
「ええ、そこに居るのは我々の知っている彼女で間違いありません」
そうかい、じゃあ俺は帰るわ。
「そうは行きませんよ? 貴方とはまだ、確認しなくてはいけない事が残っていますから」
俺には何の事だかさっぱりだね。
そう言いながら黒い鉄の塊を押し付けてやると、
「おや、貴方がおっしゃったんですよ? 団長代理を任命された事を、後で一緒に涼宮さんに確認するように……とね」
さりげなく俺の退路を断ちながら、古泉は普段の笑顔でそう言った。
しっかし、何で俺はあんな事を言ってしまったんだろうか。こいつの笑顔なんて、百害あって一利無しだってのに。


さて、こっから先はエピローグになる。
何? まだ早いって? いや、もう何て言うか……後は空気を読んでくれれば展開は分かりそうなモンだろ?
俺でももう王道的な展開しか待ってないって、それくらい見えちまってるんだからさ。
ま、多少さらっと表面だけなぞると、だ。
途中の道で現れた黒尽くめの男達の足止めに古泉と愉快な機関達が血で血を洗う死闘を繰り広げ。
「先へ行って下さい……必ず、貴方にはコーヒーを奢って頂きますからね」
八百円×二は地味に財布に効くレバーブローだよな。
更に校門の手前で待ち構えていた某急何とか派を食い止める為に長門が変な空間を展開し。
「大丈夫。貴方は先へ進めば良い。貴方の道は……わたしが守る」
膝蹴りは痛かったぞ、長門。
更に更に。朝比奈さんは校舎の階段で見事に足をお挫きあそばれて。
「キョン君……私はどうやらここまでみたいです……涼宮さんを、どうかよろしくお願いしますっ」
保健室まで一人で辿り着けたか心配だ。

そして俺は、あんまり立ち塞がってる気がしない艱難辛苦(カンナンシンク)を乗り越えて漸(ヨウヤ)く文芸部室……もといSOS団アジトの前に到着したのであった。

あ、アクション部分は各自脳内補完で頼む。


さて、ここまで来て今更引き返すつもりはないが……。
俺はどんな顔をしてハルヒと会えばいいのか解らず、暫くの間ドアノブに手を触れようとした姿勢で固まっていた。
あいつがここに居るって事は……つまり、俺が言った事を覚えてるって事だよな。
思わず脳内を走った赤面物の台詞の前に、固まっていた体が再硬直を始める。
なんていうか、言い訳しようも無い位に……告白だったよな、あれ。
っていうかあの台詞を聞いた上でここに居るって事はつまり、その……あれだ。
これ以上考えてるいると顔から火が出そうだったので、俺は勢いで部室のドアを開けた。
扉の向こうに俺が見たのは、いつもの団長席に座り、机に伏せて眠っている――間違いない、涼宮ハルヒがそこにいた。


なあ、こういう時、俺はどうすれば良いんだろうね? 誰か知らないか?
知ってる奴が居たら誰でも良い。今すぐここに飛んできてくれ。

ああ、でも。コイツを起こす役は譲る気はさらさら無いけれど。

おい、ハルヒ。起きてるか?
「寝てるわ。爆睡よ。だからさっさと起こしなさい」
分かった。じゃ、一つ聞くんだけどさ。どんな起こし方をすれば良いんだろうね、俺は?
「アンタに任せるわ」
そうかい。
「……そうよ」
だったら、きっと。爽やかなお目覚めとは残念ながらいかないぜ?
「そんなモン、アンタに期待してないから安心しなさい」
へえ。だったら、くすぐって起こしても良いのかよ?
「命が惜しかったら、少しだけでも脳を働かせる事を勧めるわ」
脳を満足に働かせちまったら、きっと素に戻っちまっていつまで経っても起こせないんだが。
「……このヘタレ」
ああ、ヘタレだよ。でもって馬鹿野郎だ。だからさ……だから絵本みたいな起こし方しか思いつかない。
「……ずっと寝たフリしてるのも疲れるんだから、さっさと起こしなさい」
ああ。分かった。だが訴えるのだけは、どうか勘弁してくれ。

「略式裁判で、終身刑とかどう?」

眠り姫は、まるで向日葵みたいな笑顔で俺にそう、宣告したのであったとさ。






追記:昔やったイブツブ管理人イブツさんとの即興リレーSS。
ルール「持ち時間は一人十分。一レス交代。お互いの意思疎通は無し」
この色が僕で、この色がイブツさんです。
シンクロ率の高さは流石僕の相棒。
ああ、ちなみに
これは後から聞いた話なのですが
イブツさん、この即興を携帯からやってたそうで。
連邦のモビルスーツは化け物か!?
このリレーSSはカラクレナイの完敗でしたとさ。

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