ハルヒSSの部屋
St.claus On Stage !! 2
5.幻想なんて信じない僕らのために

十二月二十三日。運命の日。

それは唐突にやってきた。
「久し振り。元気だった?」
暗くなった下校道。一人きりで歩いていたから、俺に向かって声を掛けられたのはすぐに分かった。だから、振り向いた。
「涼宮さんと、しあわせにやっていたみたいね。良かったわ」
古傷が、疼く。聞き覚えの有る、その声音。
「でも、ここまで。それも、終わり」
暗闇の中。外灯に浮かび上がるシルエット。腰まで届く髪はストレート。
「どっかで聞いたと思ったんだよ。『急進派』ってのは、そうか。お前か」
「忘れちゃったの? 寂しいな」
忘れるはずはないだろう。二度も自分の命を狙ってきたヤツを、一年かそこらで忘れられるようなら、ソイツはきっと人間じゃねぇよ。
「そっか。覚えていてくれたんだ」
「ああ、忘れた事は無かったね。だが、悪い意味合いでだ。出来れば二度と会いたくはなかった」
「冷たいな。二度有る事は三度有る、って貴方達の言葉じゃなかったかしら?」
「委員長らしい言葉だ」
「もう。からかわないでよ」
「なんかな。クリスマスの常連だよな、お前も」
クリスマスが近付くと俺の周りに現れる宇宙出身の殺人鬼。
宇宙人が。朝倉涼子が、そこには居た。


十二月二十四日。約束の日。

涼宮ハルヒのケータイは、朝から繋がらない。
「涼宮さんに全てを教えてあげようと思うの」
朝っぱらから、街を走り回る無様な男、一人。
「そしたら、神としての自覚も顔を出すと思わない?」
昨夜、計画を聞かされながら何も出来なかった無様な男が一人。
「ふふっ。どんな顔するかしら、彼女」
気付いたら自宅のベッドで眠っていた、無様な男が一人。
「きっと、最初は聞く耳を持たないでしょうね。でも、映像を直接、脳に送り込んであげれば嫌でも理解すると思うわ」
大切な女一人の絶望も防げなかった、ロクデナシ。
「だって、宇宙人が目の前に居るんだから。これ以上の証拠が有る?」
これからは俺が守ってやるって、電話で伝えた、たった一文の約束さえ守れなかったゴクツブシ。
「自分が何をやってきたのか。何をやっていたのか。知った時の表情が今から楽しみで仕方無……嫌だな、そんな怖い顔で睨まないでよ」
古泉に約束した。ずっと支えていくって言葉は紙切れみたいな薄っぺら。
「大丈夫よ。貴方には何もしないから。貴方には何も出来ないから。だって貴方、何者でもないでしょう?」
朝比奈さんが涙を流しながら、伝えてくれた事さえ踏み躙って。
「誰も咎めないわよ。貴方はただ、『自分は一般人だ』っていう免罪符を抱えて、嵐が過ぎるまで眠ってしまえば良いの」
俺は何をやってんだ。
「全て、夢だったのよ。神に愛された哀れな一般人さん」

俺は一体、何をやってんだ!

クリスマスイブ。失踪した少女一人。
クリスマスイブ。疾走する少年一人。

夢は叶わない。なんて現実を見せ付ける為に、俺達はこれから子供達に「サンタクロースは居る」って嘘を吐くんじゃない。
そうじゃない。そうじゃないんだ。
「待ってろ、ハルヒ」
どこに居たって。例え地球の裏側だろうと。デートの待ち合わせ場所に俺は今日中に迎えに行ってやる。
もしもサンタクロースが居るんなら。一晩で地球に住む子供達の枕元にプレゼントを届け終える、その魔法のソリをぶん捕って。
お前の元に辿り着くから。
だから、待ってろ。
サンタクロースが居ないなら。
俺がお前のサンタクロースに扮してやる。
恋人がサンタクロースを地で行ってやるとも。
だから……だから!
「俺が行くまで、泣くんじゃねぇぞ!」
涼宮ハルヒは。その女は髪の毛一本から足の爪の先まで。涙の一粒は言うに及ばず。
全身まるっと、俺のモンだ。
宇宙人になど、絶望になど、やるものか。

ソイツは、俺の恋人だ。


サンタクロースは……そうさ。ソイツは白い髭も無きゃ赤い服も着てないが、それでもここにいる。

街はクリスマス一色に染まっていた。なんてもうそろそろ慣用句になっても良いであろう言葉を恥知らずにも使ってしまいそうな、そんな商店街を走り抜ける。
恋人を探して走り抜ける。
涼宮ハルヒを目指して、走り続ける。
どこに有るのかも分からないゴール。道を歩く人達にぶつかり、謝り、そしてまたぶつかりながら、走る。
クリスマスに何をやってんだ、俺は? なんて疑問を抱かない事も無い。
だけど、左足は止まらない。
どこに居るかも分からないのに、何してんだ? なんて弱音を呟かない事も無い。
それでも、右足は止まらない。
止まりはしない。
宇宙人の妨害が有ったと仮定した場合。ただの人間である俺には何も出来やしないってのは、分かる。
分かるさ。
それを朝倉がしていないなんてのは楽観視が過ぎると思うし、歩を進めたってそれこそ無駄足に終わるだろう事も理解してる。
だが。
だが。
それがどうした。
一般人だからなんだってんだ。一般人だから諦めろってのか。
ふざけんな。ふざけんじゃねぇ。
俺はただの人間、ヒーローなんかじゃない。
俺はただの人間なんだ。間違ったってヒーローなんかにゃなれはしない。
そんな事は分かってんだ。
だが。
だが!

そんな事は俺にはどうだっていいんだよ!!

地球の裏側だろうが閉鎖空間だろうが位相空間だろうが、そんな事が関係有るか?
アイツが泣いてりゃ、俺がやって来るのは、そんなのは当然の事なんだ。
疑問を挟む余地も無い。
有るはず無い。
宇宙人がどうした? 自律進化がなんだ?
そんな訳の分からない単語で、諦めろって言う方が俺に言わせたらどうかしてる。そうだろ?
救う、なんて格好良い事を言うつもりは一つも無いさ。
だけど。
アイツが宇宙人に囚われてるってんなら。
俺も一緒にその檻に入って朽ちてやる。
その程度の覚悟は、一般人にだって出来るんだ。
その程度の覚悟も無しで、俺はアイツに告白した訳じゃないんだ。
俺は。
宇宙人に歯向かう事も出来ないし。
未来人に刃向かう事も出来ないし。
超能力者に手向かう事も出来ないけれど。
それでも。
運命に立ち向かう事だけは止めやしない。

そんな決意を固める俺の前に、立ちはだかる少女一人。
宇宙人一人。
赤いジャケットに赤いスカート。ご丁寧に赤い帽子まで被った、今日というこの日に余りに似つかわしい格好をした少女一人。
今日は珍しく制服じゃないんだな、お前。
「で……何、やってんだ、長門?」
「……分からない?」
「俺にはクリスマス恒例のケーキ屋のバイトをしている様に見えるが……肝心の売り物は見当たらないな」
「アルバイトはしていない」
だろうさ。宇宙人がバイトをしてるのは喫茶店だけで十分だ。
「じゃ、なんでサンタのコスプレなんかしてんだよ」
「似合ってない?」
似合い過ぎてるのも、それはそれで問題では有る気がするぞ。
本来、その服装は恰幅の良い白髭爺さんが着るモンだからな。
「……そう」
「ああ、そうだ。ところで、長門。丁度良かった。お前を探してたんだ」
息巻いて少女の肩を掴もうとしたら、避けられた。……危害を加えるつもりはなかったんだが、確かに少し切羽詰っていて鬼気迫っていたかも知れん。
深呼吸だ、俺。深呼吸。
「今朝からハルヒと連絡が取れない」
「……そう」
「どうも朝倉が一枚噛んでるみたいでな」
朝倉の名前に眉一つ動かさない少女。いや、よくよく考えれば長門の表情が動く方が珍しいのだろうと思い直す。
……だが、コイツのモノであれば1ミリの変化も逃さない程に熟練した俺の目から見ても無表情にしか取れないって事は……朝倉の回帰は既知の事実と見るのが妥当、か。
「……そう」
「何とかならないか!?」
俺の問いに長門は数秒沈黙した。一秒が数分にも思える。クイズ番組で正解発表の前にCMが入るみたいな焦燥が俺の中に生まれた頃、少女はその葛藤を待っていたみたいにゆっくりと口を開いた。
「わたしと情報統合思念体との接続が、昨日をもって永続解除された」
「……それって……何も出来ない、って意味か?」
頼みの綱。そう思っていた最終兵器長門が、ここでもまた頼り切るしか出来ない俺を嘲笑うみたいにプチンと切れた。
「今のわたしに出来る事は、そう多くない」
……そう多くない。
その言葉はつまり。裏返せば少ないけれども出来る事は有る、って意味か。そう前向きに受け取らせて貰うぞ、長門。
「例えば、朝倉涼子の存在に介入する、などは不可能。同様に彼女の情報操作に手を出す事も出来ない」
オウ。一番、やって欲しい事を先回りで否定されちまった。
「情報操作に必要な処理能力(キャパシティ)で、思念体との接続が無いわたしでは朝倉涼子に敵わない」
「……よく分からんが……じゃあ、打つ手は無いのか?」
「涼宮ハルヒは朝倉涼子によって位相空間へと移動させられている」
位相空間……ね。つまり、ハルヒはこの世界には居ない、ってそういう事か。
「そう」
この世界とは少し軸をズラされた世界。それは閉鎖空間と似てるかも知れない。
どちらにしても決定的なのは、俺一人で「そこ」へは辿り着けないという事。
どれだけ歩いても。どれだけ走っても。
ハルヒの元へ行く事は適わず。涙を拭いてやる事なんざもっての他で。
「なぁ、長門」
アイツを迎えに行ってやれるのなら。宇宙人にでも未来人にでも超能力者にでも、何にだってなってやるのに。
それこそ命だって、惜しくは無いのに。
だけど、どれだけ頑張っても人間は空を飛べないように。
今の俺には、手立てが無い。
「……結論を頼む。俺には……『ただの人間』にはやっぱり何も出来ないのか?」
今日、何度目かの無力感にして、今日、最大級の絶望感。俺がどんな顔をしていたのか、なんてのは想像に難くない。きっと、過去、最悪に気持ち悪い泣き顔を浮かべてやがるんだ。
ああ。
なんて、馬鹿な話だ。
なんて、陰惨な話だ。
希望ってのは、いつだって諦めなければどこかに転がってるんじゃなかったのか?
そういう意味を込めて、「サンタクロースは実在する」と。俺達は教えられて、また教えていくんだろ?
だってのに。
やっぱり、世の中には神も仏もサンタクロースも無いって。
そう教える為だったってのかよ。
なら、長門が着てるその服は、とんだ皮肉だな。なぁ? 今年一年、お世辞にも良い子とは言えなかった俺に、絶望を届けに来た、ってか。
……勘弁してくれよ。
……ホント、勘弁してくれ。
「違う」
何がだよ、長門?
「サンタクロースは、良い子にプレゼントを届けに来る者だと聞いた」
「ああ、そうだな。だから、良い子じゃなかった俺には逆プレゼントってそういう事だろ?」
ゆっくりと俯けていた顔を上げると、長門は、あの、深い深い見通すような眼で俺を見つめていた。
負けず嫌いな宇宙人が、その瞳から顔を覗かせているように、俺には見えた。

「今日のわたしは、サンタクロース」


6.Couter Attack From Fantasy

……役柄をいつの間にか取られてしまっていた。いや、まぁ確かに俺は私服でお前はサンタルックだが。
どっちがサンタらしいかと道行く人に街頭アンケートを取ったら百人中百人が長門を推すだろうけれども。
「サンタクロースとは古今東西」
いや、古今はともかく東西はどうかと思う。
「クリスマスイブの夜、良い子にプレゼントを届ける、不法侵入を趣味とする深夜徘徊老人。通俗的な言葉で言えば不審者」
不審者て。宇宙人に情緒が無いなどと俺は思いたくないぞ。
「わたしは老人と言うには年齢は足りないが、今日は代役なので問題は無い」
「そうかい。で、そのサンタクロースさんは一体全体近所の商店街で何をしてるんだ?」
「プレゼントの調達」
「なるほどな。だから……ん? の割には手が空いてないか? 今から調達に行くところだったのか?」
「そう」
ふむ。長門は長門で思うところ有ってここに居るのであって、俺を探してくれていたと考えるのは、少し自意識過剰過ぎたみたいだな。
……ん? だが、この商店街に玩具屋は無いぞ?
「貴方を探していた」
「いや、だからお前はプレゼントを調達に……えっと? 意思の疎通に齟齬が生じてるぞ、長門?」
「つまり」
長門はビシリと俺を指差した。どっかのセールスマンみたいに背景に落雷が描き込まれる事こそ無かったが、それでもその指は俺の心臓を1ミリの誤差も無く穿っていた。
「プレゼントは、貴方」
「へ? へ?」
「わたしは考える。今年、SOS団で一番良い子だったのは彼女」
彼女。
「しかし、彼女は位相空間に居る為、地球人であるサンタクロースではプレゼントを届けられない可能性が極めて高い。だから、代役」
位相空間に閉じ込められた彼女。それはつまり。
「涼宮ハルヒは貴方から見て、今年一年良い子だった?」
答えるまでも無い。
そんな質問、最初から成り立ってないじゃないか。そうだろ、長門。
俺が何を言うか、分かっててのその問い掛けは、なんってーか、今のお前は凄く人間臭いよな。
その質問とも言えない只の確認に、朝比奈さんならきっとこう言うさ。
このやり取りも規定事項です、ってな。古泉なら予定調和です、とでも言いそうだ。
でもって俺は涙を拭いて、満面の笑みで、ハルヒに負けないくらいのしたり顔で、こう答えてやるんだ。

「アイツ以上に素直な良い子が居るってんなら、今すぐ俺の元に連れて来い。ってなモンだ」

サンタクロースは降板となってしまったが、まぁ、いいさ。プレゼント? 万年平団員にしちゃ上等な扱いじゃないか。
恋人は恋人らしく、サプライズプレゼントってのも。ベタだがそれはそれで悪くないだろ?

ただの人間。支えられて立っている。そうさ、俺はただの人間。
ただの人間。一人じゃ立てない。だって、俺はただの人間。
だけど、もうそろそろ「ただの人間」って言葉を逃げ口上にするのは止めにしようと思う。
ただの人間。「だから」俺は宇宙人の前に立てる。
ただの人間。「だから」俺はアイツの恋人。

知ってるか? いつだって、子供の眠っているその枕元にそっとプレゼントを置いておくのは「ただの人間」の仕業なんだぜ?

いつものあの公園で、俺は宇宙人に声を掛けた。
「よ。奇遇だな、朝倉。折角のクリスマスイブに一人かよ、お前」
振り向いた殺人鬼に、ニヤリと笑うプレゼント。隣に赤服少女を従えて。
悪い。大分、待たせちまったな。でも、オープニングはここまでだ。さぁ、始めよう。始まった瞬間にエンディングの、つまらないクリスマスムービーを。
狼煙を上げろ。前を向け。睨み付けろ。眼に映るは憎き恋敵。俺の恋人を攫った女。俺の恋人を泣かせた女。毅然としろ。傲慢になれ。
今日のこの日が俺の味方だ。良い子にプレゼントを届けるのは、クリスマスなら「当然」の「ご褒美」なんだからな。
サプライズの準備はオーケー? なら、やろうぜ。反撃開始ってヤツを。

では、満を持して。(大きな声でタイトルの方をご唱和頂けたら幸いだ)

サンタクロース、登場(オンステージ)!!

朝倉涼子は笑った。まるで教室に居た頃と変わらない、朗らかな顔で笑った。
「私が一人だったら、貴方が今夜付き合ってくれるのかしら? でも、もう隣に可愛い女の子が居るみたいね。長門さん、久し振り」
場にそぐわない、余りにもいつも通りな笑顔がコイツの狂気を何より雄弁に語っている。
「残念だが。いや、別に全然残念でも何でもないが、しかし俺には先約が居てな」
「そっか。で、何しに来たの?」
一転、つまらなそうに嘆息する少女。何しに来たか? 決まってんだろ?
「その先約を迎えに来たんだよ」
「へぇ。でも」
辺りを見回しても、俺達三人の他には誰もいない。そりゃそうだ。クリスマスにツリーの一つも無い公園が人気なはずは無いからな。
「いないみたいね。何時に約束してたの?」
「一時」
「なら、残念ね。もう五時過ぎだもの。流石にこの寒い中を四時間もその子だって待ってられないわ」
「かもな。でも、それはソイツが普通のヤツだった場合だろ」
俺の恋人をそんじょそこらの女と一緒にしないでくれるか。アイツは諦めが悪いんだ。俺と同じくらい、いや、俺よりもずっと諦めが悪い女なんだ。
「私の眼には涼宮さん、映らないけど? 貴方の眼は特別製なの?」
いけしゃあしゃあと言いやがるね。顔色一つ変えずに嘘を吐く、お前の表情筋の方こそ特別製じゃないか?
違った。宇宙製か。
「まさか。俺にも姿形の欠片も見えないぜ。だけどな」
空間をズラされていたとしても。
それでもアイツはここで待っている。
四時間だって、五時間だって。一日だって、一年だって。
「知ってるか、朝倉。昔の偉い人はこう言ったんだそうだ。『大切なものは目には見えない』ってな。含蓄の有る言葉だろ」
俺の口から出てしまえば、それは少し軽薄に聞こえるかも知れないが。構いはしないさ。
「返して貰うぜ、俺たちのクリスマスをな」

話は少し遡る。
「朝倉涼子の情報操作に干渉する事は今のわたしには出来ない」
「それは聞いた」
「しかし、位相空間に侵入するだけならば、出来ない事も無い」
それを先に言え、長門。ってか、それなら朝倉にバレないようにハルヒを連れ戻せば良いだけの話じゃないか?
「それは不可能」
「ハルヒを連れ戻すのがかよ?」
「違う。朝倉涼子に気付かれない事が、不可能。今のわたしの処理速度では、力技で位相空間に穴を開けるのが限界」
なるほどな。つまり、だ。
「ハルヒと一緒に死ね、って事か」
「貴方が決めて」
「長門は? お前はどうするんだ?」
俺一人がハルヒと添い遂げる分には、別に問題は無い。元よりその腹は括っていた。だが、長門は違う。
コイツを巻き込むわけにはいかない。
「お前は、その……逃げられるのか?」
俺の言葉にジッと、視線を返す少女。
「わたし達は、SOS団」
長門は、長門でありながら、長門じゃないみたいに、けれどどこか長門らしい言葉を、続けた。

「不思議が有る所から、わたし達は逃げない」

俺の中で今年、最高に男気溢れるサンタクロースが決定した瞬間だった。

「クリスマスを返せ? 生憎わたしは暦を動かしたりは出来ないわよ。やっぱり貴方、面白い事を言うのね」
「お前の厚顔には敵わないけどな」
そう言って、俺は朝倉の横を通り過ぎる。
「涼宮さんが見えるの?」
「いや、見えない」
通り過ぎる際に俺の妨害をしなかったのは、それが必要無いとコイツが高を括っていたからだ。
予想通り。
コイツは俺達に危害を加えない。
ハルヒっていう宇宙人にとって一番の駒を既に手中にしてしまっているから。朝倉は俺達にそもそも、関心が無い。
親玉の助力を請えない長門は物の数じゃないだろうし。況(イワン)や何の力も持たない一般高校生なんかに危惧を抱く、それ自体が有り得ない。
「涼宮さんの声が聞こえるの?」
「いや、聞こえない」
「涼宮さんの匂いでも嗅ぎつけた?」
「犬じゃねぇんだから」
「じゃあ……じゃあ……」
「あーあー。俺にはハルヒの影も形も何もかも見えねぇよ。だけどな。先刻も言ったが、見えるものよりも見えないものの方が価値が有るんだ」
言いながら長門から貰った針を右の手首にチクリと刺す。

片手だけ。片手の、それも手のひらだけ。今の長門にはそれが精一杯らしい。
だけど十分だ。十分過ぎるね。

「俺は、ハルヒの事を信じてる」
見えないからこそ、それは価値が有る。
「俺は、俺を信じるハルヒを信じてる」
長門にだって、今のハルヒの居場所は分からない。けれど、俺には分かる。
「俺は、俺が必ず迎えにやってくるとハルヒは信じていると、信じてる」
視覚の有無なんか、問題じゃない。
「俺は、アイツが諦めの悪い女だと、信じてる」
聴覚なんか、必要ですら無い。
「俺は、アイツが何時間だって俺を待ってくれていると、信じてる」
ほら、握り返してくる、手がそう言ってやがる。
「このベンチに、アイツはずっと座ってる」
ほら、手のひらに感じる確かな温かみが。

そうさ、全てだ。

「涼宮ハルヒはここにいる!!」
「キョン! わたしはここにいる!!」

引っ張りあげて、何も無かった空間から腕が生え、胴が生え、脚が生え、そして、アイツがその眉を得意げに跳ね上げた。

「遅い! 罰金!」

「うっせぇ! 最短距離だ、この馬鹿! 心配掛けやがって!!」
「アンタが心配ぐらいさせろ、ってこないだ言ったから、わざわざ心配させるシチュエーションを作ってやった事ぐらい察しなさい!」
「嘘も休み休み言いやがれ! お前、目が真赤じゃねぇか!」
指摘してやると、ハルヒは目元を擦った。そして俺をジト目で睨み付けた後に、無言で立ち尽くす朝倉へと向き直った。
「賭けはアタシの勝ちね、朝倉! 言ったでしょう。SOS団の団員は、次元の一つや二つ、モノともしない粒揃いだって!!」
……どうやら、俺の知らない所でこいつらは賭けをしていたらしい。全幅の信頼を寄せられてるのは喜ぶべき所なのだろうが……素直に喜べないのはなぜだろうか。
「……どうして、そこに涼宮さんが居るって、分かったの?」
「愛の力よ!」
ハルヒ。お前は黙ってろ。
「……愛の力」
長門よ。ブルータス、お前もか。

「愛の力だ」

……ああ、俺も谷口が言うところの「涼宮菌」に感染しちまってたらしい。

「愛の力? 馬鹿馬鹿しい。でも、本当に不思議だわ。長門さんには見えないように位相空間を創ったはずなのに」
……何か気の利いた理由を朝倉に嘯いてやりたかったが、生憎、本当に「愛の力」もしくは「信じ合う心」ってのが理由だったりする。
上手い嘘が出て来ない。こんな時、古泉が居れば嘘八百に美辞麗句を混ぜ込んで口からでまかせてくれるんだがな。
まぁ、無いものねだりか。仕方ない。
「これで、三対一よ、朝倉! 神妙にお縄に付きなさい!」
言ってハルヒが左手を俺に預けたままにファイティングポーズを取る。宇宙人相手に徒手空拳とか、本当にコイツは頭が良いのか悩んでしまう訳だが。……そしてそんな阿呆が俺の恋人な訳だが。
その阿呆さ加減は別に、嫌いじゃないけど……な。
「ふぅん……ただの人間が二人に、今や『抜け殻』も同然の長門さん。えっと、冗談よね?」
朝倉の言葉は、決して嘘じゃない。宇宙人の力は、俺も幸か不幸かよく知っている。俺とハルヒでは長門の足手纏いにしかならないし、そもそもその長門が現状、朝倉の相手にすらならないらしい。
「ハルヒ」
「何よ」
「悪い。多分、この勝負は勝てん」
「キョン! アンタ、常勝不敗のSOS団が負けるなんて幻想抱いてるんだったら、そんなものは今すぐ捨てなさい!」
俺は、ハルヒの目を見つめた。右手はその小さな左手を握ったままで。

涼宮ハルヒは、震えていた。俺もまた、震えていた。死ぬのは怖い。
だけど。
お互いが、お互いを失う事の方が、よっぽど怖かった。
温かいその手を、握り締める。握り返されて、更に手に力を込める。

「死ぬ時は道連れよ、キョン」
「オーケー。地獄への道案内は任せろ」
ああ、やっぱり俺達にはロマンティックのロの字も無い。
けれど、この右手に体温を感じる。
それで十分だ。十分過ぎるだろ。
それが全てで、俺はそれで良い。
ハルヒと手を繋いでいられるなら。俺はそれだけで良い。

我ながら、安い男になっちまったね。

だが、コイツの体温以上に高い買い物が有ったら、それはそれで教えて欲しいくらいだとも思うんだよ。


7.St.claus On Stage

死ぬ覚悟なんて決めなくても良い。
死ぬ時には死ぬ。そんなのは言うまでも無く当然だ。ただ、その時は。出来るなら。
「俺はお前を守って死んでやる」
啖呵を切った瞬間に右脇腹に肘が入った。隣に居るハルヒによるものだなんてのは、説明の必要は無いよな。つか、コイツ容赦無ぇ……地味に痛い。
「ちょっと、キョン。勝手に死なないでよ」
「人が格好付けてる時に茶々を入れるな!」
「アンタ、最近口上が多過ぎるわよ。中学生じゃないんだし、アタシの彼氏なんだからもう少し大人になってくれないかしら?」
ダメ出しをされてしまった。ってか、お前は何か? 彼氏が格好良くて腹を立てるって実は俺の事を嫌いなんじゃないのか?
「……違うわよ」
照れ隠しにぶー垂れながら、ハルヒはニッと笑って見せる。おお、器用な表情筋をしてやがるな。お前も宇宙製か?
「アンタは死なないわ。アタシが守るもの」
しれっとした顔で本来なら長門の立ち位置であるはずのキャラクタを奪いやがった! 何、この恋人怖い!
「大体」

「アンタ……一体何しに来たのよ! 何やってんのよ!!」

まくし立てるハルヒ。散々な言われようだよな……コレ。
「一緒に死にに来たんだが」
「……残念だけど、アタシには心中の趣味は無いわ」
「だったら、一緒に抗いに来たって事にしとくよ」
「物は言いようね」
先刻から一々突っかかるじゃないか、ハルヒ。いや、コイツはその口振りがデフォルトなんだけど。しかし、朝倉から全てを教えられたにしちゃ、変化が無いのは……別に、良い事だけどな。
「まぁ、勝ち目は無いんでどの道一緒だけどさ」
「アンタ、ホントに格好悪いわね」
それは彼氏に向かって言ってはならない言葉だろ、間違いなく。「気持ち悪い」って言われるくらい凹むから、マジで。
「アタシはね」
握られている右手に少しだけ痛みを感じる。握り返すと、ハルヒは満面の笑みで俺に向かって叫んだ。
「勝ち目なんか無くったって、虚勢でだって良いから、それでも困難に立ち向かう男を好きになったつもりなんだけど?」
流石、SOS団団長は言う事が違う。長門に輪を掛けてオトコマエな台詞を恥ずかしげもなく言い放ち、そしてその言葉に嘘偽りなんて一ミクロンも無いモンだからそれが凄ぇ似合ってやがる。
そんな女が、俺の恋人。
そんな女の、俺は恋人だから。
だから、俺は死ぬなんて後ろ向きな事は言っちゃいけないんだろう。
そういえば四日前、約束したっけか。

『だったら、二度と、あんな下らない発言はしない事ね』
『ああ。二度と口に出さないのは無理かも知れんが、努力はしてみる』

だったら、下らない発言はしちゃならないよな。ああ。そうだ。
俺は、ハルヒの、この底抜けに前向きで、天井知らずに最高な、この女の恋人なのだから。
であるならば。きっと啖呵、ってのはこんな風に切るモンだ。
雪が、まるで待っていたみたいに、タイミングを見計らったみたいに、降り出した。
神様の、粋な計らいってか。
舞台を整えて、舞台は整って。そしてクリスマスプレゼントは虚言を吐く。
その言葉に根拠なんかは無くったって。
それでも、俺は構わない。

それでも、俺は構わない!

「良いか、ハルヒ。絶望はここまでだ。
こっから先は、『お前』の雑用係が全部肩代わりしてやる。
見ろよ。誂えたようなホワイトクリスマスだ。
街を染めるこの雪みたいなまっさらな白紙を、お前の未来にプレゼントしに来たぜ」

良い子の願いが叶う日に。
俺は平気の平左で嘘を吐く、そんな悪者(オトナ)になる決意をした。


ハルヒと俺と長門が睨み付けるその先で佇む、少女が笑った。
嘲笑った。
「抗う方法すら無いのに、どうやって抗うの?」
朝倉に走り出そうとした、長門が唐突に転ぶ。まるで見えない壁にぶつかったみたいに、すっ転んだ。いや、まるで、じゃ無いのか。
「有希!? アンタ、アタシの大切な団員に向かって何をしたの!?」
朝倉に向かってハルヒが投げた石は、朝倉とハルヒの丁度中間辺りの空間で、何かに当たって砕け散った。
……砕け散った?
ハルヒの投石がどれだけ凄まじかろうと、それでもぶつかった石が砕け散るなんてのは有り得ない。ハルヒも同じ考えに行き着いたのだろう、慌てて長門の元へ駆け寄る。
「有希! 大丈夫?」
「おい、長門!」
そう、長門の体が先ほどの石と同様の目に遇っているならば。だが、最悪の展開だけは免れたらしい。長門は無傷とは言えなかったが膝小僧を擦り剥いたくらいで済んでいる。
「最初だけ、サービスしちゃった。私としても長門さんを傷付ける理由が無いし、ね」
朝倉は楽しそうにそう言った。チクショウ。完全に手のひらの上で弄ばれてやがる。俺たちは孫悟空じゃねぇんだぞ? 第一、こんな慈悲の欠片も無い釈迦なんざ居て堪るかよ。
長門の介抱をハルヒに任せて、俺は投石を試みる。だが、朝倉に向かってではない。全く逆。正反対だ。
俺が投げた石は砲丸投げよろしく高い放物線を描いて落ちる。それは公園の敷地を越えて……越えた?
って事は退路は残されているって事か!?
「撤退だ。逃げるぞ、ハルヒ。立てるな、長門」
殺人鬼に聞こえないように声を潜めて喋ったはずだったが、本当に俺は浅はかだとしか言いようが無い。
宇宙人に、拾えない音なんて、地球上に有りはしないのだから。
「うん、それ無理」
立ち上がったハルヒの脚が、しかし左手を引く俺に反してその右足は一歩たりとも踏み出さない。違う。踏み出せないのか。
「貴方と長門さんはどこに行ってくれても良いんだけど、でも、涼宮さんはダーメ」
ハルヒが今にも泣きそうな顔をする。止めろ。お前にそんな顔は似合わない。
「おい、ハルヒ。先に言っておくが自分を捨てて先に行けとか、そんな馬鹿な事を言い出すんじゃねぇぞ」
長門の方を見ると、少女は俺の視線にこっくりと頷き返した。ミリ単位とかの分かり難い返答じゃない。それはそれは人間みたいにこっくりと頷いた。
良い仲間を持ったね、俺は。
「……でも!」
「でももへったくれも有るか。言っただろ。死ぬ時も、生きる時も、俺たちは一緒だ」
健やかなる時も。病める時も。
俺はお前の傍に居る。ようやく捕まえたんだ。放すものかよ。
文字通り「手」放すものか。
ハルヒが眼を潤ませる。一度だけ眼を瞑り、そして再び眼を開けた時には、そこから迷いとか自己犠牲とかそんな感じのヤツが残らず消え去っていた。
いつもの、ハルヒがそこに居た。
「有希! キョン!」
「何?」
「あいよ」
ハルヒの上半身はまだ動くらしい。ソイツは白いコート(クリスマス使用だろう。俺とのデートのために着てくれたのかね。今度、機会が有ったらじっくり眺めてやりたい)のポケットから、
団長
の腕章を取り出して、その右腕に通した。
……デートに何持ってきてんだ、お前は。今日はデートのつもりだったんだよな? そうだよな!?
立つ瀬が無い、とはこんな時に使う言葉なんだと思う。俺は本当にコイツの中で「彼氏」のポジションに居るのか、少しばかり不安になってきた。
「ごめん! 一緒に……ずっと一緒よ! これは、団長命令! 神聖にして不可侵の象徴たる団長の命令は!」
自然、口元が緩む。ああ、それで良いんだ、ハルヒ。
お前は、それでいい。俺たちは、俺たちの意思で、お前に着いて行く事を決めたのだから。だったら、お前はその持ち前の豪腕で。
俺たちに無茶振りをしてればそれで良いんだよ。
「「絶対」」
長門と俺の声が重なって、ハルヒは泣きそうな眼で、今にも涙が零れそうな眼をしてるくせして、それでも百万ワットの笑みで笑った。
腹は決まった。心は決まった。
雪がちらちらと降りしきる。中で俺たちは対峙する。
朝倉涼子と、対峙する。

実際問題、俺たちに対抗手段なんか有りはしない。
精神論だけで、人は空を飛べない。ハングライダーもパラシュートも無しに崖から飛び出すような無謀を、今、俺たちはやろうとしてる。
けれど、例えば。
落ちていく恋人を前にして、崖を飛び出さないヤツは果たして居るだろうか。
居たとして。俺はそれを恋人とはきっと呼ばないだろう。
そんな感じで。
「有希。アンタも宇宙人なんでしょ?」
「そう」
「だったら、朝倉に一泡吹かせられない?」
ハルヒの質問に、答えたのは長門では無かった。
「無理よ、そんなの。今の長門さんは情報統合思念体との接続を切られてるんだから。だから、こんな越権行為が出来るんだけど……けれど、長門さんの行動は理解不能。バグかしら?」
バグ? 違うね。それは感情ってシロモンだ。
俺はもう、誰にも長門をロボットだなんて呼ばせない。コイツは自分の意思をもってここに立つ、今年最高のサンタクロースだ。
ロボットだなんて、呼ばせない。
「例えるなら、今の長門さんはコンセントの刺さっていないノートパソコンみたいなモノなの。インターネットにも接続されてない、ね。
待機電力で行動するには限界が有るし、何より身体維持以上の余剰メモリなんて、ほんのわずか」
そのほんのわずかを振り絞って、俺の右手に位相空間へ介入する力を与えてくれたのか。
自身が消失するかも知れない危険まで侵して。
長門は……この愛らしい読書好きな宇宙人は、紛れも無いSOS団の団員だ。
「そうね……」
朝倉がころころと笑う。じっと睨む俺たちなどまるで南瓜か大根みたいにしか思っていないのだろう。
ハルヒだって只の観測対象以上では、コイツの中では無いんだ。
朝倉と長門は違う。
「もしも、涼宮さんに願望実現能力が少しでも残っていたら……そしたら少しは抵抗出来たかも知れないけど」
願望実現能力。その言葉に不安になってハルヒの顔を覗うと、案の定ソイツは形の良い眉を歪ませていた。
「ハルヒ」
「何?」
「お前のせいじゃ、無いからな」
「……分かってる」
「皆、知っていて自分からハルヒタイフーンに巻き込まれたんだからな」
「……言われなくても……分かってるわよ、馬鹿キョン」
「そうかい」
その割に納得入ってない顔をしてるのはどういう事だと問い詰めようとして……止めた。下らない台詞は出来るだけ自重するって約束だったし。
だから、言葉の代わりにハルヒの頭を撫でる。ポンポンと、その頭を叩いてやった。
……ハルヒにこんな風に触れたのは、初めてかも知れない。
「朝倉涼子の目的は涼宮ハルヒが失った願望実現能力の回帰。反応してはならない」
なるほどな。追い詰められて、それでハルヒの力が戻っちまったらそれこそアイツの思う壺ってそういう事か。
「あーあ、バレちゃったか」
朝倉はまるで悪びれずに。どころか楽しそうな音さえ声に乗せてそう言った。
「でも、涼宮さんの力が戻ってきたところで……それにしたってどっちみちかな。長門さんよりも私の方が処理速度がうんと速いから。願望実現能力への介入方法は以前に長門さんが暴走した時に解明されてるし」
打つ手無し、って事かよ。暗澹たる未来予想図に沈黙する俺の、しかし隣から声がした。
場違いに楽しそうな、声が。
勝手に進めていた企みの全貌を発表する時の、あの声が。
最高に最強な時にのみ発せられる、あの声が。
涼宮ハルヒの、よく通る声が。
「アタシの力が有れば、アンタに対抗出来るかも知れないのよね、朝倉」
「お、おい、ハルヒ!?」
「シャラップ! アンタは黙ってなさい、キョン」
ぴしゃりと叱咤される。ほとほと思うが、コレが恋人に対しての扱いだろうか。扱いで、良いのだろうか。
俺は断じてMでは無いぞ。
「例えばそれは、どんなに小さくても構わないの?」
ハルヒが何を考えているのか分からない。きっと、朝倉も俺と同様だったのだろう。不思議そうな顔で、何を言っているのも何を言いたいのかも分からないといった顔で、朝倉は返答した。
「そうね。元々、力としての種類が違うから比較は難しいの。ただ、あんまり小さくてもどうしようもないけれど。何、涼宮さん。貴女、願望実現能力をどうやって自分が取り戻せるのか知っているの?」
知っているんだったら教えて欲しいなと。朝倉は一年前に教室で見せた苦笑いを浮かべる。朝倉にシンクロするのも余り歓迎したくはないのだが、俺もやはりと言うか、同様に頭を悩ませていた。
ハルヒは何を言おうとしてる?
ハルヒは何に気付いた?
なんでコイツはこんなに自信たっぷりのオーラを放ってやがるんだ?
問い掛けるように長門の方を見たが、相変わらずの無表情は俺に何の答えも齎(モタラ)してはくれなかった。
「そんなの知らないわ。願望実現能力? 自覚も無いし、アンタから映像として見せられはしたけど、それでもアタシにそんな力が有ったのか半信半疑ってのが正直な所ね。だけど」
涼宮ハルヒは胸を張った。ふんぞり返った、ってのが正しい表現かもしれない。そして、俺は知っている。
こんな表情をしている時にハルヒに勝てる存在は、それこそ宇宙中を探したって居やしないって事を。
「だけど、その力をまだ少しだけ持っている相手には心当たりが有るのよ」
そうか! そういう事か!
俺の顔を見て、俺もソイツの存在に行き当たった事にハルヒは気付いたのだろう。にんまりとソイツは笑った。
そして、星の代わりに雪降りしきる、冬の夜に向かって天高く、叫んだ。

「出番よ、古泉君!! ここで出て来なかったらSOS団を永久除名なんだから!!」

この時、宇宙の中心に居たのは、間違い無くハルヒだ。
涼宮ハルヒの願望は、願いは、望みは、実現する。
叶えるのは誰か。決まっている。
ソイツは「SOS団プロデュース」ってヤツさ。



靴がコンクリートを叩く音が、雪に音を奪われて静まり返った公園にやけに響く。
それは少しづつ、こちらに近付いて来る。後ろから、近付いて来る。
ソイツなら。俺の知っている男ならば。こんな状況で、俺たちの事を覗っていない訳が無い。俺は振り返る事も無く、少年に声を掛けた。
「案外早い再会だったな。美味しい所を持ってくじゃないか、千両役者」
「いえ、そんなつもりは有りません。出て来るつもりも、有りませんでしたし。ただ、ですね……」
遅れてきたSOS団副団長は俺たちと肩を並べる。どんなツラを提げてやがるんだか。いつものニヤケスマイルか? 違いないな。
「流石に永久除名はご勘弁頂きたいと、思いまして」
クスクスと笑う古泉に、同調するように笑う俺。へぇ、秘密機関の工作員でも仲間外れは怖いって?
笑わせやがる。良いね。お前の口から出たにしちゃ今期最高の冗談だぜ。
「……能力者」
朝倉の呟きに、ハルヒは得意げに鼻を鳴らした。
「そ。超能力者。アタシの力に誰よりも影響を受けた人。ねぇ、古泉君? まだ超能力は失ってないのよね?」
そのやり取りは予定調和みたいにぴったりで。
「ええ。良くご存知ですね、涼宮さん。閉鎖空間……力を振るう場所こそ失いましたが、しかし僕はまだ超能力者ですよ」
古泉は微笑む。余裕たっぷりに。
「僕の力が、お入用ですか?」
「うん、そう! 有希に分けてあげて貰いたいのよ!」
ハルヒが微笑む。皮肉たっぷりに。
「さぁ、これで五分よ、朝倉!」
「五分? 何を言ってるの、涼宮さん。言ったでしょう。今の長門さんに余剰メモリは残されていない、って」
朝倉が一歩、こちらへと足を進める。俺と古泉は、女性陣を守る盾になるよう動いていた。
「つまりね。長門さんが今から、古泉一樹の力に接続してそれを増幅するプログラムを組み立てるのには凄く時間が掛かるって事なの」
時間が、無い。
「多分、一ヶ月くらいかな? 私は気の長い方では無いからそこまで待っている事は出来ないわ。だって、私は急進派だもの」
一ヶ月。そんな余裕は、有りはしない。朝倉の口から放たれる希望を尽(コトゴト)く打ち砕く現実に、けれど俺は焦燥していなかった。
俺だけじゃない。ハルヒも、長門も、古泉も。まるで焦っている素振りすらない。
ってか、この展開でなんで朝倉は気付かないんだ?
「なぁ、朝倉よ。自信たっぷりな所に水を差すようで、非常に悪いんだけどさ」
俺の言葉を、長門が継ぐ。
「貴女には失念している事が一つ有る」
長門の言葉を、古泉が継ぐ。
「それはつまり、時間は幾らでも有るという事なのですが」
そして……まぁ、最後の締めはお前が順当だよな。古泉の言葉を夜空に向かって人指し指を高く掲げたハルヒが継いだ。

時間はどこに有るのか。決まっている。俺たちの時間は、むしろそこにしかないと言っても良いだろ?
「アタシ達にはこれから、幾らでも輝かしい『未来』が待ってるのよ!」

ハルヒが指を差したその夜空から、雪と共にふわりと少女が落ちてくる。
失礼。墜落と言い換えよう。そのお方は、あろう事かミニスカサンタコスをしておられた。ああ、スマン。更に言い換えよう。女神が降臨なされた、と。
「痛たたたた……お、遅くなりましたっ!」
尻餅を着いた、その腰を擦る姿も愛くるしい、SOS団の誇るマスコットキャラクタ。
「あ、皆、無事ですか? 無事ですか?」
サンタ少女は見るからにスカスカの白くて大きな袋を「うんしょ」と肩に引っ掛けて、そして笑った。
「えっと…その、み、未来から『切り札』っていうのを預かって来ましたっ!」
時を駆ける少女はそう言って、俺たちの列に加わったのだった。

さて、もう言わなくても分かるかと思うが一応言っておかなければならないらしいので、言葉にするのも馬鹿らしいが、これもまぁ、演出というヤツなのでどうかご勘弁頂きたい。

SOS団は五人揃えば絶対無敵だ。
……ああ、今更こんな当然の事を、態々言葉にする意味が本気で分からんのだが。



朝比奈さんがサンタ服のポケットから何かを取り出す。それは、暗くてよく分からなかったが、大きさと形状から多分、例のメモリースティックと同じ物ではないだろうか。
「HYCDって言います。私にもよく分からないんだけど、でも、上司の人は長門さんに渡せば全て分かるって、そう言ってました」
長門が手渡されたメモリースティックを見てポツリと呟く。
「……『Haruhi-Yuki Connected Device』。古泉一樹の中に有る超能力……涼宮ハルヒの力の欠片にわたしが接続、増幅、使用する為に必要なプログラム」
……もう少しネーミングは考えられないのかと、ツッコんでしまっては折角の雰囲気が台無しだが……分かってはいてもコレがツッコまずにいられるか!
「その名前は安直過ぎるだろうが! 製作者、もっと考えろ!」
「……申し訳無い」
まさかの長門だった。いや、ここに居る長門じゃなくて未来の長門なんだが。
「製作者はわたしで間違いない」
そう言って長門はハルヒの顔をじっと見つめる。どことなく恨みがましい眼に、俺には見えない事も無い。ああ、眼は口ほどに物を言うとはよく言ったもんだ。
「何よ、有希?」
「……何も」
言いたい事は分かったさ。俺としてはその真実を共に嘆くも吝(ヤブサ)かじゃない。
「良いネーミングじゃない! アタシと有希を繋ぐデバイスね。何事もシンプルイズベストよ!」
いや……そりゃ命名者のセンスにはバッチリ適ってるだろうよ。うん。

「さて……と」
俺たちは朝倉に向き直る。宇宙人に向き直る。無謀にもSOS団団長に喧嘩を吹っ掛けやがった、ドの付く阿呆に対して向き直る。
「ちょっと早いけどアンタの敗因を教えてあげるわ、朝倉。アタシの有り難い訓告なんだから、しっかりと聞きなさい?」
朝倉の顔が歪む。おーおー、悔しそうだ。
でも、もうコイツには何も出来ない。
願望実現能力に、情報操作能力は、敵わない。
涼宮ハルヒの本気に、世界のどんなヤツでさえも、敵う訳が無い。
なんせ、ソイツが本気になったら。
宇宙人が。
未来人が。
超能力者が。
そして、この俺が。
動き出すのは、それこそ規定事項。
そうだろ、団長さんよ?
「アンタの敗因はね」
長門が手の中のメモリースティックを光に還す。朝比奈さんが彼女的には一生懸命にであろう真剣な表情を浮かべ、古泉がニヒルに笑う。
そして俺は……俺は今、どんな表情をしてるんだろうね。
ま、鏡を見るまでもないけどさ。

「アタシ『達』を敵に回した事よ!!」

朝倉が項垂れる。長門が俺の服の裾を背後から引っ張った。ん? なんだ?
「許可を」
そう言って見つめてくる、その瞳はいつかのリフレイン。
だが、長門。俺は今回、お前にGOサインを出す気は無いぜ?
「お前が思うところを、お前がやれる範囲で、お前がやりたいように、お前が為すべき事をやれ。それが自立進化、ってのだと俺は思う」
自律進化。
自立進化。
そんな漢字一文字の違いなんて、俺には正直知ったこっちゃないね。
大体、その単語が意味する所もよく分からんしな。
「お前の心に、許可申請を出してみろよ、長門」
「……そう」

かくして、全ては一件落着、と相成った。
これ以降のクリスマスイブ。そしてクリスマス当日に関しては団長様から固く口止めをされているので、俺の口からはちょいと語れそうに無い。
悪いか。俺だってSOS団を敵に回すのは怖いんだよ。アンタだって見てたろ? 朝倉が光の粒になっていくあの光景を、満足そうに見ていたハルヒのあの笑顔を。
まぁ、朝倉がああなってしまったのは、それは俺も納得済みだとして、だ。
それにしたって消滅の瞬間に「いつでも相手になってやるわ!」の追い討ちは無いと思う。正直、俺は血の気が引いた。
敵と認識した相手には本当に容赦の無い女だと思う。そして、そんな困った同級生が俺の彼女だ。
誰だよ、今「惚気んな」って言ったヤツは。
怖いんだっつの。
マジで怖いんだっつの。
戦々恐々の日々だっての。
なら替われとか言われても、それはそれで断固拒否させて貰うつもりだが。
別問題。

さて、多々語るべき余地は残っていると思うがそれはエピローグに回させて貰う事にして、ここで一度本編は閉じようと思う。
丁度、俺もそろそろ家を出ないと不思議探索に遅れる時間だしな。

今日の不思議探索に、アイツはどんな服を着てくるのだろう。二人だけの不思議探索だから、眼の保養をする時間はたっぷりと有るのだが。
ま、想像してもこればっかりは仕方が無い。箱は開けてのお楽しみだ。
とりあえず、アイツの着てきたコートのポケットから、先ず初めに腕章を取り上げる事にするとしますかね。


『サンタなんて信じない僕らのために』is closed.



大人達がサンタクロースは居ると嘯く意味

神様だって信じたい誰かのために

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あきゅろす。
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