ハルヒSSの部屋
僕が赤玉だったワケ
僕の名前は古泉一樹。色々と限定が付きますが、一応超能力者です。
現在、僕は仲間の力を借りて、涼宮さんの創った「閉鎖空間」と僕らが呼んでいる世界に来ています。いつもならば独力で侵入可能なのですが、どうやら今回は特別製のようですね……。
「まぁ、予測されていた事態では有りますが」
そう。これは予想され得る事態でした。そしてこの危機を乗り越える事の出来る唯一の存在である少年に、長門さんと朝比奈さんからの伝言を伝えるのが今回の僕の仕事です。
残念ながら、涼宮さんは彼しか望んではいない。その役は僕ではない。憂鬱な少女を宥める役は、僕の手からその本来の持ち主の手に委ねられた。
メッセンジャー。今の僕は只、それだけ。
……だけど、悪くない気分でした。元々、僕は主役よりも裏方の方が気質に合っています。
後はキョン君が独力で少女の要望に気付き、アクションを起こしてくれるかどうかが問題な訳ですが……こればっかりは信じるしかありません。
人事を尽くして天命を待つ。顛末を知るは神ばかり。であるならば、僕は僕に出来る事をしましょう。
「しかし……役得ですね、キョン君も」
彼女が何を望んでいるのか。漠然とでは有りますが分かっている僕としては少々彼が羨ましくもあります。しかし、望むのも選ぶのも彼女であって僕達の側ではない事など、先刻ご承知でしたしね。
と言いますか、その事実に我々ほど振り回されてきた人間もいないでしょうから。
「これで、少しはバイトが減ってくれると助かるんですが」
呟く。見渡す世界は灰色に覆われて。
神人はまだ産まれてはいませんが、時間の問題である事を僕は悟っていました。なぜか、と問われても分かってしまうのですから、こればかりは仕方有りません。
「さて、僕も急がなければ」
校舎に向けて走り出します。
……おや? なぜか異常に涼しいのですが、これはどうした事でしょう。
「気温が……下がっている?」
口に出して、即座に否定する。違う。温度云々ではない。こう、自転車に乗っている時に風がシャツの中を吹き抜けていく、あの感じ。
アレが身体全体で起こっている。
「どういう事だ?」
足を止め、額に指を当てる。コレは考え所だと、僕の中の何かが囁きます。今までに無かった別種の閉鎖空間。そして、その中で起こっている今までとは別の感覚。
恐らく、今回の事態のキーポイント。僕は数瞬考えた後、違和感の有る身体中を見回し、そこで漸くその理由に至りました。

「なるほど、全裸だから……ですか」

そう。僕こと古泉一樹は閉鎖空間に全裸で送り込まれていました。

まぁ、考えれば当然かも知れません。涼宮さんは彼と自分以外のモノを全て拒絶する空間を創られた訳で、対して僕は数人掛かりでそこへ強引に突入したのです。
付属物……衣服にまで気を回す余裕など有りませんでしたし、腕の一本や二本通り抜ける事が出来ずに置いてくる可能性も同僚からは聞かされていました。
「むしろ、この程度で済んで幸運だったと、そう考えるべきなのでしょうね」
ええ、実際任務に関しては支障は有りませんでした。全裸であったとしても誰に見られる訳では無いのです。この世界には僕と鍵たる少年、そして神の移し身しか居ないのは明らかでした。
超知覚。この世界では色々な事が漠然とではあれ、僕には分かります。
三人だけならば。僕を除く二人にさえ気付かれなければ良いだけの話であり、そして其れは当初の目的とほぼ変わりはありませんでした。
あくまで僕は裏方なのですから。彼に接触する必要は有れど、彼女に接触する事は避けなければいけません。
問題は少し肌寒いことくらいですか。
僕は全裸の侭、ミッションを開始しました。

「ふぅ」
廊下に彼と彼女が居ない事を確認し、音を立てずに走り抜ける。新川さんから教えて頂いた遁走術が初めて実践で役に立ちましたね。
彼と彼女はどこに居るのか。考えるまでもありません。彼らのクラスか。もしくは文芸部室。その二択でしょう。
そして僕は今、前者、一年五組の教室への侵入を果たした所でした。
勿論、中に誰も居ない事は確認して入っています。廊下から中を確認した時点で二人の不在を確認するという目的は果たしていますので、入る必要は無かった訳ですが。
なぜ、入ったのかと言いますと。
「山根くん……ですか」
僕は机に掛けてある袋を手に取りました。学校指定の体操服を購入した際に付属してくるチープな袋です。つまり中には体操服が入っている可能性が非常に高いと僕は考えました。
「コトが終わったら洗濯して返却しますので、どうか怒らないで下さいね」
接収。良い事だとは決して思っていませんが、しかし今は非常事態です。涼宮さんに発見される可能性が0では無い以上、服が有るならば着用しておくべきでしょう。
彼女は勘の良い方です。勿論、見つからない事が最善ですが。

「……おや?」
僕は眼を疑いました。袋には確かに「山根」と書いてあるのです。この机が確かに山根君のモノであるのは、引き出しのノートに記された名前からも確認しました。
「……ふむ」
記憶を辿ります。彼と彼女のクラスメートに関しては生い立ちからメールアドレスまで記憶しているのですが……山根君は男性だった筈です。
「では、なんで彼が女子の体操服を持っているのでしょうか?」
全く、訳が分かりません。

「……意外と、伸縮性に富んだ物なのですね」
僕は体操服に着替えて、廊下を疾走していました。あの教室に誰も居なかったという事は、二人の所在は文芸部室で違いないでしょう。
「しかし……どうして山根君が朝倉涼子の私物を持っていたのか。いえ、この場合の問題は彼が女性の体操着を持っていた事ではない……」
注意深く、文芸部室への道を急ぎつつ、自問。
そう、彼が単なる異常性的倒錯者ならば特に問題は無い。そんなものは警察に任せておけば良いだけの話で、僕らの管轄ではない。しかし。
「彼が、朝倉涼子が宇宙人であった事に気付いていたとすると……僕らの出番ですね」
機関も関知していない第三勢力の出現。僕の危惧はそこでした。
朝倉涼子の私物から宇宙的な何かの痕跡を見出し、そしてそんな事を出来る人間が「偶然」涼宮さんと同じクラスに居るとは考えにくい。
「この衣服は、返さない方が良いかも知れません」
宇宙的な何かを掴まれる前に。僕は着用した体操服をこのまま着ておく事にしました。現実に帰ったら、機関で調べて貰うのも良いでしょう。何か分かるかも知れません。
そして、何よりも山根君。
「彼は今後、徹底マークですね。まぁ、『今後』が有ればの話ですけれど」
そこまで考えて、今の任務に頭を切り替える。文芸部室はもう、眼と鼻の先だった。

……さて、どうする。
コンピュータ研の部室で僕は、壁に耳を付けて音を拾っていた。隣では涼宮さんとキョン君が何やら会話をしているようです。
ふむ。涼宮さんが出て行けば、楽に任務達成なのですが。
……そうもいかないか。
涼宮さんが部室を出る。ないし、彼が部室を出ると仮定して。どちらにしろ余り時間は取れないでしょう。となると、無駄な時間は極力省くべきです。
何より、神人の出現は時間の問題で。
困りましたね。この服装のままでキョン君の前に出ると、どう考えても前述の「無駄な時間」が発生するでしょう。
かと言って全裸というのも考え物ですし……。
仕方有りません。余り気は進みませんが。
「あの手しか無い様ですね」
音をさせぬ様に細心の注意を払い、僕はコンピュータ研の窓から飛び降りた。

憂鬱裏話「ブルマは意外と悪くない」 is closed.


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