ハルヒSSの部屋
カフェテリアは宇宙の片隅
その日、僕は放課後になって校内のカフェテラスに向かいました。ええ、彼に超能力者である事を告白した、あのテラスです。
理由もあの時と同じ。彼に呼ばれたから、とそうなります。メールで用件を済ます彼にしては珍しく、そこには場所と時間のみが記されていまして。
行ってみると既にテラスには彼の姿が有りました。
「よぉ」
片手を挙げる彼に僕も同じ様に返礼をして、彼の向かいに座ります。
珍しいですね。こういった場で僕よりも先に貴方が居るなんて。で、今日ここに呼び出した理由は何ですか、キョン君?
貴方が僕を呼び出すなんて中々無い事だと思うのですが。いえ、別に嫌がっている訳ではないのですよ?
「話ってのはな」
急に深刻な顔になるキョン君。うん、その顔を僕ではなく涼宮さんにもっと見せてあげれば惚れ直して頂けると思うのですが。
「茶化すな、古泉。結構真剣な話だ」
失礼しました。続きをどうぞ。
「……話ってのは長門と朝比奈さんに関してだ。お前の意見を聞きたい。古泉、お前は現状をどう思っている?」
 
「いつか聞かれる質問だと思っていました。僕はその質問に対していくつかの返答を持っています」
機関としての返答、機関の中の僕としての返答。そして……、
「SOS団副団長としてのお前の意見を聞かせて欲しい」
「そう言うと思っていました」
僕は笑った。込み上げてくるおかしさを抑えきれなくなって、笑った。
「何がおかしい?」
いえ、お気に障ったのなら失礼。唯、貴方が余りに僕が思った通りの人だったもので、嬉しくなってしまいまして。
「単純だって、そう言いたいのか?」
いいえ、優しい人だと、そう褒めているんですよ。
「キョン君、もしも僕があの二人の様になったら、探して頂けますか?」
意地悪な質問。僕はその問いに彼がどう返すのかを分かっている。それでも、彼の口から聞いてみたかった。そんな事って、有るでしょう?
僕の眼の前に居る少年は、座ったまま一つ溜息を吐きました。きっと照れているのですね。長い付き合いですから、それぐらいは分かります。
「お前がどーしても……どーしても一人じゃ解決出来ない、ってなったら助けてやらんでもない。ま、俺に出来る事なんか高が知れてるが」
その言葉だけで十分ですよ、キョン君。
それは、僕が聞きたかった言葉その物なんですから。

さて、ここらで少し昔話をしましょう。昔話といっても、ほんの二、三ヶ月前の事ですが。
先ず始めに長門さんが消えました。二月、雪の降る寒い日に。
キョン君と涼宮さんが付き合い出した事で涼宮さんの精神が安定され、自立進化の可能性を彼女に見出す事が難しくなった事が原因だそうです。
涼宮さんが揺らぎで有ればこそ、情報統合思念体にとって利用価値が有ったと、そういう意味では彼等は僕等機関と正反対の存在意義を持っていたと言えるでしょうか。
そして、お役御免となった長門さんは対外的には親の都合という形で、実際は強制送還となんら変わる事の無い形で宇宙へと帰っていきました。
「まるで、かぐや姫ですね」
「宇宙に帰っていく所がか?」
「いいえ、未練を残していらっしゃる所が、です」
「俺か?長門か?」
「この場合はお二人とも、ですね」
「そうか……」
彼は最後に長門さんと会った方です。一応、一人一人お別れはしましたが、彼女のマンションで消える彼女を見送ったのは唯一、彼だけ。そしてこれは長門さんたっての希望でも有りました。
そこでどの様な会話が有ったのかを僕は知りません。なんとなく、想像するだけです。

「貴方はとても良い友人だった。私は貴方に観測対象として以上の興味を抱いていた。この様な形で観測を終えるのは、とても残念」
僕に別れを告げた、長門さんの声が今でも耳に残っている気がしました。
キョン君は果たして彼女とどのような別れをしたのでしょうか?

さて、続いて朝比奈さんについて話をしましょう。話の流れで分かって頂けたと思いますが、彼女も同様にこの世界から消えました。彼女が消えたのは長門さんが消えた後になります。
桜が蕾を付ける四月、彼女は卒業と同時に未来へと戻る事になりました。
矢張り契機は長門さんと同じ。「キョン君と涼宮さんが付き合う事になったから」との事。
彼女曰く二人が付き合い出した事によって「未来は確定した」のだそうです。それがどういった未来を指すのかは分かりません。……しかし、一つだけ分かる事は有ります。
朝比奈さんは、僕達がもっとも幸せになる未来を選んでくれたに違いない、という願い……いいえ、もっと確かなもの。信頼です。
「それじゃ、しあわせになってね、キョン君、古泉君」
涼宮さんには決して言えない秘密を抱えた、僕達だけのお別れ会。その時、彼女が涙と共に見せた笑顔は、決して疚しい所が有る人間には出せない笑みだったから。だから、そんな風に思うのでしょうか。

僕は……古泉一樹は甘くなってしまったんじゃないのか?

僕にそう問い掛ける僕自身が居ます。でも、残念ながら僕はこの甘さが嫌いではなかったりするんです。きっと、こんな自分を見つけられたのは、SOS団の皆が居てくれたお陰なのでしょう。
古泉一樹が古泉一樹となり得たのは、貴女達のお陰でも有るんですよ。長門さん、朝比奈さん。

ありがとう。

僕は、今、この世界にはいない二人に心の中で呼びかけた。
届く筈は無いって分かっていたけど。だけど、心のどこかできっと届くと思っている、そんな自分が居た。

「SOS団の副団長としての意見、ですか」
「そうだ」
「中々……難しいですね。いえ、頭の中では決まっているのですが、この感情を言葉にするのに苦労します」
「そうか……なら、俺はちょっとコーヒーでも買ってくる。その間にお前の意見を纏めておいてくれ。ブラックで良いか?」
「今日は気分を変えて、甘いのをお願いします。……奢りですか?」
「今日だけな」
そう言って、キョン君は席を立ちました。

SOS団副団長としての僕とは誰なのでしょう?
機関の一員としての僕はこの状況を歓迎している。少なくとも機関では「これで肩の荷が下りた」との楽観論ばかりが行き交います。ええ、彼と付き合う事になってからの涼宮さんは、今に至るまで一度も閉鎖空間を発生させていません。
長門さんの転校が決まった日も。朝比奈さんが卒業した日も。
彼女を薄情だと、責めるのは筋違いです。彼女は、神は今、ずっと停滞していた恋を全力で謳歌している。
悲しみよりも、恋が勝る事は自明の理でしょう。
勿論、時折誰も座っていないパイプ椅子を見て、使われなくなった急須を見て、彼女の心が揺れるのを僕は察知しています。ですが、それは閉鎖空間に向かう「苛立ち」ではなく、きっと過ぎ去った時を想う「切なさ」。
神は、世界は落ち着くべき場所に落ち着いた。過去を振り返るという成長を覚えて先のステージへと進んだ。そう考えるべきです。

涼宮さんは、きっと今の状況を受け止めている。彼女は僕が思っているよりもずっと強くなった。ずっとずっと大人になった。
僕が長い間夢の中で宥めてきた憂鬱な少女は、もうどこにも居ない。

そう、この状況は歓迎すべきものなのです。長門さんは、朝比奈さんはいつか居なくなってしまう人だと分かっていたのです。なのに、なぜでしょう?
僕の心は、この状況にどうしようも無い苛立ちを覚えてしまっている。

「古泉、感情など忘れてしまえ。アレはお前が生きる上で邪魔にしかならないものだ。それを取り戻すのは、生き残ってからでも遅くは無い」
ねぇ、森さん。そろそろ僕は感情を取り戻しても良いでしょうか?

「悪い、待ったか?」
「初デートみたいな台詞ですね」
キョン君はばつが悪そうな顔をして、僕の前にそれを置きました。
缶コーヒー……ですか?
確か、近くに有る自販機は紙コップに飲み物を注ぐタイプだったはずです。なぜわざわざ遠くの、しかも値段も高い自販機を使ったのでしょう?
そこまで考えて僕は思い当たりました。ああ、多分キョン君は敢えて遠くの自販機を使う事によって、僕に考える時間をくれたのです。
そういうさり気無い優しさを、嫌味無く見せる事が出来る人。きっとそんな所に涼宮さんは……長門さんや朝比奈さんは惹かれたのでしょう。
僕には貴方が眩しくて……そしてちょっと、羨ましい。

貴方の様になりたかった。

「さて、考えは纏まったか?」
キョン君がコーヒーを飲みながら、そう聞いてきます。コーヒーを一口飲んで喉を潤し、僕はキョン君に向かって口を開きました。
「ええ。結論から言います。僕は二人にもう一度会いたい。会ってこの世界に連れ戻したい。子供の様な感情です。『寂しい』ただそれだけなんです。
涼宮さんが諦めている訳ではない事も重々承知の上です。彼女は乗り越えた。
だけど、涼宮さんが乗り越えたものを、僕は乗り越えられない。いや、もっと悪い。乗り越えたくないんです。出来る限り足掻いてみたい。
僕は今まで感情をひた隠しにする様に教えられてきました。そして事実そうやって生きてきた。
そんな僕に感情を思い出させたのは貴方達です。そこには長門さん、朝比奈さんも勿論、含まれる。今更、僕を置いて『さようなら』なんて許しませんよ。SOS団は五人揃ってSOS団なんです。
僕は僕のエゴを通します。
なんだかんだ言っても、まだ僕達は子供ですから」
「そっか、そうだな」
「ええ、そうです」
「俺も同じだ。ガキだな、お互い」
僕達は笑った。向かい合ってコーヒーを飲みながら笑った。
こんなに心の底から笑えたのは、二人が消えてからは久し振りだった。

「なら行くか、古泉」
キョン君、どこへですか?
僕がそう言うとキョン君は右手の人差し指を高く高く天へと伸ばしました。
そうしていると、彼がまるで涼宮さんに見えてくるから不思議です。
「決まってんだろ」

「宇宙」
キョン君は100Wの笑みで僕にそう言いました。

嗚呼、余談ですがこの時僕の手の中に有ったコーヒーの名は……

”Golden Mead” is overd.



追記:「Golden Mead」黄金の蜂蜜酒。クトゥルー神話におけるマジックアイテム。かなり乱暴な要約をすると宇宙空間へと旅立てるようになる代物。

←back next→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!