ハルヒSSの部屋
さささき!
『隣に座りたいなんて言えない不器用さを愛してください』


「最近、ハルヒがやたらと俺に引っ付こうとしてくるんだよな。この暑いのに」
キョンが言う通り、夏も真っ盛りの今日、僕達は涼を求めていつものファミレスへと逃げ込むようにやってきていた。
まぁ、僕らのような高校生がゆっくりと話など出来るような場所となると限られてくるのだが、しかし一応は女性連れなのだから少々気を利かせてコーヒーショップなどという選択肢は……キョン相手に期待するだけ無駄か。
それだけ、僕が彼にとって気の置けない間柄だという事の証明でもあるだろうし。……多少納得がいかないのは僕が狭量だからだろうか?
ああ、それにしても。キョンは本当に何も分かってない。何故に僕を前にして態々涼宮さんの……それも羨ま……リアクションに困る話題を振るのか。
これはもう、鈍感を通り越して神業と評価せざるを得ないな。
「……キョン、このファミレスは少し空調が効き過ぎていると思わないかい?」
「アイスコーヒーを飲んでるからだろ。外と比べれば天と地だが、実際はそこまで涼しい訳でもないぞ」
「……空気を読もうか」
「だから、別に寒くねぇって」
キョン。君は徹底的に僕を異性として扱う気が無いみたいだねぇ。

「例えばだ。君が空を見ていて青いと認識する。これはとても自然な事だね。しかし、そこで隣に居た僕が『青い』とそれを評したら、どうだろうか」
「話が見えん」
「君はきっと自分と同じ風景を僕も見ていると思う事だろう。しかし、少し待って欲しい。それは本当に君が見ている空と同じ空だろうか」
「意味が分からん」
「君にとっての『赤』と呼ばれる色を、僕は『青』と言っている可能性が、そこには有るんだよ。では、そこに生じる認識の差異を君はどう証明する? それ以前に君は気付けるかな?」
「ファミレスでする話か、それ?」
「結論を急ごうとするのは君の悪い癖だね」
「お前こそ、もっと分かり易く話をするように心掛けたらどうだ? ……古泉と言い、どうして俺の周りにはこう説明好きが集まるのか」
嘆息するキョン。良いだろう。では、本題に移ろうか。
「つまり、ここで僕が言いたいのは個人の主観とは他人と必ずしも共有できるものではないと言う事だよ、キョン。……それを踏まえて」
「やっとか。前置きが長いぞ」
「君はこの店の空調になんら不満を抱いていないかも知れないが、僕はそうでもない。有り体に言えば寒いんだ。……隣にすわ」
「嘘吐け。顔真っ赤じゃねぇか。熱でも有って寒気がしてるんじゃないのか? ……と、今日はお開きだな。お前の体調が悪いんじゃしょうがない」
キョンが席を立とうとする。その手が伝票を握り込む前に僕はテーブルに備え付けの呼び出しボタンを押した。
「……君はどうしようもないフラグブレイカーだね」
「ふら……すまん。なんだって?」
席に着き直そうか逡巡するキョンを無視して、僕はやって来た店員に向けて口を開いた。
「すいません。コーヒーフロート一つ、追加で」

まったく、この店の空調はなってない。


『私もだなんて言えない不器用さを愛してください』


「佐々木……好きだ」

ああ、君は本当に僕にとっては予想外、想像の斜め上を行く人だねぇ。言わせて貰うと、だ。そういった事はもう少し時と場所を選んで告げた方が効果的だろうと思うよ。いやしかし、こんな風に唐突にというのも一手と言わざるを得ないか。
まぁ、面と向かっての告白は評価しようじゃないか。しかし、だ。やはり君は色々と選ぶべきだと思う。一時の衝動に任せて、というのも僕たちの年齢では仕方が無い事なのかも知れない。
だが、いつものファミレスでそんな事を言われても、僕としては「軽んじられているのではないか」と勘繰らざるを得ないだろう?
いや、だからと言ってやり直しを要求している訳じゃない。残念ながら僕は世間一般で言う所のいわゆる「乙女」とはどうも思考を異にするのは君もご存知の通りだと思う。
告白に夢を見たりとかそんな俗物的な感覚は持っていないから、これは次に君が行うであろう告白へのちょっとしたアドバイスだ。

「次……ね」
ん? どうしたんだい、キョン?
「ははっ。振るにしてもお前らしいな。遠回しだ」
Σえ。
「だよな。お前が恋愛とかそういったモンを求めそうに無いのは知ってた訳だし、この告白は俺の中でケジメを付けたかっただけなんだ。すまんな、付き合わせて」
Σな!?
「悪かった。お詫びと言っちゃなんだが、ここの支払いぐらいは持たせてくれ」
キョン!? 何を一人で自己完結しているんだい!? 僕の話はまだ終わってな……なんで、こっちを向いてさえくれないのさ!?
「あーっと。顔見るのも辛いんだわ。アレだ。失恋直後だしな。先に退席させて貰う。……じゃな」
ええ!! いや、キョン。ほら、ちょっと待った!!
「……服の裾が伸びるだろが」
済まなかった。そんなつもりで「次」と言った訳じゃないんだ。謝るよ。だから、とりあえず椅子に座り直してくれると助かる。
「……慰めなら要らんからな。振られた相手に慰められる程、ヘタレてはいないつもりだ、多分」
そんなんじゃない。僕も突然の君からの告白で……その、少しオカしくなっていたんだ。だから、先ずは黙って僕の返事を聞いて欲しい。……聞いて……ください。
「……」
黙らないでくれ。話し難いから。
「我が侭だな」
前言撤回させて貰う。今日だけで構わない。僕を……「私」を「乙女」として、扱って……下さい。……頼むから。
「分かった」

ありが……とう。

たっぷりと一時間は沈黙した僕の口が再び開くまで、辛抱強く語り掛けてくれていた、君の優しさが「私」は好きです。


『キミとボクの恋愛模様』


「え?」
思わず聞き返してしまった。僕でなくとも「彼」の人となりを少なからず知る人ならば、自分の耳を真っ先に疑ってしまうであろうその台詞。
「悪いが聞き損じてしまったようだ。今……なんて言ったのかな? もう一度お願いできるかい?」
いつも通りを装っても、問い掛ける唇が震えて。こんな言葉を紡ぐのすら精一杯だったと言うのだから、我ながらなんて情けない話なんだろう。
「……こんな事、何度も言わすなよ」
キョンは顔を二、三振って。もしかして照れているのだろうか。
それなら……嬉しい。
僕だけが混乱しているのでは無いのなら、君も緊張してくれているのだとしたら、とても嬉しい。
「俺……は……」
言いよどむキョン。顔を背けて、更にその表情を片手で覆い隠した。
恥ずかしいのかい? でも、僕もなんだよ、キョン。
僕も、顔から火を噴いてもオカしくない位には顔を赤く染めている筈なんだ。鏡なんて無くても、この頬の火照りが何より雄弁に語ってる。
似た者同士、良いじゃないか。
君の素直な気持ちを、聞かせて欲しい。
今度はちゃんと聞くから。聞き逃さないように耳を欹(ソバダ)てて。
その上で僕も、君の勇気に応える為にも、感情を包み隠さず吐露してみせるよ。
だから、もう一度だけで良い。聞かせて欲しい。
さっきの言葉がどうか夢でも幻想でも、空耳でもない事をどうか僕に教えて欲しい。
君の声で。君の言葉で。
「……俺は……佐々木の事が……」
キョンの口許がゆっくりと、スローモーションで動いて。僕はそれに見惚れてる。
今くらいは、こんな時くらいはX染色体の理性を預けてしまっても良いのかも知れない。
第一、抗える訳も無いんだ。
ねぇ、キョン。君は今、何を思ってるんだい?
嫌われるかも知れない。もう二度と笑って会えなくなるかも知れない、とかそんなリスクを背負ってでも僕に伝えたい言葉なんだろう?
僕は今、とてもドキドキしているよ。君がそんな気持ちにさせてくれているんだ。
願わくば、もう少しだけ。君が言いよどんで、この時間が延びる事を。
この一生に一度の心臓の高鳴りを忘れない為に、貧弱な脳細胞に刻み込む時間を。

後一秒。

また一秒。

永遠の様な、刹那の今が過ぎる。過ぎる。

ねぇ、キョン。その台詞が終わったら、次は僕の番なんだろう?
君も張り裂けそうな不安と期待をその胸の内に抱くのだろうね。
ならば、僕としてはそれを出来る限り引き伸ばすのが君への一番の返礼だと思うんだ。

後一秒。

また一秒。

永遠の様な、刹那の今を君に贈る。贈る。

だから、もう少しだけ頑張って欲しい。もう一度だけ、君から僕への想いを聞かせて欲しい。

その少しかさついた唇が今一度開いたら
きっと僕はしあわせで死んでしまうんだろう


『耳元にキミの吐息』


やぁ、夜分に済まないね

僕は君との関係を彼女に親友と説明したけれど

男女の間に友情は成立しない、とは良く聞く話じゃないか

いや、含みを持たせた心算は無いよ

ただ、君が僕のあの紹介をどう思っているのかと

少し気になっただけなんだ

ああ、僕は親友だと思っているとも

一年以上も音沙汰が、たとえ無かったとしてもね

別に怒っている訳ではないさ

僕だって連絡しなかったのだから、怒る権利が無い

……そうかな?

そうかも知れないね。うん……キョン。君はやはり面白い

君と話していると、たまに別人になった様に錯覚する事が有るよ

だから「様に」さ

君の視点は僕とは違うからね

そうじゃないよ。驚かされるのさ

斬新……いや、予想外の方が言葉として的確かな

はっとさせられる時が有るんだ

丁度、さっきみたいに

キョン。僕は音信不通だった事に立腹してはいないけれども

けれども、淋しくはあったんだよ

そうさ。親友……だから、ね

以上を踏まえて聞かせてくれないか

何を? 決まってるだろう

君が僕をどんな関係に当てはめているのか、さ

ふぅん。では、君は親友と連絡を取らないでも一向に構わない訳だ

薄情な響きだね

怒ってないよ。ただ、少しばかり飲み込みにくい感情が……分かるだろう?

それは違う。連絡を取り合うのは結構だが、望む所ではあるけれど

しかし、強制では意味が無いと思わないかい?

ああ、そうさ

あくまでも自然体が望ましい

うん

なら、こちらから提案をしようか?

日曜日は空いているだろう?

へぇ、土曜日は山に行くのかい。それは疲れそうだ

くっくっ。遠慮させて貰うよ。僕は彼女がどうも苦手でね

いや、そうじゃない

神と分かっている人を前にして、演技を続ける自信が無いのさ

うん。それを素で行なっている君は凄いと思う

話が逸れたかな

今、見たい映画が上映中でね。もう何が言いたいか大体は理解しただろう?

疲れて寝てしまっても構わないよ。ただ、映画が終わったら起きてくれると助かる

じゃ、明日の午後一時に

ああ、そこで良いよ

旧交を温め直すのは、悪くないと思うけどね

うん

うん

それじゃ、また明日


電話を切った次の瞬間、無意識にガッツポーズが飛び出した。
その理由については、けれど解明しないでおく事にする。
これくらいは曖昧でも良いと。
明日の事前ミーティングに、日曜のデートに、ざわめく心がそう、言っている気がした。


『耳元にキミの吐息 2』


やぁ、こんばんは

君の妹さんは変わっていないね。電話越しでも分かる。相変わらず元気そうじゃないか

いや、元気なのは結構な事だよ

僕みたいに偏屈なのよりは余程マシ……そうだろう?

君が心配する必要も無いさ。健やかに育っている事に君は何が不満なんだい

ふむ。確かに君の妹さんの話がしたい訳ではないけれどね

電話の理由? 理由が無ければ電話をしちゃいけないのかな?

分かってるよ。少しからかっただけさ

しかし、本題は二の次なのも、また確かなんだけどね

手段と目的の逆転さ。よく有る話だろう

目的は君と話す事だよ。冗談でも何でも無く

くっくっ。そうだね。半分は冗談だ

おや? 君は僕とこうして連絡を取り合うのに不満が有ったりするのかな?

確かに、無為な時間では有るかも知れないけれどね

ああ。君の言う通りだ。意義をそこに見出すのはその人自身さ

他者の物差しはその人にしか通用しないのさ

キョン。君はこの電話に何かを感じてくれているかい?

なるほど。確かに電話代は現実問題として無視出来ないか

仕方ないね。僕も君も未だ扶養されている身だ

ああ、目的? 勿論建て前は用意してあるさ

勉強会を……ウチでしないか?

あからさまに不景気な声を出さないでくれ。大体、この間の休みに君がボヤいたんだろう

テストが近い。このままじゃ涼宮さんに勉強と言う名の拷問を受けるとね

流石に拷問は言い過ぎだと思うが

なんだい?

僕ではご不満かな?

そうだろうね。ああ。

試験の範囲は国木田君から聞いた。問題無いよ

そうか。うん

では、また連絡してくれ

その……キョン。他愛も無い事を一つ聞きたいんだが

好きな献立は有るかい?


来週、両親が揃って旅行に出掛ける事を僕は伏せた。
その意味なんて……考えたくもない。
僕が例えば「重度の精神病患者」であったとしても。
そんな自己申告にはきっと意味なんて無いのだろう。
意義を見出すのはその本人自身なのだから。


『耳元にキミの吐息 3』


珍しい。誰かと思ったよ

こんな時間に連絡が来るのは……そうだね、橘さんくらいかな

くつくつ、そう邪険にしなくとも良いんじゃないか?

ああ、それは聞いていないな

ふむ。子細は聞かないけれど、君の態度には理由が有る訳だ

なるほどね

事情が有るならば仕方ないし、そもそも僕には関係の無い話……そうだろう?

ああ。願望実現能力だったか。少しばかりは興味が有るけれどね

言われずともだよ、キョン。涼宮さんは無自覚だからこそなのさ

自覚すれば、これ程空虚な事も無い

例えば「三つの願い」のように回数制限が有るならば、未だしも

無制限では有り難みも無くなると言うものだよ

ふむ、中々興味深い質問だ

たった一つだけ……人に聞く前に君の意見はどうなんだい?

キョン。質問をする時には自分なりの回答を用意しておくのがベターだよ

ふむ……また曖昧だね

しあわせ、か

果たして何をもって「しあわせ」とするのか、がこの場合の焦点だろうと考えるんだが

笑顔、か。シンプルだね

いや、嫌いじゃないよ

だが、僕が曖昧さを極力取り除きたい人間なのは先刻ご承知だろう

そうさ。感情は後付けで良い

先んずるは理性。そしてより良い選択をする為の知識だと僕は考えている

え?

うん。僕も先程からその命題について考えているんだけれどね

どうやら、僕は俗物らしい。一向に決まらないのさ

願いが一つというのがネックだね

叶えたい事が無い訳では無いよ。ただ、そういった力を使ってまで

そう、人間に出来る範疇を一人だけ飛び越えてまでとなるとね

中々どうして……難しい

そういった力を否定するのならば、下らないと一蹴するのならば

欲しい文庫本の一冊でも頼めば良いのだろうけれど、ね

しかし、実際にそういった願望実現の機会に恵まれて尚、自分が理性的で在れる自信は無いんだ

……そうさ

過ぎたるは及ばざるが如し、か。僕も君を見習って

うん、良い回答だったと思う

笑顔、か。曖昧も使いようなのかも……知れないな

きっと、未来で僕が笑顔を維持しているという事は

しあわせなんだろうからね

ああ、キョン。そういえば

女の幸せと聞いたら、君は何を連想するかな?

くつくつ

さてね。涼宮さんにでも明日聞いてみたらどうだい?

少なくとも、君の様にスイーツ食べ放題とは答えないだろうさ

たまには気付いて欲しいものだよ、まったくね


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