ハルヒSSの部屋
古泉「ただいま」 3
作戦はこうだ。俺とハルヒから先ず一旦機関のマークを全て外す。それも極めて分かり易く。敵さんに悟られるようにな。その上で俺達は古泉が拉致られている「過激派」とやらのアジトに近付く。
まあ、敵さんだってそこまで馬鹿じゃないだろう。囮だって事は気付いてるはずだ。だが、それでも目前で泳ぐクロマグロに銛を投げないでいる事は出来ないと思うね。当然だが俺達二人に対して捕獲部隊を寄越すだろう、うむ。
さあ、俺達はどうする? まあ、適当に戦って、だが相手はプロだから一分もせずにひいこら逃げ出すのが関の山だね。やれやれ。俺は一般人なんだ。まさかハルヒと二人で実写版ダブルドラゴンなんて出来ねえよ。
そんな感じで。今、俺達は埠頭の倉庫を逃げ回っている。
「キョン、ヘタばってない!?」
「正直、しんどいな」
事前に逃走ルートを決められていなかったら、逃げ切れていたかどうかすら定かじゃない。俺は持たされた拳銃に麻酔弾を込めながら荒い息を吐く。
「だが、長門はもっとしんどい。これくらい、どうって事ないさ」
「そう来なくっちゃ」
ハルヒが隣に居るから立っていられてるとは……口が裂けても言えないな、こりゃ。流石にそこまで気取った台詞は古泉の領分だ。
「まだまだ、追っ手が足りないわ。もっと引っ掻き回さないとね」
「……だな。ったく、古泉が帰ってきたら向こう一年の驕りは全部アイツに吹っかけてやる。それくらいせんと割に合わんぞ、こんなもん」
「あはっ。それ良いわね。有希を泣かせたんだから、それくらいで済めばむしろ安いモンよ」
「……もう一暴れ。行けるか、ハルヒ」
「誰に聞いてんの? アンタ、ヒトの心配する余裕が有るんだったら、自分の息整えなさいよ」
トリガーを引っ張りあげてガチャリと音が鳴ったのを確認する。そして、俺は言った。
「ヒトじゃない」
他人(ヒト)じゃない。
「恋人だ。心配して、何が悪い」
分かり易く顔を赤く染めてそっぽを向くハルヒの頭に、ポンと手を置く。
「狙撃、任せたぞ」
「ゲーセンのハイスコアを尽(コトゴト)く塗り替えたアタシの腕を信用しなさい? アンタには指一本触れさせないわ」
オーケー。なら、もう一回だ。
いや、一回と言わず、何度だって。
長門が古泉に辿り着くまで、どんだけでもヤツらを引っ掻き回してやる。

夜の埠頭に、罵声が飛び交う。
「居たぞ! あそこだ!」
「追いかけろ! 逃がすな!」
「あの二人を只の高校生だと思うな!」
「クソッ、狙撃手の腕が良過ぎる! 神だか何だか知らんが一介の女子高生に過ぎんのではなかったのか!?」
ナイトスコープを着けた男達の足音が響き渡る。ふん、ハルヒをそんじょそこらの女子高生と一緒くたに纏めて貰っちゃ、それこそ彼氏である俺の立つ瀬が無いってなモンだ。
俺は男達にわざと見つかるように、彼らが居る一区画隣を靴音高く走り抜ける。
「逃がすな! ガキは素人だ!」
おう、素人だとも。だが、その道のプロになんざなるのはこの身が裂けたってお断りだ。背後から分かり易く俺を追い掛けてくる男の数は三。
後は任せたぜ、ハルヒ。そう心の中で呟いて俺は急旋回。細い路地へと潜り込む。
パシュ、と。なんとも間抜けな音に続いて重たい何かが地面に落ちる音がした。
「トラップだ! どこかから狙撃手が狙ってやがる!!」
「探せ!」
……無理だね、アンタ達には。月の明かりだけで昼間と同じ様に周りが見えちまうアンタ達には、涼宮ハルヒは捕らえられない。
港の明かりってのは、船を誘導する意味も有ってかなり明るいんだ。
俺でさえ時折直視出来なくなるんだぜ? アンタ達には明かりを背負って立つ、ハルヒの姿は眩し過ぎる。
どさどさと、続けて二人分の狙撃完了の音を受けて俺は胸を撫で下ろし、そして次の合流地点へと向かう。走ってはダメだ。足音は、夜の埠頭に、静けさの中よく響く。
……まるで某潜入ゲームでもやってるみたいだな。
声を押し殺し……だが、全力ダッシュ百メートル走を何度も繰り返した俺にはそれがうまくいかない。
クソッ。静まれ、俺の心臓!
ドクンドクンと脈打つ心臓の音さえ、ヤツらには聞こえてしまいそうに、俺の血液は全身を全速力で駆け抜け続ける。
合流地点で無事、ハルヒと再会。俺は無事を示す為にソイツに笑って見せようとしたが、だが、どうも上手くいかない。引き攣ってるってーのか、笑っていると、上手く息が出来ない。
「息……上がってるわよ。大丈夫?」
「こんな事……初めてなんだ。体がトップギア入っちまったまま戻って来ねえ」
過呼吸にいつ陥ってもおかしくない速度で肺が動く。体は俺の意思をまるで聞こうとしない。
「だが、心配すんなよ。トップギアなんだ。最高にハイって感じで体自体はかなり軽い。近年稀に見る絶好調だぜ?」
その言葉に嘘は無い。何よりこんな状況でハルヒ相手に騙し通せる嘘を吐くようなスキルは俺には持ち合わせが無いんだ。
「無理は……しないでよ、キョン?」
「お前らしくないな」
目を閉じる。頭の中で高校入学からの二年間をスライドショーで一気に再生しながら、俺は言った。
「ハルヒ。団員のピンチなんだ。ここで無茶をしないで、俺達はいつ無茶をすんだ?」
ああ、我ながら。SOS団根性が骨にまで染み付いちまったような台詞。そんなんがいつの間にかすらすらと、口から出てくるようになっていた。影響力の強い女だよ、お前は。
少女は俯く。コンテナとコンテナの隙間に月明かりは届かない。影は落ちない。
「キョン」
「何だ?」
「だったらアンタは全力で引っ掻き回しなさい」
「もとよりそのつもりだ」
そう言うと、俺の胸に小さな拳が触れた。
「ぶっ倒れるまで、このアタシが許可するわ!」
「いや、ぶっ倒れたら流石にマズいだろ。人質が増えちまったら本末転倒も良い所じゃねえか」
「ちっちっち。分かってないわね。もしもアンタがぶっ倒れたら」
コンテナとコンテナの間は真っ暗で。目が慣れてきた俺でも一寸先を見るのがやっとってな具合。だから、少女のキスなんか、そりゃもう避けられる道理が無え。
「アタシがアンタを負ぶって逃げ切ってやるわ」
……やれやれ。俺の彼女は、最高に男前だ。

それから。俺達はとことんまでに逃げ回った。罵声と怒号の中を走り抜け、硝煙と潮風の中を駆け抜けた。
とことんまでに。
とことんの「とこ」と「とん」のどっちが終わりを意味するのかは知らないが、まあ、人間の体っていうのには限界が有る。日頃の運動不足が祟ったのか、火事場の馬鹿力って感じでスペックを越えた動きを俺がしていたのか。そんな事はよく知らん。
気付けば俺は尻餅を着いた状態から立ち上がる事さえ出来なくなっていた。
「キョン!!」
「……あれ?」
追っ手を狙撃ポイントに誘導している真っ最中。ちょっと足が縺れたかなと思ったら、次の瞬間には俺の体はまるで時間停止でもされたように持ち主の言う事を聞かなくなっていた。
「……このタイミングで…………クソッタレッ!!」
視界の向こうからハルヒが飛び出してくるのが見える。ダメだ。こっちに来んな!
「ふう……散々梃子摺らせてくれやがって、このクソガキがっ!」
後ろから追いついてきた男に胸倉を掴んで持ち上げられる。ダメだ。抵抗する力も残っちゃいない。必死に麻酔銃を持つ右手を持ち上げようとするが、肘辺りで神経が断絶しちまったみたいに動かない。
「夜遊びする悪い子にはお仕置きが必要だよ……なっ!!」
締め上げられた。
息が……出来……ない……。
背後から、怒声がした。
「アタシの! キョンに! 手を! 出すなあああああっっっ!!!!」
力無く首をだらりと後ろに向ければ、逆さまにハルヒが拳銃を構えてこちらに走ってくるのが見えた。
あの馬鹿……出て来んなって……作戦の前にあれ程言っといたってのに……。
銃声。罵声。銃声。銃声。
俺を締め上げていた男の手から力が抜ける。地面にぶっ倒れる俺に、ハルヒが覆いかぶさった。
「キョン!? 生きてる!? 生きてるわね!? 死ぬんじゃないわよ!?」
「……勝手に……殺すな……よな」
俺の意識は一度そこで途切れる。
最後に見たのは、ハルヒの……泣き顔だった。

目を覚ました時、世界は真っ暗だった。……いや、ていうかさ。ここ、どこ? かろうじて分かるのは、月明かりも届かない以上屋根が有って前後左右が壁に覆われていて……。とにもかくにも起き上がっての現状把握を試みる。
その時。パサリと。俺の上に掛かっていた布が落ちた。
ハルヒが着ていた、ジャケット。
思考が一瞬停止する。なんだ? どういう事だ? なんでハルヒの服が有る? しかも上着だけ? どんなダイイングメッセージだよ? いや、死んでねーっつの!
訳が分からない。
「何が……起こってんだ?」
思わず呟いた一言は、思いの外反響した。どうやら俺の寝かされていたここは思ったよりも大分狭いらし……そうか。昏倒した後でコンテナの中に放り込まれたんだな、俺は。
立ち上がって壁に触り、質感を確かめる。ひんやりとしたその金属質は俺の勘が間違っていない事を告げている。
でもって、だ。俺がここに寝かされてるって事は……ハルヒはまだ逃げてないって事に決まってんじゃねえか!!
何、ぼさっとしてんだよ、俺! えっと、コンテナの出口は……引き戸だったな、そう言えば。
焦って開こうとして、慌てて手を止める。そう言や外は「過激派」の連中がうろついてる筈だ。ここで下手に音を立てる訳にはいかねえ。
慎重に、長門の首の動きくらいの緩やかさをもってそれを開け始めて……銃声。
「こんなチマチマした事やってられるかっ!!」
飛び出す俺。夜の静けさに鉄と鉄が磨れる音は思いの外よく響く。だが、構ってなどいられないし、元よりハルヒの下へ向かうつもりだったんだ。
ハルヒは、一人で、戦っている。
そう思ってしまえば、俺は居ても立ってもいられずに銃声のした方向へと駆け出した。

そして、俺は夜の闇の中に少女の悲鳴を聞く。

「ひいいーん、涼宮さん、こういうの私には向いてませんよーう」
「良いから、みくるちゃんは可愛いから敵だって撃つの躊躇するわよ! 何より、撃たれたって未来の防護スーツが有ればなんともないんでしょ!?」
「そ……それはそうですけどー……うひゃあ! い……今、足元をちゅいん、って! ちゅいん、って!!」
「だーかーらー! 怖いんだったらとにかく走り回りなさい! アタシが未来装備付きでみくるちゃんを守ってる以上、間違いなんて億が一にも起こりはしないわよ!」
……ああ、驚き過ぎて腰が抜けるって、本当だったんだな。

月明かりの中を駆け抜ける、どっかアメリカ辺りの特撮から抜け出てきたような、体にぴっちりと張り付く桃色のスーツを着込んだ少女はしかし、月明かりの中ではなく本来時を駆ける少女である。
そして同じく。その隣で艶かしいボディラインを心行くまで披露するのは目に優しくないイエローのスーツを着込んだ俺の恋人だ。
さて、言わずとも察して頂けると思うが、俺の目は見事に点になっていた。
「……ナニ、ヤッテンノ?」
思わず片言である。そりゃ片言にもなろう。俺の視界はツッコミ所満載である。いや、言い換えよう。ツッコミ所「しか」無え。
先ず朝比奈さんがどこから出てきたのが第一の疑問である。第二の疑問はなぜよりによってそんな際どいデザインなのかである。そして第三の疑問は……。
俺、もうこれ要らなくない? という切なくも切実な疑問だった。
「ふはははは! 踊れ! 踊りなさい! アンタ達が敵に回したのはSOS団! この名を大事に胸に抱いて、地獄に落ちるが良いわ!!」
完全に悪役の台詞を声高に叫ぶハルヒはノリノリ。ああ、好きにしてくれよ、もう。
「うひゃああ! ごめんなさいごめんなさい! 体が勝手に動いちゃうんです! 逃げて! 逃げてくださああい!!」
魔女っ子使用のマジカルステッキを振り回し、一人、また一人と薙ぎ倒していくそのお姿も正直、意味が分かりません。
大体、逃がしちゃダメじゃん。
そこは、一方的な暴力が支配する……なるほど、地獄ってのは現実にこそ有ると知る次第。合掌。
「な、なんなんだ、アイツらは! 銃弾も刃物も通らんなど、こんな事がまかり通って堪るもの、ぐはあっ!!」
「ご……ごめんなさい! ごめんなさい! お願いですから私に近寄らないでくださあああい!!」
「良いわ! みくるちゃん、流石SOS団の一員だけあって躊躇の無い一撃よ! さあ、まだまだアタシは物足りないわよ! アンタ達の首を並べてキョンの墓前に晒してやるんだから!!」
……シンデナイヨ?
「く……クソッ! き、貴様らの血は何色だあっ!?」
「……赤……だけど? みくるちゃんは?」
「え? ……私も普通に赤、ですねえ……?」
違う。哀れな彼はきっとそんな事を聞きたいんじゃないんだ、ハルヒ。朝比奈さん。

さて、皆様も気になっている事が有ると思う。まあ、俺だってずっと気になってはいたさ。
長門と古泉は一体どうなったのか。
こっちのシーンは最早完全にギャグパートに移行してしまった以上、もう問題は無いだろう。というか俺はシリアスパートから一気にギャグへと落とされたこの落差を一体どこの裁判所に持ち込めば受理して貰えるのかといった疑問も無いではない。が、そこは水を差す所でもないように思う。
勧善懲悪、ってのもたまには悪くない。ああ、なるほど。水戸黄門の話はこの伏線だったのか……いやいや、まさかな。
まさかまさか。
ないない。
「ひとーつ、人の世の生血をすすりっ!」
……ハルヒ、それは桃太郎侍だ。
「ふたーつ、不埒なあくぎょうざんまーい! ぴいっ! 口上の最中はひ、卑怯ですうっ!!」
なんですか? 未来でも再放送なんてのがやってるんですか?
あー、話を戻す。こっちのシーンは何の心配も無い以上、果たして長門と古泉は無事に再会出来たのだろうかと、ハルヒと朝比奈さんから目を背けて結構真剣に思案に走っちまう俺は、しかし別に薄情、ってワケでもないよな。
哀れな「過激派」の人たちはちょっと同じ男としては見るに耐えないし。何よりハルヒと朝比奈さんのあの姿は純情ボーイのこの俺には目に毒だ。
どんだけ揺れる素材で出来てんだよ。設計者出て来い。
……違った。古泉と長門だ。
尻ポケットに入れておいた無線機の電源を入れる。あーあー、マイクテス。マイクテス。本日は晴天なり。月、すげえでけえ。
ザザ、と。ノイズが少し入ったその後で、聞こえてきたのは、聞き間違えようも無い。長門の声だった。
「……三つ。見事に叩き斬る」

……。
よし、状況はもうバッチリと把握した。ところで俺、もう帰っていいか?

全ての喧騒が終わり、ひっそりと静まり返った埠頭。戦後処理を行っている現場を離れ、俺達は灯台の麓へと足を運んでいた。
言いたい事は、腐るほど有った。
「よお、優男」
「……どうも」
「たった四日か五日の間に、イメチェンでもしたのか? 今のお前は好青年とは言い難いぜ?」
「髭剃りなんて貰えなかったんですよ」
そう言って、古泉は肩を竦めた。しかし、どんな仕草をしても、いつものコイツなら絵になったのだろうが、しかし今は無駄な悪足掻きでしかないのは誰の目にも明らかだろう。
「ところで僕、いつになったら下ろして貰えるんですかね?」
「知らん。長門に聞け。ああ、長門。別に下ろしてやらんでも良いぞ」
「……了承した」
「あのー、この年齢になると流石に恥ずかしいのですが。と言いますかですね。普通、逆じゃないですか?」
元超能力少年は、憔悴し切っていた。無理も無い。軟禁生活ってのがどんなものだったのか、俺はよく知らないが、しかしそれでも気分が良いものではないというのは……ぶふうっ。
だ……ダメだ。笑いが堪えられねえ。
「あははははは! ざまーみろ、古泉! 写真撮ってやろうか、写真! 写メってクラス中にバラ撒いてやる! 今なら只だぜ!!」
「あはっ! 良いわね、キョン。キョンの癖にナイスアイデアよ!」
「ちょ……止めて下さい! その目は本気ですね! 長門さん! お願いです! 今すぐ僕を下ろして下さい!!」
「……嫌」
「えー、なんで困ってるんですか、古泉君。お二人は、とってもお似合いですよ?」
「そういう問題では無いんですよ、朝比奈さん!」
まあ、古泉がどれだけ抗った所で未来スーツを着た長門に腕力その他で勝てる訳なんざ有りゃしない。一分ほどジタバタと抵抗した後に、少年はその目に諦念をとっぷりと映して俺を見た。
「……一生、恨みますよ」
「無駄だな、古泉」
今のお姫様抱っこ「されてる」状態でどんな目で凄もうが、そりゃ絵にならないってなモンだ。そうだろ?
「……まあ、お前には謝りたい事も有ったしな。写メだけは止めておいてやる。俺の寛大な心に感謝しろ」
「『だけ』と言うのが気になりますね。僕には他にも罰ゲームが待ってるんでしょうか?」
知らん。勘違いしてお前に勝手に怒りを抱いてたのは、後ろめたさが有ったのは俺とハルヒだからな。もう一人にはそんなモンは無えから、一体どんな要求をしてくるのか分からんぞ。
だが、古泉よ。お前はそんだけの事をやらかしたんだ。どんだけ心配を掛けて、どんだけ不安にさせて、どんだけ心細い思いをさせたか、ちょっとくらいは分かるはずだろ?
だったら、多少の我が侭くらいは聞いておくべきだと思うね。
なあ、長門。
「さて、罰ゲームの発表だ」
俺の促しに長門が小さく頷く。絶対零度の視線に射抜かれた古泉は……もうどうにでもして下さいとでも言うように少女の腕の中でぐったりとしていた。
まな板の上のタンノくんである。山葵は目に滲みるらしい。

「古泉一樹」
「はい」
「貴方は放っておくとどこへ行ってしまうか分からない」
「それは……申し訳有りません。どんな言い訳も、有りません」
「だから」

どんな判決が下るのかとゴクリと唾を飲む音が重なった。俺とハルヒと朝比奈さんのものだ。ああ、朝比奈さん、目がキラキラしてやがる。
ま、俺だって。この後どんな判決が下るのか、大体の予想は出来るけどさ。ラブシーンだろ? 勝手にやってくれよ。

「貴方には明日から私の部屋で生活して貰う」

「な、なんですとー!?」
「さっすが有希! それでこそ、有希よ!!」
「……おやおや、これはこれは」
「う、うわー! 素敵ですねー! ラブストーリーですねー!!」
「……古泉一樹。貴方に拒否権は無い。これは罰。一方的に下されるもの。重ねて言う。貴方に拒否は出来ない」

この後、お姫様抱っこされた古泉を挟んで俺が訥々と長門を説得するシュールな映像が数十分に渡って展開される事になるのだが、そのシーンもカットだ、カット。
結局、説得し切れなかったんだから……ああ、俺はどこでこの元宇宙人少女の育て方を間違えた? リセットボタンはどこだよ? アクションリプレイのコード表はどこのホームページに落ちてるんだ?

さて、敬愛なる皆様は最早お気付きだと思うが嵐ってーのはずっと一所に留まってるようなモンじゃあない。
ま、そりゃそうだ。明けない夜なんてモンは無いし、どんだけ繰り返しても、それこそ終わらない夏休みなんて夢のようなモンさえ世界には無かったんだ。
時は待たない、ってヤツだな。はて、これは誰が言ったんだったか。誰が言ったにしても含蓄有る言葉だね。うむ。
つまり、時間ってーのは宇宙人だろうと未来人だろうと超能力者だろうと、はたまた神様であったとしても、平等に過ぎ去っていくように出来ているらしい。ん? そんなんは常識だろって?
いやいや、その常識ってーのを疑っていたのが昨年までの俺だったりするんだ。もしかしたらループエンドだったりすんじゃないのか、とかも多少本気で考えたりもしたね。ああ。
こら、そこ。ゲーム脳乙とか言ってんじゃねえぞ。
もしもだ。もしも仮にアンタが俺と同じ状況に追い込まれてみろ。俺と体を入れ替わり、高一の八月であったり十二月であったり、高二の四月であったり七月であったりを経験してみろ?
俺は断言するね。今、画面の前でふんぞり返ってるアンタだって時間感覚ってヤツに多少の弊害を持っちまうだろうってさ。
SOS団で唯一の一般人であり、かつ、まあ自分で言うのもなんだが比較的常識人な俺でさえこの始末だ。その俺が語り部の、そんな物語を楽しんでるアンタらなんかは最たるモンだと思うね。違うか?
だがしかし。それでも俺達は順調にハルヒ出題の問題(一つ残らず難題で無理難題なのは、まあハルヒらしいっちゃらしいんだが)を解き明かし、潜り抜け、あるいは素通りして……。
ああ、ここまで言えば分かるだろ? 大体、話の骨子は読めたよな?

俺達は一人も欠けずに無事に三年生に進級したのであった。

つまり、この話は後日談の後日談ってヤツだな。
神様が居た面白おかしく、波乱万丈、驚天動地で支離滅裂な、その残り香だけがほんのりと桜吹雪に乗って校舎を包み込む。
そんな感じの、取り立てて面白味も無い、フツーの日々、ってヤツを、俺はこれから語っていこうと思う。
勿論、主役は俺じゃない。
この話の主役は……いや、これまでのどの話の主役もそうだったのだが。
最初から最後までクライマックスでお馴染み。
俺達の団長様だ。
そう。やっぱり後日談の、その更に後日談であっても、それでもやっぱりスポットライトはコイツに当たる。

涼宮ハルヒ。

ああ、ここまで読んでくれた人にはもう言う必要は無いと思うがこれも規定事項なんだ、勘弁してくれ。

彼女は、俺の、恋人である。

「……非常に貴方らしい恥ずかしい独白ですね。ああ、ターンエンドです」
とは言え、俺達に限って言えば余りその日常風景が変化している訳でもない。ま、分かっていた事だよな。様子が一変してる事を期待したヤツももういないだろうさ。
「うるせえよ、古泉。大体、今回も乱立させた死亡フラグを残らず叩き折りやがったヤツが言えた義理か?」
言いながら俺はカードを引く。あーあ、最悪の引きだ。この局面でそんなモン引いてくるかね、全く。
「一緒になって叩き折った人間が何を仰っているのですか。あんまりそういう事を言うのは止めて下さい。新川さんから聞きましたよ? 僕はこれでも貴方の台詞には少なからず感動しているのです」
「んなモン聞いてんじゃねえよな、お前も……」
俺が場に出したカードにもたじろぐ事の無い、古泉のポーカーフェイスは健在である。だよな。んったく、今回は流石に俺の負けかね。
伊達に二年もお前とテーブルゲームをやってきた訳じゃないからな。負ける時の感覚、ってのがなんとなく分かっちまうのが気分悪いね。
「『古泉は、俺達、SOS団のモンです。機関のものじゃない。そこんところ、勘違いしてませんか?』。……あ、今の似てましたか?」
「……その場に居た訳でもないのに、何が『似てましたか』だよ……」
ああ、口の中に今、見事に苦虫が巣食ってやがる。
「そんな顔をしないで下さい。言ったでしょう。僕は感動したのです、と。嫌味でも皮肉でもありませんよ」
そんな風に思われる事こそ心外です、と。そう言って古泉は俺の使役するモンスターカードを蹴散らした薄っぺらいヒーローを中指と人差し指で挟む。
「だったら、声真似とかしてんじゃねえよ。そもそも、ちっとも似てねえっつの」
「おや、そうですか? 僕としては今のモノマネは自信作だったのですが……と、詰みですね。僕は……」
「ジンジャーエール、だろ。分かってんよ」
「よろしくお願いします」
そう言って古泉は一つウインクを俺に向ける。気色悪い真似すんじゃねえっつの。
……はーあ。
全く。コイツも偉く丸くなったもんだ。
背伸びをした際にぎしりと音を立てる椅子は昨年までと同じ。なんか、進級したってのが嘘にも思えるね。俺は立ち上がる。
文芸部室に一人、古泉を残して俺は窓の外を眺めながら廊下を歩くのだった。

さて、上の一文に不自然を感じた方は一体何人居られただろうか? その数少ない方々に俺は是非とも敬意と称賛の拍手を送りたい。ブラボー、名探偵になれるぜ。
文芸部室。
もう、これだけで俺からは何も言う事は無い。後は各自で察してくれ。何が有ったのか。ちょいと頭を捻れば分かるような問題に対して親切に解答を披露するほど、俺はサービス精神が旺盛な訳じゃないんだ。
そういうのは元超能力者の領分、ってな?
廊下を歩いていると長門に出会った。良いね良いね。こういうのはなんか後日談って感じがする。こうやって一人一人が出てくるんだろ? もう予想を裏切る必要も無いしな。それに案外、おれはこういうのも嫌いじゃない。
「長門。今から自販機のトコ行くんだが、飲み物のリクエストは有るか?」
「……不要。朝比奈みくるが淹れてくれるお茶が有る」
「そっか。ま、それもそうだな」
あれ? そしたら俺も、古泉も飲み物なんか要らないんじゃないのか? ……ま、いいか。
「ああ、そうだ。長門」
「何?」
「部室に今、古泉が一人だぜ」
俺がそう告げて振り返ると、パタパタと走っていく少女の背中が見えた。おうおう、可愛くなっちまってまあ。良いね良いね。青春だ。高校三年の春ってのは、こうじゃないといけないよな。
不思議なんて、起こる時は起こるもんだし。何の伏線も無しに未来人少女がピンチに颯爽と現れる世の中だ。
第一、宇宙人少女が恋をする、なんてのが不思議じゃなくてなんだってんだ、ってな。
なんか気分が良くなって鼻歌を歌いながら廊下を歩いていると、今度は朝比奈さんとすれ違った。
「ふふっ、なんだか機嫌が良さそうですね、キョン君」
「ええ。特に何が有った訳でもないんですけどね」
そうだ。特別何も無くったって。俺の世界はこんなに面白い。
「ああ、そうだ。朝比奈さん」
「ふえ? なんですか?」
「今、部室に古泉と長門が二人だけなんで、なるべくゆっくりと向かってやって貰えますか?」
「あ……ふふっ。分かりました」
きっと、こんなフツーの日常だって。そうだ。ちっとも悪くない。物足りなさを感じていた頃の自分に言ってやりたいね。

世界が面白くないのなら、自分から面白くなるように動け、ってさ。


桜の季節も、そろそろ終わりだ。

「よお、ハルヒ。何やってんだ?」
「見れば分かるでしょ? 飲み物を選んでんのよ」
自販機を相手に今にも喧嘩を売りそうな形相でガンを飛ばしている女子高生、ってのも中々見ないと思う。まあ、そんなんが俺の彼女だ。
最高に男前な、俺の誇りの少女だ。
「そんなに悩むんなら、いっそ買わないのも一手じゃねえか? 今頃、朝比奈さんがお茶を淹れてくれてるだろうし」
「ああ、それもそうね。でも、部室まで持ちそうに無いのよねえ。今、喉が渇いてるのよ」
「ふーん」
そう言ってまた悩み込むハルヒを尻目に俺は自分の分のコーヒーとオーダーのジンジャーエールを購入する。缶コーヒーを半分ほど飲んだ後、なんとはなしに言ってみた。
「半分、要るか?」
「へっ!?」
顔を分かり易く真っ赤に染める……ああ、俺はコイツの事が好きなんだな。
「間接キスくらいで、何を今更赤くなってんだよ、馬鹿」
笑っちまう俺の手からハルヒは缶を引っ手繰るとそれに口を付けようとする。だが、唇まで後数センチで手が止まる。ああ、一度意識しちまったらやりづらい、ってヤツだな。分かる分かる。俺にも経験が有るな。
だけど。
「なあ、ハルヒ。いつまでも固まってんなよな。さっさとしないと、俺、先に部室行くぞ?」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、キョン! 彼女を置いていくなんて、アンタ彼氏の自覚有るの!?」
「有る。有りまくりだ」
なあ、俺の世界ってのも、結構捨てたモンじゃねえだろ、俺?
「なんなら口移しで飲ませてやっても良いくらいだ。だが、流石に場所は変えて、だけどな」
ぶー垂れる少女は、ああ、どこまでも、お前はヒロインだよ。まったく。
最高に最愛の、お前は俺のヒロインだ。

「ねえ、キョン」
「なんだ?」
「有希と古泉君。上手くいってるのかな」
「ああ、その事ならどうも心配無いみたいだぜ?」
「ん? なんでよ」
「いや、長門からこないだ聞いたんだけどな」
「ふんふん」


「木曜辺りからようやく、家に帰ってきた時にアイツ『ただいま』って言うようになったんだとよ」


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