ハルヒSSの部屋
古泉「ただいま」 2
その日、地元に帰って来た後。ハルヒの命令で俺は、長門のマンションまで付き添う事になった。いや、多分ハルヒに言われなくても俺はそうしていただろう。もしくはハルヒに長門のフォローを頼んだかも知れない。
……見ていられなかった。
……目を離せなかった。
長門はまるでいつも通りで。足取りが疎かな訳でもなく、言葉が少ないのもそこに抑揚が無いのだって少女のデフォルトだ。
だから、見た目には何も変わっちゃいない。でも、俺は気付いた。ハルヒだって、勘の鋭いアイツの事だからきっと気付いていたに決まってる。今の長門は、とても危うい。
片道二時間の往復にバスの待ち時間エトセトラエトセトラ。帰って来た頃には日はとっぷりと暮れ切っていた。冬は終わったとはいえまだまだ落日は早い。所々の街灯の下を長門が通過する度に、小さなソイツの背中は透けて消えてしまいそうな、そんな危機感を俺は覚えた。
疲れているのかも知れない。頭を振って幻想を追い出す。
……一番疲れているのは、誰よりも長門だってのに。俺がそんな弱気でどうする。
とにかく、何かを話すべきだと思った。沈黙はダメだ。思考がマイナス方向へと否応無く沈んでいっちまう。何か、長門が楽しくなれるような話題は無いものか。この場で俺から話し始めておかしくなくて、でもって長門の気分が上向くような……。
そんな、話題。
そんな事が出来る、ヤツ。
ああ、憎々しい。忌々しい。
俺がずっと大切にしていた少女の心を見事な手際で掻っ攫っていったヤツの事ばかり、頭に浮かぶ。そして、ソイツ以外に長門に表情を取り戻させる事は、きっと出来やしないんだ。
恋愛は、精神病の一種。神様だって例外じゃないんだ。元宇宙人少女なら、尚の事。
「なあ、長門。聞かせて欲しい事が有るんだけどさ」
「……そう。何?」
「古泉の事」
俺がそう震える唇で切り出した時、長門が少しだけ、ほんの少しだけ笑ったように見えた。勿論、俺の目の錯覚だろう。そうに決まってる。
「古泉一樹の……事」
……ああ、チクショウ。
「彼は、とても、優しい人」
長門に「優しい」なんて概念を教える事に成功した、ソイツがどうして俺達の前から姿を消したのか。
分かっていた。
止むに止まれぬ事情がアイツにも有ったんだろう、なんて事ぐらいは。
「……知ってるさ」
「そう」
長門は振り向かない。ただ、前を見て歩く。その後ろ姿を「強いな」と感じて、そして悲しくも感じた。
「古泉一樹は戻っては来ないかも知れない」
「そう……だな。だが、戻って来る気がアイツに有ろうが無かろうが、そんなんは俺達の知った事じゃねえ。そうだろ?」
「貴方は考え違いをしている」
街灯と街灯の間。前後から影が伸びる場所で長門はそう言って不意に立ち止った。危うくぶつかりそうになる俺。
「考え違い? そりゃなんだよ?」
「古泉一樹は今、帰ってくる為に戦っている。私達と一緒に居続ける為に、彼は一時的に私達から離れた」
……それってのは……。
「彼は私に帰ってくると、別れ際にそう言った。私は、彼を信じる」
オイ、マジかよ!?
「そういう事は早く言え、長門!」
叫んで長門の前に回り込む。そして中腰になって少女と視線の高さを合わせた。
「あの馬鹿は他には何か言ってなかったか!? 何でも良い! 手掛かりとは思えない話でも構わない! 覚えている限り、有りっ丈のアイツが言ってた事を、俺に聞かせてくれ!」
長門は沈黙した。時間にして三十秒も無かっただろうが、それでも俺にはその口が再度開くまでの間を妙に長く感じた。
「彼は、私を好きだと、そう、言ってくれた」
「それから!?」
「けれど自分には時間が無いから返答は要らないと、そうも言っていた」
「えーっと……ちょっと待てよ、長門。お前は古泉に要請されてハルヒに『団内恋愛禁止の撤回』を求めたんじゃないのか?」
「違う」
長門は言う。
「あれは私の意志によるもの。彼の発言に、私なりに返答をしようと思った。それだけ」
「……古泉の陰謀じゃ、無かったってのかよ……」
「少なくとも、私は彼からそのような要請は一度も受けていない」

まったく、なんてこった。悪役なんて、どこにも居やしないんじゃねえか。ただ、歯車がちょっと綺麗に噛み合い過ぎただけ。ちょっと恋愛感情に連鎖爆発が起こっただけって、そんな……そんな。

「長門。古泉を絶対見つけるぞ」
少女は小さく首肯する。
「アイツに謝らなきゃならん事が、個人的に出来ちまった」

その日の夜、入浴を終えてハルヒに電話でもしようかとケータイの充電具合を確認する為にそれを手に取った、丁度その時、だった。
電話が、鳴った。
咄嗟に俺は、それをハルヒからだと思った。以心伝心。こっちが電話を掛けようとしたそのタイミングで電話が掛かってくる事が、アイツとの間にはたまに有ったからな。この時もそれだと思ったし、ハルヒにしたって帰り道の長門の様子は気になっているに違いないからだ。
だから俺はディスプレイに表示されている発信元を確認すらしないで、ケータイの通話ボタンを押し、それを耳に当てた。
「もしもし」
ああ、きちんと確認していれば俺の第一声は罵倒から始まっていたのだろう。「非通知」。この状況でそんな番号から俺に電話を掛けてくるヤツなんってーのは一人しか居やしないからな。
「ああ、どうも。……お久しぶりですね、と言うのも何か変な感じですが。たった四日声を聞いていなかっただけなのに懐かしく感じてしまうのは、これは何なんでしょうか?」
俺の耳に飛び込んでくるその声は、どこまでも癇に障る喋り方のイケメンボイス。
「古泉!?」
現在絶賛行方不明中の元超能力者のもので間違いなかった。
「手前、一体どの面下げて……!?」
「音声通話で僕の表情が分かるのですか、貴方は? これはちょっとしたスペクタクルですね。僕の知らない間に、いつそんな超能力を身に付けられましたか?」
揚げ足を取る、その喋り口が余りにも変わらな過ぎて……いや、こんな所で涙汲んで堪るか。
「うるせえ。ついさっきだ。……そんな事はどうでもいいんだよ! お前、今、どこに居やがる!? 悪い事は言わんから素直に吐いちまえ!」
とは言え、俺達の元から自分の足で姿を消した副団長が簡単にその居場所を吐露するとは思っていなかった俺である。だが、そう言わずにはいられなかった。長門の代わりに、ハルヒの代わりに、言いたい事、問い質したい事は山となってその標高はエベレストもかくや、ってな具合だったからな。
だが、そんな俺の予想の斜め上の返答を、古泉はなんて事は無いと簡単に、口にした。
「さあ……そんなのは僕が聞きたいくらいですよ。実は僕、今機関によって軟禁されていまして」
「軟禁!?」
「はい。まあ、生きていくだけならば支障は無いのですけれど、時間潰しが出来そうな本の一冊も無いような状況では、僕であっても少々神経が参ってしまいそうな、そんな状況なんですよ。あはは」
あはは、じゃねえよ。
「やれやれ……困ったものです」
古泉はまるで困ってもいないような口振りでそう呟いた後に一つ嘆息したのであった。
「ケータイは使えるんだろ!? だったら、GPSとかはどうだ?」
「試してみましたよ」
抜け目の無いその性格は健在で、俺が思いつきそうな事は既に実行済み、ってか。なるほどね。どうやら帰ってくるつもりだった、ってのは満更冗談でも無いらしいな、古泉。
「ですが、ダメですね。通話以外の全ての機能が消されていました。その通話も軟禁中の僕からの要求を、外に居る人間に伝える為に……こう言っては何ですけれど『お情け』で残されているようなものでして」
「……ちょっと待て、古泉。お前、なんで俺の所に掛けてこれたんだ? 機関の人間ってのは阿呆なのか? それだけの用途で良いなら内線で事足りるんじゃないのかよ?」
「まあ、彼らが知恵に欠けている事は認めます。日頃携帯電話の電話帳機能に頼っている人間が担当なのでしょうね。ぼくが十一桁の数字くらい覚えていられないと思われているのなら……いえ、逆にチャンスではあるのかも知れませんが」
「なるほどな。そういう事か。合点が入った」
「もう一つ。内線を利用しないのはそれを準備する事が出来なかったのでしょう。涼宮さんが神の座を降りられてから機関は縮小の一途を辿っていますから。まあ、財政難なのでしょうね、あちらも」
あちら。その言葉が引っ掛かる。
「古泉。俺にも分かるように話せ。先ずお前が俺達の元を離れてまで何をやろうとしていたのか。そして、なぜお前が機関に軟禁されているのか、だ」
「ふふっ。そうですね。貴方にしてみれば当然の疑問でしょうか。どこから話せば良いでしょうか……僕は機関の縮小、閉鎖を訴える派閥のシンボルのようなものなのです。いえ、本意ではありませんが」
「機関の閉鎖?」
「そうです。機関には幾つもの派閥が有り、派閥争いが有るとは前にも言いましたね。僕らであっても一枚岩では決して無いのだと。そして、僕を軟禁したのは……もうお分かりでしょう? 機関における過激派……涼宮さんの力の復活を望む方々ですよ」
古泉の言葉に、俺の脊髄に電流が走る。
涼宮ハルヒの力の復活だって!? 冗談じゃねえぞ!?
「ええ。ですが彼らにとっても冗談では無いようですよ? 僕を殺さず軟禁しているのは、何かに使えるかも知れないとそう思って……いえ、思われているからなのでしょうね。過大評価も良い所なのですが、しかしそのお陰でこうして貴方に連絡を取る事が出来ました」
「……古泉、お前は無事なんだな」
「ええ」
短く二文字を口にした後で、ソイツは「しかし」と付け加えた。

「今の所は、ですけどね」

状況は、俺の予想よりも随分と深刻な様だった。
「ですが、まあ、そこまで絶望的な訳でも有りません。僕の同志はそれ程少ない事も無いのです。いえ、言葉を間違えましたね。僕の所属する旧主流派……今の『縮小派』は機関における最大派閥です。この内乱は、失敗に終わりますよ。僕が保障します」
話は終わった、と。古泉はそこで台詞を切った。だが、何か腑に落ちない。このもやもやとした、感覚のその元となっているのは何だ?
「……古泉。お前が俺達の下から姿を消したのは……」
「お察しの通り、機関を終わらせる為ですよ。機関の秘密工作員ではない、只の男子高校生の古泉一樹として貴方達と一緒に居続けるにはこれしか方法が無かったのです」
違う。そうじゃない。
いや、それも理由の一つでは有るだろう。だが、それではまだ正解の半分だ。
「お前……さっき過激派、って言ったな」
「はい」
「って事は、だ。放っておいたら何をしでかすか分からない連中なんだろ?」
そう、例えば。ハルヒや俺や長門に対して、どんなアクションでも起こしかねない連中なんだろう、ソイツらは。
「……そこまで見抜かれますか」
分からいでか。お前、俺を舐めるのも大概にしとけよ、馬鹿野郎。
「お前が俺達の下を去ってまで機関を潰そうとしたのはその為だ。俺達の身を守る為だ。そうだな?」
そうに……決まっている。俺は知ってるんだ。表面でどんな偽悪者を気取ろうとも、お前が心根ではSOS団を気に入っていた事。そして副団長というその肩書きに少しばかりの誇りを感じていた事。
何よりもお前は、あの長門有希に「優しさ」という概念を教える事に成功した、古今無双のお人好しだって事!
俺はそれを知っている。
「買い被り過ぎですよ」
そんな訳有るか。
「ああ、こうして貴方に連絡をしたのは一つ、伝えたい事が有ったからなんですよ。貴方達は決して、何のアクションも起こさないで下さい。貴方方は今、僕の同志によって監視、保護されています。何もしないで頂けたら、守る方も楽なんですよ」
そうやって守られたまんまで、機関の内乱が終息するまで口も手も出すな、ってか。
「はい。よろしくお願いします」
古泉はきっと受話器の向こうで頭を下げたのだろう。だがな。どんだけお辞儀をされても譲れないモンってのは有るんだ。

「お断りだ」
「は?」

普段は澄ました優男の、ポカンと口を開けて立ち竦む姿を想像するのは、案外面白くて俺はげらげらと笑っちまったね。
「いえ、貴方達の身が危ういんですよ!?」
「だったら、お前はどうだって言うんだよ、古泉!!」
意識せず、声は張り上がった。気付いたら、俺は叫び声でまくし立てていた。
「何もしなきゃ俺達には普通の平穏な日常が戻ってくる、ってか!? それは良い! むしろ望む所だ! だけどな! 俺達の『達』の中には、古泉一樹! お前もしっかり名前を連ねてるって事に二年もSOS団に在籍していてなぜ気付かねえ!!」
ああ、ふざけんなよ、この野郎。自己犠牲の正義のヒーロー気取るには、お前じゃ役者が不足してんだ。謎の転校生役が関の山だっていつになったら気付きやがる。それでもまだ、正義のヒーローになりたいんだったら、首から上ををアンパンに挿げ替えてから出直して来い。
「このままお前らを放置したら、お前はどうなる!? 過激派に処理されるか銃弾の盾にされるかくらいは俺にだって容易に想像が付く! 古泉一樹! お前はもしもSOS団の誰かがそんな目に遭おうとしてる時に黙っていられる事が出来んのか!?」
そんなヤツをダチに持った気は俺には無えし、俺だってそんなダチでありたくなんか無えんだ。
「答えろ、古泉! お前の所属と役職を!」
これだけ言ってもまだ聞き分け無えヤツを、長門が「優しい」などと評価するものか。

「僕の……所属と……役職は……」
なあ。俺なんかは幾ら裏切ってくれても良いんだ。だけどさ。
長門が「信じる」って言ったんだぜ? あの長門が、だ。
それだけは……どうか裏切ってくれるなよな。
アイツが初めて恋愛感情を抱いた男を、どうか俺に認めさせてくれ。どうか祝福させてくれ。
頼む。
頼むよ。
お前がハルヒじゃなくて長門を選んだ事を、どうか俺に確信させてくれないか。

たっぷりと沈黙した後に、そいつは口にする。
「僕の名前は古泉一樹」
躊躇無く、戸惑い無く、口にする。
「所属はSOS団! 役職は!」


俺が一番聞きたかった言葉。
「副団長です!!」

長門。お前が選んだ男は、俺なんかよりもよっぽど格好良いぜ。ちょっと嫉妬して良いか?

翌日、深夜十一時。俺は公園で人を待っていた。ああ、入学早々長門に呼び出されたり、まあ色々と有ったあの公園だ。
待ち合わせは午前零時だったが、俺は居ても立ってもいられずに、気付けばそこのベンチでホットコーヒーを両手で抱えて暖を取っているというのが本音で。
だが。古泉の言う通りに俺達に監視が付いているのであれば待つ必要は無いだろうとも思っていた。
そんな俺の思惑通り。ベンチに座り込んで五分も立たない内に、公園脇の道にちょいとここいらでは珍しいオフロード使用のごっつい車が劈くようなブレーキング音と共に停車した。
「……お待たせしました」
そこから降りて俺の下へ歩いてきたのは一組の男女。ああ、久しぶりですね、森さん。新川さん。去年の十月以来ですか。あの時はお世話になりました。
「いえいえ。こちらこそ、ウチの古泉がいつもお世話になっているようで」
紳士的に頭を下げる新川さん。ああ、この人のお辞儀はいつ見ても清々しいなあ。
「あーっと。そういった挨拶とか社交辞令とかは後回しにしましょう。それよりも本題です。こっちの提案を飲んで貰えますか?」
俺の言葉に少し複雑そうな表情をする森さんアンド新川さん。まあ、気持ちは分かる。
「……貴方の気持ちは非常に嬉しいのですが」
「我々、機関としてはその様な話は決して飲めないというのが本音です」
だろうね。無茶を言ってる、ってのは重々承知の介だ。
「貴方としては古泉を私達が切る事を懸念しているのでしょうけれど。でも、そこまで私達は非情じゃないの。安心して。古泉は必ず救い出すから」
森さんが諭すようにそう言う。
ああ、この人達は大人だ。思えば古泉もそっち側に片足突っ込んでいやがったっけ。でもって俺は全然子供だよ。
だけどな。
子供にだって、意地もあれば友情だって有るんだ。
困っている友人を見捨てるだなんて、あのハルヒが許すと思うかい? そんなのは当然ノーだ。俺だって首を振るね。
でもって長門だって、今回の提案にはこっくりと、ミリ単位なんかじゃなくこっくりと頷いたんだ。それは覚悟の証、ってヤツだろ。もう宇宙的能力の何もかもを使えなくなってる長門が、それでも我が身を省みないなんざ尋常じゃないぜ?
「……森さん。新川さん」
俺は右手をぐっと握りこむ。
「何、勘違いしてんですか?」
ハルヒの優しさと、長門の恋心とを背に負って。今の俺が貴方方の話で折れるなんて思われちゃ甚だ不愉快だ。

「古泉は、俺達、SOS団のモンです。機関のものじゃない。そこんところ、勘違いしてませんか?」
まるで古泉が乗り移ったみたいに、俺はにっこりと笑って大人二人にそう言い切った。

「ハルヒを囮に使う」
喫茶店で俺がそう言うと、ハルヒは待ってましたとばかりに頷いた。既にトレードマークとなっちまってる百万ワットの笑みで、そりゃもう格好良く頷いた。
「敵の一番の狙いはハルヒ、お前だ。だからこそ、お前が一人で居れば、敵さんはそれを狙わないでいる事が出来ない」
涼宮ハルヒは知っている。自分が昔神様だった事を。長門が宇宙人で朝比奈さんが未来人で古泉が超能力者だった事を。それを乗り越えて、コイツは俺の隣で笑っている。
「良いわ。そういうのはアタシ以外に向いてない、これはもう適役と言えるわね。ヒロインはやっぱりアタシ以外にはいないのよ。でもって」
ハルヒがティースプーンの先を俺に向ける。
「アンタがヒーローよ」
柄じゃないねえ、とは思ったりもするが、これはもう仕方がない事なのかも知れない。彼女がヒロインなら、その彼氏は当然ヒーロー以外ではいけないのだろう。
「分かってる」
「アタシの身は、アンタが守りなさい」
「当たり前だろ」
そう、それは当たり前。ハルヒを守るのは他でもない。この俺以外には居る訳ないし、もしも立候補が居たとしてもそんなのは謹んで握り潰させて貰うとしよう。
俺は、少女のヒーローに、選ばれたんだから。いや、違うな。自分から、その役を進んで選んじまったんだ。その自分の選択に後悔は無いし、これから先もするつもりは無い。だって、そうだろ? 男の子なんだぜ。
誰だって、好きな女の前では格好を付けたいもんだ。
「ま、アンタがピンチだったら、しょうがないからアタシが守ってあげるわ」
直接戦闘能力、つまり喧嘩の腕で俺は遠くハルヒに及ばない。情けない話だが、まあこれは純然たる現実だ。しかし。
「要らん。お前はどっかのキノコの国のお姫様みたいに、ただ黙って見てれば良いんだよ」
ヒロイン、ってのはそういう役どころだろ。戦うヒロインが最近の流行? そんなんは知ったこっちゃねー。
「心配すんな、ハルヒ。お前が選んだ恋人はな」
有り余る経験値が、一体何の為に有ったと思ってる?
「こういう事に関しては、SOS団で一番頼りになるんだぜ?」
ずっと黙って俺達を眺めていた長門が、少しだけ表情を緩ませたような気がした。そうかい。お前もそんな風に思ってくれるか。嬉しいね。
だったら、期待には答えないと、嘘だよな。
でもって、俺達の団長様は、そういう悪い冗談が一番嫌いなのさ。

ほい、シーン回想終わり。場面は戻って深夜の公園だ。
俺の青臭い啖呵に対して沈黙する森さんと新川さん。この二人が人間臭くて大いに助かったと、そう言わざるを得ない。機関ってのが非情じゃない、ってのも満更嘘でもないのかもな。
だけど。
俺達の大切な団員がピンチだってのに、俺達に黙ってろ、ってーのはちょいと都合が良すぎるでしょう、森さん? 新川さん?
もう一押し、か。
「昨晩、古泉が電話をしてきたんですよ、俺に。どうもそれが俺にはずっと引っ掛かってまして」
電話。それ自体が俺には引っ掛かっていた。
「まあ、アイツはお二人と同じ様な事を言ったんですけどね。何もすんな、って。だけど、考えてみて下さい。それって根本的におかしいでしょう?」
「……何もさせたくないのなら、そもそも電話自体をしない、という事ですか」
「イエス」
そうだ。俺達にはあの時点で、何の手がかりも無かったんだ。そして古泉は一つの足跡も残さないように細心の注意を払って俺達の前から姿を消した筈なんだ。それなのに。
アイツはあろう事か、捨ててきた俺に電話を掛けた。
それってーのは、つまり。
「お分かりでしょう。俺にだって分かったんです。貴方達が気付かないとは思えません。言葉にしてはっきりと言いましょうか?」
二人は何も喋らない。ただ、無言の圧力ってーか、俺に「その先は口にすんな」ってプレッシャを与えている事は痛いほど分かった。
でも、残念。俺は子供なんだ。思った事をそのまま口に出しちまう、子供なんだ。
長門をずっと見てきた俺が断言しよう。
素直に勝る矛なんてのは、この世の中にハルヒは定義しちゃいねえんだよ。
「古泉は、俺に、俺達に本当は助けを求めてきてたんですよ」
SOS。救難信号。
あの電話の、真意。
「助けを求められて、涼宮ハルヒが黙っていられると思いますか? 貴方達がずっと守ってきた少女は、そんなヤツでしたか?」
届け。
俺の思い。
ハルヒの思い。
長門の想い。
一欠けらでもいい。
この人達に、届いてくれ。この優しい人達の心に、届いて響け。

「……分かりました」
「新川さん!?」
白髪混じりの髪を揺らして笑う新川さんは、森さんに向けて続けてこう言った。
「古泉は、良い友達を持った。森。私はあの子が苦しんでいたのを知っているし、君だってそうだろう。私達は世界を守る為、ずっと私を殺してきた。そんな事を強いられた少年が、友達など作る事は出来ないと思われていた少年に、こんなに思ってくれる友人が出来た」
「しかし! そんな感情論で我々は動く訳には行きません!」
森さんの切実な訴えにも、しかし新川さんは首を振る。
「その感情を取り戻す為に、我々が機関から個人に返る為に、我々は機関を終わらせようとしている。森。そうではなかったか?」
「それは……ですが!」
「私は古泉という少年をずっと見てきた。彼は非常に優秀だ。計算高く、思慮深い。その少年が」
新川さんはそこで一度言葉を切って俺を見る。
「信じた。彼を。仲間達を」
ヤバい……今、俺ちょっと泣きそうだ。何、感動してんだよ。まだ、何も始まってもいないってのに、俺。感動すんのは早すぎるだろ、俺!
「つまり、勝算が有るという事です。そう考えて、託して、構いませんね?」
託す。
託される。
何を?
決まってる。
そして、覚悟だってとうに決まっていた。
「はい!」
「良い、返事です。ああ、本当に古泉は、良い友人を手に入れた」
新川さんはそう言って、森さんの肩に手を置いた。
「森。君は信じられないか? 古泉が、我々の同志が信じた少年達を、君は信じられないか?」

想いは、届く。それが心の底から搾り出した、真っ直ぐな一本の矛ならば。心に構えたどんな堅固な盾だって、それは貫くんだ。

「古泉を……よろしくお願いします」
森さんは深々と頭を下げたのだった。


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