ハルヒSSの部屋
古泉一樹の情操教育 3
『笑った青鬼』

長門「今回は、コレ」
古泉「ええ。とりあえず絵本を向ける前に寝ている人の枕元に無言で立っているのを止めましょうか」
長門「分かった。次回は枕元ではなく布団の中に潜り込む事にする」
古泉「……改悪されています」

古泉「……涼宮さんに薦められたんですか?」
長門「絵本の中の絵本。絵本オブ絵本ズ、だと言っていた」
古泉「ツッコミません。それはそうと、この絵本で何が知りたいのでしょうか」
長門「その後が気になる」
古泉「……は? えーっと?」
長門「青鬼のその後が気になって夜も眠れない」
古泉「そもそも長門さんには睡眠は必要ではありませんよね」
長門「なので聞きに来た」
古泉「なるほど。だからこんな深夜に……危うく納得しかけましたが、そうはいきません」
長門「チッ」
古泉「Σ舌打ち!?」

古泉「その後の赤鬼はしあわせでした。胸に少しだけちくりとした寂しさを抱いて」
長門「違う。赤鬼の事を聞きたいのではない」
古泉「分かっています。これはもうお一方の話です」
長門「……?」
古泉「では、始めましょうか。『泣いた赤鬼』改めまして『笑った青鬼』」

古泉「とある日、そんな彼に小さな子供が言いました。一人ぼっちは寂しいんだよ。それは誰もが知っている、だからこそ改めて声に出したりはしない真実。
負うた子に教えられて浅瀬を渡るとはよく言ったものでして。だから赤鬼は決意しました」
長門「何を?」
古泉「決まっています」

古泉「いなくなった親友を探しに行く事を、ですよ」

長門「続きを」

行ってしまうのかい? 村人が言います。
はい、僕のたった一人の親友が一人ぼっちですから。
君を知らない人が君の姿だけを見て悪口を言うかも知れないじゃないか。村人は言います。
でも、それは青鬼君も同じでしょう? そう言って赤鬼は笑いました。

長門「なぜ、赤鬼を村人は引き止めるの?」
古泉「風体は鬼でも、心は優しい事に気付いたからですよ」
長門「心が優しい?」
古泉「はい。そして、それは人から好かれる必要十分条件です」
長門「好かれる……」

君の姿を見て石を投げる人が居るかも知れない。村人は必死に引き止めます。
赤鬼はそれを聞いて一層の決意を固めました。
そんな痛みを今一人で受けている親友の為に、僕は行かなくちゃ。

僕から寂しさを取り除いてくれた、親友から、今度は僕が寂しさを取り除く番だ。赤鬼は笑って笑って、ほんの少しだけ泣いて、そう強い口調で言い切りました。

古泉「って、こんなのはどうですか? お気に召しませんか?」
長門「続きが聞きたい。赤鬼は、青鬼はどうなったのか」
古泉「では、続きを」

青鬼がどこにいってしまったのか、知っているのかい? 村人の問い掛けに赤鬼は首を振ります。
青鬼を見つける当ては有るのかい? 村人の再度の問い掛けに、矢張り赤鬼は首を振ります。

長門「それでは見つけられない」
古泉「そうとも限りません」
長門「無理。確率の問題。今のように情報網が発達していない社会では不可能に限りなく近い」
古泉「出来ますよ」
長門「どうやって?」
古泉「確率は、いつだってゼロでは無いのですから」
長門「欺瞞」
古泉「おや、知らなかったんですか?」
長門「何を?」
古泉「そんな確率よりももっと低い確率を潜り抜けて、僕と貴女は出会っているんですよ。奇跡などというものは大仰に見えて、実はありふれているんです」

無茶だ。無謀だ。口々に村人は赤鬼を引き止めました。
ありがとう。ありがとう。赤鬼は泣きました。
こんなに仲良くなってくれて、ありがとう。
こんなに心配をしてくれて、ありがとう。
僕はしあわせです。青鬼君のおかげで、こんなに思ってくれる人が出来た。
僕は今、本当にしあわせです。赤鬼は滂沱の涙を零しました。

長門「しあわせでも、泣く?」
古泉「しあわせでも、僕ら人間は泣けるんですよ」
長門「悲しい時に泣くのではない?」
古泉「ええ。涙とはストレス発散ですからね。感動も、悲しみも、同じストレスなんですよ」
長門「なるほど」

僕はもう泣きません。青鬼君を見つけるまで、僕はもう泣きません。村で一番の泣き虫は、そう言いました。
どうあっても行ってしまうんだね。村人が言うと、赤鬼は力強く頷きました。
だって、僕は今、しあわせだから。この思いさえあれば、僕はきっとそれを力に換えて歩いていける。

青鬼君を探しに、どこまでも歩いていける。

青鬼君がどこに居るのか分からない。
何年、何十年、何百年、掛かってしまうかも知れない。
皆が僕を忘れてしまう、それくらいの時間が流れるかも知れない。
でも、僕は、たった一人の親友に、僕の為に一人を選択してくれた親友に、君は一人じゃないんだよ、って。

僕という親友が居るんだって、伝えたい。

長門「何百年掛かっても?」
古泉「何千年掛かっても」
長門「貴方が死んでしまっても?」
古泉「それでも、僕らは貴女を一人にはしませんよ。決して」
長門「私が居なくなっても?」
古泉「探して、連れ戻します」
長門「この星から遠く離れたところでも?」
古泉「たとえ、世界が違っても。必ず、貴女を探し出します。そう、約束します」

何十回目の春が来て、冬が来て。赤鬼がかつて居た村とは国も言葉も違う山の中で。
赤鬼は懐かしい、二つの角を見つけました。
どうして、ここに? 青鬼は言いました。
決まってるじゃないか。赤鬼は答えます。

長門「見つけた?」
古泉「見つけましたよ。当然でしょう?」
長門「何十年もかかった。その間、諦めなかったのが不思議」
古泉「言いましたよね。赤鬼は心優しいんです。いえ、赤鬼だけではありません。童話とは子供に聞かせるための物ですから、その主人公が手本にならないような性格では困ります」
長門「初期設定?」
古泉「言い方はどうかと思いますがそんな所ですね。まぁ、地の文にも『心優しい』と有りますし。それに何より、長門さんに『諦める』という行為を覚えて貰っては困りますので」
長門「?」
古泉「僕が何を言いたいのかは、いずれ分かるようになると信じていますよ」

僕の一番の親友の、傍に居たかったんだ。赤鬼はそう言って、何十年振りに涙を流しました。
わぉんわぉんと、山中に響く大声で。まるで山全体が泣いているような、そんな声で。
笑顔で、笑顔で、いつまでも涙を流しました。

長門「貴方は鬼ではない。いずれ死んでしまう。けれど私には有機生命体の様な死の概念が無い。
貴方は、どんなに言い繕っても古泉一樹という個体は、私と同じ時間を歩んでいくことは出来ない」
古泉「信じて下さい」
長門「信じる?」
古泉「僕は……僕たちSOS団はずっと貴女の傍に居ます。女の子が信じてくれれば空だって飛べるとは、この国で一番有名な、さるドロボウの名台詞ですよ」
長門「空も飛べる?」
古泉「貴女が信じてくれれば。遠く星の向こうにだって飛んで行きますよ。まあ、少々準備に時間が掛かるかも知れないですが。そこは笑って許してくれると助かります」
長門「……理由は不明。でも、貴方ならそれを実現しそうな気がする」
古泉「長門さんが今抱いているモノを、我々は『不思議』と呼びます」
長門「涼宮ハルヒが探しているものと同一」
古泉「不思議も奇跡と同様に、実際はありふれているんでしょうね」

もう、あの村の人達は皆死んでしまったよ。僕らの寿命に比べて人間の寿命はとても短い。青鬼は言いました。
君は本当にそう思う? 僕はそうは思わない。
ねえ、二人であの村へ帰ってみないか? 赤鬼は涙を拭いながら胸を張って言いました。

長門「行きは良い良い、帰りは怖い」
古泉「変な合いの手を入れないで頂けますか」
長門「自粛する」

僕があの村を出る時、村の人達は約束してくれた。
帰る場所を作って待っている、って。
僕はその言葉を信じてるから、ずっと旅をしてこれたんだ。

長門「顔馴染みの村人達は皆死んでしまった筈。昔の人間の平均寿命はとても短い」
古泉「そうですね。ですが、それで全てが忘れ去られた、とするのは早計かと」
長門「どうして?」
古泉「人には『伝え聞かせる』という拙いけれど、とても確かな技術が残っているんですよ」
長門「伝え聞かせる?」
古泉「人が死ぬとは生命が尽きる事ではありません。誰もが彼の事を忘れてしまった時、その人は死んでしまうんです」
長門「その解釈は間違っている。脳の機能不全をもって貴方達人間は死んだとみなされる筈」
古泉「いいえ。たとえ体は朽ちても、人は生き続ける事が出来るんですよ」
長門「どうやって?」
古泉「人の思い出の中に住み着くことで、です」

誰かが言いました。帰ってきた、と。
誰かが言いました。おじいちゃんの話は本当だったんだ、と。
誰かが言いました。待っていたよ、と。
誰かが言いました。よくやった、と。
誰かが言いました。ごめんなさい、と。
誰かが言いました。ようこそ、君達の故郷へ、と。

……皆が口々に言いました。おかえりなさい。そう、心を込めて。

赤鬼は満面の笑顔です。それ見た事か。そう言って親友の背中を叩きました。
青鬼は、いつかの赤鬼の様に、村中に聞こえる大声で、泣いて、泣いて、それでもその顔は百人が百人とも『最高の笑顔だった』と言えるものなのでした。

古泉「以上、泣いた赤鬼ならぬ笑った青鬼、といったところですか」
長門「ハッピーエンド」
古泉「僕は基本的にハッピーエンド以外認めませんので」
長門「なぜ?」
古泉「決まっています。その方が『おもしろい』からですよ。きっと、涼宮さんもこの意見には同意してくれるでしょう」
長門「おも……しろい?」
古泉「そうです。なればこそ僕らの現実も、きっと誰が見ても『ハッピーエンド』だと思えるものになっていくでしょう。これは予想ではなく、予測です。それも、かなり確実性の有る……ね?」
長門「わたし、も?」
古泉「ん? なんですか?」
長門「わたしも、しあわせになれる?」
古泉「ふふっ。勿論ですよ」
長門「しあわせ、という状態がどういうものなのか、分からなくても?」
古泉「僕が保証します」
長門「宇宙人、でも?」
古泉「未来人でも、超能力者でも、異世界人でも。涼宮さんは、そういう人です。違いますか?」
長門「……違わない」
古泉「はい」

長門「ありがとう」
古泉「一緒に、しあわせに、なりましょう」


長門「……この国ではプロポーズの際にそういった台詞を用いるといった……」
古泉「……何も聞こえませんね」

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