ハルヒSSの部屋
オキノイシノ 9
ベッドの上に四肢を放り出した、素裸の俺の恋人はなんとなくぼんやりと、状態異常「心ここに有らず」って感じで。
その顔に、俺は見覚えが有った。つい先月の話。
古泉一樹……俺の友人がふと見せた憂い顔に、似ても似つかない筈のその美しい少女の顔は、けれどなぜかよく似ていた。
夕焼けには、まだ時間は早く。
「一姫」
馬乗りになったままでそう呼び掛けると、彼女の視線が徐々に焦点を合わせて、その鳶色の眼に俺の姿を映し出した。何も言わず、ただ俺を見据えている彼女。
何を考えているのかなんてのは、俺は超能力者じゃないんだ、分からない。
もしもテレパスが使えたのならば、きっと躊躇無く利用しただろう。少女の心を見透かして、心中を洗いざらい伝えただろう。
「その、電気……」
声が上手く出てこない。どもって、裏返って。たった一言であっても、俺の肺から酸素を残らず奪っていくのに十分だ。
「電気、消すか?」
きっと出来れば俺に、その身体いっぱいに刻み付けられた傷を見せたくはないのだろうなと、そう思って気を利かせたつもりで口にした、その言葉はしかし、全然気遣ってはいない事にすぐさま気付かされる。
「貴方が、その方が良いと思われるなら、そうして下さい」
平坦に、少女はそう呟いて。感情の欠片まで隠し通そうとしているんじゃないかと勘繰っちまうくらいに、その合成音声みたいな抑揚の無い声は、しかし雄弁だ。
……ああ、なんて馬鹿なんだろうな、俺は。
少女の持つ傷と向き合うつもりなら、その体の隅々までものたくり回る傷をちゃんと見て、やるべきなんだ。それをまあ、自分から目を逸らすような事を言ってさ。
少女の事を本気で考えているのならば、電気を消すなんて提案はそもそも最初から有り得ないってのに。
裸身を晒す少女の身体の上、馬乗りながらも両肘を彼女の顔の横に落ち着けて、体重を掛けないように気を付けながら、バランスを崩さないように慎重に近付いて、そして、右耳に囁きかける。
「……悪い」
「何が、ですか?」
「そんなつもりで言ったんじゃないんだ。ただ、こういう時は女子ってのは恥ずかしがるモンだとばっかり思ってたから、特に何も考えずに口に出しただけで……な」
曖昧な言い方でも、それでも一姫は俺が何を言いたいのか、何を謝っているのかを、察したようだった。
勘の良い、良過ぎる、悲しいくらいに、俺の恋人。
「……ああ……はい、ええ」
「一姫の身体を見たくないとか、そういうつもりで言ったんじゃ決してないんだ。浅慮だった。スマン」
誤魔化すように、少女の肩口に頭を埋めて首筋へと、ゆっくり恐る恐るキスをする。首筋の傷を、舐めるように。
猫が傷口を舐めて癒すような、心持ちで。
ぴくり、少女の体が小さく跳ねた、気がした。
傷跡は当然だけれど、唇を這わせた所で治りはしないし、消えもしない。
「……ふふっ」
頭の向こうで、少女が小さく笑った。ベッドに押し倒してからこっち、表情らしい表情を見せてくれなかった恋人を、笑わせられた事が嬉しくて、その表情を確認しようとしたら頭を持ち上げる前にそこに小さな手のひらが降った。
髪を、撫で付けられる。暖かい少女の右手。
「キョン君」
「なんだ?」
「あ……ちょっとくすぐったいです、そこで喋られると」
「え……そうか。そうだよな」
「あの……喋らないで、下さい」
悪い、とかなんか適当な謝罪の言葉を反射的に口にしそうになって、慌ててそれを押し留める。一姫は何度も何度も上下に右手を動かしながら、喋り出した。
「貴方は、優しいですね。本当に、私を普通の女子みたいに、扱ってくれるんですね」
そんな風に言われるのが気恥ずかしくて、何か反論してやりたかったが、やんわりと後頭部に添えられた少女の手がそれを許してはくれない。
俺に出来るのは少女がくすぐったくないように息を押し殺す、精々でそのくらいだ。
「もう、こんなの、私、馬鹿みたいじゃないですか。馬鹿だなあ、って貴方と居ると自分の事をそんな風に何度も何度も思います。貴方に気を使わせない方法は少し考えれば有る筈なのに」
心音はゆっくりと。二人の間に遮蔽物は無いから直接伝わってくる。とくん、とくん。俺の動悸に比べて一姫のものはおおよそ半分ほどのスローペースだ。
「でも、貴方に気を回して頂ける事が嬉しくて、貴方に気を使って頂けている自分に気が付いて、それはそれで、とてもしあわせなんです」
首筋に少女の左手の感触が新たに加わる。頭を抱えられてる格好になってしまったが、傍から見れば情けないであろうそんな体勢でありながら、けれどなぜだが不思議と心地良かった。
温い温泉に浸かっているような、錯覚に陥る。
このまま、眠り込んでしまいそうな、安心感。
「さっきまで、絶望していたのが、嘘のよう」
左の耳元で、少女は囁く。
「傷を見せるのが、怖かった。嫌われてしまうのは、どうしようもなく怖かった。でも、貴方は私の傷を見ても、怖がりも気持ち悪がりもせず、そればかりかそれでも私の事ばかり慮ってくれている」
耳に掛かる少女の吐息は、柔らかで。
「……電気。私の為に、私にとって傷が見えるのは気分が良いものではないのだろうと考えて先程、消そうかって、そう言ってくれたのですよね」
ああ、やっぱり下手な嘘なんかバレバレだ。
「『普通の女の子なら』なんて嘘でしょう?」
肯定の意味を込めて、首を二、三度上下に数センチ動かす。一姫は「ですよね」と言って、クスリ、笑った。
「……私、嬉しかったんですよ? 貴方は気を悪くするかも知れないけれど、それを口にした後すぐにバツが悪そうに歪んだ貴方の顔を見て、私は救われた気がしたんです」
救われた? どうして?
「ああ、この人は本当に、私の事ばかり考えてくれている、って。そんな風に、思って」
少女の独白を聞きながら、俺の脈拍が少しづつではあるがペースダウンしていくのが分かった。
まるで溶け合っていくようだ。元々ゆっくりだった少女の鼓動に、俺の心臓が合わせていくのが、そりゃもうはっきりと分かった。
ドキドキしない、俺と一姫の恋愛はどうもそんな恋愛らしい。スローペースで、マイペースで。ああ、でも始末に負えないのは俺がそんな関係を心地良く感じちまっている事なんだ。
背伸びなんて、必要無い。肩の力なんか、根こそぎもっていかれるような。ああ、でも。考えてみりゃ、こんな恋愛になるのは当然なのかも知れん。
俺が一姫から奪い去りたいのは、そういうもの、なんだからさ。
少女の唇が俺の左耳にそっと触れて。口が開く時の粘液質なぬちゃりという音はやけに大きく、頭に靄を掛けていく。
「電気、消して下さい」
予想外の注文だった。思わず聞き返してしまう。
「……え? 何だって?」
「もう一回言わないとダメですか? 電気を、消して頂きたいのですけれど。仰向けになっている私には、枕元に有る照明スイッチは操作出来ないでしょう?」
頭のホールドが解かれる、ゆっくりと。俺は顔を上げた。腕に力を込めて、上半身を起こして恋人に向き直る。
「でも……良いのかよ、一姫。俺は別に……お前の傷を見たくないだなんてこれっぽっちも……」
「キョン君」
少女は微笑む。少し頬を赤らめて、微笑む。
その顔に、憂いは見られない。ああ、これが演技だってんなら、アカデミー賞も真っ青だぜ。
「私だって、恥ずかしいんですよ。普通に、普通の女の子、ですから。明るいのは、少し……嫌です」
そう言って。それは「私は普通の女の子で良いのですよね」と俺に聞いてきているように聞こえ……ああ、勿論だとも。
お前は、普通の女の子だ。少なくとも、俺の前では。普通で、でもって恋愛的な意味でだけ、特別ってんで、そういうのでどうだい?
「了解だ」
コンソールパネルを操作して、部屋の照明を「八割」落とす。全部は消さない。
不思議な感じだった。ガッチガチに緊張していたはずなのに、冗談なんか口にしようとしている自分が居る事。
「真っ暗にはしないでいいよな。俺だって、お前の身体を少しは眺めたいんだ。男女の権利は、確か八二だったろ? だったら、残ってる二割の照明は俺のスケベ心だ」
自分で言って、笑ってしまう。綻ぶ一姫が嬉しくて、また笑ってしまう。一姫の瞳に映っている男が、余りにコメディじみていて、それで更に笑ってしまう。
「そういう事で、どうだ?」
「……案外、えっちなんですね。意外でした。もっと、奥手だと思ってました、私」
「否定はせん。エロいのも、ヘタレなのもな。だが、キスする唇の位置も分からないとかは、願い下げだ」
「ふふふっ。だったら、キョン君」
一姫は両手を俺に向けて広げる。抱き締めさせろと言わんがばかりの、口達者なボディランゲージ。
「私の唇はどこでしょう?」
ああ、なんて。
綺麗で、美人で、愛らしい。
三拍子揃った、俺の恋人。
古泉一姫を抱く事に、もう俺の中に、何の躊躇いも、有りはしなかった。
有るものか。

素裸で二人、寝転がって重なり合う。淡い間接照明がお互いの体の稜線だけを浮かび上がらせた。
「あー、分かってると思うが俺は初めてだ」
「えっと……知っていらっしゃるとは思いますけれど、私も初めてです」
恐る恐る、背中に回された腕は鏡写し。力を入れて引き寄せていいものかどうかも分からない、俺達の体の間には接触寸前の三センチ。
鼻の頭は離れてはくっ付いてを繰り返す。お互いの距離を模索するような、時間。
「だから、至らない部分も多々有るかとは思う」
「でも、一生懸命労わるつもりではありますので」
キスも出来ない、息詰まりそうな、唇と唇の距離、目算十二ミリ。
限られた空間の酸素を譲り合う、不器用な俺たち。

「「どうかよろしくお願いします」」
「「こちらこそ」」

視線が合って、慌てて眼を逸らす。恥ずかしさが、どっかなんか面白くて、噴出すように笑い出す。
「何、やってんだろうな、俺らは」
「違いますよ、今からするんですから」
背中に回していた腕を、背骨の凹みに中指と薬指を這わせながら、するすると下ろしていく。少女が小さく喘いだ。それは、くすぐったさを我慢しているような、押し殺したような小さな声だったけれど、理性ゲージはあっさりとレッドゾーンに突入しちまった。
「……くすぐったいか?」
「言わせないで下さい。それとも、えっちなキョン君の事だから、言わせたいのですか? 仕方ありませんね」
一姫の左腕が、さっき俺がやったのと同じように、背中を滑る。その瞬間、ぞくぞくと、震えが俺の脊髄を走り抜けた。
「キモチイイ、でしょう?」
腐りかけた熱帯産のフルーツみたいな、少女の声。窒息しそうなほどに、噎せ返る、甘い声。
どうにかなってしまいそうだ。どうにか、ってのが具体的にどうなるのかは分からないが、それでも。
どうにかなって、しまいたい。
「正直、気持ち良いと言うよりは、よく分からないな、って感じだ。どうにも、形容する言葉が見つからん」
「初めて経験する、感覚ですしね。私も、似たような感想です。くすぐったくて、でも、やっぱり貴方に触られているんだと思ったら、それだけで、キモチイイんです、キョン君」
つつ、と。もう一度、恋人の指が背筋を這って上り、降りる。息が、意識せず、俺の口から零れる。
「何、してんだよ、一姫」
「察して下さい」
「あのなあ……俺はお前と違って鈍いんだ。これでもお前の思いを汲み取ってやりたいと努力しちゃいるが、それにしたって限界が有るんだぜ?」
「今、キョン君、『お前』って二回言いましたね?」
楽しそうなその台詞に続いて、唇が二度、啄ばむようにして奪われる。薄明かりの向こう、天井に張り付いた離れない人型の影二つ、揺れる。
「……催促、してるんですよ?」
心臓の鼓動、早くなる。まるで、メトロノームのように。俺の心臓は少女という指揮者に管理されているようだ。緩く、早く、変幻自在の自由自在。
「触れているだけで、それだけで満足出来るには、人間は貪欲過ぎますよね。私たちは、その先にあるものを、知っているのですから」
だが……手繰り寄せても、良いものなのだろうか?
「いや、その……だな。俺としても腕に力を込めたいのは山々なんだが」
けれど半分ほど掛かったシーツの中、俺とコイツは一糸纏わぬ状態である。そしてまあ……俺の下半身は、ジョン=スミスモードである。
「……あー、っと」
「はい?」
「抱き締めたら、『当たる』ぞ」



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