ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友あっぱー 5-2
藤原が背後で大剣を振るう。俺は灼熱を放射状に放つと、其の背に凭れ掛かった。ガシャリ、漆黒の鎧が音を鳴らす。……俺の背中は佐々木に預けたんじゃなかったか? いや、まぁ別に良いんだけどさ。
「……現地人、結界魔法は使えるな?」
剣戟を続けながら少年が囁く。嗚呼、成る程。コイツは俺に何かを要請する為に態々(ワザワザ)俺の背後まで移動してきたのか。デカい声を出せば良いものを。キャラ的なアイデンティティか何かだろうか。
「当然だ」
「ならば、合わせろ。此の侭では埒が開かない。死者を一時(イチドキ)に叩き潰す」
「如何やってだ?」
少年は答えなかった。俺を一瞥しただけで戦場に舞い戻る。其の口は小刻みに動いていた。言いたい事だけ言って、既に詠唱を開始しているのだろう。
イケ好かない未来人め。何を考えてやがるのかは知らんが、しかし、今回だけだからな。敵の敵は味方の法則を発動してやる。俺の寛大な心に感謝しろ。
一方で攻撃魔法を唱えながら、もう一方で結界魔法を構築する。二重詠唱。隙を作らないで大魔法を詠唱出来るのが最大の長所である。
視界の隅で藤原が、佐々木に接近しているのが見えた。大剣の柄が少女の紫鎧の脇を小突いている。三回。何かの合図だったのだろう、佐々木が表情を一変させた。
「橘さん、九曜さん、『奥の手』を使うわ」
奥の手、とな?
……そんなんが有るのならさっさと使え。そう思う俺は決して間違っちゃいないだろう。無駄に長引かせるのは作者の悪い癖だが、俺としちゃ出来れば短期決着が良いんだよ。
橘と九曜が戦闘を続けながら、佐々木の周りに集まる。抵抗の輪が一段縮まった。黒い少年が三人を庇う様に位置取る。其の剣の先には黒い光。恐らく結界魔法だろう。
「キョン、藤原君、一分だけお願いするよ」
そういう事かい。オーケー。任されてやる。俺は片手間のマジック=ミサイルを発射すると、続け様に叫んだ。其処に藤原の声が重なる。

「「複層式防御結界展開! キン=ソ=クジコウ!!」」


黒と黄のテープが俺を、俺達を包み込んでいく。何とかって食虫植物がゆっくりと葉を閉じるように、二枚の絶対防御の盾が俺達を飲み込んだ。
「佐々木達の詠唱が終わるまで、持ち応えろ、現地人」
「お前こそ、途中でMP切れちまった、とかは無しだからな?」
俺と藤原の声が閉じられた空間に反響する。月の光さえ遮断する暗闇の中で、内側から光が生じた。
振り返る。其処には三人の乙女が額を合わせ、手を繋いでいた。中心から、青白い明かり。あの光を、俺は見た事が有る。
何処だったか……そうだ! 閉鎖空間の中で見た、あの光と同じ色!
其の光は、色は……忘れるワケも無い! 神人と呼ばれていた、あの巨人にそっくりじゃないか!?

佐々木が唱える。
「我、この世界の二柱の神の、其の片割れは求める。大いなる威光に平伏す事を躊躇う愚者への神罰を」
続けて橘が唱える。
「我、この世界の二柱の神の、右席の右腕は求める。大いなる偉功に平伏す事を拒む不心得者への審判を」
そして九曜が唱える。
「我――この世界の二柱の神の――右席の――左腕は求める――大いなる意向に――平伏す事叶わぬ――不信心者への――断罪を」

三位一体の攻撃魔法……オイオイ、そんな必殺技持っていらっしゃるのかよ。佐々木団(仮)よ? 卑怯じゃないかい、ちょっと、なぁ? 人の話を聞いていらっしゃいますか?

「其は万物の母なる神の代行者。御心に歯向かいし愚者達に、須らく鉄槌を下す執行者」
「然れど其は、神なる母の正義を守らんが為に振るわれる情愛の御手」
「汝が――地に伏せる――時――汝の母の正義も――また――地に伏せる」
「我が前に立ち塞がる者達よ、神の御姿を知れ」
「そして、己が罪を恥じ、悔やみ、道を開け」
「汝の立つは――能わず――其は神の――御前なれば」

「結界を解け」
藤原の声が聞こえた。慌てて魔法の継続を中断する。するすると解けていくカラーテープ。月の光が俺達に差し込んだ次の瞬間、佐々木達の合体魔術が完成した。

「我は喚ぶ! 原初の破壊者にして大いなる神の写し身を!」

青い光が一際強くなる。後方で、何かが産まれるのを本能的に悟った。項(ウナジ)が総毛立つ、この感覚。知っている。
其れは抗えない神の暴力の顕現。

「「「愚神礼賛(コール=リセット)!!」」」

振り返るまでも無かった。が、振り返らざるを得なかった。そして、俺は見る。
天まで届く様な、という言葉が決して比喩に成り得ない大きさの、青白く光る雄雄しい巨人の、其の姿を。

「神人!!」

そう。其れは超能力者が呼ぶ所の、神の人だった。


驚愕する。眼を谷口みたいに見開き続ける俺に向かって橘が微笑んだ。
「佐々木さんの願望実現能力を九曜さんを中継して私が召喚したのです」
説明有難うよ……って、そうじゃねぇ!
「分かり易く説明すると……デザインが佐々木さんで、コネクトとブーストが九曜さん。サモンが私で……結構疲れるのです、この魔法」
唖然とする俺を何処までも置いてけぼりにして、事態は進む。……嗚呼、もう良いよ。如何にでもしてくれ。お前らのターンらしいからな。

「叩き潰しなさい!」
佐々木が叫ぶ。鈴の音に例えて遜色無い涼やかな声で綴られた命令通りに青く輝く巨人は動いた。其の小さな一軒家程も有ろう拳が、亜音速で地面に叩き付けられる。
まるで、隕石。分かってはいたが当然の爆風が巻き起こる。落下地点の至近距離に居たのは……コレもまぁ分かってはいた事だが俺達で。
「そりゃ、吹っ飛ばされるよなぁ、チクショウ!」
枯葉が空を舞う様に今……俺、飛んでる? コレ、飛んでるの? 飛べない豚は只の豚? 此処に来て漸(ヨウヤ)く俺も食用から脱出か?
やったぜ、父ちゃん。明日はホームランだ。
「ってか、誰か助けゲフゥッ!?」
喉が絞まった。薄れ行く意識で何事かと振り向くと、九曜が俺のローブの裾を踏みつけている。吹き飛ばない様にだろう。其れは分かるさ、俺にだって。
嗚呼、助けてくれるのは心底有り難いんだ。だが、方法をもう少し考えて貰いたい。其処を抑えたら俺の身に何が起こるのかは単純にして明解だろ?
「――喉輪――」
分かっててやったんだな、お前。ジト眼でにらむと九曜はコトリ、なんて擬音が見えるような仕草で首を傾げた。もしくは頚椎の留め金が外れた様に、か。如何でも良いが。
「――しがみ付く――其の侭――運命の――二択――?」
其れは確かに色々と青少年的に持て余す二択なのは間違い無い。だがな、続く巨人の連打、其の一撃毎に風に舞う俺に選択の余地は無いらしいぞ、九曜。
右へ左へ、吹き飛ばされながら俺は誰に何て文句を言えば良いかを考え……られる訳もない。
……頭の位置が定まらなかった。バス酔いなんか目じゃない気持ち悪さ。こんだけ乗客の事を考えないジェットコースタは営業停止だろう。何かにつけて喉が絞まる。
……いっそ殺せ。
波に何度も浚われる頼りない板切れの様な俺の、目まぐるしく動く視界では、藤原が地面に大剣を刺して懸命に烈風に耐えていた。橘は佐々木の左腕に抱かれている。そして、この魔法の当事者……佐々木はと言うと。
「蹂躙しなさい」
演説している独裁者がそうである様に背を真っ直ぐと伸ばして地面に立っていた。正に言葉の通り「何処吹く風」である。
案外コイツは地面に根でも生えているんじゃないだろうか。……勿論冗談だ。
俺の親友は其の顔に薄く微笑みを浮かべた侭で、暴力の嵐を操作し続けていた。

……人の振り見て我が振り直せ。俺はこれから、もう少し環境に優しく生きよう。うん。

人為的、神為的な嵐が収まった時、其処に立っているのは俺達だけになっていた。哀れ、死者の群れは地面と完全に同化してしまっている。その地面はと言うと、月の表面でもこうはなってないだろうなって感じにクレーターだらけである。
「此処まで原型を失えば、簡単に再生は出来ないだろう……くつくつ」
容赦無いな、親友よ。だが、確かに佐々木の言う通り。血に塗れた地面はブクブクと泡立つばかりで、其の元の姿を取り戻そうとはしていない。
「自己の物理的境界がなくなってしまっているのです。この状態からの再生には相当な時間が必要になってくる筈なのです」
とは橘の言だが、俺には正直コイツが何を言っているのかは良く分からん。
「つまり、攪拌された二つの卵を元通りに分けるのは至難という事だ。其れ位は足りない頭でも理解したら如何だ?」
「――再生所要時間――四十一時間十七分二十七秒」
……俺はもう少しスマートなやり方が好きなんだが。否、助けて貰ったのに其の方法まで口は出さないけどさ。
たった一つの冴えたやり方。そういうのがお話的には綺麗だと思うね。
力技じゃなくって、さ。

「終わり良ければ全て良し、だよ、キョン」
「ものっ凄ぇ顔色悪いのが自分でも分かるんだけれども、コレがお前の言う『良い結果』ってんなら少しばかり啓蒙させて貰おうか、佐々木」
勇者たる少女は何も答えずに、くつくつと笑った。

「……まぁ、何だ。有難うよ。助かった」
頭を下げた俺に、しかし佐々木は首を振る。
「礼を言う必要は無い。親友を助けるのは当然の事だろう?」
「嗚呼……嗚呼。そうだな。お前の言う通りだ」
微笑む少女は、俺の知っている少女だ。俺の、唯一にして無二の親友。
「貸し一つ、だ。今度、僕が危機に陥った時にでも返してくれよ」
「約束する」
……約束する。俺に何が出来るかは分からないが。其れでも、必ず。

さて、事態は大団円、と。……何か忘れてる気がするんだが。
「国木田君だろう?」
「……間違い無い。其れだ」
一番、面倒な奴が残ってるじゃねぇか、俺。何だ? 考えたくなかったのか? だが、現実から眼を逸らしてちゃ良い大人にはなれないぞ?
……。
……偶にくらいなら眼を逸らしても良い気がしてきた。


「……国木田なら死んじまったよ」
森の奥から声が聞こえて、俺達は一斉にそちらを見た。少しづつ、月明かりの下に姿を現すのは見覚えの有る獣皮。
「気付いた時にはどっかの誰かに殺られちまってた」
ソイツはゆらりゆらりと、夢遊病患者の様に近付いて来る。似合わない哀愁を、其の背に、顔にべったりと貼り付けて。
「……なぁ? 誰が殺ったんだ? 教えてくれよ」

魔王軍、八柱、末席。愚王、谷口。

傍目で見ていても明らかだった。ソイツは絶望していた。
「俺のダチを見事にブチ殺しやがったヤツを」
暗い情念が夜よりも濃い闇となって谷口の身体を包み込む。両の手を挙げる少年。世界は応える。其のやり切れない悲しみに。善も悪も無く、平等に。
世界は応える。
「この手で八つ裂きにしてやるからよォォォッッッ!!!!」
ソイツは詠唱をすっ飛ばして、其の身体の周りに三桁を超えるチャクラムを出現させた。

……ボス戦、開始。



結論から言おう。両者反則。眼にも止まらぬって慣用句はこういう時に使うのだと知った次第。そこら中で剣戟の音、飛び回る影の数は恐らく谷口、佐々木、九曜、藤原の四つなんだろうが、姿が確認出来ない以上断言は出来ない。
分身とかしていても俺はそこに一欠けらの疑問も持たないだろう。……ドラゴン○ールじゃねぇんだからさ、お前ら。少しは自重したら如何だ?
と言う訳で、戦闘が(多分)行われている戦場の、其の真っ只中に居ながらにして俺は何をするでもなく出来るでもなく呆けていたのだが。……いや、呆けていた自覚は無い。けれど、突っ立っていた時点で同じ事だろう。
「下がるんだ、キョンっ!!」
佐々木の叫びで我に返った。雑用係改めて足手纏い一号、爆誕の瞬間である。
俺の方へと飛んで来る殺意の嵐を、手に持った長剣を閃かせて叩き落すのは目前へと飛び込んできた勇者。撃墜し切れなかった、数本のチャクラムが紫を切り裂いて、そこに決して少なくない量の血が飛沫く。
「さ……佐々木っ!?」
叫んだ。次の瞬間、ローブが後方に凄い力で引かれる。踏鞴(タタラ)を踏む事すら適わず、俺は投げ飛ばされひっくり返った。
「僕達の邪魔をするくらいなら引っ込んでいろ、現地人っ!」
佐々木の脇から出て来て谷口に向かって飛び込んでいく未来人が、すれ違い様に吼える。クソッタレ。だが何も言い返せない。戦端が開いた後、果たして一体俺は何をやっていた? 俺に何が出来た? 
何も出来ずに棒立ちで、谷口にしてみれば格好の的でしかなく。佐々木団(仮)の連中にしてみたら……お荷物にも程が有った。
呪文の詠唱をしてはいても、宵風(ヨイテ)の如く森の中を跳び回る谷口に照準を合わせる事が出来ず。下手に打ち込めば味方の邪魔にしかならない事が眼に見えていた訳で。
俺は尻餅を着いた侭、今だって見守る事しか出来ないってのに。
……こんなザマで何が、ヒーローだ。何が……勇者だ。


「――速――い――困難――捕捉――」
周防が振るった、それは閃光に例えてもどこからも苦情が来ない斬撃でありながら、しかし刀の通り道に既に愚王は居ない。一瞬の攻防。少女が移動した敵の位置を捉えるよりも早くチャクラムの雨が九曜の居るその場に降り注いた。
チャクラムは死を贈る置き土産。
「周防さんっ!」
橘が地面から喚び出した土くれの腕が間一髪、宇宙人の姿を包み込む。百は有ろうかと言う周防を狙ったチャクラムが其れに突き刺さった。
回転する刃の勢いは其れで多少は削がれたが、されど元が土の塊であっては其れを止め切れる強度など無い事は明白で。
簡易の竪穴式住居から少女が飛び出す。その判断が一瞬でも遅ければ命取りだったろう。数秒前までソイツが立っていた地面は文字通りの穴だらけになっている。
周防は息を整える事も無く、生と死の境を今、将(マサ)に経験したばかりだってのに、躊躇わず谷口に向かって走り出す。
さて、当の谷口はと言うと、勇者と暗黒騎士に左右から挟撃されながらも余裕綽々。其の横顔に歪んだ笑みを貼り付けていて……って、俺は先刻から何を暢気に実況してるんだ!?
「ちぃっ!?」
「……コレは……分が悪いかも知れないな」
愚王を覆う刃の森に阻まれて、佐々木と藤原は近づく事さえ出来やしない。其処に足首まで届く黒髪凛々しい侍が加わった所で然(サ)して状況は変わらなかった。
攻撃魔法と手に持った獲物とを連携させ、辛うじて斬撃の壁を吹き散らし突破したとしても……一箇所に留まる事をしない谷口に、三人の剣は絶望的なまでに届かない。
愚王の周りを巡るチャクラムは刻一刻と、際限など無いかのように其の数を増やしていく。無理も無い。親友を殺されて、其の怒りを押し留めておくような薄情な奴じゃ、アイツはないからな。
……ダチ思いの良い奴だから……だからこそ、今の谷口は強い。
戦況はジリ貧……か。

だがな……其れが如何したってんだ?
一人の少年の……幾ら世界が違うとは言えダチの絶望を、救ってやれなくて、何が勇者だ!?

「……俺に寄越せ」
立ち上がって、呟く。杖を持つ左手が震えたが、コイツは恐怖なんかじゃないぜ。断じて違う。
「……ソイツを俺に寄越せ!」
武者震い? そいつもノーだ。だったら何だ、と聞かれたら俺にも答える事は出来ないが。
「……邪魔だ、佐々木ッ! ソイツは……俺のダチを救うのは! ソイツのダチの仕事だ! 引っ込んでろッ!!」
三筋の火線を放つ。谷口と前衛三人の間を縫う様に走った紅蓮のラインが、夜の闇に傷跡を残した。佐々木が、藤原が、周防が、俺のダチから距離を取る。
そうだよ。其れで良いんだ。
コイツはお前らには渡さない。コイツのダチはお前らじゃない。
谷口の……底抜けに馬鹿で明るい同級生の、ソイツがダチを失った絶望を拭うのは、ソイツのダチである俺の役割だ。……悪いが、コレばっかりはヒーローにだって譲らない。
弱くても情けなくても、其れってーのはダチであるこの俺の仕事だ。
そうだろ、佐々木?
俺は一歩、また一歩進み出た。
「谷口、テメェの相手は……」
佐々木団の面々の視線が俺一人に集まっている。愚王の手足の様に動いていた幾百の輪剣は、巨大な羽根の様相を成して少年の背に張り付いていた。
ソイツは俺だけを標的として、殺意の対象としてギンと睨み付ける。へぇ、空気でも読んでくれたか? 谷口の曲(クセ)に、気が利くな。
……そうだ。お前も嫌いじゃないだろ、こういうシチュエーション。男は男らしく、一対一といこうじゃないか。

「テメェの相手はこの俺がやってやる」

ニヤリと、月影に笑う千刃の主。
「キョンよぅ……お前が国木田を殺したのかァ?」
其れは俺じゃない。けどな。其れでもお前が八つ当たりをするのに、この場で一番相応しい対象は俺だと思うね。
「理由は?」
「少なからず、お前とは縁が有るからさ」
「縁……だと?」
ああ。お前は覚えてないだろうが……俺は覚えてる。入学当初、国木田以外とはコレといった話もしなかった社交性豊かとはお世辞にも言えない男に、頼んでもいないのに嬉々として絡んできた馬鹿が一人居た事。
谷口はキョトンとした表情で数秒俺を見つめ、そして笑った。其れは哄笑から段々と爆笑へ変わる。
「面白ぇ! 漸(ヨウヤ)く国木田がテメェをそう評した理由が分かったぜ! キョン! お前、面白ぇよ!!」
「うっせぇ! お前ほど愉快な奴に、鼻で笑われるような頭の明るい人間になった覚えは無ぇっつの! さっさと掛かって来い、馬鹿野郎!!」
御託は終わった。俺は詠唱を開始して、谷口は其れの終了を待っている。やがて、杖の先に光が灯った。
其れが合図。

「簡単にくたばるんじゃねぇぞ、キョンッ!!」
「お前こそ、偉そうな事言ってあっさり終わってんなよ、谷口ッ!!」
馬鹿二人は、口にした不吉な台詞と裏腹に唇を笑みの形に歪ませちまってた。
これもまた、友情と呼ぶのかも知れないとか……いや、ちょっと臭過ぎるな。忘れてくれ。

二つの影が駆け出す。月明かりの中、絶対的強者の右手が振られ、連動する様に刃の羽根の片翼が絶対的弱者、つまり俺へと迫り来る。だがっ!
「甘ぇっ! ハニートーストのバニラアイス添えより甘ぇっ!!」
予想通りの攻撃なんざ怖くも何とも無い。地面に右手を叩き付けた。刹那、地面が盛り上がって其処から土くれの腕が産まれる。
「あれは……あたしのクレイゴーレム召喚!?」
背後で橘が叫んだ。事後承諾で悪いが、お株を奪わせて貰うぞ、超能力者。朝比奈さん誘拐未遂の貸しは未だ残ってるよな?
俺の視界を急造の土壁が覆う。だが、コイツがチャクラムを防ぐ盾にならない事は証明済みだ。コレはあくまでも時間稼ぎ……そして。

「ゲンジ=ツォ=ミロ!!」
輪剣の翼が石壁を薙ぎ、そして貫くよりも早く、其処から飛び出すのは十数の俺(もどき)!

「チィッ! 幻術かよ、狡(コス)い手を使いやがるな、キョン!!」
嘲笑とも雄叫びとも判(ツ)かない声が闇夜を木霊する。俺と俺の分身は声を張り上げた。
「「何とでも言いやがれ! 弱者には弱者の戦い方、ってのが有るんだよ! 勝てば官軍って言うだろうが!!」」
「……正義の味方の台詞では無いよね、キョン」
佐々木のツッコミは無視。
さて、いつの間にやらボス戦恒例となりつつある(非常に不本意だ)「リアル鬼ごっこ」を本日も開催させて貰おうか。
本物が狙われたら、はい其処で試合終了。無残な死体が一個、フードプロセッサーに掛けられたトマトみたいになるのは想像に難くない。
「はっ! だが、子供騙しだぜ! この俺様にそんな手が通じるかッ!」
橘が息を呑む。
「……一対だった羽根を四対八つに!?」
説明有難うよ……って、なんだそりゃ。……キングレオかよ。
「この手数なら2ターンで全滅だ、キョン!」
「「おまっ! ちょっ! それは流石に卑怯だろ、谷口! タンマ! タンマ!」」
「勝てば漢文って先に言ったのはテメェだろうがッ!」
「「いや、ダブルスだったのにコート内に八人居たら流石に反則だろ!? 反則にはタイムアウトの権利が有る筈だ、安西先生! 其れと『漢文』じゃなくて『官軍』だ、馬鹿谷口ッ!!」」
「聞く耳持たねぇっ! 勝てば三軍!!」
暗闇を、禍々しい羽根を持つ少年が疾ったのを姿は見えずとも感覚で理解する。其の一振りで四体の分身が夜に還ったからだ。クソッタレ! 速過ぎるだろうが!?
「「三軍、って何だよ!? 野球少年は古泉だけで十分だろっ!」」
コレと言った反撃も出来ず、囮が次々と消えていく。
俺達の戦闘をブラックオパールの瞳で見つめ続けているだろう周防がポツリと呟いた。
「――返答――彼のツッコミは――余裕――?」
嗚呼、その発言にもツッコみたいのは関西人の性か? 何処で「ツッコミ」なんて言葉を覚えたんだよ、宇宙人。
「僕が教えた」
未来人も、其れ、胸張って言う事じゃないからな?


2ターン後、其処に立っている俺の姿をした者は居なかった。まぁ、其の中には俺も含まれている訳で。
谷口が目を丸くしているであろう姿がありありと脳裏に浮かぶ。恐らく、橘辺りも同じ様な表情をしている事だろう。
佐々木はしてやったりと言った微笑を浮かべているだろうし、周防はいつも通りの無表情だな、きっと。藤原なんかは面白くないと舌打ちしていそうだ。
「……全部……囮……だと?」
少年が呟くのが聞こえた。
「……え? え? 如何いう事なのですか、佐々木さんっ!?」
「さて、ね。キョン本人は何処へ行ってしまったのかな?」
くつくつと、喉の奥で噛み殺すお得意の含み笑いで、少女が答える。訳が分からないと、谷口が激昂した。
「逃げやがったのか、キョォォンッッ!!」
オイオイ。勝手に人を逃亡させてんじゃねぇっつの。ボス戦は逃げられないって知らないのかよ、お前。後な、敵の位置が掴めない状況で叫んだりはしない方が良いと思うぞ、谷口。
そんな事をしたら、相手にばかり自分の位置を教えちまう事になるからな。……今の俺とお前みたいに、さ。


必要だったのは、直撃させる為の隙だけだった。

棒立ちで叫ぶ、少年はまるで数分前の俺と同じ「格好の的」!
「ヤッパ=リ=キイテネェェッッ!!」

其れはソイツにとって余りに唐突過ぎた。崩れた土の中から「突如として」放たれた光と熱の洪水が、「な」の形に口を開けた少年の輪郭を綺麗に其の内に捕らえる。
この展開をまるで予想をしていなかった、無防備だった愚王には回避すら許されない。

「……見事だ、キョン」
手を打つ疎らな音が静まり返った森に響く。俺は自分の上に覆い被さった「土くれの成れの果て」を退かしながら呟いた。
「いや、拍手は止めて空いた手を貸せ。結構、土って重いんだよ」
「君は僕を失望させる気かい?」
……なんでそうなる。
「手は、貸さない。異性の前でくらいは君も、格好を付けたいだろう?」
くつくつと、俺の親友が笑った。泥まみれの頭を一つ振って、俺は口端を上げる。
「種明かしの必要は無いよな。翼の形状してれば来る攻撃が横薙ぎなのは容易に予測が付く。だったら地面に伏せていれば当たらない」
そう。クレイゴーレムの壁が出来上がった後からずっと、俺自身はそこで伏せて動かなかった。飛び出したのは全部囮。
俺はじっと、土の中で谷口が隙を見せるのを待っていたというオチである。
「そんだけだ」
出来ればコレ以上汚れるのは勘弁願いたかったし、全身に降り注いだ土は結構痛かったけどな。そう呟いた俺の肩を、近寄ってきた少女が叩いた。
「美味しい所を持っていくね、君は」
「そりゃ仕方ないだろ」

なんてったって、俺は……自称とは言え「勇者」だからな。

「でも、作戦は阪中さんを相手にした時の二番煎じですよね?」
「……」
「……」
「……」
「――……――」
「違いますか?」

メタな発言は叩かれる素だぞ、橘ァッ!!!!


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