ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友あっぱー 5-1
神様なんて信じた事は無いけれど。奇跡って言葉は憧れる。
運命なんて信じた事は無いけれど。お前って親友は信じてる。

戯言だと、笑ってくれて良いさ。

だけど、お前は俺のピンチに何時だって颯爽と現れて、其れを笑い飛ばしてくれるんだよな。経験則。そうさ、理解してる。
まるで、スーパーマンみたいに。まるで、ヒーローみたいに。
お前は此処ぞと言う時に必ず現れて、絶望に沈み込みそうな俺を叱咤する。

「立ち上がれ」と。
「前を向け」と。
「武器を取れ」と。

やられっ放しも癪だしな。俺にも約束させてくれ。

お前のピンチには、俺は必ず駆け付ける。
お前の為になら、何時だって命の半分くらいは賭けてやる。

なぁ、親友。


もしもお前が世界を相手にする気なら、半分は俺に任せてくれよ?


あっぱー第五章 「It's my turn !! Remix ver. "I'm an angel !!"」


戦況、アラームレッド。アラート。アラート。
振るわれた斧を掻い潜る。だけど俺の反射神経じゃ避け切れる道理も無い。頬に鋭い痛みが走る。肉が裂ける。血がしぶく。
だが、止まれない。止まれば死ぬ。
棒立ちでは、死ぬ未来が目に見えている。詠唱終了の自動宣言もさせずに即、見切り発車。
俺は残り少ないMPでもって十二本の魔法の矢を作り出した。
「貫け! オチ=ロ=カトンボッ!」
放つ。俺の周囲をぐるりと囲む死者達に緑の牙が其々喰らい付いた。生まれた一瞬の隙に体勢を立て直してステータスウィンドウを確認する。
MPは……残りは、二発か。
残された時間は少ない。砂時計みたいに、零れ落ちていく、時間。
俺が、生きていられる時間。
コレまでの人生が脳裏を過ぎる。ハルヒの笑顔。長門の瞳。朝比奈さんのコスプレ。古泉の苦笑い。鶴屋さんの背中。
……朝倉の、涙。
走馬灯ってヤツか。縁起でもない。でも。
でも、死ぬ前にアイツ等の顔を思い出せて、良かった。
そう、思った。そう思える自分を、少しばかりしあわせだと思った。
そして、もう会えない事を、強く……とても強く実感した。

背中に衝撃と鈍痛が走る。鈍器だろうか。斬られた痛みじゃないのが救い。未だ、立っていられる。前のめりに転びそうになるのを足を踏ん張って耐える。
振り向き様に、もう、一発。メイスを振り上げる哀れな食屍鬼に向けてマジックミサイルを叩き込む。
ラスト、1。
倒れ込む死体が起き上がってこない様に上から踏み付けた。足の裏で何かが蠢く吐き気を催す感覚も、既にどこか遠くの出来事みたいに思えて。

体がふわふわと宙に浮いているような。地面がぐらぐらと歪んでいるような。

心、ここに在らずっての表現がとてもしっくり来る。痛みすら、疲労すら、知覚する事が困難になって。

……人間の最期ってのは、案外こんなもんなんだろう。
俺は目叩きをして最後の詠唱に入る。
嗚呼、これでもう、本当に空っぽだ。もう何にも残ってねーや。MP回復の魔法薬を飲んだ所で胃に辿り着く前に八つ裂きは違いない。全く、ツいてないね。
せめて、アイツらの為に国木田に手傷くらいは負わせておいてやりたかったんだけどなぁ。

……あーあ、何やってんだよ。俺よ。柄でも無ぇ。不甲斐無ぇ。

……死ぬの……怖ぇなぁ……。
死にたく……ねぇなぁ……。

……アイツら、俺が居なくてもしっかりやってくれっか……なぁ……。


古泉はアレでかなり頭の良いヤツだ。結構遠くに飛ばしてやったから、俺の意思は汲み取って、理解している筈。
今からこちらに向かった所で決して救援は間に合わない。其の現実に直面すれば、古泉ならば理性を取り戻すだろう。きっと、大丈夫。アイツさえ生きていれば、後は任せても良い。
手の施しようも無く馬鹿な俺なんかよりも、余程頼りになる男だ。
長門の傷も心配だったが……そっちは朝比奈さんに任せておけば良いか。何にしろ、俺に出来る事はもう、無さそうだし。
そうさ。全て、俺に出来る限りのケジメは付けた。だから、後悔は無い。

ただ、死に切れないだけなんだろう。坊やだから……な。

最後の光条を杖の先からぶっ放す。以上、終了。万策尽きて、MPは0。やりたい放題やったツケが、猛烈な立ち眩みとなって俺を襲う。
システムの関係で、其れは抗えない気絶。歯を食い縛っても、眼を見開いても、絶えられない様に出来ている。

頭を失った亜人の、振り下ろす剣はスローモーション。コマ送りでゆっくりと、ゆっくりと。俺の頸に迫る。順調に其れを切断する、ごく近い未来を幻視する。
錆付いた汚らしい剣と、アイツらの顔と、暗闇が交互に俺の視界を回った。神様の御慈悲、とかそんなヤツかね。最後の最後くらいは会いたい人間の顔くらいは見せてやろうって、なるほど。

……余計なお世話だ。
そんな事をされたら、死にたくなくなっちまうじゃないか。世界に未練を残しちまうじゃないか。勘弁してくれよ。俺は運命を呪いたくなんてこれっぽっちも無いんだ。


どうせ死ぬなら「楽しかったな」って言わせて死なせてくれよ。
どうせ死ぬなら「愛してる」って言わせて死なせてくれよ。
どうせ死ぬなら……どうせ死ぬなら……。

「死にたく……ねぇなぁ、チクショウ……」
こんな台詞で、終わらせて欲しくは無かったなぁ。

そして、俺の世界は暗闇に沈んだ。







「死にたくないかい? なら、如何すれば良いか、賢い君ならもう分かっている筈だよね。くっくっく」


懐かしい、特徴的な笑い声が俺の上に降った。
懐かしい、皮肉屋で理知的な、友人の、声が。


運命は、如何やら俺に眠る事すら許しちゃくれないらしい。
優しいね、全く。
優しくて、優しくて、涙が出てくるよ。嗚呼、本当に。運命ってのは如何してこうも奇跡を連鎖させるんだろうな?
お約束? ふざけんな。そんなモンに一々振り回されて死を覚悟する方の身にもなってみろ。
チクショウ! 愛してるぞ、クソッタレ!

俺達の世界は、其れでも……こんなんでも、こんなんだけど、其れでも優しいんだ。経験則。そうさ、分かってた。
だから、ありがとうなんて言わない。言ってやらない。
嗚呼、なんて素晴らしきこの世界、ってな。此処で流す曲なんざ決まってる。故ルイ=アームストロングさんよ、天国からで悪いがリクエストを聞いてくれるか。どうか一発かましてやってくれ。

このクソッタレな、其れでも優しい世界と運命に向けて。俺からの最大級の皮肉と賛辞をこれでもかと込めまくって。
曲目は『What a Wonderful World』!!


「……らしくないよ、キョン。全くもって君らしくない」
そう言う少女は、地面に倒れ込んだままの俺に皮袋を投げて寄越した。
「手は、貸さない。自分の足で立ってくれよ。生憎と君に手を貸してあげる余裕が無くってね」
今にも途切れそうな意識に必死でしがみ付いて、袋の中に手を入れる。ゴリゴリとした其の感触には覚えが有った。
「自分の限界を決め付けるなんて、君が一番嫌がりそうな事だと考える訳だが。そして僕の親友はそんなものには決して屈したりしない」
口の中に何かの植物の種子をぶち込む。残りの力で其れを噛み、砕き、咀嚼する。
「其れが出来る人だからこそ、僕は彼を親友だと思っている」
眼を瞑る。身体の内側が少しだけ熱を持っている。心臓は、未だ、動いていた。ドクンドクンと、身体中の血管が立ち上がる意思を伝えてくる。
「君は僕を失望させる気かい?」
もうちょっと待て。もう、後十秒で良い。
「立ち上がるんだ、キョン。君の両足は一体何の為に付いている?」
嗚呼、どいつもこいつも。俺に少しばっかりの休息も与えちゃくれないのかよ。
「地に伏せているのは、君には似合わない。僕は親友のそんな姿は一秒だって見ていたくないんでね。くっくっ」
右足に指令。神経を介して動けと働きかける。其れは持ち主の「出来ればへたばってたい」なーんて意思とは裏腹にピクリと動いた。神経接続確認ってか。あー、やってらんねー。
自分の身体にすら裏切られるって、何だよ、コレ。

「さぁ、立ってくれ。もう、休憩は十分だろう?」
「……なんでお前と言いハルヒと言い、俺に容赦が無いんだろうな」
言いながら確認する。右腕は動いた。左腕は……よし。地面に手を付く。ぬらぬらと、誰の物かも分からない血液が手に付着するが、構いはしない。どうせもう、全身血塗れだ。
右足を上げて、膝を付く。全身に力を入れて……殴られた背骨がキシキシと音を立てた。だが、立てない程じゃない。上体を無理矢理引き摺り起こす。
「……ホントに、手も貸しちゃくれないのか?」
「異性の前でくらいは君も、格好を付けたいだろう?」
「……どうだか」
左足、着地。足首、体重を支えるに問題無い。俺の脳味噌の中で歯車が噛み合っていく。未だ、立っていられると訴える。

未だ、死ぬには早いだろうと俺の全身が訴える。

歯車の潤滑油は、親友たる少女の言の葉。


「自分の脚で、立ち上がるんだ」
凛と透き通る親友の声に背を押され、膝を伸ばす。
「……そうだ。次は血に塗れた顔を拭いて、眼を開いて御覧?」
右手でべったりと、顔に張り付いた血化粧を引き伸ばす。眼の上から異物感が無くなったのを確認して、ゆっくりと目蓋を上げる。
見知った顔が、そこには有った。ソイツは地面に転がっていた、銀の飾りが付いた杖を此方に向けて差し出す。
まるで、王が自分の騎士に剣を与えるように。父が息子に誇りを与えるように。

女が男に惜しみない愛を与えるように。

「手に取り給え」
親友は言う。威風堂々とした立ち姿其の侭に。

「この杖を持って、僕と共に戦え、親友」
「ちょいと芝居が掛かり過ぎちゃいないか、親友?」

俺は杖を受け取った。そして言う。

「……おせーよ、佐々木」
「すまない。待たせたね、キョン」

少女は笑った。笑って、そして叫んだ。

「勇者佐々木さんと其の一団! 今、此処に鮮やかに降臨したのですっ!」


……おお、橘に台詞を奪われた佐々木の眼が本気で怖ぇ。


立ち上がる。へたり込んでいた俺を取り囲むようにして、いつの間にか佐々木、橘、藤原、九曜が背中を見せていた。

「周防さん、藤原くん、何時も通りでいきましょう。橘さんは援護をお願い」
「──目標──視覚情報で──確認──。──排除──開始──?」
「僕は僕で勝手にやる。指図をされる筋合いは無い」
「如何して藤原さんはいっつもそうなのですか!? 偶(タマ)にはチームワークと言う言葉の意味を理解して欲しいのです!」
言い合いながらも四者四様に其々の戦闘を始める佐々木団(仮)の面々。其の顔には一欠片の戸惑いも躊躇も無い。
勝利して当然。敗北は存在させない。そんな確固とした彼らの雰囲気は、同じく確固たる実力に裏打ちされているモノだという事を、俺は直ぐにも彼らの戦い振りから思い知らされた。
暗黒武道会から帰って来た某霊界探偵と不良軍団の戦いをリアルで見ている気分である。ちょっとやられるだけの死者の群れが不憫に思えてきた。


藤原の持つ大剣がその大きさから察するに余りある重さを、まるで感じさせない速度でもって横一閃。たったの一振りで死者数名の上半身が消失する。手品みたいだな、とか思っている間に返す刀でもう一閃。肉や骨が通り道に有る事実を一切俺に感じさせずに……まるでバターでも斬っているんじゃないかと錯覚してしまいかねない鮮やかさ。

ふと隣を見れば、こっちはこっちで長髪を頭の後ろで一房に纏めた宇宙人(not長門)が無駄の無い、かつ高速の動きで死体の腕を斬り飛ばしている。其処に危うさはまるで無い。あくまでも無表情に、視界に入った動くモノを淡々と刻んでいく。

俎上の鯉、って言葉を周防の相手をさせられている亜人だった皆様方には是非とも送って差し上げたい。料理番組やってんじゃないんだから、此処までされるがまま、ってのも正直如何かと思う。しかし、料理番組であったとして包丁しか使わないってのには手抜きにも程が有るか。

出て来るのはサラダが関の山だろうよ。試食は丁重にお断りさせて貰うとしよう。

それは殺戮だった。囲まれている事実も、劣勢である現実も。どこ吹く風の一方的な虐殺だった。
ったく……なんなんだろうね、コイツらのこの無敵モードは。チートか。アクションリプレイでも使ってやがるのか。其れともコレが本物の「勇者」一行の実力ですか。そうですか。
味方が強過ぎる事に対して不満は無いが……無いが、しかし何とも言えない諸行無常を感じてしまうのは俺が風流の似合う男だからか。間違い無いな。

信頼出来る少女が傍らに居る。友情パワーとか臭い事を言う心算じゃさらさら無いんだが……しかし、だったらこの感覚を一体何て表現すれば良いのかね?
「……負ける気がしねぇ、ってか」
一旦やられそうになってから盛り返した場合はイケイケムードになっているのが確かに少年漫画のお約束だが、其れにしたって佐々木団(仮)の面々からこれっぽっちも敗北の可能性を見つけられないのは如何いう事だい、ヘイ、ユウ?
状況は変わっちゃいない。二百だか三百だかの生ける屍に周りを囲まれているのは同じだってのに。
……佐々木のお陰? かも知れない。この非凡なる親友は辺りの空気を一変させるオーラと言うか、そんなモノを持っているからな。
成る程、「勇者」とは言い得て妙だ。ハルヒとは似ても似つかない性格の持ち主ではあるが、こんな所に共通項が有ったとはね。
天性のスター性とか、そんな感じだろうか。俺如きが「勇者」を名乗るのは一万年と二千年ばっかし早かったかも知れない。
……少し、過去の自分が恥ずかしい。

「『勇者』なのか、お前?」
「どうも、そうみたいだ」
佐々木が少しだけ肩を竦める。
「分不相応だろう。笑ってくれて良いよ、キョン?」
そう、自嘲気味に囁く少女は深いラベンダー色で統一された鎧を着ている。似合わない、なんて口が裂けても言えないだろう。月の様に、夜の様に静かなソイツには、深い霧にも似た紫がよく合った。
「どうだか。俺は格好良いと……そう思うけどな」
「世辞でも嬉しいよ。有難う、キョン」
言いながら佐々木は腰に提げた鞘から長剣を抜く。まるで美術品の様な、鏡の如くに磨き抜かれた刀身を持つ剣。
「さぁ、共に踊ろうか、エクスカリバー」
「エ……エクスカリバー、かよ。ベッタベタだな」
聖剣の代表格。勇者が持つに之程相応しい獲物も無いだろう。そして、ソイツは嘘みたいに佐々木の凛とした立ち姿に馴染んでいた。
……本当に、勇者、なんだな。そんな事をぼんやりと思う。彼女は肩を震わせていた。
……長い付き合いだ。感覚で分かる。表情こそ穏やかなれど、今、コイツは物凄く怒っている。だが、何故?
「僕の親友を傷付けた其の罪を思い知らせてあげるよ……くっくっく」
……俺の親友は、意外と友達思いらしかった。


藤原が、九曜が、俺の目の端で思い思いに疾り、振るう両手持ちの大剣が、折れそうに細い日本刀が死者を横薙ぐ。黒い鎧に身を包んだ未来人と和装に身を包んだ宇宙人は……知人の贔屓目に見るまでも無く、圧倒的に強い。
「藤原君が暗黒騎士(ダークナイト)で、周防さんが侍(フェンサー)だ。近接戦闘において、あの二人が後れを取る事は先ず無いと言って良い」
「だろうな。補助魔法で底上げされたウチの接近戦部隊よりも、もしかしたら強いかも知れん」
逐一、俺に説明をしてくれる佐々木だが、とは言え決してサボっている訳じゃない。まるで舞踏会か何かと勘違いしているのではないかと思う程の、見惚れる程流麗な動作で敵を屠っていく。
其の聖なる剣の通り道には、文字通り立っていられる者は居ない。
コイツら、かなり強いな……団長(佐々木)に至っては戦いながらも冷静に喋る余裕まで有りやがるし。
自分達が苦戦していた敵を、こうも易々とあしらわれる事に少しばかり何事かを考えないでもない。……イヤ? 確か俺達SOS団も最初の内は結構楽勝ムードだった筈だ。
……なんでこの敵を相手に苦戦してたんだっけか?
「オイ、佐々木。……コイツら幾ら倒してもキリが無いぞ」
黒鋼の大剣を地面と垂直に振り下ろしながら(示現流かよ)藤原が呟く。
「無限再生タイプのアンデッドです! 物理的ダメージは再生されてしまうのです!」
自分の周りに二対の青銅製のゴーレムを作り出して戦わせている橘が叫ぶ。コイツは……召喚士、ってヤツか? と、違う! そんな事を悠長に観察している場合じゃねぇ!
「スマン、説明すんのスッカリ忘れてた!! ソイツらは! 『死なない』!!」
俺は叫ぶ。しくじった。無敵感に肩までしっかりどっぷり浸って先刻までのピンチを無かった事にしちまってた。何やってんだよ、俺。
もう、誰も傷付けさせない。其の為に俺が出来る唯一の行動まで、忘れちまって如何する!? 鶏か? 三歩歩いたら艱難辛苦を忘れちまうのか?
「チックショウ!」
地面を杖の底で叩く。そんな俯くガキに勇者は優しく言った。
「そう、自分を卑下するんじゃないよ、キョン。君は今まで、よくやってたんだろう? 見ていなくても、聞いていなくても、今の君の汚れた姿を見れば僕には分かる」
剣を横に払う動きに合わせて、肩で切り揃えた栗色の髪が揺れる。まるで木漏れ日を透かすカーテンの様に。
「命を振り絞ってきたんだろう。ねぇ、偶には休んでも良いと思うんだ。幸い、今、君の隣には肩を預けられる友人が居るだろう?」
此処が戦場である事を一瞬忘れてしまうような、女神みたいな表情で俺の親友は言う。
「援護が要らない、とは言わないけどね。だが、安心してくれ、とは言っておくよ。僕達が来たからには、この戦いはもう終わっているのと同義だ」
自信満々に胸を張る、ソイツを果たして何と表現すべきか。決まってる。俺の卑小な脳内辞書には其れに値する語彙は一つしか載って無かったからな。

『Hero』
きっと、今のコイツみたいなのを指して、人はそう言うんだろう。

「随分出待ちを食ったからね。此処から先は、僕達のターンだ」
少女の振るう黒い血に塗れた剣ですらも、俺は美しいと思っちまった。


佐々木の目の前で地面に倒れている、上半身と下半身に今生の別れを告げた筈の亜人の体が蠢く。其れはゆっくりと、再生を始めた。其の様を見て少女は呟く。
「……成る程ね。この程度の相手にキョン達が危機に晒される理由が分からなかったんだが……そういう事か。スッキリしたよ」
其れは良かった。が、果たして佐々木さんよ。スッキリしてる場合かい?
「悩み込むよりはマシだろう? ……くっくっく」
どうも……暢気だね、空気が。もう少し焦ったりしても良いモンだと思うんだが。
先刻までは柄にも無く激昂してなかったか?
「僕だって、親友が酷い目に遭わされていたら怒るよ。キョン。そんなのは至極当然だろう?」
の割には冷静に見えなくも無いんだがね。少し剣を振ったら気分が冷めたかい?
「否、君を傷付けられた怒りはそう簡単に収まったりはしないかな。もう少し鬱憤晴らしが必要、と言った所だね」
佐々木はそう言ってニッコリと笑う。そうかい。だが、視線を俺に向けながら背後でばっちり敵を斬っているのは其の表情には似合わないぞ。
「ソイツらな。除霊(ターン=アンデッド)は試したが、無駄だった。この亡霊軍団を造ってやがる相手が二枚くらい魔力勝負じゃ上手でな」
「誰だい?」
「国木田。今は敵側のボスやってんよ」
溜息を吐いた。少女が苦笑する。だから、剣を振りながら器用に会話すんなって。
「あの国木田君かい。其れは……彼も大変だね」
「国木田は国木田で大変なのは同意しないでもないが……殺されそうになった俺に同情はしてくれないのか?」
「してるさ。今だって、其のやり切れない思いをこうして剣に載せているのが君には見えないかい?」
……オーラとかそんなん見える訳無いだろ。俺に変な属性は無いぞ。
「……残念だ。僕としては君に友達思いである事をアピールして、ポイントを稼いでいる心算だったんだけれどね、くつくつくつ」
冗談か、本気か。多分、半々って所だろうな。だがな、佐々木。これ以上好感度を稼いでも追加ディスクを入れないとイベントは起こらん。
「おや、其れ程までに君から僕への好感度は高いとは思ってなかったな」
何、言ってやがるんだ、親友。
「もしもお前が世界を相手にする気なら、半分は俺に任せてくれよ」
少女は俺の言葉に、ニヤリと笑った。右手で剣を振るいながら、俺へと左手を翳す。右手で杖を握り直した。傍らの青いステータスウィンドウを確認する。

『ステータス:オールグリーン GO!』

「……ドイツもコイツも」
俺は溜息を一つ。でも、頬に浮かんでるのは、どうせ微笑なんだ。分かってる、そんな事くらい。
「……術式構成、開始」
ゆっくりと佐々木の方へ歩く。空いている左手を天高く翳す。
「背中は任せるよ、親友」
擦れ違う際に打ち鳴らす破裂音、絶望を吹き飛ばす。暗い森に、輝く様に響く。
イッツア反撃の狼煙。もしくは希望の鐘の音。

「死に切れない哀れな死者が相手なら」
背後の勇者が啖呵を切る。其の名に恥じない朗々たる声で。
肩を叩かれた。……参加しろ、ってかい。このニセモノの勇者にも。
「天への回帰を望んでるんだったな。任せとけ。門をぶち壊して道を開いてやる」
良いぜ、ノってやる。
ニセモノだが、本物の勇者のご指名と有らばやってやるさ。
「僕が」
「俺が」
「君達にとっての」
「お前らにとっての」
息を吸う。眼の端にはニヤリと笑う親友。息を吐き出す。

「「天使だ!!」」


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