ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友あっぱー 3-1
この世界が誰のモノかって考えた事有るかい? 俺は有る。
つか、ハルヒの傍に居れば、古泉だって朝比奈さんだってきっと一度は考えていてもオカしくないと思う訳だが。
長門は……如何なんだろうな。もしかしたらアイツだって考えてるかも知れない。

世界を思い通りに出来る神様が居る、この世界の不思議。

でもさ。其れでも俺はこの世界がハルヒのモノだなんて思わない。
アイツの好き勝手に出来て、アイツにとって理想の世界で在ったとしても。
其れでも、アイツが不満とか、憂鬱とか、苛立ちとかを溜め込んでたりする以上。この世界はアイツ一人の物じゃないんだ。
ハルヒは、一人ぼっちの世界なんて望んじゃいない筈だから。


あっぱー第三章「Light up the fire」


「……以上、状況説明」
長門が黒のポーンを地図の上に音も無く置いた。事務的な会話をさせれば長門の右に出る奴は居ないな。偶に専門用語が混じるが、其れはスルーで良いんだろう。
「何となくで良いなら、理解した……心算だ。自信は無いけどな」
俺は周りを見回す。椅子に座っている朝倉と目が合った。
「これから如何しようか、キョン君?」
なんで俺に聞くかね。こういうのは俺よりも適任が居るだろうに。こういう場で発言が無いって事は何かかんか考えてるって事じゃないのか。
なぁ、古泉?
「お前の出番だ」
指名を受けて壁に寄り掛かって目を瞑る優男が薄目を開ける。
「取り敢えずで良ければ、三手考えました」
古泉は俺の隣に来てチェスの駒を手にした。其れをすっとテーブルの端で弄びながら話し出す。
「今日と同じ様に篭城作戦を続けるのが先ず一手。とは言え相手の指揮官が愚かで無い限りは同じ手は通用しないでしょう」
同じ手……進入経路を予め用意してそこで迎撃するってヤツか。
「ええ。之は敵に学習能力が無い事を信じた上でとなります。相手に落ち度を期待するのは下策と言わざるを得ません」
だな。こっちの増援は俺だけだってのに、そんな博打は打てねぇよ。
「キョン君の参加は、恐らく貴方が思っている以上に僕らにとっては鬼札なのですがね」
悪いがポーカーをやってるんじゃないんだ。其れと……買い被り過ぎだぞ、古泉。まぁ、悪い気はしないが。
「そんなに強いのか、君は?」
会議に初っ端から参加していた見知らぬおっさんが俺に聞く。なんでもこの街の防衛部隊の責任者らしいが。ほらな、こういう勘違いが出るから、あんまりそういう事は言うんじゃねぇよ。
「其処の阿呆が夢見てるだけですよ」
バッドトリップって言うんですかね。俺はおっさんに向けてひらひらと左手を振った。がっくりと項垂れる彼。
「古泉、ソイツは却下だ。勝算が見えないからな。次の手を話せ」
下策、っつー事はもう少しマシな手も有るって意味だろう。そう思って俺は古泉に続きを促す。
「分かりました。二つ目は、人命優先策です」
超能力者はたんたんと、地図上の白い駒を街の隅に集めた。
「先程、朝倉さんと長門さんに偵察をお願いしたのですが」
古泉が黒の駒をかき集めて半分を長門に、半分を朝倉に手渡す。二人はニヤケ面かつ無言の中にもソイツの意を汲み取ったのか、黒い駒を俺から見て左右、正門と裏門の外に並べた。
「圧倒的戦力を有している場合、僕ならば包囲戦を仕掛けます。周囲をぐるりと取り囲んで消耗戦に持ち込むのが最良。これは戦史を紐解くまでも無く絶対的強者が取る常勝手段です」
ふぅん。だが、あんまり状況は変わらんぞ。門の外を押さえられちまっているんだからな。
「いいえ、段違いですよ」
何が言いたい?
「其れ程の数は元々用意していなかったのか、其れとも明後日以降に来る援軍を警戒したのか。其の辺りは分かりません。いえ……今日の奮戦で幾らか数を減らす事に成功したと考える事も出来ますか」
この街に他に出入り口が無いのは明らかだ。俺があちらの指揮官だったとしても取り敢えず門を抑える。
「かも知れません。兎にも角にも、この布陣から分かるのは二つ。あちらはこの街に門が二つしか無いと思い込んでいる事」
事実そうだろうが。其れともお前には壁をすり抜ける術でも有るって言うのか?  変態超能力者には有っても俺達パンピーには無理だと言っておく。……コイツ、人の話聞いてないな。
「そして圧倒的とは言えないまでも数で押さえ込めば勝てると信じている事です」
……先刻長門から聞いたが、黒のポーンと白のポーンの戦力比は単純な数だけで言っても四対一なんだろ? だったら、其の考えは間違ってないんじゃないか?
「確かに。ですが僕が言いたいのは、敵が優位を確信しているという点なんですよ」
……ソイツが勝利を確信した時、ソイツは既に敗北している、ってか。
「油断、って事ね?」
「そうです、朝倉さん。以上から僕は彼らの明日の行動をこう予測します」
白のポーンを並べ終わった古泉が、続けて黒を動かす。其れは正門裏門から一塊になって街の中心に在る執政官用館……俺達の今居るこの場所への直線を描いた。
「こちらが道を限定しているのであれば、敢えて其れに従わず暴力に任せて家屋を石壁を蹂躙、破壊、突破する。時間が掛かりますが確実で、そして篭城を続けさせて兵糧攻めにするよりは早い」
朝倉が地図上に視線を落とした侭に呟く。
「そして彼らには其れを行える暴力が有るわ」
「分散せず集団で進む彼らは、なるほど、確かに脅威でしょう。そこで……」
古泉は一呼吸置くと白のルーク及びビショップを黒の塊の前に置いた。事前に聞いている。ルークは長門、鶴屋さんを指し、ビショップが俺と古泉。ナイトが朝倉でクイーンが朝比奈さんだ。
前衛、後衛。そして遊撃と要、ってか。
「僕らで彼らの移動を妨害します。何、時間稼ぎで良いんです。無理をする必要は有りません」
……確かに俺と古泉は矢と魔法。種類は違えど遠距離での攻撃が可能だ。ルークを付けたのは其の護衛、って事か。
「其の間にポーン……兵士の皆さんで街を囲む壁に穴を開けます。第三の出入り口を用意する訳です」
全員の脱出が目的か。悪くないな。

「つまりキョン君達は囮、って事?」
朝倉が不満そうに口にする。何が気に食わないのかは知る由も無いが。
「そうです。僕らが前日とは違い拠点に防衛部隊を置いていない事がバレれば」
「敵は何の気兼ねも無く大挙して来て俺達は一巻の終わり……そうだな、古泉?」
優男が微笑を浮かべ頷いた。
「はい。そして兵士の皆さんにはやって頂きたい事がもう一つ有りまして」
話題の矛先を向けられて防衛部隊のお偉いさんが机に身を乗り出す。
「何をすれば良いんだ?」
「……罠」
長門が呟き、古泉が台詞を取られてしまいました、とでも言いたいのか肩を竦める。ソイツの仕草に気付いていないのか、おっさんが手を叩いた。
「そうか、確かに囮には罠が常套だな!」
いや、「常套だな」じゃなくて。……オイ、古泉。お前、どんな罠を仕掛ける心算だ?
「おやおや、既に気付いていらっしゃる様に見えましたが」
まぁな。人命優先って事は他は如何なっても構わない。そう考えてるんだろ。
だったら、だ。俺ならこうする、で良ければ言ってやろうか。
「どうぞ」
「『脱出口を造る』ってのは言い換えれば『この街には居られなくなる』ってこったな。城砦として使えなくなると言っても良いか。其処まで思い至れればお前の考えは俺にも理解出来る」
つまり、古泉は。
「この街全体を罠に……いや、回りくどい言い方は止す」

「街ごと奴らを焼き尽くす気だな?」
「ご名答。ですが賞品は有りませんよ?」

俺と古泉の、まるでランチタイムに友人同士で交わす会話の様な暢気な雰囲気に、おっさんが眼を瞬(シバタタ)かせた。
何を話しているのか、咄嗟に理解出来ないんだろうな。一応、街の責任者らしいし。嗚呼、こういう人を「普通」と言うのだろう。
俺もつい二、三日前まではそちら側に居たんだけどね。そう思うと自然に溜息が漏れた。

「古泉、勿体付けるな」
俺は地図の端に置かれている白と黒の二つのキングを手に取った。
「と、申されますと?」
意気揚々とおっさんへ街に張り巡らす罠に関して細かな指示を出していた古泉が振り返る。だが、獅子心王を気取るのは早くないか? 俺は超能力者を睨み付けた。
「三つ目の策だ。未だ何か、有るんだろ?」
優男は楽しそうにウインクする。嗚呼、そんな仕草をお前がしても気持ち悪いだけだから止めておけ。心の中でそう毒吐いて俺は手の中の駒を古泉に突き出した。
戦局図に唯一使われなかった駒……取って置いたって事だよな、このキングは。
「お忘れになって頂いても良かったんですけどね。実は、余りオススメ出来ないんですよ。この侭黙っていようかとも考えた程に……ね」
微笑むソイツは俺から受け取った二つの駒の内、黒い方を長門に手渡した。其れは少女の手によってゆっくりと地図上の「森」と書かれた場所に置かれる。
地図上に黒色の王が晒される、其の意味は明らかだ。
「試算結果より、この位置が最も可能性が高い」
……確かに人命優先なら、そんな策は必要無いな。
「つまり、第三の案とは」
単純にして明快な回答。古泉は手に持った侭の白のキングをコツンともう一方のキングに当てた。
「僕達で手っ取り早く敵指揮官を潰す事です」
嗚呼、気分は桶狭間に張られた敵陣を見下ろす信長である。いや、実際どんな心境だったか、なんて知る由も無いけどな。

古泉が提示して長門が補足した案は、内容と呼べる程の中身が無い、コンビニのスナック菓子を思わせる今にも宙に浮かんでしまいそうにスカスカな代物だった。
曰く、街の方は防衛部隊の皆様に出来るだけ頑張って時間を稼いで頂いて。其の間に手薄になった敵指揮官其の他を俺達SOS団で叩く、と。
虎の子の遊撃隊って感じか。ま、俺達以外に誰に其の役目がこなせるのかは甚だ疑問だが。流石に一般兵士には荷が勝ち過ぎるだろうしなぁ。そしてそんな逸材が居るのなら、日中、古泉達はもっと楽をしていた訳で。
この作戦では俺達がどれだけ早く頭を潰せるかが、其の侭、防衛部隊の方々の生死を分ける。出来るだけ迅速な方が良いのは言うまでも無いな。
また、十分に敵本隊引き付けずに乗り込めば今度は俺達の身がヤバい。飛んで火に入る、なんつーのは願い下げだぜ、長門?
よくよく考えれば、いや考えるまでも無くシビアな作戦じゃねぇか。分刻みのタイムスケジュールで動く国民的アイドルもかくやと謂わんがばかりだ。
長門の計算能力を信じてはいるが、少しでもタイミングを間違えるとアウト、ってのがな……。

「正直に言わせて頂ければ。僕達SOS団には防衛戦は向いていないんですよ。今日の戦闘ではっきりと確信しました。僕らは……僕だけかも分かりませんが、仲間を失う事に慣れていない」
古泉が呟く。長門から聞いた話だと昼間はかなりの激戦だったらしい。其れを踏まえての発言には悲壮感が漂っていた。
もしも、誰かが死んでしまっていたら。きっと責任感の強いコイツの事だ。そう考えて少し鬱屈しているのだろう。なら、一笑してやるのが俺の役目か。
「慣れたくもないな、ソンナモン」
「そう……ですね。すいません。まるで慣れるのが正しいような、そんな言い方をしていました」
「気にすんなよ」
肩を叩く。
「大変だったんだろ、昼間。結果だけ見れば被害は最小限で済んだんだ。誰もが認めてる。今日の事は、お前はただ誇ってりゃ良いんだ」
ちらりと横目で長門と朝倉を見る。長門はほんの少し、朝倉はこっくりと。揺れ幅にこそ差異は有れど、二人は頷いた。
「……あんまり優しい言葉を掛けられると、僕だって人の子なので泣きますよ?」
古泉、其れは正直見たくないから止めろ。……まぁ、止められないなら仕方無いが。ただし、胸は絶対に貸さんからな。
「冗談です」
古泉の表情は変わらなかったが、しかし少しだけ……何だろうな。いつもとは違って見えた。
「話を戻します。僕らは守備に向いていない。だから攻める。子供の様に短絡的ですが、真理かと」
「で、其の役目は当然の様に俺達か」
「ええ。キングを取りに行くんです。今、盤上に有る最も強い駒を使うのは当然でしょう」
「……指揮官さえ潰せば戦闘終了」
古泉と長門の言う事は尤もだった。SOS団が皆、バラバラに戦うより気が楽なのは間違い無いというのも古泉発第三の案に俺を傾かせた。が、其処に物言いが付いた。
「……ちょっと待ってくれ」
ずっと沈黙を守ってきた防衛部隊のおっさんが口を開く。深刻そうな表情だった。
「余りこんな事は言いたくは無いのだが、私は部下の命を預かっている身なので言わせて貰う。其の権利は有る筈だ。聞かせてくれ。
……もしも、君達が敗れた場合は私たちは如何なるんだ?」

「「「あ」」」
俺と古泉と朝倉が間抜けにも声を合わせた。そう言えば負ける可能性をまるで考慮してなかったな。何処までお気楽極楽なんだ、俺達は。

「そうですね。……敵の大将が国木田君クラスである可能性を考えていませんでした」
国木田か……うわ、有りそうで嫌だ。再登場のフラグはしっかり立ってた気がするし。何気に今回の敵役大本命じゃないか?
「必勝の心構えは結構だ。しかし、君達は兎も角として私には責任が有る事をしっかりと理解して貰えると助かる」
俺と古泉は顔を見合わせた。おっさんの言う事は一理どころか四理くらいは有る。其れに対する俺達の理屈ってのが「お互い目の届く様にSOS団は一塊で戦いたい」じゃ、おっさんが困惑するのも当然か。
「……」
「……」
沈黙する場の、静寂を破ったのは朝倉だった。
「だったら、二案と三案を混ぜちゃえば良いんじゃない?」
其の場に居た男三人は一も二も無く其の一言に食い付いた訳だが。
かくして、明日の方針は決定した。こういうのを鶴の一声と言うんだったか?

明日の詳細を練る作戦参報古泉と人間(宇宙人)データバンク長門、其れに部隊長のおっさんを残して、俺と朝倉は部屋を出た。あの場に俺がこれ以上居ても、出て来るのは欠伸くらいだと判断させて貰ったが多分間違っちゃいないだろ。
朝倉なんざ扉が閉まると同時に大きく伸びをしたくらいだ。ま、変にシリアスな空間だったのは認めるさ。其れこそ、背中が痛くなる程に、な。
だったら、さっさと退散するに限る。古泉と長門なら首尾良くやってくれるだろうよ。俺なんざ居た方が逆に話が長引きそうだ。
「ふぁあ」
欠伸が飛び出す。そう言えば今日は朝から一日動きっ放しだったか。身体の方は大分疲れてるらしい。そうでなくとも未だ俺は怪我人だったしな。
「なぁ、朝倉、俺は何処で寝れば良いんだ?」
顔を向けずに隣を歩く少女へと問い掛ける。瞬間、朝倉が息を呑むのが聞こえた。……何だ?
「えっと……そうね。そう言えばキョン君には割り当てられた部屋が無いんだっけ。……なら……」
少女の声が徐々に小さく、か細くなっていく。うん? 何か俺、変な事でも言っただろうか?
隣を見ると、朝倉は身を萎縮させ顔を俯けている。……小動物みたいで正直可愛い、とか思ったり思わなかったり。朝比奈さんが其の身に乗り移ったような見事なもじもじっぷりは……なんだ、この胸の高鳴り?
人間と言うのは、普段の姿と偶に垣間見せる姿のギャップに対して恋心を抱くらしい。ツンデレなんかが其の代表例だろうか。そして、今の朝倉のしおらしい姿は俺にそんな事を思い起こさせるに十分だった。

アア、ジョウネツヲモテアマス。

「キョン君さえ良ければ……なんだけど、私の部屋、一人部屋で……」
「な……なぁ、朝倉。如何した? そんな困るような事、俺は言った覚えが無いんだが……」
「ううん、困ってるとかじゃなくて……ね」
朝倉は何かを決意した様に顔を上げた。頬を真っ赤に染めて眉根を寄せ……其の上目遣いは反則だっ!

「私の部屋のベッド、使っても良いよ?」

其の時、神は舞い降りた。

……違う。何考えてんだよ、俺!
……心情的状況的に俺としてはそんな事は断じてやる訳にはいかない。しかし、ヤっても。……って違ェ。いい加減にしろ、俺!

「如何いう心算だよ?」
言って俺は右足を出した。一階ロビーに向けて歩き出す。其の後を朝倉は小走りで着いて来た。
「如何思う?」
「からかわれてるとしか思えん。案外底意地が悪いな。Sか、お前?」
「酷いね、キョン君。残念だけど外れ。大外れ。……之でも本気で言ってるんだけどな……」
「……っ!?」
少女は小鳥が上機嫌で歌うように告げる。俺は口元を覆い隠した。ヤバい。今、顔を見られるのは非常にヤバい。
俺、絶対ニヤけまくってる。ドロドロに煮込まれた学食のカレーの具みたいに口元が蕩けちまっているのが確認しなくても分かった。
だけどしょうがないじゃないか。相手は谷口も認める数少ないAA+の美少女だ。そんな相手にこんな……如何考えても誘われてるとしか思えない様な事を言われて……動揺しない方が男として如何かしてる。そうだろ?
「本気って、おま……何、言ってやがるんだ」
なんとか平静を装って喋る。そんな俺の脇を早歩きで追い抜いて、少女が行く手を遮った。顔を上げて、にっこりと笑う。けど、其の頬にははっきりと朱が差していた。
「信じられない?」
視線を合わせられずに、思わず顔を背ける。
「信じられる訳無いだろ。お前も言ってたじゃないか。自分は友達としてこの世界に呼ばれた、って」
自分のベッドを貸すって事は、一緒に寝るって意味だろ? 真逆、俺に女の子を床に寝かせておいて自分はベッドで寝るなんてさせる心算じゃないよな。
悪いが、俺は紳士だ。読み仮名にヘンタイとか振ってあっても、しかし其処は譲れん。
「そうだね。でも『友達』である事を望んだのは貴方であって私じゃないわ」
少女は悪魔的に微笑んだ。
「だったら、私の意志で一歩進んでも、良いんじゃない?」
良くないだろ。女の子なんだからもうちょっと自分を大事にしなさい、とか言いたいのに言葉が喉から外に出て来ない。
宇宙的能力で言葉を抑え付けられている訳でもないってのに。
「キョン君、眠い所申し訳無いんだけど……ちょっと、話をしても良いかな?」
そう言って、朝倉は俺の手を引いた。引かれる右手から昇って来る鈍い痛みだけが、この夢みたいな状況を現実だと教えてくれていた。

一階、リビング。俺と朝倉は向かい合って座った。
「ごめんね、キョン君。飲み物とか用意出来なくて……水で良い?」
「いや、こんな状況だしな。構わない。で? 話ってのは一体何だよ、朝倉?」
見える範囲に人は居ない。防衛部隊の方々は其々、自分の持ち場で睡眠を取っていると聞かされていたから不自然では無かった。
今、こうしている間にも交代で見張りをされているのだろう。ご苦労様です。
「うん。えっとね……」
ソファに座り込んだ朝倉は少しの間口を開くのを躊躇っていた。……何だ、この状況は? ドッキリか? 慌てて周りを見回すも人の気配は俺達以外に無し……んん? 之ってマジモンですか?
いや、俺にだって勿論、そういう類の知識が無い訳ではないさ。恋愛モノのドラマなり漫画なりはどちらかと言うと苦手な分野ではあったが、其れでも俺くらいの年頃では無関係でなど居られないモンで。
リビングでゆったりしつつお袋なり妹なりに付き合って偶にはドラマの一つも見ちゃいるんだが。雰囲気だけで言って良いならこの状況は恋愛ドラマの最終回、ヒロインが主役に告白する場面の其れだった。
頭の中の知識をフル動員して関連文献を掘り起こすまでもなく。
桜の木の下でも夕暮れの公園でも、ましてや飾り付けられたクリスマスツリーの有る広場でも此処は無かったけれども、しかし之は間違い無く……告白イベント……だよな。
何時の間にフラグを立てていたのかなんざ知る由も無い。こういうのは色んなモンを積み重ねて漸(ヨウヤ)く発生する代物だと考えていた訳だ。が。
……ゲームのやり過ぎだろうか。よくよく考えれば、現実ってのはこんな風に、知らない間に誰かの好感度が上がっちまっているのかも知れん。確かにその方が自然ではあって。
恋愛のれの字も知らない俺なんかが何を如何考えた所で、この場の全ては目の前で沈黙する少女次第だったりする。だけど、下らない思考に身を沈めるのはこの年頃の特権だと思ってそっとしておいてくれると助かるね。
……こんだけ思考の海に沈んでおいて朝倉の「話したい事」とやらが全く別ベクトルだったらお笑いだ。だけど、其れも其れで現実……だよな。
俺はこの期に及んで自分にはそういった桃色ウッフンなイベントなど起きないと思い込んでいた。慣例的にとでも言えば良いのか、兎に角そういった事と俺とは水と油並に相性が悪いと考えていた訳だが。

「ごめんなさい」
突然の謝罪。悪いが朝倉、俺には其の行為の意味が分からない。何を悔いているのか、くらい教えてくれてから頭を下げてくれ。
「私は、貴方が帰って来ないんじゃないかと思ってた」
そう言って、朝倉は涙を流した。……って、え? 涙、だって? ホワイ? 何故?
「長門さんも、朝比奈さんも、古泉君も、鶴屋さんも。貴方が必ず帰ってくるって信じてた。信じて、戦っていたの。……だけど、私は違った」
顔を上げた少女の、陶磁の様に滑らかな肌の上を透明な雫が一つ滑る。
「私は戦いながら疑ってた。キョン君は帰って来ないんじゃないか、って。死んじゃったんじゃないか、って。疑いながら戦ってた」
「……そうかい」
「今日ね、一番迷惑を掛けたのは私なの。皆が命を賭けてる中で、私一人だけが余裕を残してた」
朝倉はグラスの水に口を付けた。無色透明の液体に、同じく色の無い液体が混ざり込む。
「貴方が帰ってくる場所を守る為にって。皆が戦ってた。でも、私は其れを信じられなかったから命を賭けられなかった……私だけが」
グラスを取り落とした、少女の衣服に水が染み込んでいく。
「おい、だいじょ……」
「聞いて!」
叫び声。少女の身体は震えていた。
「お願い。其の侭で聞いて」
少女の声は、震えていた。

「私は貴方を信じられなかった。貴方の為に産まれておいて。貴方の為に在ると誓っておいて。なのに、私だけが信じられなかった」
……懺悔。そんな言葉が頭に浮かんだ。
「馬鹿みたいだよね、私」
朝倉は自嘲する。服の染みは追加される水で徐々に其の範囲を広げていった。
「俺だって、自分が生きていられるなんて信じられない経験をしたんだけどな」
「そっか」
「だから、そんなに自分を責める必要は無……」
「そんな時に、私は傍に居れなかったんだ?」
慰めようとして墓穴を掘る。嗚呼、慣れない事なんてするモンじゃない。
「いや、でもな!?」
「何?」
「そんな時に、思い浮かんだのはお前らの顔だったんだよ。長門も朝比奈さんも古泉も鶴屋さんも……勿論、お前だってそん中には居た!」
そうだ。皆の顔が浮かんだ。だから、立ち上がれた。だから、必死になって帰って来れた。
「お前が俺の事を如何思ってるか、なんてのは正直分からないし、何をされたいのか、どんな言葉を掛けて欲しいのかも分かんねーけど」
俺は馬鹿だから。だけど、馬鹿なりに言っておきたい事は有って。
「俺は感謝してる。他の奴らに言うタイミングを逃したから代表って事でお前に言っておくけど良いよな」
俺は朝倉の眼を見た。溢れ出てる涙は止まりそうに無かったけれど、ぼやけていても俺の姿は映っている筈だ。
「ありがとう。助かった。お前らが居てくれて……良かった」
こういう事は恥ずかしがって言う事じゃないと分かってはいたが、其れでも矢張り、何だか気恥ずかしかった。
けど、俺が少しばっかし恥ずかしい思いをしたくらいで誰かの涙が止まるのなら、悪くは無いかもな、なんて思ったりもしたんだ。

俺の思いとは裏腹に、朝倉の涙は中々止まらなかったけどさ。
嗚呼、慣れない事は本当にするモンじゃぁないね。

「なぁ、朝倉」
漸く涙を止めた、しゃくり上げる少女に話しかける。
「其れが理由か?」
そんなのが理由だったとしたら……。なんだ、少しだけ期待した俺が馬鹿みたいじゃねーか。
「だったら、俺はお前の部屋で云々かんぬんとかそんなんは絶対断るぞ。いや、理由が違っても断ってたが、尚更だ」
俺の言葉に俯いた侭でフルフルと首を振る少女。
「……違うの」
「何が?」
「ううん、違わない。其れも一つの理由なんだけど……」
「未だ何か有るってのか?」
意図せず語気が強くなる。朝倉は怯えたのか、元々小さくしていた身体を更に縮めた。
「……もう少しだけ、話を聞いて貰っても、良いかな?」
「当然だろ」
俺の言葉に、涙で濡れた顔であっても朝倉は微笑んだ。


←back next→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!