ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友あっぱー 1
妹「本編に全然出番が無いからってあらすじを任されたよー」
ミヨキチ「えっと……私が主役の番外編は何処へ行ってしまったんでしょうか、お兄さん?」
妹「期待しちゃダメだよ、ミヨちゃん。と、予め心を挫いておいて……キョン君が書いた『あらすじ』を読むよー」
ミヨキチ「……黒いね、今日も」
妹「うんとねー……『死にかけた。死にかけた。死にかけた。死にかけた。いい加減勘弁してくれ』……だってー」
ミヨキチ「……続きは?」
妹「無いよー」
ミヨキチ「……だいたい合ってる……けど」
妹「きっとね。正直あらすじを書くのが面倒臭いから無印とどっかーんを読んでから出直して来い、って意味だよ」
ミヨキチ「……そっか」

これまでのあらすじを書けと言われて短く纏められるようなスキルが有ったら、此処までグダグダと長くなっていないとかそういう言い訳をさせて頂いて、では本編をお楽しみ下さい。

さて、何から話せば良いのだろう。前回からなんか色々と(次回予告とか幕間とか)挟んだ気がするので、改めて「さぁ、本編をやれ」と言われてもやりにくい事この上ない。
更にはタイトルまで微妙に変わっている。之を機に(主に俺の扱いなんかを)仕切り直しと行きたい所だが、この話は基本的に続き物な為、そんな事も中々出来ないのが非常に痛い。
前回だって、こう、作者としては上手く締めた心算かも知れないが、次回へのヒキが見事に無い状況で、今更次の話を始めろと言うのは些か脚本家として問題が有る気がする。
横暴だと俺は感じるのだが皆様的には如何だろうか。
この辺りの役者としての複雑な心境はシンパシーを得られないだろうなと思いながらも、少しばかりの希望を胸に同意を求めてみたり。
「何、ぶつぶつ言ってんのよ」
隣を歩くハルヒが呟く。
いやな? こんな感じで唐突にお前が出て来るのを如何やってカバーしようかだとか、不自然無くお前が隣に居るのを伝えるにはどんな始まり方がベストなのだろうかと役者に順ずる限りは要らん事を考えていた訳だが、今の一言で完膚なきまでに無駄になったよ。ありがとう。
「よく分からないけど馬鹿にされてる気がするわ」
気の所為だろ。つか、お前なんで此処に居るんだよ。忙しいんじゃなかったのか?
「命の恩人に『帰れ』ってそう言うワケ? ふーん、偉くなったわね、勇者サマ?」
犬歯を見せるな。殺気を振りまくな。其の○キンちゃんを髣髴とさせるハート型と言うか鏃(ヤジリ)型と言うかの尻尾を服の下で振り回すな。
幾らゆったりしたローブで隠れてるからって、あんまり人間として不自然な動きをしてると周りの人に人間じゃないってバレるそ、お前。
「その時は見た人間を口封じすれば済むだけのハナシよね」
……お前、弱い者虐めはキライだから俺を生かしてくれてるんじゃなかったのか?
「基本的にはキライよ? ああ、アンタは別ね。傷が治って万全の状態になったら殺しに行ってあげるから首を洗って待ってなさい?」
……俺はその不穏当な台詞に対して如何コメントすれば良いんだろうな? よく分からなかったので取り敢えず左手に握ったジュースを飲んでその場はお茶を濁す事にした。……ジュースでお茶を濁すって意味が分からんが其処はほっとけ。

さて、そろそろ恒例、状況説明のお時間がやってまいりましたよ、っと。
現在、俺はハルヒを伴ってコウヨウエン王国とやらの港町を散策している。船の出航時刻までの暇潰しってヤツだ。太陽は燦々。街に流れる潮風が矢鱈と気持ち良い。
定年退職したら、俺も海辺に居を構え……違う。老後の話とかじゃなくて。
なんでこう、いつもいつも変な方向に話が脱線していくのか。俺の所為か。嗚呼、そうだな。だが、人間の思考回路ってのはそんなモンだと返させて貰って本題に戻る。
なんでハルヒが俺の隣に居るのかを不審に思われる方も居ると思うし、俺自身かなり困惑しているのだが、一言で言ってしまえばコレは成り行きだった。
前回、どっかーんのラストで深手を負った(そんな状況に慣れちまってるのが非常に不愉快だ)俺は其の侭ハルヒの腕の中で昏倒した訳だが。覚えていらっしゃるだろうか。
そんなこんなで回想を始めてみよう。

目が覚めたのは安宿のベッドの上だった。右腕には包帯。そして俺が横になっているベッド脇には寄りかかるようにして眠る、町人の格好をしたハルヒが居て。
此処まで来れば俺でなくとも状況が理解出来るというもので。きっとあの後、俺はハルヒに命を救われたのだろう。
生死の境をリアルに彷徨うのは何度目だ? と、自虐に浸っている暇は無いな。混乱してるのは分かるが不思議な踊りをする前に状況認識に全力を傾けよう。
「……ん? そもそも、なんでハルヒが一緒に居るんだ?」
オカしな話である。確かハルヒの目的は勇者を殺す事であって、俺は成り行きとは言えコイツの目の前で勇者宣言をしてしまったのだから。
となると。俺の視界でギリギリと歯軋りをしながら眠りこけるコイツ的には、見殺しにするのが一番理に適っている筈だが。まぁ、其の辺はお姫様が起きたら聞いてみるしか無いか。
何時だって神様の御意思なんざ雲の上、ってな。
しっかし、もう少し可愛い顔して眠れんのか、コイツは。仮にもお姫様だろうが。あーあー、掛け布団が涎塗れじゃねぇか。
……宿の人に後で謝っておく必要が有るな……と、違う。そう言えば。肝心な事を忘れてないか?
俺は徐(オモムロ)に起き上がり、辺りをキョロキョロと見回した。鏡は……お、発見。恐る恐る其れを覗き込んで……首筋に例の呪印が見当たらない事にほっとする。
死の呪いは解いてくれたのか。勇者を連れて来れば解く、って話だったからな。約束は守ってくれた、って訳だ。助かるね。
ハルヒを振り返る。少女は矢張り相も変わらずにすやすやと眠り続けていて。俺はソイツを先刻まで使用中だったシングルベッドにどーにかこーにか寝かせ……一通りの作業を終えた所で下腹部より地獄の底から轟く悪魔の唸り声みたいな音が聞こえた。
腹の虫、である。思えば此処二日ほど何も食べておらず、空腹も良い所だった。時間は……良く分からないが、カーテンの向こうから陽が射している点から考えて深夜ではあるまい。ならば、食堂の一つや二つ開いている筈だ。
俺は椅子の背凭れに掛かっていたローブを羽織ると未だ夢の中のお姫様を起こさない様に注意しながら部屋を出た。



「相席、良いですか?」
ウェイトレスの声に手を挙げて肯定の意を示す。口はいっぱいに詰め込んだパスタで塞がっている為、喋れなかった。
時間は夕刻の少し手前、と言った所で。満席とは言えないが少なくも無い数のテーブルが客で埋まっていた。之から本格的に夕食を求める客で徐々にごった返すのだろう。ならば、テーブルを一人で占有しているのも悪いってモンだ。
四人掛けのテーブルの、俺の向かいに一組の男女が座る。嗚呼、テーブルの半分以上が俺の頼んだ料理で埋まっているな。腹が死ぬ程空いていた(比喩ではない)為手当たり次第に注文したのがいけなかった。
相席の場合、テーブルの半分から手前が自分の領域という暗黙の了解が有るのをご存知だろうか。知らない奴は、空気を読む練習を是非するべきだ。取り敢えずと、俺は空いた皿を重ねてテーブルの隅に除けておく事にした。
未だかなりの量の料理が手付かずの為、領地内に皿を収めるのは流石に無理かも知れないが、取り敢えず気を使うのは人として最低限の礼儀だろうと思う。……まぁ、目の前でズビズバとスパゲティなりグラタンなりを魔法の様に消失させていくのは……大目に見て貰う他無いか。
空き皿を手に取り重ねていく。其の行為を相席された女性が手伝ってくれた。いやいや、申し訳無い且つありがとうございま……。
礼を言おうとして顔を上げて……口に入っていたチーズを盛大にぶちまけたのは断じて故意では無いと言っておく。
「……汚いな、キョン」
「……全くだ。予めガードしてなかったら顔面がチーズまみれになっていた所だった」
嗚呼、平皿を手に取ったのは片付ける為じゃなくて、俺がチーズを吹くのを予知していて其れを防ぐ盾を必要としていたからか。そうか、成る程。って事はこうしてテーブル上が非常事態に陥る事も既知の事実、ってそういう事だな?
「確かに君の言う通りだよ」
「分かってはいても実際は見るに耐えんけどな」
一つだけ言わせて貰って良いか。
「何かな、キョン?」
「其の皿で俺の口を塞ぐとかそういう発想は無かったのか?」
俺の言葉に目前の男女が口を揃えて言った。

「「規定事項だ」」

そんな規定事項は良いからぶち壊してしまえと思うのだが……なぁ、この場合は俺が間違ってるのか?



「で……だ」
テーブルの上の惨状に対してフキンと言う名の災害救助隊を存分に活躍させた俺は居住まいを正して、二人に向き直った。嗚呼、話し始めたら料理が冷めちまうが、この際ソレは仕方が無いと割り切ろう。
「何かな?」
女が微笑を浮かべる。対して男は……表情が読めねぇ。
「質問内容も既知だからなぁ……お前が何を問いたいのかは理解してる訳で非常につまらん。しかしコレも監督に振り回される役者の運命か」
そう言って溜息を一つ。そっちにも色々と有るのだろうが知った事か。一々、茶々を入れんでくれ。話し辛いだろうが。
コイツとは関わらない方が良さそうだと、其の外見から鑑みた上での常識的な判断を下した俺は女に話し掛けた。
「アンタは何で此処に居るんだ……あーっと……すけ、スケアクロウ?」
問い掛けに対し、何時か見た空色の法衣に身を包んだ女がくつくつと笑う。何だ? 何が可笑しい? 俺としては至極まともな質問をした心算だったんだがな。
「いや、其れよりも先に問うべき疑問が有ると僕は思うんだよ、キョン。例えば……そうだな。僕の隣に居る奇妙な面を付けた男の事とかさ」
女の意を汲み取って、ちらりと視線を隣にやる。男女、って俺は先刻言ったな。そう。俺と相席をしているのはスケアクロウの他にもう一人。非常に特徴的な狐の面を被った男だった。
祭りとかじゃちょいと見かけない、和紙で出来ているのだと思われる本格的なヤツを付けた……何、この生き物?
一応、公衆の面前なんですけど。どんな電波さんだよ。
「愛称は……そうだな。フォックスワードさんとでも呼んでくれるか」
嗚呼、そうかい。……ぜってー呼ばねぇ。
狐面の所為で顔は分からない。体付きで誰かが分かるような細身でも長身でもない、何処にでも居そうなソイツ。
ご丁寧に声まで変えて正体を暈(ぼか)してやがる気の入り様は……しかし、俺の知人だと言外に言っている様なモンだぜ?
「止めないか、ジョン。そういう意味の無い情報を与えて彼を混乱させるのは無駄な手間でしかないよ」
「コイツで俺が遊んだ所で別段問題も無いだろうよ?」
男女が俺の向かいでコソコソと会話するが、聞こえて……今、なんつった!?
「ジョン、だって!?」
左手のフォークを取り落として問い掛ける。食器が皿から溢れて床に跳ね返る甲高い耳障りな音がするが、構ってはいられない。
「嗚呼」
女が平然と頷く。そりゃもうコウノトリは赤ん坊を運んでこない、ってぐらいに当然と。……オイオイ。ちょいと待てよ。
先刻まで飽きるほど水分摂取していたにも関わらず、喉が渇いていく。
「お前……もしかして……」
「もしかしなくてもお探しのジョン=スミスだが。如何した?」
男は事も無く言い放った。開いた口が塞がらないなんて経験はそうそう有るモンじゃないだろうが、今の俺は丁度其のレア体験の真っ最中だ。
ま……おう…………魔王!?
……え? 期せずしてエンディング入りましたか、コレ?
「そう呆けるなよ。あんまり驚かれても恥ずかしいだろ、俺が」
なんでお前が恥ずかしがるんだとか、ええい、そんな事は如何でも良い!
「おま……」
席を立ち上がり狐面の襟に掴み掛かろうとする俺を、隣で沈黙していた女が腕を伸ばして制した。
「キョン、君が叫び出す前に前もって釘を刺しておくが、間違っても大声でツッコミなど行わない様に。此処は大衆食堂であるという不動の事実を理解した上で、節度有る行動を頼むよ?」
むぅ……何と言うか、こう、行動を一々先回りされるのはやり辛いな。其れと、狐面を公衆の面前で付けっ放しなの男は如何なんだ?
やり切れない思いを抱え、しかし女の言う事も尤もだったので椅子に改めて腰を下ろす。
「あー、じゃぁ、取り敢えず質問其の一だ」
貴方は魔王ですか? ……なんだ、この口にした途端に間抜け極まりなくなる質問は。
「……多分?」
多分、じゃねぇよ。自覚しろ、この野郎。
「いや、部下役が全然部下を演ってくれないモンで最近其の呼称に自信がなくなってきたとか、そんな此方の事情を鑑みて如何かそっとしておいてくれると嬉しいんだが」
男が項垂れる。お面の所為で表情までは窺い知る事は出来ないが、其れでも分かる事は有って。コイツが背負っているのは、どっちかって言うと魔王じゃなくて係長とか其の辺の中間管理職の哀愁だ。
……俺も今までに結構な量のRPGやってきたが、こんなに切ないラスボスは初めて見たね。
「あ? ラスボスは俺じゃねぇぞ?」
「へ?」
思わず間抜けな声が出る。如何いう事だよ? 魔王がラスボスじゃないなら誰がラスボスだって言うんだ?
「だったよな、スケアクロウ?」
「そうだね。台本通りに事が進むのならば確かに其の役回りは君じゃないな」
……頭が痛くなってきた。一寸俺に整理する時間をくれ。
「構わないよ。僕もそろそろ水だけで注文もせずに世間話を続ける居住まいの悪さに閉口してきた所だったし」
「嗚呼。俺はアイスコーヒーで頼むわ」
俺が言うのも何なのだが、魔王がコーヒーをストローで啜ってる様なゲームを望んでいるのだろうか、ハルヒは?
もし、そうなのだとしたら本当に神様の思考回路っつーのは俺には何年掛かっても分かりそうに無い。
「なぁ、俺……お面脱がなきゃ飲めないんだが」
「ゲルマン忍法を体得している君ならばお面越しの物質透過くらいは余裕だろう?」
「いや、そんなん修行した覚えは無いからな」
俺のジト目を軽く無視して漫才を続ける男女は……魔王と其の右腕には如何しても見えなかった。

「なぁ、この面は口の部分だけ取り外せるように作ってくれと頼んだ筈なんだが……最近、アイツは反抗期なのか?」
「変声機の都合だろう。余り勘繰ると肉体を消されてしまうよ、ジョン?」
「いや、変声機自体はチョーカーでも作って其れに仕込めば良いだけの話だろ?」
「僕に言われても困る。次が有ったらインオーガニックさんにでも言ってくれ」
「次なんか無いだろうが」
……おい、お前ら。俺を無視して楽しいか?
「一寸野暮じゃないかい、キョン? 空気を読んでくれ。分かり難いかも知れないが、僕は今、非常に充実した時間を過ごしているんだ」
「子供相手に惚気ても何にもならんだろうが、スケアクロウ」
今のやり取りの何処に惚気要素が有ったのか解説頼む。
「君は十六年前も後も変わらず鈍いんだね」
挑発は無視して、俺は切り出す。つーか、この二人の会話に付き合っていたら何時まで経っても話が終わらない。最悪、閉店まで付き合う事にもなりかねん。
「本題に戻させて貰う」
「強引だな。まぁ、良い。で、本題ってのは?」
「仮にも魔王が俺なんかを相手に何しに来たんだ?」
狐面が振り向いた。ニヤリと笑った……か如何かは分からない。しかし、其れでも顔にはべり付いた肉食獣の顔が「我が意を得たり」と歪んだ様な気がした。

「お前に真実ってヤツを伝えに来たんだよ」

「しん……じつ?」
壊れたトーキングドールのように問い返す。
「そうだ、真実。そろそろエンディングに向けての伏線回収が必要だろ?」
男が呟く。女が言葉を継いだ。
「キョンにとっては少々、残酷な現実だけれどね」
「違いない」
くつくつと笑う女と、一緒になって肩を震わせる男。
「漠然とし過ぎてる。真実とか言われても一体全体何の事かさっぱり意味が分からない!」
「まぁ、そう焦るなって。ほら、手を付けずに料理が冷めるのを只待つなんざ調理した人間への冒涜だ。お前は二日間何も消化させて貰えなかった胃袋の欲求に応えて飯でも食いながら、茶飲み話くらいで聞いてれば良いんだよ」
ジョン=スミスが冗談めかして言うが、冗談じゃない。そんな事は出来る筈無いだろう。地獄に垂らされた蜘蛛の糸を目の前にした侭ピクニックシート敷いて暢気にサンドイッチ食ってる場合だとでも思っていやがるのか!
この世界に来てから、俺が何度死に掛けたと思っていやがる! いや、俺だけじゃない!
「そう簡単に激昂するなよ『キョン』。いや、勇者様とでも呼ぶべきかな。ではこの辺で改めて自己紹介をさせて貰おうか」

男は服の襟を整えた。和装。象牙色の着流しに黒とも紺とも判かない帯を締めたソイツは大仰に、尊大に、不遜に……テーブルに肘を突いて俺をねめつけ、そして言った。

「初めまして、俺の敵。
此処で逢ったが十六年目だな。会いたかった、なんて男から言われても気色悪いだけだろうし俺としては出来ればお前と死ぬまで会いたくなど無かったので社交辞令は止しておく。
俺こそお前がずっと探し回っていた魔王ってヤツだ。生憎、自覚は薄いがな。
この世界の邪(ヨコシマ)を統べる者。言うまでも無く絶対悪。そういう役柄らしい。勇者にとっては紛れも無く仇敵に当たる。
おっと、勇者宣言はもう済ませたんだったな。ならば回避は不可能だ。俺が死ぬか。お前が死ぬか。世界の行く末はこの時点で二つに絞られた。
まぁ、お手柔らかに頼む。こういう場合は『以後お見知りおきを』の方が場に合っていたか? ……如何でも良いか」

面の奥から覗く眼だけが、俺を値踏みしているみたいにぎらぎらと光っていた。まるで獲物を探す狡猾な狐の様に。


涼宮ハルヒの戦友あっぱー 第一章 「King of spades」


「第一の質問だ。この世界を創ったのは誰か?」
狐面が俺に問い掛ける。隣で涼しい顔をしてアイスティーを飲むスケアクロウ。
この世界に来た初日、朝倉とやった問答を思い出す。ああっと……あの時はどんな話だった?
「決まってる。ハルヒだ」
「正解。では、付属して問うぞ。この世界の設計図を創ったのは誰と誰だ?」
其の質問と解答も既に出てる。
「ハルヒと……でもって、確証は無いが多分、俺だ」
「正解。お前の妄想が形になってる事から『多分』ではなく、之は確定だな」
……次の質問は?
「中々頭が回るじゃないか、『キョン』。そうだ。第一の質問と言ったからには第二も第三も用意してある。しかし、焦るなよ」
狐面が人差し指でトントンとテーブルを叩く。落ち着け、ってか。落ち着かなくさせている元凶が何を言ってやがる。
「この世界はハルヒとお前に因って創られた。閉鎖空間を創る因子は願望。神人が暴れる通常の閉鎖空間であっても之は同じだ。『こんなイライラする世界は壊れてしまえ』という願望からあの空間は産まれている。
では、振り返ってみるが。ハルヒはこの世界の創造に際して何を願ったんだろうな?」
俺は歯噛みする。其れも理解していて、そして余り口には出したくない事柄だったからだ。
「言いたくないか? まぁ、そうだろうな。お前位の年頃じゃ恋愛ってのは羞恥の対象でも有る。代わりに俺が言ってやるよ」
スケアクロウが音も無く席を立つ。俺は其れを視界の隅で見送った。
「ハルヒが望んだのは『幻想の世界で楽しく遊ぶ事』なんかじゃ決して無い。そんなのが叶っちまうならお前は之までに何度と無くこういった経験をしてきている筈だ。しかし実際は現実の枠を飛び越える事は無い。無かった。そうだな?」
確かに男の言う通りだ。俺以上に脳味噌のぶっ飛んでいるハルヒが……しかし、半端にリアリストである筈の少女が、何故に今回に限って願望を抑えられなかったのか?
「トリガーは十二月だ」
……十二月。之までに何度と無く聞かされたキーワード。
「何を指しているかは分かるな? 其れを機にハルヒは何を思う様になったのか。想像でしかないが」
あの事件を機に、俺は変わった。嗚呼、そうだ。この破天荒な世界を受け入れるようになった。ハルヒの我が侭を許容する様になった。
「其れだけじゃないよな?」
何だって?
「あの世界で、何が有った? 思い出せないか? いや、違うな。思い出したくないのか」
ズキリ。心臓に銀の針が刺さる。
「詳しくは言わん。忘れたくとも忘れられるものじゃないだろうからな。……お前は、拒んだんだ」
拒否。拒絶。何を? 決まっている。一つしかない。
「なぁ? だからツケが回ってきた。あの冬の出来事以来、お前はあからさまに溜息を吐く事が多くなったよな。以前から溜息は癖みたいなものだったが……しかし」
前から何かにつけて溜息を吐いていた。ハルヒの周りに居れば必然的に溜息を吐く回数が多くなるのも事実だった。けれど。
「溜息の種類が変わった。アレから、お前は『長門を見て溜息を吐く』事が多くなった」
……そう、だ。読書する姿にあの世界の長門を重ねて。
「長門だけじゃないがな。古泉や朝比奈さんを見て……ハルヒを見て溜息を吐く様にもなった。何故か。もう分かってるよな?」
嗚呼、曲がりなりにも自分の事だからな。
「さて、そんなお前の変質にアイツが気付かないとでも思ったか?」
……アイツ?
「決まってるだろ。誰よりもお前を見ている、神様染みた少女だよ」
……ハルヒか。
「逆に考えてみようぜ。お前なら、ハルヒが落ち込んでたら如何する? ま、世界の危機だからと古泉に乞われて必死に太鼓持ちをするかも知れんが、しかし世界云々なんかは置いてもお前はハルヒを慰めるだろうよ」
アイツがメソメソと泣いてる所なんか想像出来んから何とも言えん。
「子供の強がりは格好悪いと知るんだな。お前がそうする様に、ハルヒも其れを行ったんだ」
……何だよ、其れ。
「想い人を慰める為に、想い人の願いを叶えようとした。其れが世界創造にお前の思考が関与した理由。つまり、この世界はお前とハルヒ。二人分の願望が結実した結果だ」
……何だよ、其れッ!!
「俺がッ! 長門や朝比奈さんや古泉を死にそうな目に合わせてんのがッ! そんなのが……そんなのが俺の願望だって言うのかよッ!!」
ふざけんな!!!!!
「至って大真面目なんだがな。だが、激昂するのも無理は無い、か」
「確かに俺は大馬鹿野郎だからさ! RPGみたいな世界を冒険してみたいと考えた事が無いと言ったら嘘になる!
だけどなッ! 其れにダチを巻き込んで、挙句死ぬような目に遭わせて喜ぶなんて腐った根性を持った心算はねェッ!!」
ガシャリ、と食器が跳ねる。俺の左腕がテーブルをぶっ叩いたのだと気付いたのは少し遅れて痛覚が脳に届いた後だった。

「スケアクロウ」
狐面が呟く。其の後ろから女が男に抱き付いた。
「少し前に結界はり終えた。幾ら騒いでも構わない。そう、例え此処で彼を殺しても」
「ご苦労さん」
「何、礼には及ばないよ。と言う訳だ、キョン。存分に騒いでくれて構わない。其の為に、僕が居るのだから」
女が俺を見てそう言って。そして狐面に口付けた。其処で漸く気付いた。狐面は、身体を小さくカタカタと震わせていて。
怯える子供と、其れを大事に抱きすくめる母親の様に……俺には見えた。
其の姿に、俺は先刻までの毒気をすっかり抜かれてしまっていたんだ。

「話を、続ける」
男が切り出す。其の隣に座るスケアクロウが、男の手を握っていた。
「この世界はお前とハルヒが創り出した。ハルヒが望んだのは二つ。お前の願望を叶える事と、初恋にケジメを付ける事。後者はもう理解してるな」
……嗚呼。だが、前者に関しちゃ不満だらけだ。
「お前等が死ぬ様な目に遭ってるのは過程に過ぎない。やり方には確かに戸惑うかも知れない。が、其れこそ今更だ。ハルヒが目的の為に手段を選ばないのはよく知っている筈だろう?」
不本意ながら、な。
だが、そうなると新たな疑問が浮上するぜ。
「そうだな。本題に入ろうか」
喉がゴクリと鳴った。之から始まる話が多分、今回一番のキモである事を本能的に理解したからだろう。

「第二の質問だ。『キョン』はこの世界に何を望んだのか?」

そう。其れが全ての根幹を担う謎。真実、敵は己の中に有り、ってか。
自分の事なのに、分からない。こんな哲学の問い掛けみたいな経験は、初めてだった。



「慰める。俺は先刻そう言ったな」
嗚呼。
「なら、自分が何に沈んでいるのかは分かるか?」
分からん。
「分かりたくもないか」
そうとも言うかも知れん。
「お前に代わって言葉にしてやる」
お断りだ。
「切なさ、だ」
センチメンタル。我ながら似合わない言葉だなァ、オイ。
「あの世界で出会った人間。もう会えない友人。自分のエゴで消失させたもう一つの世界」
エゴ。自己保身。他者を顧みない行動。自分の世界に帰る為と、偽りの世界だからと。俺は其れを振り切った。否、天秤に掛ける事すらしなかった。
「あの時は無我夢中だったからな。直後は何も思わなかっただろうよ。だが、針は確実にあの時刺さったんだ」
抜けない針。眼鏡をしていない長門を見た時、短い髪のハルヒを見た時、心臓をチクリと刺す痛み。溜息の誘発剤。
「お前が欲したのは何だ? 謝罪か? でも、そんなのは無理だ。あの世界はもう消失しちまったんだからな。もう一度長門を暴走させてあの世界を再構成してみるか? 出来ないよな」
消失したのは謝罪する相手。謝る事さえ、もう俺には出来ない。
許されていない。
「だったら、何をする? お前は何をすれば良い? 何を望む? 何を望んだ?」
俺が望んだのは――
「謝罪。罪を謝るって書く。お前は其れを罪だと思った。自分だけの意思であの世界の人間を一方的に消した、其の事を罪だと感じた」
……待ってくれ。
「何だ?」
あの時はどちらかを選ばなきゃいけなかった。元の世界か、長門の創った新しい世界か。其のどちらかを選ぶ事しか出来なかった……筈だ。
「そうだな」
もしも、だ。もしも仮に俺が其の決断を放棄していたら、如何なった? 聞かなくても分かる。元居た『俺達の世界』の方が消失していたんだろ?
「恐らくは」
だったら!
「だったら、俺は間違っちゃいないんじゃないのか!?」
魔王城の浴室で出遭った男は「本気で二つの世界の存続を願えば」とかそんな事を言っていた気がするが、生憎俺は其処まで頭が回る程脳の出来も良くなければ、そんな悠長な事を言っている時間も与えちゃ貰えなかった。
「そんなんで罪とか言われても困るだろ!?」
何処まで俺を買い被れば気が済むんだよ、ハルヒ!!
「お前の考え違いを正してやろうか」
考え違い?
「あの事件はハルヒが仕組んだモノじゃない。かと言って長門はあの事件に関してお前を一度だって責めてはいない筈だ」
何が言いたい?
「一人を除いて誰も、お前の選択を罪だと思っている奴はいない。嗚呼、そうさ。たった一人を除いてな」
……そういう……事かよ。
「好い加減気付いたら如何だ? お前は人類史上最悪の大量殺戮犯なんだよ。そして其の事実を肯定しているのは唯一人だ」
俺があの日押したエンターキーは何を意味していた? 気付くのが遅過ぎるだろ。そうだ、あのキーは。
「……この世界が俺の願望を満たす為に創られた、俺の妄想の産物なら」
「そうだ。たった一人だけ、どうしようもなく其の事実を認められない男が居た。ソイツは神に愛されていた。誰も其れを罪だと糾弾する事は無かったが」
其れでもたった一人、ソイツだけは其れを罪だと思った。……思っちまった。
「緊急避難。どちらかを選ばねばどちらかが消える。其の選択は決して罪に問われるものでは無かったにも拘らず。ソイツは選んだ事をずっと後悔し続けた」
言葉としてすら浮かんでこない、小さな、けれど確かな引っ掛かり。
「理由は如何あれ、自分の選択が大切な人達を……其の写し身とは言え消した……殺した事がソイツには如何しても許容出来なかった」
其の罪の名は。

「優しさ」

さぁ、この如何手の施しようも無い愚か者に、罰を始めよう。





「大体、理解したか?」
狐面が問い掛ける。唇が震えて、声が出ない。
「自分への罰を。自己満足の為に。結局、そんな下らない理由だった、って訳だ、全て」
そんなのって……無いだろ。声にならない。か細い空気の漏れでしか無かった俺の其の独白を、如何やって汲み取ったのかは分からない。また、お得意の「台本」とやらにでも載っていたのだろうか。
でも、そんなのは全部、如何でも良かった。
「事実、そうなのだから仕方が無い。なぁ、『キョン』。俺が今言った『真実』の中に、一つでも思い当たる節が無いと言い切れるか?」
何も言い返せない。言い返せる、筈も無い。
「他の面子は全員、お前の下らない罪悪感に巻き込まれただけなんだよ」
なら……アイツらを危険に晒しているのは……俺、だってのか?
「そうなるな」
……ふざけるなよ。
「お前が一番ふざけた存在なんだが」
……ふざけんな。
「オイ、聞いてるか? お前が蒔いた種なんだよ、全部」
……そんなのって。

「そんなのってアリかよッ!!」
吠えた。俺を見つめる魔王と其の従者の眼は、酷く苦しそうだった。

100mを全力疾走した後の様に息が荒い。心臓の鼓動音が遠く鼓膜にまで届いて、煩わしい。誰に指摘されなくても分かる。
俺は激昂していた。
「真実ってのは常に残酷なモンだと知るんだな」
「そんな、どうしようもない真実なんざ、ぶっ壊してやれば良いだけの話だろッ!? 今までだって俺達SOS団はそうやって来た筈だッ!」
俺の叫びに、答えたのはスケアクロウだった。
「其れが出来ていたら、今、僕たちは此処に居ないんだよ、キョン」
辛そうに。苦しそうに。今にも泣き出しそうな笑顔で。スケアクロウは続ける。
「君を救おうと、皆が動いた。宇宙人も、未来人も、超能力者も。そしてこの僕も。しかし、規定事項を回避するのは不可能だった。何度も試した。思い付く限りは何だってやったよ。けれど、無理だったんだ」
聞き分けの無い子供を諭す様に静かな声で。
「なんでだよ……? 時間遡行に情報操作が有れば、大概の事は如何とでもなっちまうだろ? 朝比奈さんの能力使用の許可が下りなかったとしても、長門だって確か時間遡行が出来るって話だよな?」
朝比奈さんとはやり方が違うものの長門も同じ能力を持っていると言っていた。時間遡行さえ出来れば、大概の事は何とかなる……筈だ。
この事件を端から無かった事にしてしまえば良いだけ。そうさ。古泉がハルヒにゲームを貸したのが実質的なトリガーなのだから、其のイベント自体を消してしまえば……。
「古泉君などは君の為に、過去の自分の消去を長門さんに依頼した程だったんだ。そう、唯一人、君の為に、ね」
絶句する。絶句しか、出来ない。
「だが、何も妨害は出来なかった。この事件を無かった事にするのを、神が許可しなかったからだ。この一言で全て納得いくな?」
魔王が吐き捨てるように言った。
「神……ハルヒ……が?」
其れこそ冗談だろ。アイツ、根は優しいんじゃなかったのか!? 俺の知っているハルヒは、こんな残酷物語を望む様な奴じゃ、断じて無かった筈だ!
「優しいんだろうよ。だから、叶えた。お前の深層に潜んでいた望みをな。そして其れを誰かが邪魔する事など許さなかった。お前の為に。唯、恋しい男の為に。理に適っているだろう?」
「俺は……こんな事……望んじゃいない……っ」
そうだ。長門を傷付けて、朝比奈さんを泣かせて、古泉を苦しめて……そんな事、俺は決して望んじゃいない!
「言ったろ。過程は問題じゃない、ってな。其れに、お前さえ其の気になれば、アイツらは無事に元の世界に帰る事が出来る」
狐面の言葉に一筋の光明を見た気がした。なぁ、ソイツは本当か? 嘘じゃないよな?
「嘘じゃないさ。なぁ、『キョン』。お前が、お前の手で、お前の大切な仲間を、死に物狂いで守ってみせろよ。そうすりゃ、アイツらは大丈夫だ。俺が保障してやる。この世界は、あくまでもお前個人への罰なんだからな。
お前が心から望むのならば、神は其れを叶えるだろう。そういう風に、この世界は出来ている。そろそろ其の事を学んだら如何だ?」
魔王の言葉を、監視者が継ぐ。
「そして、君が身勝手にも彼らを巻き込んで心を痛めるのすら、罰の内と言う訳だよ。理解出来てきたかい?」
「なんとなくで良いなら、な」
出来れば、理解なんか死ぬまでしたくなかったが。

「第三の質問だ」
俺が落ち着いてきたのを見て取ったのか、予(アラカジ)め、このタイミングで切り出す事になっていたのか……多分、両方なんだろう。魔王が喋り出した。
「罰、ってのは具体的には何を指すんだろうな?」
問われて考える。既に十分精神的には痛め付けられた気がするので、この辺でエンディングを迎えて欲しいと願うのは……コレも俺の身勝手なのだろうか?
「そもそも、『勇者が魔王を倒してハッピーエンド』っつー古式ゆかしいシナリオの何処に勇者への罰が隠れてるのか、って話だろ」
ちょっと待て。その前に確認しておきたい事が有る。
と言うか、其れが分からないと何も予測なんざ立てられん。
俺は兼ねてよりの疑問を口にする事にした。このタイミングでしか、出来ない質問だとも思ったからな。

「魔王(オマエ)は誰だ?」

確信とも言える俺の質問に眼前の男と女は苦笑いを返すばかりで、何一つ答えようとはしなかった。





衝撃のボスキャラ三者懇談会から三十分ほど過ぎただろうか。半分ほど中身が残っているグラスと、全く手の付けられていないグラスを見つめて、俺は途方に暮れていた。
「俺に如何しろ、ってんだよ」
魔王と其の部下が退席し、一人残されたテーブル。其の上には未だ手付かずの料理が並んでいたが、生憎、其れで埋める筈だった胃袋は形の無い何かで一杯になっている。
この大量の料理の処分方法を検討して嘆いているのでは無い。俺を悩ませているのは、先刻まで対面に座っていた二人から聞かされた話である事は、説明する必要も無いと思う。
結局、あの二人は「魔王は誰なのか?」という俺の渾身の疑問に対して解答を口にする事は無かった。
其の代わりと言ってはなんだが、多少ヒントめいた言葉は残していったけどな。
『俺達は嘘を吐く事が出来ない。ソイツはアンフェアだからな。適当な嘘で誤魔化す事が許されていないから、答えられない質問には沈黙以外為す術が無い』
……全く、意味不明である。誰に対してアンフェアなのか。まぁ、あの場には俺しか居なかった訳だが。
『未だ時期ではないと言い換える事も出来るか。今度会ったら、其の問いの答えをくれてやるよ。其れまでは、ソイツは宿題だ』
宿題って。何様の心算だよ、非常識なお面なんざ被りやがって。嗚呼、魔王様か? なら、もう少し「其れっぽい」格好をして来い、ってんだ。
『血反吐を吐いて、泥水啜(スス)って、命を賭けて仲間を守り抜いてみろ。其れが出来て、且つ、未だお前が生きていたら、また会う事になるさ』
言われなくても、アイツらを守るのに尽力するのは当然だし、魔王と勇者なんだから物語の最後に対面するのは分かり切ってると思うんだが。
『嗚呼、そうそう。最後に一つだけ』
立ち上がった魔王が最後に口にした言葉。

『惚れた女くらい、最後まで信じ切れるよな?』

……ダメだ。ヒントが乏し過ぎる。
俺は奴らとの会話を一通り反芻した後そう結論付けようとして、そして思い留まり又も思考の海に沈み込んだ。
罪。其れを罪と思い込んだのは自分。俺自身。そしてハルヒは其の後悔を汲んだだけ。
けれど、本当にそうなのか?
否、アイツは嘘を吐けないと言った。其の言葉を信じるとするならば、ハルヒが為した事に対して疑問の余地は無い。
そして、魔王は、俺には嘘を吐いている様には如何しても見えなかった。……顔は結局最後まで見えなかったから「聞こえなかった」って言った方が的確だろうか。
では「嘘は吐けない」という言葉を鵜呑みにするとしよう。すると、この世界の一部が俺への罰で出来ているという事になる訳だが。
其れでも確かに納得は出来る。思い当たる節もビシバシと有るさ。
だが……。
ん?
「だが」、何だ? 何なんだ、この引っ掛かり。魔王が何者なのかとか、罰ってーのが具体的に何を指すのか、「台本」なんてのが如何して存在してんのか。そんな東京ドームの数で計れそうな山と有る疑問を差し引いても。
其れでも何かが引っ掛かる。未だ自分は根本的に何かを勘違いしているんじゃないか、という声が何処かから聞こえる。具体的には頭の後ろ。うなじの辺りが総毛立っている様な。
確信的に奇妙な感覚。
俺はこの期に及んで何を勘違いしている?
何を見落としている?
整理しろ。足りないピースは想像で埋められる。其れだけの数が揃っている……気がする。
違う。「気がする」じゃない。今日、魔王が俺の前に現れたのは何の為だ?
『お前に真実ってヤツを伝えに来たんだよ』
恐らく……いや、間違いなく。アイツが出て来たのは、必要最低限のピースを俺に提供する為だ。そうとしか奴の言動は取りようが無い。
だったら。だったら、魔王は先刻俺にどんな真実の欠片を持ってきた?



「……『アンフェア』……」
呆然と呟く。刹那、何かが繋がった気がした。この事件の全貌が全て見えた……気がした。
まるで一瞬だけ目蓋に焼き付く稲光。
「誰に対して『アンフェア』なのか……決まってる。この場には俺しか居ない。だったら『俺に対して』しか有り得ない」
先刻まで考えていた事実を思考の棚から再度引きずり出す。
ピースは……少なくとも組み合わせれば全体像が見える所までは揃っている筈なんだ。
考えろ。考えろ。この事件の全貌を。アイツらは、何を何て言っていた!?
「不公平……公平ではない……嘘を吐くのはアンフェア……」
其処まで呟いて気付く。
「そうか……コイツはルールだ」
これがゲームならば。ゲームはルールの範囲でやらなければならない。だとすると、魔王其の他はルールを解説する側の人間なのだろう。
だからプレイヤー……俺に対して嘘を吐く事はゲームの存在其の物を脅(オビヤ)かしかねないから、出来ない。
そう、考えればアイツ等が嘘を吐けない事にも納得がいく。
そして、其処から出て来る解答は一つ。
「……奴らからもたらされる情報は全て問題文って事か」
詰まる所、これはクイズ。
「出題者があっちで回答者が俺。成る程な。少しばっかり読めてきたぜ」
此処まで考えれば必然、解答とやらが何を示唆しているのかも理解出来る。
「エンディングを自力で導き出せ……そう言ってるんだろうな、きっと」

さて、となると望み通りにしてやるのが「エンディング」への一本道なのだろう。
では早速、少しばかりでは有るが今回の事件を整理してみようと思う。





この事件の発端
・昨年の十二月
・古泉がハルヒにゲームを貸した事

この事件の目的
・ハルヒの初恋を新しい恋を提示する事で終わらせる
・十二月の俺の行動に関して俺自身が持っている罪悪感を罰をもって終わらせる(?)

この事件の性質
・ゲーム世界という形を取る
 →魔王に初恋の相手を充て、主人公に新しい恋の相手を充てた
  →初恋を二度目の恋で上書きする、という意味らしい
・世界改変ではなくどちらかと言うと閉鎖空間
 →その為、元の世界から呼ばれた俺達の様な人間以外は厳密には人ではない
  →しかし、俺達は此処で死ぬと現実でもきっちり死ぬ
   →俺達は死亡だけは避けなければいけない
・創られた世界である為、現実には存在しない人間(朝倉涼子)も存在する
 →実際には朝倉もこの世界の一部らしい
  →出現理由は俺の後悔

ゲームとしての側面
・魔王を倒せばエンディング
 →実際はそうではなく、ハルヒを充足させるか「元の世界に帰りたい」と思わせる必要が有るっぽい
  →しかし、明確な筋道が存在している事から魔王を倒す必要も有るのかも知れない
・メインシナリオが存在する
 →しかし、何も考えずにシナリオ通り冒険して魔王を倒せば良いというものでは無いっぽい
  →魔王側は何かにつけて俺に「何か」を伝えたがっている




「……だから、其の『何か』が分からないんだっつの」
溜め息を吐いてペンを置き、殴り書きされたメモに目を落とす。
しかし、こうやって整理してみて初めて分かる事は有るな。
「今回の事件は少なくとも二つの目的っつーか目論見っつーかが絡み合ってんのか」
そして、其れが全部「魔王討伐」に集約されているっぽい。
ん? って事は、だ。
「『俺への罰=魔王討伐』って事になるのか?」

……背筋にゾクリとしたモノが走り過ぎる。

『魔王の死がエンディングに深く関わってくる以上、死は避けられない可能性が極めて高い』
確か、長門がそんな事を言っていた。アレは何の話をしていた時だった?

魔王討伐=魔王殺害=俺への罰

……待て。一寸待ってくれ。
『好い加減気付いたら如何だ? お前は人類史上最悪の大量殺戮犯なんだよ』
頼む、そんなのは勘弁してくれ。
『之は全て仕組まれていた事の様な、そんな気がするんです』
そんな事って無いだろ!? こんなのが規定事項かよ!?
『回避は不可能だ。俺が死ぬか。お前が死ぬか。世界の行く末はこの時点で二つに絞られた』
……見落としていた。見ないようにしていた。考え違いしていた。
最初から其の可能性は話されていたじゃないか。なのに目を背けた。無意識に。意図的に。

『基本的な考え方は全て相似。しかし、ジョン=スミスの正体に関してのみ違う』
そう。考えれば。考えずとも。コレが一番単純な解答。
なんで気付かなかった。気付けなかった?

『ジョン=スミスが貴方の異時間同位体であった場合』

見て見ぬ振りをしてきた。頭の何処かでずっと気付いていた。
『一番大切な人を生かす為に、二番目に大切な人を手に掛けなければならない、となったとします。もしも貴方なら、如何しますか?』

真実は常に残酷。そして気付いた時には。

……全てが手遅れ。


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