ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友どっかーん 10-1
谷口「このタイミングでどっかーん最終回って、このシリーズ、死亡エンドなのか?」
国木田「谷口にしては中々鋭い指摘だなぁ。でも、『次は無い』ってキョンに言った僕としては、此処で終わって貰うと格好が付かないんだよね」
谷口「伏線もたんまり張ってあるしな」
国木田「作者の事だし、回収忘れとかしそうだけど」
谷口「俺は次の出番を忘れちまったぜ!」
国木田「生き方を忘れたの間違いじゃないのかい?」

「八柱について、僕が知っている限りをお教えします」
何時だったか、古泉に聞いた。
「彼等は一人一軍を率いる、魔族の将です。上から順に、『監視者』 『冥王』 『魔姫』 『星見』 『調整者』 『獣王』 『殉教者』 『愚王』の八名で構成されています」
苦虫を噛み潰したような顔で笑いながら。
「末席の谷口君でさえ、あの実力です。ので、三席の涼宮さんを引き合いに出すまでも無く、他の方々の実力も推して知るべしといった所でしょうか。正直、一対一で僕等に勝ち目が有るとはとても思えませんね」
古泉にもそろそろ分かってきたのだろう。今回ハルヒが俺達に課した規定事項がどれだけ厳しいのか。
「中でも注意すべきは……そうですね。キョン君個人にとっての一番の脅威と成りうるのは『獣王』でしょう」
八柱末席を前にして手も足も出なかった、其の事実に直面したんだ。仕方が無い事だとは思う。
「彼、ないし彼女と出遭った場合は脇目も振らずに逃げて下さい。ソレは貴方にとって間違い無く『天敵』です」
なぁ、ハルヒ。魔王退治ってお前は簡単に言うけどさ。

流石に今回は無茶振りにも程が有るんじゃないのか?


涼宮ハルヒの戦友どっかーん 最終章「ハートフルブレイバー」



八柱、第六席。獣王、阪中。
俺の前に現れた少女は、そう名乗った。

記憶を攫う。……元の世界の阪中はちょいと検索に時間が掛かる程度に影の薄い、引っ込み思案な奴だった筈だ。
今年の三月にコイツの飼い犬がちょいとした迷惑を引き起こしてなければ、今でも顔と名前が漸く一致するか如何かと言った程度の面識だったと思う。
薄情と言ってくれるな。元々、阪中とはあの一件まで殆ど会話らしい会話をしちゃいなかったんだ。
ま、其れ以降は坂中の果敢なアタックも有り、ハルヒの友達らしい友達、第一号と言っても過言では無いと思う。少なくとも傍から見る限りはそんな感じだ。
であればこそ、少女がこの場面、この役柄で出て来たのも実は其れほど驚くべき事でも無いのかも知れん。
何しろ、谷口や国木田、挙句の果てには岡部まで呼び出す始末だからな。
意識的にか無意識にか、そんな事は俺の知った事ではない。しかし、ハルヒが初めての同姓の友人を、同僚として配置した其の気持ちも少しばかり分からいではないさ。
俺としては知った顔が敵として出て来るのはやり辛いので、出来れば其の手の配置はご遠慮願いたいのだが。
そんな希望を聞き入れてくれるような神様であれば最初からこんな傍迷惑な世界など創ってないという話か。
全く、困ったものである。

「やれやれ」
肩を竦めて大きな溜息を一つ。
「そんな態度を取っていられるのも今の内なのね」
少女が俺をねめつけて言い放つ。嗚呼、お前にはこの嘆息が随分と余裕有り気に見えるかも分からないが、実は内心かなり参っているんだ。

「一寸、キョン。あんた、死んだわよ?」
背後からハルヒが呟いた。言いたい事は何と無く分かるが、早合点して勝手に人を殺さないでくれるか。今の所は未だ俺はこの通り、健康体だ。
不満なのは空っぽの胃袋ぐらいだな。
「如何してこの状況でそんな冗談を言えるのか、あんたの精神を疑わせて貰うわよ……。良い? 阪中さんはあたしより位階は下とは言え八柱の一人なんだからね?」
分かってる。先刻御本人様から名乗って頂いたからな。俺の耳だって飾り物じゃないんだぜ?
「分かってないじゃないの。八柱ってのは、魔族の中でも一軍を統括する権限を与えられた、最精鋭なんだから! あんたなんかじゃ逆立ちしたって勝てる相手じゃないのよ!?」
みたいだな。既にお前を含めて、其の八柱の内の四人(人?)に遭ってるから、実力の程は想像が付くさ。
「だったら! なんで逃げようとしないのよ!!」
「涼宮さんの言う通りなのね! ……勿論、逃がす心算は微塵も無いんだけど」
うーん……谷口やお前の戦闘時におけるスピードを知ってるから、逃げようとしても無駄だと俺は考える訳で。其れにな、ハルヒ。
「何よ?」

「お前は此処で俺に逃げて欲しいのか?」
俺はそう、自分に言い聞かせるように呟いて、獣王を名乗る少女に相対した。

「聞かせろ、阪中。お前も魔王に言われて俺の事を付け狙ってるクチなんだな?」
「なのね!」
なのね? ……肯定……だよな。ツッコまない。シリアスシーンだ。ツッコんだりはしてはいけない。ツッコんだら負けだと俺の中の何かが囁く。
「交渉の余地は無し、って事か」
「そうでもないのね!」
俺の問い掛けに対して間髪入れずに返答する阪中。って……あれ? コレって問答無用で戦闘に入る流れじゃないのか?
一応最終章なんですけど……戦闘回避→会話で終了って幕引きとして有りなんでしょうか?
「涼宮さんが何を望んでいるかは、最近の様子から其れとなく私も気付いていたから。……だからキョン君がソレを受理するなら少なくとも私は手を出さない。私は涼宮さんの同僚で友達だから」
そう言って阪中が腕を抱えて下を向く。其れは確かに、友人の幸せを思う少女が見せるであろう姿だった。
「受理……詰まり、コイツの使い魔だか僕だかになれって話か」
背後に居るハルヒを振り返る事無く、親指をもって阪中に対し指し示す。俺の仕草と言葉に満足そうに頷く少女。
「理解しているなら話は早いのね。キョン君が此処で取れる選択肢は二つだけ。詰まり従属か死か、なのね」
阪中の顔で、坂中の声で「死」とかって言葉が平然と出てくる事にはちょいと……いや、かなり違和感を覚えるな。
なんっつーか、現実と性格が違わないか? ……まぁ、魔族って奴にされちまった所為なんだろうけどな。思い返せば谷口も国木田も、ハルヒもそんな性格っつーか考え方してたし。
「如何なんだ、ハルヒ」
俺は背中越しに問いかける。
「お前としちゃ、この要求、如何思うよ?」
二回だったか三回だったか、其の辺はよく覚えてないが。兎に角、隷属の意思が無い事をきっちり伝えた俺みたいなのを、お前は未だ配下に欲しいと思ってるかい?
もし、お前が首を横に振るなら、そもそもの阪中の要求自体が成り立たないだろ。
「あたしは……あたしとしてはあんたが従属するってんなら拒む理由は無いわ」
そうかい。……お前が捻くれた回答をして、この場がご破算グダグダになるのを少し期待したんだけどな。
大体、俺なんか部下にしても使えねーぞ?
「後付で使えるようにすれば良いだけの話じゃない」
うーん、まぁ、確かにそう言われれば返す言葉も無いが。しかし、調教される趣味とかには未だ目覚めていない訳で、出来れば考え直して頂きたい次第だ。

「で、如何するの?」
阪中が問い掛ける。俺は二、三頭を振ってそして答えた。
「答えはNOだ。其れに選択肢は従属or死……其れだけじゃないよな。違うか?」
「意味が分からないのね」
うーん。こういう場面で三つ目の選択肢と言ったら一つしか無さそうなものなのだが。少年漫画とかは読まない方か、阪中?
「ニンゲンの稚拙な文化には興味無いから」
成る程ね。見事な悪魔っぷりだ、お前も。なんか原作ファンからぶっ叩かれそうな別キャラになっちまって、まぁ……。
本当に悪いな、阪中。そうなっちまった文句は、現実に帰ってからたっぷりとウチの団長様にしてやってくれ。
ま、お前は今回の事件についてこれっぽっちも覚えちゃいないだろうけどさ。其れでも……「友達」に構われるのには、どっかの素直じゃない神様だってそう悪い思いは覚えない筈だぜ?
根は優しいらしいからな、朝倉他曰く。

「なぁ、ハルヒ。改めて聞くぞ」
睨み付ける阪中から視線は逸らさず、俺は口を開いた。視線の先、あの内気な少女からは想像も出来ないプレッシャーが圧し掛かってきている中で、だ。
八柱とやらの称号は伊達じゃない、って訳かい。
「何?」
「お前、『諦める』って言葉は好きか?」
勿論、返答なんて分かり切っていた。この期に及んでも、其れでもお前は想像通りで。
なぁ、団長様よ。こっ恥ずかしい話だが、お前がお前であるだけで俺はなんか安心しちまえるらしい。勝算の無いこの反抗こそがお前も望む最良の選択肢なんだって、そう思えてきちまうのは、我ながら狂っちまったとしか思えないんだが。
しかし実際、思っちまうんだから手に負えなくって。こうなっちまったのは誰の所為なんだろうな。嗚呼、別にお前一人に責を負わす心算は無いさ。俺自身望んでこうなった節も……無くは無いからな。
だから今は只……只、お前に無様な所を見せない為だけに、俺は……。

……俺はどんな絶望的な相手とも戦ってやれるのさ。

「先刻の三つ目の選択肢、って如何いう意味なのね」
決まってるだろ。こんな時、物語の主人公はこれでもかと格好を付けて、きっとこう言うんだ。
「此処でお前を倒して先へ進む道さ」

口に出して、引き返せない道を征く。自分でも馬鹿だとは思ったが、其れでも。
自分の選択に後悔は、もう二度としたくない。

「残念なのね。涼宮さんが気に入る相手だから、もう少し賢いとばかり思っていたのね」
阪中が唇を噛む。悪いな。何度も罵倒されてる通りに、俺は馬鹿らしい。
「だったら! 此処で一思いに消してしまうのが友人としての勤めなのね!」
阪中が詠唱を始める。俺のものではない、息を呑む音が間近で聞こえた。言うまでも無く、ハルヒのものだ。
「手、出すなよな」
呟く。
「だ……誰が!」
「此処で手を出しそうな奴なんてお前以外に居るか?」
「なんであたしがあんたを助ける為に……あんたなんかこ、殺されちゃえば良いのよ!!」
ハルヒが「殺す」という言葉を使う時に躊躇いを持った事が少しだけ嬉しい。……ったく、一触即発の状況だって分かってんのかね、俺の脳味噌は。そんな悠長な事を考えている場合じゃないと思う訳だが。
「そうかい。……そうだな。でも、死ねそうにないぞ。憎まれっ子世に憚る、って言葉知ってるか?」
「はぁ? そんなんが自信の根拠な訳!?」
真逆……コレは所謂……強がりって奴だよ。
「兎に角、お前は其処で、見てろ」
「命令形!? あんた、何様の心算よ!?」
ハルヒが喚き散らす。ぎゃぁぎゃぁと煩い神様を首だけで振り返って、俺は言った。

「黙って見てろって。……『望み通り』勝ってやるから」


戦闘開始の合図。黒いウィンドウが展開されていく。ハートビートを否が応でも内から引きずり出すノリの良いハウスミュージックが頭を焦がす。
交渉の余地は阿呆にも自ら絶った。でも、此処まで言っておいて逃げ出すなんて格好悪過ぎて話にならないだろ。
だったら、さぁ、始めようじゃないか。
何時だって何処だって。相手が誰だって。どんな強敵だって。
絶望するよりも先に、希望を死に物狂いで探し出すのがSOS団の流儀だ。
希望を探す、其の姿勢こそが希望と呼ばれるものならば、絶望なんてきっと何処にも有りはしないのさ。そうだろ?

だって絶望ってのは希望が絶えた、って書くモンだ。

さぁ、踏み出せ。
さぁ、前を向け。
昔の人はこう言った。面白き、事も無き世を、面白く。
さぁ、クソガキの下らない意地を、虚勢を。

さぁ、全力で。どっかの我が侭な団長様に見せ付けろ!


阪中の口が高速で動く。呪文詠唱……ね。って事は阪中は魔術師の類か?
てっきり『獣王』なんて二つ名使ってるモンだから『ライカンスロープ(獣人)』とかだとばっかり思っていたのだが。
まぁ、良い。箱は開けねば中身は見えぬ。だったら俺としちゃ事前に考えていた通りの行動をするまでだ。
箱の中から出て来るのが厄災だろうが何だろうがそんな事は知った事じゃないね。大体、そいつの底には「希望」が残ってるってのがセオリーだ。
だったら其れを洩らす事無く手の内に掴み取れば良い。其の為なら出来る限りの……陳腐でもチンケでも策を弄しまくってやるさ。
「術式構成開始!」
杖を握り締める。今現在、覚えている呪文は空で言えるので、呪文選択画面はショートカットだ。命に関わるシロモノだったから、俺だって呪文の名前くらいは必死に覚えたんだよ。
備え有れば憂い無し。そう言うだろ? 事前に出来る準備はしておくに越した事は無いし、一瞬が戦闘の明暗を分けるって事はたっぷりの痛苦を伴って教えて頂いたんでね。

互いに呪文の詠唱が終わるまでは動きは無い。成る程、完全に魔術師同士の戦いだな。
コレが例えば魔法も使う戦士である場合は動作を伴わない、口頭詠唱のみで事足りる呪文を紡ぎつつ敵に突進していくだろう。相手が身を守る術を持たない俺みたいな魔術師ならば尚更にな。
しかし、其れをしてくる気配は阪中には無い。ふむ……『獣王』ってのは統括する軍に由来する呼び名だろうか。アイツ自身は手練の魔術師、って事かね。
そんな事を考えていた、俺の耳に阪中の詠唱が僅かながら届く。特徴的なのは数字の羅列が混ざっている事で……ん? 今のはもしかして緯度と経度からなる座標指定か?
空間関係の魔法が頭を掠める。マズい。ぼーっと突っ立ってたら確実に的だ。一瞬で殺られる!
気付くまでに一秒も掛からなかっただろう。しかし、遅かった。俺が移動を開始する前に阪中の事前詠唱が完成する!

「――我は呼ぶ。血の盟約は蝕む呪い。例え百度の輪廻を越えようと、不滅なる穢れた縁に従いて。
我が死は其が死。其が死は我が死。なればこそ、其は我のみを愛し我の敵を屠り我が為に死ぬが必定。
醜悪なる肉塊。世の全てより唾棄すべき其の身を、我のみが掻き抱こう。一で在りながら相にして、複にして個なる獣――」

阪中の周囲、膝丈程の草が紫の光に当てられて枯れ落ちていく。姿を見せたのは巨大な魔法陣。目算で良いなら半径は10mを下らない。俺の足元までは届いちゃいないが、そんな事よりも!!
「ちぃっ!?」
クソッタレ! ……完全に呪文を読み違えた!!
攻撃の為の呪文では、アレは決してない。もしもそうなら俺を範囲から外して魔法陣を創る訳が無いし、其の中に捕らえたとして逃げられるようなヘマをするとも思えない。
何より陣は阪中を中心としている事が決定打!
となると、だ。詠唱に座標を必要とした、其の理由は一つしか考えられないじゃないか!
つまり……阪中が唱えていたのは「何か」を呼び込む為の魔法。

召 喚 魔 法 。

漸く其処に思い至った時、阪中の魔法はほぼ完成していた。
慌てて術式を組み直す。対人用の呪文じゃ埒が明かない。そんだけの質量を伴ったイキモノを呼ぼうとしてるのは、陣の大きさから考えても明らかだ。
クソッ、気付いていれば小手先の術で詠唱を阻害する事も出来たかも知れないが、何を言った所で今更遅い。完全に後手に回らされた!
今から詠唱をやり直して、果たして間に合うか!?
「表情が引き攣っているけど、先刻までの余裕は何処へ行ったのね? 出来れば涼宮さん相手だけじゃなくって、私にも格好良い所を見せて欲しいな」
阪中がふ、と笑う。其の手首に自ら短剣を突き立てた。赤い、赤い滴りが地面に落ちる。
そして、ソイツの呪文は完成した。

「さぁ、来るのねっ、神の御業を嘲笑う継接(ツギハ)ぎの卑しき王ッ!!
――サモン=ヴァーバリアス(召喚の蛮名)ッッッ!!」

瞬間、地の底で稲光が疾った様な、唸り声が辺りに轟いた。

先ず目に付いたのは其れが持つ三つの頭だった。
逆立つ鬣(タテガミ)の獅子の頭を中心として禍々しい竜の頭を右に。騎乗槍(ランス)を隣に置いては其れが玩具にしか見えなくなるであろう鋭い角を持つ山羊の頭を左に据えて。
上半身は肉食獣の切り裂く爪を伴う身体を持ち。下半身は突進力と近付いたものを蹴り殺す大型草食獣を思わせる胴。
背に自分の巨躯を包み隠さんばかりの竜の翼を広げ、尻尾は其れだけでも十分に脅威といえる大きさの大蛇。
ドラゴンが幻想生物の頂点と言うのならば、悪夢の極致とでも言うのが正しいだろう姿をした其れはRPGの常連だ。
しかし俺の想像とは桁が違う。ガ○ダムとサ○コ所の比ではない。
何時ぞやのドラゴンもどきにも匹敵する大きさ(アニメでカマドウマの回を再視聴するのをオススメする)の其の生き物は敵……即ち俺を認めると出現した時と同様に、猛々しく吼えた。
其れだけで突風が巻き起こり、立っているのが若干辛い位だ。如何だろう。大きさが想像出来ただろうか。出来ないよな。俺も一寸現実逃避してる。
何だろう。中学の旅行で行った奈良の大仏を思い出しちまった。

俺は其れを見上げて呆気に取られていた。ポカンと開きっぱなしの口は全自動詠唱によって動いちゃいるが……え? 今からコレと戦うんですか、俺!?
マジですか!? 前言撤回利きません!? 一週間以内ならキャッチはクーリングオフ出来るんですよね、阪中さん!?
セールスじゃない? いや、喧嘩を「売って」るじゃないですか。って、上手い事言っても山田君が座布団持って助けに来てくれる訳も無い!

「如何なのね? 私の造った最高傑作『ルソー』は! 恐ろし過ぎて声も出ないのねっ!?」
るそー……るそーって……えっと……「ルソー」の事? お前の家の飼い犬の!?
いや、間違い無く犬じゃねぇだろ! 何処から如何見ても犬系の何かの片鱗すら見えねぇよ!! つか、帰れ!! 還らせろ!! チェンジ!!
頭痛くなってきた……何のジョークだ、コレ。
「大きさは竜をベースにして、竜よりも強く猛々しい、私の獣魔合成技術の粋を極めた過去最強の合成生物(キマイラ)なのねっ!」
えええええええええええええええええええええええ。
無いよ、無い。コレは流石に無い。原作無視にも程が有るだろ。
未だ名前さえ違えば何とかなったかも知れないが、ルソーって呼んじゃってるし、阪中。
「行くのねっ、ルソー! 魔王様の命を狙う愚か者を噛み砕くのねっ!」
だから、其れを其の名で呼ぶのは止めなさい!!
「一寸、キョン!」
あーっと……何だよ、ハルヒ。今、俺は前言撤回してお前に助けを求めようか半ば本気で思案してる最中なんだが。ジト目で睨むな。……多分、冗談だ。
「まぁ、あのサイズ見ちゃったら、そうなる気持ちは分からないではないけどね……」
だよなぁ。ま、一度あの手の手合は相手にしてるんで、多少は慣れちゃいるんだが……。其れにしたって一人でアレの相手はギャグでしか無いだろ。
其れも踏み潰されて「ぷちっ→終了」な類のだ。このSSでの俺の扱いが悪いのにはもう慣れまくって河豚でさえ毒が抜ける感じだが……勘弁してくれー。
「そんなキョンに朗報よ。実は阪中さん本人の戦闘能力は大した事無いわ」
へ? そうなの? 正直、俺は二人を相手にするんだと思ってかなーり悲観にくれてただけに……一方は凄く……大きい、しな。
「冗談を言う余裕は有るみたいね。だけど」
だけど? なんですか、なんなんですか、其の含みは?

「アレ、攻撃魔法の一切が効かないわよ?」

攻撃魔法が効かない×魔法以外の攻撃手段を持ち合わせていない俺
= ……手詰まりじゃねぇかorz

『彼、ないし彼女と出遭った場合は脇目も振らずに逃げて下さい。ソレは貴方にとって間違い無く『天敵』です』
そう言えば古泉がそんな事を言っていた気がする……再三言わせて頂くが、思い出すの遅過ぎるだろ、俺。痴呆か!!



さて、一頻り叫んだ所で我に返ってみると、だ。此処で幾ら自虐を並べ立てようと状況が好転しない事なんざ誰の目にも明らかである訳で。
とは言ってもハルヒの奴に助力を乞うのも今更感が否めず、底知れず落ちていく谷口の外聞の如く格好が付かないにも程が有ろうと言うものだ。
生死の境で格好を気にするなんて暢気な事言ってる場合かなどと仰られるかも知れないが、しかし「手を出すなよ」と言ってしまった矢先である。そんな手の平を亜光速で返す様な真似を、果たしてハルヒが受け入れてくれるだろうかと考えてみれば答えは確実に否。
例えハルヒでなくとも……仮に俺がハルヒの立場であっても、そんな恥知らずな変わり身にはブーイングをするであろう。うん。だからしてこの考えは却下せざるを得ない。
勿論、一目散に逃走を試みるのも一手ではあろうが、しかしこの大きさの獣を相手にお世辞にも運動神経が良いとは言えない俺なんかが逃げ切れよう筈も無い。野球大会の時の見事な三振を思い出して頂ければ、俺に其の手の才能を求めるだけ無駄だと理解出来る筈だ。
となると俺としては溜息を吐くしかない。幸い屋外だった為にどれだけ溜息を吐いても浪費する酸素には困らなそうだった。
やれやれ。

気取らなくても格好が付いているのが大人だと考えるし、俺もいずれはそうなりたいモノである。がしかし、残念な事にと言うべきか俺は未だ未だ子供の枠を抜け出てはいない。
だから、格好を自覚して付けるしかないんだ。嗚呼、馬鹿をやっているなんて事は指摘されるまでも無く理解しているし、其れが格好悪いなんてのも先刻ご承知の助さ。
でも、此処で退くのは無しだろ。如何考えても。そう、俺の心が叫ぶのだから心底困ったもので。
俺は「子供だから」という言葉を言い訳に、理性の留め金を忘れてこの場は感情に素直に従う事にしておいた。男にはやらねばならない時が有る。誰が言ったかは知らんが、多分、其れが今なのだと俺は考える訳で。
此処でやらなきゃ男が廃る、って言葉も有るな。男って生き物は尻尾を巻いて逃げ出す事を最初から許されてはいないらしいぜ? 聞いてるか、谷口?
……どうせやるなら、格好付けなきゃ損だろ。端(ハナ)から損な役回りだけどな。
しかし、其れでも矢張り「仕方が無い」んだ。之もハルヒと関わった奴の規定事項なのだろう。今頃、長門達は長門達で色々と厄介な問題へと俺同様にぶち当たっているのだと想像して自分を慰める。
さて、此処までグダグダと考えはしたが、其れでも矢張りと言うべきか、攻撃魔法が通じない様な魔獣を相手に果たして如何やって戦おうかと言う疑問は残る。
全く考え付かないが、しかし其の事実に反して退く気が微塵も浮かび上がってこないのは我ながら如何したもんだろうね、全く。

ハルヒ。この感情もお前の仕業か?……なーんてな。

獣の王を其の名に冠して尚、其処に何の疑問も抱かせない圧倒的な存在感を誇る幻想生物を従えて、少女が俺に問い掛ける。
「ねぇ、ルソーを目の当たりにしても未だ先刻と同じ事が言える? 今なら未だ許してあげるから。彼女の友人としてお願いもする。涼宮さんの下に付いて欲しいのね」
俺は首を振った。呪文の事前詠唱が終わるのを待って、口を開く。
「二度も決まりきった事を聞くなって」
阪中が首を傾げた。俺の態度に不審を抱く、其の気持ちは分からないでもないさ。でも、俺は幸か不幸かお前よりも涼宮ハルヒって稀代の変人の事を良く知っている。
今のアイツは確かに俺を部下にしたがってるんだろうよ。其れは認めてやる。しかし、だ。
本来のアイツなら如何考えるかね。どんな状況であれ、こんな状況であったとしても、諦める事を良しとするとは俺にはとても思えない。
大体、そんな事をしてみろ。現実に帰った時に言われも無い怒りをぶつけられかねない。でもって、ぶつけられるのは他でもない俺なんだよ。そうだろ?
其処まで考えればアイツが俺に望んでいる対応なんて一つしかないじゃないか。そして、この世界における脚本、演出は超監督の腕章を巻いた涼宮ハルヒに因るモノとまで来ている。
もう、疑う余地なんて無いだろう?

さて、と。いい加減長々と語るのも飽きたし。そろそろ始めようぜ、阪中。
「時間が押してるからな。中ボス相手で手間取ってる暇は悪いが無い」
今日中に勇者を探し出さなきゃ死んじまうって、お前がそんな俺の事情を知っているか如何かなんざは知る由も無いが、まぁ、そういう事だ。
「ちゅ……中ボスって!?」
少女が目に見えて狼狽える。罵倒される事に慣れていないのだろう。其のわたわた振りは朝比奈さんに通じる所も有り、見ている分には若干面白い。
「中ボスだろ。こちとら魔王を相手にしようとしてるんだからな。だったらそんなデカいだけの獣なんか中ボス扱いでもお釣りが来る位だと思うぜ。
攻撃魔法が効かない、っつっても特徴らしい特徴なんざそんだけじゃねぇか。そんなんが宇宙的未来的超能力的事件に対して百戦錬磨の俺を相手にしよう……なんて冒険は」
身に降り注ぐ殺気をはっきりと感じたが、そんな中でも薄く微笑みを浮かべちまってるのは成長だろうか。

「一万年と二千年早い」

八千年過ぎた位で漸く同じステージの端と端、って所だろ。続けて吐き捨てた俺の挑発に、間を置かずして阪中が切れたのは……確認するまでも無かった訳だが。

「馬鹿にするのも大概にして! ルソー、話は決裂したのね。やっちゃいなさい。目の前に在るのは――貴方の餌よ! 踏み潰しなさい!!」
少女の号令に応えて三つ首の獣が駆け出す。狙いは勿論、俺。って、之は言うまでも無いか。此処でハルヒに飛び掛ったりしたら爆笑モノだが、見た目に反して躾は行き届いているらしい。
其れとも自分よりも強い相手には野性の本能故飛び掛れないのか。いや、まぁいい。冗談を言ってみた所で誰が乗ってくれるでもないしな。つまらん。
さて、攻撃魔法が通用しないとは散々言った通りであるが、試した訳ではない。が、試してみようとも思わなければ、試してみる余裕も無い。生憎、俺はそんなに甲斐性の有る方ではないし、勇敢と蛮勇を履き違える輩でも無い訳で。
何が言いたいかと言うとだ。
前評判に反して攻撃魔法が効いた場合は何の問題も無いさ。俺が「異議有り!」とか言いながら人差し指を全力展開するだけの話で終わる。嗚呼、「異議有り」が場に不適切なのは理解してるから其処はほっとけ。
しかし、実際効かなかったら之はもう笑い事でも何でも無くなってしまうのは小学生であってもご理解頂ける所だと思う。
突進→魔法無効→迎撃呪文を再度詠唱する時間なんてのは当然無い訳で→ぷちっ☆ のコンボが問答無用で成立する。俺としてはそんな危ない橋は幾ら積まれようと御免被る訳で。
命有っての物種って言葉が此処までピッタリ来る状況もそうそう無いだろう。まぁ、入るのは経験値ばかりでゴールドなんて皆無。且つ、現実には持って帰る事なんて出来ないだろうから完全に骨折り損の何とやら。
いや、現実的に何も得る事が出来ないとかそんな話はさて置いておくべきだろう、此処では。
タンクローリー二台を隣り合わせて並べても尚足りない圧倒的な質量が差し迫っているというのに、何を暢気に下らない事を延々と考えているのだろうか、俺は。能天気にも程が有る。いや、マジで。

現実逃避と言ってしまえば、ハイ、其れまでよ。しかし、簡単に世を儚んでしまえる程に鬱屈している心算は無い訳で。どちらかと言うと最期まで足掻いて死ぬ方だと冷静に自己分析させて貰おう。

……そう。俺はこの期に及んで冷静だった。決してトチ狂っているわけでもなく。キマイラと自分との縮んでいく距離を慎重に目算している。
悠長に構えているのは、明け透けに言ってしまえば対抗策に気付いたからだった。何時かも言ったが敢えて繰り返させて貰うと、人間とは現金な生き物なんだよ。だからして俺がこんな風に泰然と構えるのもむべなるかな。
対抗策、ってーのはちょいと頭を捻ればすぐに分かる事だった。大体、ハルヒの奴がこの世界での脚本、演出を任されているのだから、果たしてアイツが何の抵抗も出来ない惨殺物語を好むと思うかい?
其れこそ有り得ない仮定だ。
ならば。俺には対抗策が残されていると考えて何の問題も無い。そう、何時だってアイツの出題は「気付くか如何か」に集約される、って良い例だ。
なぁ、ハルヒ。そういう事だよな。
だから、お前は俺単体でも抵抗の余地の有る阪中を、この場面での相手に選んだんだろ?

『だって、そっちの方が面白いじゃない!!』

そうだよな。役者である俺はちっとも面白くないが。けれど今回もお前の持つ「面白い物に際限無く誘われる習性」に救われたと言えなくも無いか。元々火種を蒔いたのもお前だから感謝はしないが。
まぁ、いい。恨み言を言う気は今更無いさ。そんなモンは去年のサンタスティックな時期に全部捨てちまった。だから。
今回も例に漏れず、其のふざけた妄想を――

――ぶ ち 壊 す だ け だ ! !

さて、思索に耽り過ぎた為に之が戦闘中だと言う事を作者が忘れたのではないかと心配になってきた方も居るだろう。だが、如何か安心して頂きたい。俺の視界では唸り声をあげるゲテモノが辺りの草を踏み散らし砂煙を伴って迫ってきている真っ最中だ。
……ま、俺はちっとも安心出来ない訳だが。
ともあれ十分に引き付けた。十分過ぎるかも知らん。覚悟を決めるのはもう、この辺で良いだろう。俺は先端を正面に向けて銀色の杖を振り翳す。
さぁ、始めるぜ! 弱者の戦い、って奴を!!

「ヒトノハ=ナ=シヲキケ!」

ギシリ、と書き文字が宙に書き殴られていてもオカしくない程に空気が、否、空間が歪むのが俺の眼にもはっきりと分かった。真夏の陽炎の様に揺らぐのは、巨獣の周囲を包み込む様に発生した力場の所為だ。
獣王の野太い四本の脚が地に埋まり、スノーモービルが新雪の上を走った後の様に地面が抉れていく。其れは有り余る推進力に対しての強引なブレーキとなった。
思惑通り。いや、思惑以上だな。此処まで上手く策に引っ掛かってくれるとは思わなかった。俺は移動を開始する。
「重力操作魔法!?」
正解だ、阪中。之は単なる加重呪文。ゲーム本来の姿は相手のスピードを奪って攻撃命中率及び回避率を下げる「補助魔法」。
だが、生憎と之はゲームじゃないんだ。だとすれば、速度低下の魔術はどんな形を取るのか。不自然でなく相手の動きを阻害する手段とはどんなモノを指すと思うよ?
今、正に俺の目の前で起こっている、其れが答えだ。
「攻撃魔法は効かない。そういう謳い文句だったな。なら、補助魔法は如何なるんだろうな?」
考えるまでも無い。「魔法全般が無効」ならば、そもそもの阪中の召喚術式に応じる事も出来やしなかった筈だからな。で、あるならば。
「今のソイツの身体には自重の三倍の重力が掛かってる。例えるなら俺が百kg超の荷物を持って暴れ回るようなモンだ! おいそれと動けると思うな!!」
「そ……其れが如何したのね! 獣の王と称されるルソーの身体能力を舐めないで欲しいのね!」
少女が悔し気にそう言った通り。ルソーはと言うと、唐突に自身に科された重量に数秒戸惑ってはいたものの、既にのそのそと動き出し始めている。身体を状況に慣らしている――そんな感じか。
あの重量で有れば脚が地面に埋まって動けなくなるかも知れない等と期待したし、実際其れは成功したように見えた。が、しかし浅かったらしい。一々埋まる四足を強引に地中より引き抜いて巨獣が俺に突進を再開する。
「スピードこそ先刻程じゃないけど、避けられる大きさじゃないのね! 其れに二度目の詠唱をさせる暇は与えない。私達の勝ちなのね!!」
そう。少女が叫んだ通り。あの体積を俺に避ける術は無い。
「未だ分かっちゃいないのか、阪中?」
「何が……え?」
阪中が目を見張る。其の視線の先……俺の杖先は緑光を湛えていた。
「な……なんで!? なんでなんで!? なんでなの!?」
「一寸早いがお前らの敗因を教えてやろうか!」
獣の周囲を回り込むように疾走しながら、俺は叫ぶ。
「一つ目。俺の相手をするだけにしてはソイツは大き過ぎた。そうさ! 一寸した補助魔法が十分な効果を発揮する程度には、な。地面が陥没するような重量じゃなきゃ動きが止まる事は無かったし、脚の遅い俺なんか簡単にとっ捕まってた!」
単純な加重呪文が本来の実力を超えて機能する質量をソレが持っていた事が一点。
「二つ目。俺の相手をするにはソイツは阿呆過ぎた。本能の塊と言い換えても良いな。散々艱難辛苦を舐めてきた俺とは場数が違う!」
其の弱点に目を付けられた事が次点。
ソイツは咄嗟の事態に対応出来なかった。突進を止められた時点でも十分攻撃出来る距離に俺は居たんだ。呆けていないでブレスでも吐けば良いものを。野蛮なる王はみすみす見逃した。
阪中の「踏み潰せ」と言う命令に従順過ぎて他の攻撃行動に頭を回さなかった。躾が行き届き過ぎてたな。お前は俺を倒せる唯一にして無二のチャンスを捨てたんだ。
「三つ目。敵……即ち俺の手の内を知らなかった事だ!」
杖を掲げる。詠唱はとっくのとうに終わっていた。

「ヒトノハ=ナ=シヲキケ!!」

俺の呼び掛けに応じて追加された重圧は、獣王を地に這い蹲らせるに十分な効果を持っていた。

「一体、如何いう事なのね!? 追加詠唱をする暇なんか無かった筈!」
少女が本日二度目の狼狽……いや、通り越して恐怖と言っても良いかも知れない。そんな表情で叫ぶ。
「之で其の身に掛かる重量は元の五倍。幾らソイツが特別製とは言え流石に動くのもシンドいだろ。其れ以前に、脚引っこ抜くのも最早厳しいんじゃねぇか?」
見上げた合成獣の四足は、半分近くまで地に埋もれていた。懸命に引き抜いて一歩動くが、其の度に又、脚が深く沈み込む。
其れを見ていると地面がどろどろになってしまったかの様に此方まで錯覚してしまいそうだ。
「二重詠唱(デュアルキャスト)……何時の間にそんなモン習得してたの、アンタ?」
ハルヒが呟く。俺は頷いた。
「二枚舌、って俺は呼んでるけどな。便利なモンだよ、経験値制ってのは。実感は無いが、勝手に色々成長して、色々出来るようになっちまう」
二重詠唱。読んで字の如く一度に二つの呪文を使用する事が可能な便利スキルだ。嗚呼、赤魔導師に転職した覚えは無いぞ。
レベルアップに伴う能力上昇を古泉に言われるまま成長させていったら四レベル位前に覚えたモノだった。此処でアイツを誉めるのも如何かと思うが、其のお陰で助かったので一応感謝はしておく。
「そう。俺達は成長するんだよ。日進月歩の速さでな。何時までも弱い侭だと思い込んだ……否、違うな。阪中とは今日が初顔合わせだから……人間なんて弱くて当然と思い込んでいた、って所か。ソイツが判断を鈍らせた。油断を生んだんだ!」
「ほ……補助魔法の重ね掛け位なんだって言うのね! 其の程度でウチのルソーを……」
「嗚呼、勿論お前の解除呪文は考慮の上だ。やってみろよ。其の斜め上を行ってやる。……言っただろ、場数が違う、ってな」
実際には阪中に解除呪文を唱えられた場合の対処法は余り考えてはいないのだが、顔には出さない。なるべく阪中の意識を此方に向けさせる事に集中する。今のルソーは然程(サホド)脅威じゃないからな。
ならば、この時間を長引かせて出来る限り疲労を蓄積させる。其れが肝要だと俺は判断した。自重の五倍の重力をぶち込まれてノーダメージなんて事有る筈が無い。そんなんはレティクル座に行って機械の身体を貰ってきていない限り不可能だ。
補助魔法だって、使い方次第で攻撃魔法以上の攻撃手段へと変貌する。何時ぞやスケアクロウに言われた言葉を思い出した。
『君にだってあれだけの事が出来るのさ』
成る程。あの台詞は今回への前振りか。分かり難いぞ、ささ……スケアクロウ。

そんな事を考えながら阪中を睨み付ける。少女の眼に先刻までの息詰まるような殺気は乗らない。其処に有るのは本来の世界において飼い犬の危機に少女が見せた、あの気弱さだった。
之は……勝ったか? 諦めモードの阪中を見てそう考えるのも無理からぬ事では無いだろうか。ま、とは言っても油断は禁物だ。
キマイラが主人のピンチに際して突然此方に向き直り攻撃(身体を動かすのは難しいので首だけ動かしてブレスが唯一の手段だろう)を仕掛けてくるのも、考えにくい話では有るものの有り得ない話では無いからな。
俺は三つ首を視界の隅に常に見張っておける位置を確保しながら、少女に近付いて行く。
「相手が悪かったな、阪中」
ニヤリと笑って見せてやった。演技だが、少女が乗ってきて口論に発展すれば時間が稼げる。時間が稼げれば、其れだけ重圧に苛まれるルソーのダメージは蓄積するだろう。そう考えた上での嘲笑だった。
多少引き攣ってはいたかも知れないが、エスパー野郎みたいな器用な表情筋は持っていないので之ばっかりは無い物強請りだろう。


←back next→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!