ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友どっかーん 6
なぁ、世界って奴は慈悲深いと思うか?
「お前の見た侭の世界が其の問いに対する答えだろうよ?」
なぁ、神様って奴は慈悲深いと思うか?
「お前の見た侭の世界が其の問いに対する答えだろうよ?」
なぁ、未来って奴は慈悲深いと思うか?
「悪いな。其の答えだけは持ってる。ソイツはノーだ」
何故だ?
「未来ってのは過去の所業が其の侭返って来るからだろ? そんな事ぐらい分かってる筈だけどな」

そんな話を俺とする事になるのは、もう少し先の話。

どっかーん第六章「If you stand, I will stand by you」

船内は上へ下への大騒ぎになっていた。無論「キョン」なる乗客を探す為である。って他人事みたいに言ってみたは良いが、つまり彼等は総出で俺を探しているのであり。
「本名を乗客名簿に書いておいて正解でしたね」
「何処の世界に渾名を名簿に書き込む馬鹿が居るんだよ」
「長門さんは律義に『にゃがと』と書き込んでいましたが」
「一緒にするな」
と、こういう訳で客室乗務員による「俺」の捜索は難航していた。やれやれだ。
ま、彼等も必死なのだろう。俺が見つからなかったら、国木田曰く「努力不足」って事で、最低限を残して乗組員皆殺しだそうな。
また、効果的な脅し文句を持って来たものである。奴等が人を殺す事を屁とも思っていない、其の事は先の十数人に及ぶ犠牲者が何より雄弁に語っていた訳で。

……ところで先程「船内」と行ったが、実際は鳥の背やら腹やらにくくり付けられた籠? 的な物の中であり……鳥内と言うのも違うだろうしなぁ。
大体「鳥内」なんて飲み込まれているみたいじゃないか。悪いがそんなんはピノキオとゼペット爺さんの役割で。
折角ファンタジー世界に飛ばされた訳なのだが、俺は謹んで御遠慮させて頂こう。
で、だ。こういう場合はなんて表現するべきなんだろうね?
……そんなんはどーでもいいか。
話を戻そう。

「まぁ、乗客には手を出さないらしいですから、放っておいても良いんじゃないですか?」
そう言う古泉は無人のバーカウンターを我が物として陣取ってシェイカーを振っている。この場の本来の主は既に避難か俺を探しに行ったのだろう。
「長門さんや朝比奈さん達に手を出したりはしないでしょうから、静観を決め込むのが一番賢いかと」
非常事態を良い事にカウンターを勝手に使わせて頂いているが、良い訳は無い。しかしまぁ、誰に咎められる訳で無いのもまた、事実である。
俺達以外にとっては、そんな下らない事に構っていられない非常事態なのだから。
「此処まで他人事って言うのもどういうモンかと思うがね……」
「お気持ちは分かります。しかし、僕達に出来る事は有りませんよ」
古泉の言う事は正論だった。どうしようもなく、正しかった。
不甲斐無さに、歯軋りをしている自分に気付く。
「そう、深刻そうな顔をしないで下さい。どうですか、一杯?」
全く、こんな時にまで酒かよ。しかし、バーテンダーの真似事をやらせても様になる超能力者だ。
「……俺が名乗り出なかった結果、どれだけの乗務員が犠牲になるかは分からんけどな」
「僕達の知った事ではありません」
古泉は俺の前に青の透き通ったカクテルを差し出した。
「そうでしょう?」
俺は差し出された物を一気に呷る。何を飲んでも味なんてしなかった。否、血の味がする様でならなかった。
きっと、苦々しい顔をしていたのだろう。俺に向かって古泉がもう一杯、酒を出す。
「気に病むのは分かります。しかし、けっして貴方の所為ではありません」
古泉が無理に作ったと鈍い俺にも一目で分かる微笑を浮かべて言った。

大虐殺までのタイムリミットは、もう半時も残されてはいなかった。

俺達二人の周りでだけ時間がゆっくり回る。まるで壁で遮断されているように。
見回せば、其処は騒乱の二文字で言い表せる状況が展開されていたりするのだが。不安と絶望が船内を埋め尽くしている。
けれど、俺は逃避する様に古泉が黙って差し出し続ける酒に溺れた。
背後を必死の形相で走り抜ける、女性乗務員も見て見ぬ振りをして。
何時から俺はこんなに臆病者になっちまったんだろうな。……嗚呼、最初からか?

気が付けば、臆病者だった。そんな自分に嫌気が差す。

少女達を危険な目に遭わせない為、なんて都合の良い言い訳を隠れ蓑にして。俺は苛立ちながらも、だけど心の何処かで少なからず安堵しちまってたんだ。
助けを求める声に必死に耳を塞いで。
……最低だろ?

「へぇ、こんな状況でお酒を嗜んでられるなんて、。僕は人を見誤ったかな?」
背後から声がした。
「僕の知っている君はね。そんな人じゃなかった筈だ。そうやって、何もかも納得した振りをして、自分を騙している様な生き方は君には似合わない」
背中越しに語り掛けられる事を懐かしいと思ったのは、何故だろうか?
酩酊した頭で俺は振り向く。其処には幽霊の様に半透明の女が立っていた。
「そんな格好は大人になってから幾らでも出来るだろう。違うかい?」
立体映像とでも表現するのが一番的確だろうか。所々、歪むソイツの姿。特に顔辺りのノイズが酷い。声も伸び切ったビデオテープみたいに壊れていて。知っている奴なのか、知らない奴なのかもさっぱり分からない。
判別出来るのは辛うじて性別ぐらいのもので。映像の奥に行き交う人が見える。
女は続けて言った。
「其れにね。こんな時、君は必ず立ち上がるんだ。如何足掻いても敵わない相手だとと分かっていても。其れでも立ち上がって、叫ぶんだ。馬鹿野郎って。ふざけんなよ、って」
俺以外の誰もコイツに気付いていない事を、其の時は不自然には思わなかった。

「あまり僕を失望させてくれるなよ、親友」
彼女はそう言って俺に笑いかけ、大量のノイズに消えた。
くっくっくっという、特徴的な笑い声だけを耳に残して。まるで白昼夢の様だった。

「唐突に背後を見てぼーっとしたりして、どうしたんですか?」
古泉が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「唐突にってお前……今のが見えなかったのか?」
「……何の事でしょう?」
古泉の様子にとぼけている様な箇所は見受けられない。成る程。先刻の映像と音声は俺にのみ向けられた代物か。魔法が当然と存在する世界だから、まぁ有り得ない話じゃないな。
「ったく、其れにしてもやってくれるぜ……」
「先刻から、何の話ですか?」
「いや。忘れてたんだよな。俺ってば馬鹿だった、って事をさ。指摘されるまで、さらっと忘れてた。……馬鹿が賢い振りするなんてのは、やっぱどっかで襤褸が出るんだよ、うん」
俺の独白に古泉が狼狽する。
「ど、どうしたんですか!? そんなに沢山飲まれた訳でもありませんよね? 僕も最初以外はアルコール分を控えめにしていた筈ですし……」
酔った訳じゃねぇよ。いや、少しばかり頭は酩酊してるけどな。其れでも真昼間から幻覚を見たりはしねぇ。
「ただ、ちょっと説教をされただけだ。幽霊にな」
「……幽霊、ですか?」
ああ。ま、死んでるって訳じゃないだろうから、妖精と言い換えても良いが。
「そんな訳だで、だ。古泉、客室に戻ってろ」
「何が『そんな訳』なのかさっぱり分かりません! 何を考えているんです!」
古泉がバーカウンターから身を乗り出す。
「やらなきゃならん事が出来た」
優男が俺の服の襟首を掴む。俺と古泉の目が合う。俺の目から何かを感じ取ったのだろう。優男が叫んだ。
「彼等の前に出て行くつもりですか! 止めて下さい!」
しかし、俺は其れを振り払う。そして呟いた。
「あんまり、賢いのも考え物だよな、古泉。すっかり忘れそうになってたよ」
俺は笑った。あんまりにも自分が幼過ぎて、自嘲気味に笑った。

「俺は、子供の頃、正義の味方になりたかったんだ」

俺の言葉に超能力者が眼を見開いた。数十秒の沈黙の後、ソイツは呟いた。
「僕もですよ」
肩をすかして、苦笑する古泉。落胆したような、しかし何処か清々しい笑顔で。
「なら、分かんだろ?」
俺の問い掛けに、少年が俯いた。
「ええ。貴方が僕達を置いていこうとしているのも含めて、ですが」
分かってはいたがコイツは勘が鋭い。煙に巻いて引き離すとかは出来そうに無いな。ならば、素直に言うしか有るまい。
「嗚呼。お前の考えてる通りだよ。古泉……皆を頼むな」
皆を頼む。なんて自分勝手な言葉だろうか。だが、正義の味方ってのはそういうモンだから俺もこの際形式に則らせて貰おうと思う。
「言っても詮無い事だとは分かっています。しかし……」
古泉が俺の服の袖を掴んで、俯けた顔を上げる。其の表情はかくれんぼで上手く隠れたは良いが、見つけて貰えないで皆が帰ってしまったら如何しようと怯える子供の様で。
「やっぱり僕は一緒に連れて行ってはくれないのですか?」
死地へ赴くならば共に。そんな古泉の気持ちは、痛いほど分かった。
だけど、コイツを巻き込む訳にはいかない。俺は意志を固めると古泉が握っている服の裾を引っ張った。離れる握り拳。
「奴等の狙いは俺一人だ。無関係なお前なんか気分次第ですぐ殺されるぜ? 其れにお前まで居なくなったら残された長門達は如何なる?」
古泉はがっくりと肩を落とした。
「ですよね……分かりました。……分かりましたが、一言だけ」
古泉は微笑んだ。俺の為に、思惑とかそんなのを抜きにして俺だけの為に、ソイツは笑顔を作った。
「之でお別れとか、そういうのは無しですよ? 格好良く出て行くんですから、颯爽と帰ってきて下さい」
其の面は今にも泣きそうではあったけれど、しかしハルヒに負けないくらい晴れ晴れとしていた。古泉、お前にそんなツラは似合わないぜ?

「中々、難しいリクエストだが、分かったよ」
「では、何か有った場合は次の街の宿で帰りをお待ちしています」
「おう」
古泉がカウンターを離れる。そして、一度振り向いた。
「貴方なら、きっと全てを上手くやってくれる。コレは確信です。どうか裏切らないで下さい」

「出会ってからずっと、貴方は僕のヒーローなんですから」

最後まで一々台詞が臭い奴だな。もっとさっぱり別れる事は出来んのか。
芝居が素になってきてるって何時かの言葉も案外嘘じゃないのかも知れん。
……やれやれだ。

古泉が客室へと走り去ったのを見届けて溜息を一つ吐く。ソイツは決して嫌な溜息じゃなかった。これから死ぬかも知れない、ってのになんだろうな。
俺の心はやけにすっきりとしていたんだ、ってんだから人間とは不思議なもので。
護岸の憂いは断った。アイツなら後は上手くやってくれるだろう。なら、こっから先は俺のターンだ。
古泉なんかに負けてられるか。さぁ、上手くやれよ、俺。
先刻からバタバタと船内を走っていた女性添乗員が目の前で派手にすっ転ぶ。慌てて起き上がろうとする彼女に手を差し伸べながら、俺は言った。
「この船の責任者の方に会いたいのですが……艦橋に案内して貰えませんかね?」
「えっと、お怒りは分かりますが、艦長は現在一般乗客の方と面会をしていられるような……」
「いえ、クレームとかじゃないんですよ」
俺はなるべく平静を装って、彼女に呟いた。成る程、俺なんかの作り笑顔でも多少は効果が有るらしい。

「初めまして。お探しの『キョン』です」
俺の言葉に女性がウル○ラマンを見る様な眼をしたのが、面白かった。

さぁ、ヒーローならヒーローらしく。戦いを始めようじゃないか。
其れが何処を如何探しても勝ち目が見当たらない戦いだとしても。
其れでも俺はヒーローになっちまったらしいからな。

「時間が有りません。この鳥……船ですか? 其れの見取り図を見せて下さい!」
艦橋に通された俺は自己紹介もそこそこに艦長へとそう言った。
「何をする気だい!?」
分かりません。俺は正直に言う。髭面に大柄な体を制服へと無理やり押し込んだ様な艦長が呆れ顔になった。
「分からないって!?」
「はい」
「なら、見取り図なんて何に使う気なんだね!?」
「手立てが見つからないから情報が欲しいんですよ。どんな細かな事でも良い。少なくとも何の事前情報を持たずに奴等の前に立つよりはマシな筈ですから」
俺は手渡された見取り図をテーブルに広げながら答える。
「成る程、其れで見取り図を……」
ぶつぶつと呟く艦長他乗組員達を俺は敢えて無視した。前述の通り時間が無い。一刻一秒が惜しい。
「しかしだね。君が出て行く必要は無いんだよ、キョン君。我々の仕事は乗客を無事に目的地へと送り届ける事であって、このような事態であっても其れは変わらない」
見取り図を撫で擦ってコイツの構造を必死に頭に叩き込み続ける俺に艦長が話し掛ける。
「君が責任を感じる事ではないんだ。コレは我々の問題なのだから」
「お言葉は有り難いんですけどね」
俺はチラリと彼を一瞥すると、また視線を紙の上に戻した。
「気が散るから黙っていてくれませんか?」
にべも無い俺の台詞に艦長が押し黙る。全く、この若造は何を言っているんだろうね。自分の事ながら呆れてしまう。
折角、匿ってくれるって言ってくれてんのに。何で自分から死にに行こうとするんだよ、俺は。
でも……でも、さ。
「取り柄も何も無いこんな俺を、アイツはヒーローだって言ってくれたんだよ」
そうだ。俺をヒーローだと言ってくれた奴が居る。
自分を偽って生きるのは似合わない、って親切にそう教えてくれた奴も居る。
なら、出来損ないのヒーローとしちゃ足掻けるだけ足掻いて見せるまでだ。そうだろ?
「貴方達の仕事が乗客を守る事なのは知っています。この状況で俺を匿おうとするなんて凄いと思いますし、尊敬もします」
顔を上げ、俺に注視している艦橋中の乗務員に向かって言葉を紡ぐ。
「そんな凄い貴方達の覚悟を前にして。此処に居る生意気なクソガキも格好を付けたくなっちまったんです。格好悪く生きるよりも、胸張って死んでやりたいんですよ。
だから俺は『空の守り手』の守り手になろうと思った。……以上です。分かったら俺に仕事をさせて下さい」

数瞬の沈黙。そして艦橋の壁が歓声に震えた。
なんだ? 俺、そんな凄ぇ事言った心算無いぞ? どっちかっつーとみっともない事この上無い台詞だった筈なんだが……。
しかし其の場で一人、首を捻るのは俺ばかりだった。……大人ってのは訳が分からん。

風吹き荒ぶ展望台にはかつて人だった物以外には谷口と国木田以外何も無かった。俺は二人に向かって慎重に一歩一歩、歩を進める。
たった一人、船内から出て来た俺に即座に突き刺さる奇異の視線×2。流石に気付かれない内に奇襲って訳には行かないか。
前に出す足が震えた。しかし、構う訳にはいかないし、ブルってる事を悟られるのも不味い。今だけ、俺はあの傲慢不遜な団長様だ。そう言い聞かせて出来るだけ胸を張って歩く。
二人との距離が10mくらいになった所で俺は立ち止まり、仁王立ちを決め込んだ。
「……待たせたか?」
谷口が明らかに楽しそうな締りの無い顔で俺を見つめる。対する国木田は平然としたものだ。折角ご所望の人間がお前の前に現れたんだからもう少し嬉しそうな顔でもしたら如何だ? いや、谷口の真似をしろとまでは言わんが。
「炙り出されて本当にのこのこ出て来やがったぜ、国木田!」
「うん、一寸僕も驚いている。『キョン』がこの船に乗っていた事にも、そして僕達の前に現れた事にもね」
其の割にはあんまり驚いた、って顔してないぞ、国木田。
「ああ、そうだね。君が本物の『キョン』である証拠を見せて貰った訳じゃないからかな。命惜しさに志願者を偽者の『キョン』に仕立て上げたんじゃないか、ってのが今一番僕が訝しんでるコトだよ」
「お? ……おお! 勿論、俺も其の可能性を考えてたぜ!」
いや、谷口。嘘を吐くならもっとマシな嘘にしろよ。もしくは目を泳がすんじゃない。見てて辛いのはこっちなんだから、な。
「で? 君はどうやって僕に自分が『キョン』で有る事を証明してくれるのかな? もしも君が『キョン』を騙った只の乗務員だったら……」
悪いが其の心配は無ぇよ。だから、其の先をお前が口にする必要も無い。
「ステータスウィンドウ、オープン。リンク、谷口。国木田」
俺の言葉に応えて谷口と国木田の前に青いウィンドウが浮かび上がる。
「成る程。考えたね」
国木田がくすくすと笑う。顔はウィンドウに阻まれて分からない。
「ネーム:キョン、っと。コイツで間違い無ぇな、国木田」
「嗚呼」
役目を終えたウィンドウが音も無く消える。二人の魔人は、其の表情を一変させていた。
緩んだ其れから、抜け目無い猛禽の目付きに。先程までの射る様な視線は、更に其の力を増して。幻覚とは分かっているが、正直体に何本もナイフが突き刺さっているような気分だぜ。
古泉が言っていた。奴等は超の付く一流だ、って台詞を思い出す。冷や汗が流れる。脳裏を過ぎるのは瞬く間に腕をがれた男性の姿。
レベル差、実力差は分かり切っている。俺に出来るのはハルヒ相手の時と同じだ。しくじれば死ぬだけで。

死 ぬ だ け で 。

奥歯がカチカチと鳴り始める。チクショウ、俺の覚悟ってのはソンナモンだったのかよ! ヒーローになるんじゃねぇのかよ!!
俺は両の頬を挟み込むようにしてぶっ叩いた。そんな俺を谷口はニヤニヤと、国木田は薄ら笑いを浮かべて見ている。
律儀にも待ってくれてる、って訳だ。俺なんか何時でも如何とでも出来る、ってか? 嗚呼、余裕の有る側は羨ましいね、コノヤロー。
クソッ、止まれよっ、震え! ……なんで、今更ビビっちまうんだよ!
「覚悟は決まったかい?」
国木田が聞いてくる。
「何の覚悟だよ?」
精一杯の矜持を振り絞って噛み付く。そんな俺の台詞も、谷口が鼻で笑った。
「そんなん俺達に弄り殺される覚悟に決まってんだろーが」
「さて、其れじゃ先ずは自己紹介と行こうかな。僕は八柱が第二席『冥王』国木田。なんて、名前はもう知っているみたいだから必要無かったかも知れないけど、一応ね」
「同じく八柱が末席!『愚王』谷口様だァッ!」
「折角会えた所申し訳無いんだけれど、君の道は此処で絶たせて貰うよ?」
「ま、そういうこったな。適当に遊んでやるから、楽しんで逝きなっ!」

二人の悪魔が其の面に愉悦を浮かべた。

「一寸待て」
この空気を読まない発言は当然俺のものな。臨戦態勢に移ろうとした二人の魔人が揃ってコケる。……どうでもいいが、国木田ってこんなにノリ良かったか?
「ンだよ!?」
あからさまに機嫌が悪そうな谷口が吐き捨てるように俺に発言を促した。良かった。一応、俺の話を聞く耳ぐらいは持っているらしい。
「いや、八柱とか冥王とか愚王とか聞きたい事は山程有るんだけどな。しかし、殺される前に一つだけ聞いておきたい事が有る」
国木田が鼻を鳴らす。
「ハァ? お前に発言権なんか有る訳ねぇだろ? 死人に口無しっつー言葉知らねぇのか?」
いや、未だ死んでないっつーに。勝手に殺すな。
「いや、面白いじゃないか。僕は聞いてみたいな」
「あん? ……まぁ、国木田がそう言うなら仕方無ぇ」
苦々しい顔で呟く谷口。お前と国木田の間の関係についても聞いてみたいが……いやいや、そんな事よりも優先する事が有る。其の案件は後回しだ。
「……で!? 聞きたい事ってのは何だよ!? つまんねぇ発言噛ましやがったら問答無用で殺すぜ?」
谷口が凄む。殺気でビリビリと空気が震えた。しかし、此処で引く訳にはいかない。
「俺が殺される理由を教えてくれ」
一寸の虫にも五分の魂。ソイツが知的生命体だったら尚の事だろ。
たとえ此処で殺される事が決まり切った事であったとしても。自分が死ぬ理由ぐらいは知っておきたいのが人ってモンだからな。

なんてのは嘘ぴょんで。

もしも一つだけ質問が許されるとして。
一番、この状況を打開出来る質問は何かを考えた時に。
俺の回転の遅い脳味噌が導き出せたのはこの質問しかなかったんだ。

「其れ位は教えてくれても良いんじゃないか?」
俺の問い掛けに声を上げて笑ったのは国木田だ。
「何、其れ? 自分が死ぬ事を前提に話すって、君、面白いなぁ」
「面白いか? 俺には頭がオカしな発言にしか思えんぞ?」
谷口が真顔で国木田にツッコむ。おお、珍しい光景だ。
「其れを真面目な顔して言うから面白いんじゃないか。キョンだっけ? 僕は君みたいな奴、好きだなぁ」
ソイツはどーも。褒めてくれんのはいいから、俺の質問に答えてくれるか?
「良いよ。面白そうだし答えてあげる。言っとくけど、今回は特別だよ?」
漆黒のローブの裾が風にはためく。今の国木田の姿は死神と呼ぶに相応しく。成る程、冥王とはよく言ったもんだ。
そして、そんな国木田の次の言葉は其の立ち姿に恥じる事無いものだった。

「君が此処で死ぬのは、簡単に言うと面倒臭いからなんだよ」

「は?」
思わず耳を疑って聞き返してしまう。えっと……如何いう事かな、国木田さんや?
「僕達は『キョン』、つまり君の観察が目的なんだ。でもさ、普通の人間を馬鹿正直に観察して報告を挙げるなんて面倒だろう? だったらさ、早々に殺しちゃって『観測対象死んでました』って報告する方が数段楽だと思わないかい?」
なんだ、其の朝倉みたいな発言は!? 何時からそんなキャラになったんだよ!?
「するってーと何か? 俺はお前らが楽したいから殺されるってそういう事なのか?」
「そう言ってるだろーが。おいおい、キョンよ。其の歳で健忘症か?」
ざけんな。其の一言しか出て来ない。
「一寸ショックだったかな?」
国木田が微笑む。いや、一寸どころじゃねぇよ。
「……其れって命令無視って言わないのか?」
「うん。まぁ、厳密に言うとそうなんだけどね。僕達『八柱』には生殺与奪の権利が上から与えられているんだよ。あ、上って言うのは魔王のコトね。だから、万一バレたとしてもお咎めとかは無いかな、って」
悪びれずに言う冥王国木田。オイ、ジョン=スミス。お前、碌な部下持ってないぞ。
「そんな訳だからさ。じたばた『して』死んでくれないかい、キョン」
国木田の台詞に谷口が大笑いした。

……ヤバい。コイツは予想外だ。
てっきりコイツ等は何らかの目的を持って俺を殺しに来ているとばっかり思っていたから、其処に付け込む隙が有るんじゃないかと考えていた。
だってのに。
報告が面倒だから!? なんだよ、其の小学生みたいなシンプルな理由は! シンプル過ぎて付け込む隙なんか有りゃしねぇじゃねぇか!
魔王にコイツ等が俺を殺した事を報告する? いや、既に死んじまってる事が前提じゃダメだ。殺そうとした事を伝えないと。しかし、如何やって?
魔王直通ホットラインとかそんなモン持ってたら最初から話し合いでケリ付けてるっつー話で。
谷口と国木田に頼んで魔王の元へ連れて行って貰う? いやいや、其れこそ面倒だとか言われるに違いない。もし、上手く交渉出来て魔王の元へ行けたとしても事前情報も準備も無い侭では飛んで火に入る何とやらだ。
よしんば歓迎されたとしても。お忘れかもしれないが、俺は後六日以内に勇者を探し当ててハルヒに差し出さなければ死んでしまうって呪いを掛けられている。
万事窮す、か。

事、此処に至って戦闘を回避する術が無い事を知る。
覚悟なんてものは無い。だけど、そんなものはするだけ無駄だって気付いた。
古泉と約束したからな。颯爽と、何事も無かったかのように帰ってくるって。
なら、俺がしなきゃいけないのは死ぬ覚悟じゃない。

生きる覚悟だ。

「他に質問は無いかな? なら、そろそろ殺すね?」
「嗚呼、良いぜ。時間も稼げただろうしな」
「ん? 何の話だい?」
「なんでも、この鳥は軍のお下がりなんだそうだ。軍が空襲用に使っていたんだが、余りにデカくて扱い辛いって事で民間業者に引き払われたって経緯が有るらしくてな。今でも其の名残として大砲が倉庫に仕舞って有るらしい。
もしも空賊が出た時に迎撃が出来る様に、無いよりはマシかって事で今も捨てずに取ってあるって言ってたな」
俺は杖を振り上げた。

……其れが合図。

二人の魔人が立つ其の位置に寸分違わず、砲弾が撃ち込まれ、炸裂した。
「備え有れば憂い無し、って奴だな」
背中で爆発を起こされたロック鳥が大きく鳴いて体を揺する。ぐらりと揺れる地面に、しかし尚足を踏ん張って倒れるのを耐えながら俺は言った。
「こっちの質問に答えてくれた礼に俺も答えてやるよ。俺が稼いでいたのはな、件の使われてなかった大砲を艦橋に運び込んで、そっからお前達を狙い打つ為の時間さ」
腕を掲げて親指をぐっと空に突き出す。其の瞬間、背後から大歓声が上がった。


コレで終わったと。そう思った自分はつくづく浅はかだったとしか言いようが無い。

爆煙の中から暢気な声がした。
「なぁ、国木田。こんだけ歓声挙げられると『実は無傷でした』って言い難いのは俺だけか?」
「谷口は変な所で繊細だね。僕なんかはむしろそっちの方が好きだよ。勝ったと思い込んでる一点の曇りも無い笑顔が歪んでいくのを見る為に態とやられた振りをするくらいさ」
「俺が言うのもなんだが、悪趣味じゃないか?」
「自覚してるよ。性質が悪いね、全く」
煙は直ぐに風に流されて。そこから出て来たのは服装すら乱していない二人の魔人だった。
歓声が消える。一瞬の静寂の後、取って代わる様に背後から数人の悲鳴が上がった。
「そうそう、丁度あんな感じで表情が移り変わるんだ。如何だい? 見ていて滑稽で面白いだろ?」
国木田がこちらを指して愉快で堪らないと笑った。

完全に意表を突いた攻撃の筈だった。其れこそ座席に座ろうと思ってたらハルヒに座席を引かれてて、ひっくり返っちまって受身が取れなかった俺並に対応なんて出来なかった……筈なのに!
其れでかすり傷一つ、衣服に焦げ目一つ出来てないだと!?
有りかよ! 反則だ!!
なんてボヤいた所で事態が急転する訳も無く。
「うーん、惜しかったね。ホント、只の人間にしては上出来だったと思うよ?」
「確かに、対応出来んかったしなー。俺も、国木田も」
対応出来なかった!? なら、なんで無傷なんだよ!? アレか!? お前らご飯にボンドでも掛けて食ってんのか!?
俺の顔を見て国木田が笑む。其の表情だけは教室で、俺と谷口の馬鹿話を頷きながら聞いていた時と変わらない。
「僕は常時結界を張ってるんだよ。今みたいな、急な攻撃に対応する為にね。まぁ、結界なんて言っても常時展開してなきゃいけないから極々薄いものなんだけどさ」
「そんなんでも、アレくらいなら屁でも無ぇよ」
……なんだよ、其のチート。聞いてねぇぞ。そういう事は事前に説明しとけっつーの。
「仮に直撃してたとしても何の問題も無かったけどね」
「っつーか、アレだ、キョン。お前、八柱舐め過ぎ」
谷口がつまらなそうに吐き捨てた、其の台詞に絶句する。遊び飽きたゲームソフトをゲーム屋に売りに出そうとする様な目で睨むソイツ。俺に対する何の興味も其処に見出せはしない。
「真逆これで終わりだったりしねーよな? 分かったら次の出し物をさっさと出せ。先刻みたいにノーガードで喰らってやるからよ」
「嗚呼。其れは谷口にしては良い考えだなぁ。今度は結界態と解いてあげよっか? そしたら少しは面白くなるかもねぇ」
レベル差とか其れ以前の問題だった。
最初から、スペックが違い過ぎる。漸く其処に考えが思い至った時、もう俺には何の手立ても残されていなかった。

「オチ=ロ=カトンボ!!」
俺の掲げた杖の先から六条の光矢が飛ぶ。しかし、半数は谷口がやる気無く振るった右手一本で吹き散らされ、もう半分は国木田に炸裂する前に減速し消滅する。
「つまんねー小技で出し惜しみすんなよな……」
「僕が無意識に発してる魔力の所為かな? 届いてさえくれないよ、キョン?」
「クソッ!」
肩で息をする。俺は兎に角、現状覚えている限りの呪文をありったけ撃ち込んでいた。悪足掻き? 何とでも言え。俺に出来る事は舌戦以外ならこんな事しか無いんだよ!
じっと待っていてくれる。其れならばと最初に俺の脳裏に過ぎったのは「ポニ=テ=エルモエ」。そう、あの一撃必殺の禁術を使う事だった。
二人いっぺんには無理でも、少なくとも国木田さえ倒してしまえば阿呆の谷口なら、未だ何とかなるかも知れない。そう考えた。

全く、何度も言うが浅はかだったとしか言いようが無いね。
さて、此処でどっかーん第三章から俺の台詞を少しばかり抜粋をさせて貰うと、だ。

”大概の呪文は詠唱終了後に目標を指定する。だから、普通に当たる。だが、この『ポニ=テ=エルモエ』ってのは其の辺が一寸違う。詠唱中に効果範囲を指定する語句が混じっているのだ。
其れだけでも厄介だってのに目標ではなく、空間座標で効果範囲を指定する呪文だったりする。つまり分かりやすく言い直すと、一寸でも竜が回避動作をしてしまえば避けられちまうって困った呪文な訳で”

お気付きだろうか? この呪文は「空間指定」を必要とするんだ。
国木田と谷口は回避しないから問題無いじゃないか、って? いやいや、俺も最初はそう考えたよ。
だが、少し考えてみて欲しい。大切な事を一つお忘れではないだろうか。

此処は空を飛ぶ巨鳥の背の上であるという純然たる事実を。

つまり、俺が此処で呪文を放ったとしても発動するのは遥か背の向こうだったりする訳で。
そして其れは裏を返すと、俺にはこの状況を打破する手札が一枚として残されていない、って事なんだ。
其れでも、俺は有りもしない奇跡って奴を信じて、再度呪文詠唱に入った。
下手な鉄砲も何とやら。がむしゃらに頑張れば必ず奇跡は起こる。
そう信じたかった。だけど、此処は俺が創った世界で。

奇跡が起こると信じたい反面、中途半端に現実主義者な俺の頭には「そんなものは存在しない」って考えが蔓延っていた。
まるで宗教の様に。

「あれ? 其の詠唱は先刻やった呪文じゃなかったっけ?」
国木田が首を捻る。
「もしかしてキョン……ネタ切れだったりするのかい?」
やべぇっ。気付かれた!
「なんだよ、其れ。こんだけ待ってやったのに何にも無しか? オイオイ、国木田。コイツはとんだ期待外れだぜ……」
最初っから期待なんかしてんじゃねぇよ、谷口! 俺は宇宙人にも未来人にも超能力者にさえ太鼓判を押された一般ピープルだっつーの!
こんな時、本物のヒーローだったら会心且つ逆転の一手を思い付くんだろうが、生憎俺は張りぼての即席ヒーローでしかない訳で。
そんなもんは脳味噌の隅から隅まで、皺の一本まで探した所で何処にも見つからなかった。

そして、俺のMPは切れる。


なぁ、ハルヒ。もしも、こっから帰れたとしてさ。もう一度、あの部屋で顔を合わせる事が出来たとしたら。
言いたい事が有るんだ。
言いたい事が沢山有るんだ。
言いたい事が一つだけ有るんだ。
だけど、言える事なんて何も無いんじゃないか、って気もする。

きっと、なんて言って伝えれば良いのか、俺には分からないだろうから。


「魔力切れか……頑張ったね。お疲れ様。本当、人間にしておくには勿体無いくらい僕好みだったなぁ、君。もし良かったらこっちに来るかい?」
こっち……つまり魔王側、か。もし俺が其の提案を飲んだらこの船の人間は見逃してくれんのかい?
「其れとこれとは話が別でしょ」
俺はMP切れの影響でフラフラと左右に揺れながらも国木田を睨み付けた。
「ざけんな」
「そっか。なら仕方ないね。谷口!」
名を呼ばれた谷口が宙から出した輪剣を両の手に携える。
「あいよ」
「話は終わった。……好きにして良いよ」
「そうこなくっちゃな!」
谷口が一歩此方に踏み出そうとする。もう、俺には何も残っていなかった。

出し尽くしたよ、何もかんも。悪いな、古泉。約束守れそうに無ぇわ。
俺が死んだら如何なるんだろうか。この世界の半分は消え失せるのかも知れない。でも、そんな事は別に構わない。
朝比奈さんは泣いてくれるだろうな。朝倉も、鶴屋さんもきっと俺なんかの為に其の美しい瞳を赤く染めてくれるんだろう。
古泉は……一寸、想像が付かない。だが、アイツには泣いて貰ってちゃ困るんだよな。この世界から皆を連れて脱出して貰わなきゃなんねーし。
長門は……アイツも泣いたりするんだろうか。
泣いたり、出来るんだろうか。俺の命一つで宇宙人が情緒に目覚める、ってんならまんざら俺の人生も捨てたモンじゃなかったかもしんねーな。

なら、ハルヒは? アイツは俺が居なくなったりしたらどんな事を考えるのだろうか?

耳をつんざく破裂音が辺りに轟いた。
着弾点は……煙の上がる先は此方に向かって来ようとした谷口か!
続けて一発。また、一発。谷口と国木田に対して鉛球が降り注ぐ。背中を焼く爆撃にロック鳥が身を揺すって、俺は堪らず尻餅を着いた。
其の侭の姿勢で振り返る。艦橋から連続して砲撃が加えられているのが分かった。俺の危機に見かねて、撃ち込んでくれたのだろう。
だが……だが、其れじゃダメなんだよ!
爆煙が風で流れ、所々二人の姿が垣間見える。砲撃の中心に立っている、国木田が眉を顰めた。顔を谷口に向けて何かボソボソと話しかけているが、この轟音の中じゃ何を言っているのか聞こえやしない。
けれど、直ぐに分かった。
谷口が構えたのが煙の隙間に見えたからだ。
見覚えが有った。其の姿はトラウマにすらなりそうな位俺の脳裏にしっかりと焼き付いていた。
「逃げろ……逃げろォォッッ!!」
艦橋に向かって叫ぶ。しかし、距離も有り、且つ辺り一面に展開される音の洪水の前には人間の咽喉が出せる音量なんて高が知れてるってモンで。
砲撃が止む気配は無かった。ソイツが何のダメージも与えられない事なんてのは、先刻ご承知だって言うのに。
恐らくは俺を逃がす為だけに。
ソイツは続けられていた。きっと、今頃艦橋は必死なんだろう。罵倒、罵声が飛び交っているなんて事は想像に難くなく。

顔も見た事が無い、どっかの他人なら、未だ耐えれた。
でも、顔を見ちまった。声を、聞いちまった。そして、一瞬とは言え、心を交わしちまった。
俺を助けようともがいてくれている人を。助けられなくて何がヒーローだ。
何も出来なくても、其れでも立ち上がるのがヒーローじゃなかったのか。
はりぼてでも、急造でも……なんだって良い。どんな言葉が前に付いても構わない。
其れでも、俺はヒーローなんだ。

砲撃の雨が止む。弾が尽きたか、充填に不備が有ったのかなんて事は分からない。
もうもうと立ち昇る煙が吹き抜ける風に流されて。現れたのは禍々しい刃の森。
「うっとぉしぃんだよっ、テメエらっ!」
谷口が吼えた。地面は砲撃が止んだ所為だろうか。少しばかり落ち着きを取り戻している。考えるよりも先に体が動いた。走り出す。
「そんなに死に急ぎたいなら手伝ってやるよッ! 疾れッ、アンリミテッド=チャクラム=ワークスっ!!」
数多の凶刃が艦橋に向かって一直線に飛ぶ。其れは津波に喩えても何の問題も無いだろう、人を食う鈍色の竜の顎。其の軌道上、艦橋と谷口を繋ぐ直線上に。
飛び込んだ人影が居た。
決まっている。展望台に居る人間なんざ谷口と国木田の他には一人しか居ない。
何を隠すでも無い。自分の体を盾にして輪剣の嵐を止めようなんて考えるド阿呆なんて、そうそう居るモンじゃないしな。

そう、そんな馬鹿は俺一人で十分。 自己犠牲なんて今時流行らない、なんて朝倉に向けて言ったのはどの口だろうな。
全く、意見をころころ変えやがる。そんな馬鹿は死ななきゃ直りそうにも無いね。

目を瞑る。襲い来るであろう痛みへの覚悟なんてこれっぽっちも出来やしなかったけど、今更そんな事を嘆いた所でどうしようもない。もう飛び出しちまってるんだから、真実、後の祭り。
怯えて丸まろうとする体を何とか意思の力で広げる。怖がって身を縮めてちゃ何の為に飛び出したのか分からない。
今の俺は物を言う盾でしかないんだ。で、嵐が過ぎ去ったら「へんじがない。ただのしかばねのようだ」ってか? ウルセーよ。
迫り来る刃が風を切る音が近付いて、今までの出来事が脳裏にフラッシュバックする。嗚呼、之が俗に言う走馬灯って奴かい?
俺は誰にも聞こえないだろうけど、言葉を紡いだ。
さよなら、って。たった四文字しか出て来なかったし、きっと伝えたい相手には伝わらないだろうけどな。

さて、この場を借りて是非とも謝罪させて頂きたい事が有る。ん? こんな時になんだよ、って? いや、良いから聞け。コイツは多分、今しか話せない内容なんだ。
俺は先程、奇跡なんてモンは存在しないとかつらつら語ってたと思うんだが……ソイツを撤回させて頂きたい。
神様ってのは、如何やら居ない訳でも無いらしくてな。ただ、大層気紛れで土壇場でしか働いちゃくれないらしいんだ、コレが。
ま、何が言いたいかって言うとだな。
がむしゃらに頑張れば奇跡ってのは起こるんだよ、必ずな。

オカしいと気付いたのは全身に来る筈の痛みが全くこれっぽっちも無かったからで。最初に思ったのは「嗚呼、死ぬ時って案外痛くないもんなんだな」って事だった。
ほら、漫画とかで見た事無いか? 死ぬ程痛い目に遭った時、人間はショック死を防ぐ為に自動的に痛覚を遮断する、って奴。アレが自分の体に起こったんじゃないかと思った訳だ。
全くお釈迦様も粋な事をしてくれるじゃないか。死の間際ぐらいは安らかに逝かせてやろう、ってか? しかしだな。そんな事はしてくれないで良いから、其れよりも先にこういう事態にならない様に救って欲しいモンだと思うんだが、正論だよな?
はて、其れにしても意識が遠くなるのが遅い。一寸死んでいく過程にしちゃ俺は物をごちゃごちゃと考えすぎてないか。コイツは一体如何した事だと恐る恐る目を見開いてみた訳だが。
「全く、こんな時まで独白とは。随分と余裕が有るじゃないか、キョン」
今度こそ、幻覚じゃないよな?
「しかしね……流石に僕でも呆れてしまうよ、君の其の神経の図太さには」
妖精の背中越しに向こうが透けて見える事は無く。
「一つ一つの攻撃能力が甘いね。切断能力も飛翔速度も甘い。だから僕に遮られる。迎撃を許す……きっと長門さんならこんな風に評するんだろうね……くっく」
俺に降り掛かったのは何処か懐かしさを含んだ声だった。
「あの頃とは逆だね。嗚呼、君の背中が懐かしいな」
そう言って、紺のマントの向こうで女が笑った。

「「スケアクロウ!!」」
谷口と国木田が同時に叫ぶ。すけあ……スマン。なんだって?
「何でお前がこんな所に居るんだよっ!?」
「愚問だよ、谷口君。僕の二つ名を忘れたかい? 『監視者』。そう呼ばれる以上僕にも果たさなければならない職務があってね」
「クソッ! 俺が聞いてるのはそんな事じゃねぇよっ!!」
「ふむ。だったら何が聞きたいのかな? 同僚の好だ。僕に答えられる限りの事なら答えてあげるよ?」
女の挑発的な、其れでいて淡々とした台詞に谷口が食って掛かろうとする。其の体の前に右腕がすっと差し出された。
「止めた方が良いよ、谷口。彼女の余裕は本物だ。アレでも一応八柱の首席……数少ない僕らの上位に位置する人だからね。下手に飛び掛れば火傷じゃ済まないよ」
「おやおや、予想外の高評価じゃないか。そんな風に思っていてくれたのかい、国木田君?」
「谷口の渾身の攻撃を容易く受け止めた貴女の台詞とは思えないなぁ」
そんな会話に攻撃を容易く受け止められた本人がきりっと歯噛みする。おお、悔しそうだぁ。
「さて、では谷口君、国木田君。此処からが僕の本題だ。君達のやっている行為は命令から逸脱している。此処で処罰をしたりはしないし、ジョンに告げる事も無いが……しかし即刻、この場から去るべきだね」
「ふぅん……嫌だと言ったら如何するのかな? 幾ら格上とは言え同じ八柱だ。二対一で勝つ心算なら少し驕りが過ぎるんじゃ無いかな?」
風が唐突に強くなる。ソイツが風じゃなくて国木田が発した殺気だと気付いたのは目の前ですっくと立つ女のマントが俺が感じている程なびいていなかったからで。
「本気かい?」
「如何だろうね? しかし、実際色々と腑に落ちないんだよ。只の人間である其処の彼に八柱の内、姫を除く全員を動員するだけの価値が有るとは僕には如何しても思えないんだよ」
「成る程。全くだね」
間髪入れずに同意する女。オイ、お前は俺の味方なんじゃないのか?
「しかも命令内容が『抹殺』ではなく『観察』と来たら、僕でなくとも魔王の乱心を勘繰るのは仕方の無い事だと思わないかい?」
国木田が首を捻り、そして女が笑う。
「アレは涼宮さんにゾッコンだからねぇ……近付く男が気になるんだろうよ」
「え、そんな理由?」
……え? そんな理由で俺命狙われてたの?

「昨日の夕食時の姫と魔王の話題は終始君の事だったらしいよ? 如何しようかと相談を持ちかけられて、全く僕としては良い迷惑だったよ」
コレも全部団長様の仕業ですか……そうか。なぁ、ハルヒ……いい加減勘弁してくれよ……。


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