ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友どっかーん 5
キョン<おーす。って、あれ?国木田だけか?谷口は?
国木田<谷口なら文化祭で上映する映画撮影の為に二輪免許取りに行ったよ?
キョン<アイツ……もう出番来るぞ?
国木田<何でも古泉君達が作った映画台本の谷口の役が妙に格好良かったらしくてさ。「コレで俺も彼女ゲットだぜ!」とか言ってたけど
キョン<あの馬鹿を今すぐ呼び戻せ!

今回の舞台裏はモノクロシンドロームより拝借。作者さんには許可を頂きました。

「すっげすっげすっげぇぇぇっっっっ!!」
語彙の少ない馬鹿な餓鬼みたいな上の台詞は俺のものな。だけど、仕方無いじゃないか。かの有名な俳人の爺さんだって「松島や ああ松島や 松島や」って俳句を残してる。
人は本当に心打たれる景色を目の当たりにした時、言葉を失うもんなんだ。
そんな俺の眼下には上空……どれ位高いのかはよく知らんが、取り敢えず東京タワーとかは眼じゃないね……の大パノラマが広がっていたりして。
飛行機に乗った経験も無い俺にとって、コイツは一寸したスペクタクルだったりする。
「僕の台詞を取らないで頂きたい」
隣に居た古泉がボヤく。髪の毛を風に靡かせたソイツも、この光景には感動しているらしい。先刻から何を言うでも無く、眼を輝かせていたのが其れを何より如実に物語っている。
幾つになっても男は少年だって事かね。まぁ、他人の事を言えた義理じゃないのだが。
こんな光景を見せられれば、空を飛ぶ事を夢見た某兄弟の、その気持ちが俺にも分かろうと言うものだ。

さて、訳が分からないとは思うので説明をさせて貰うと、だ。俺達一行は今、空の上を旅している。
理由は簡単。海を越えた先の都市が次なる目的地だからである。
あん?なら、船で行けば良いんじゃないのか、って?
勿論、其れも考えたさ。
でもな。ファンタジー世界の移動手段と言ったら何を想像するよ?
船よりも先に飛空挺とか飛行竜とか不死鳥ラー○アとかを想像しちまうのは俺だけじゃない筈だろ?
竜を丸呑みにしちまえる大きさの鳥に乗って目的地まで行けるチケットが船旅の二倍弱の値段で買えちまう、ってんなら断然こっちを取るというもので。
船旅は何時でも出来る……っつーか某孤島に行った時に経験済みだし、飛行機に乗る機会は訪れても鳥(ロック鳥って言うらしい)に乗る機会はこの先絶対に無いと言い切れる。
浪漫を胸に抱いて一致団結する青少年二人のごり押しにも似た要求によって、今俺達は機上の人……鳥上の人となっているって訳だ。
嗚呼、しかし要求して良かった。この風景はちょっと感動で涙出そうだ。
「見ろ!人がゴミの様だ!!」
いや、気持ちは分からんでもないがな。其れにしたって何言ってんだよ、古泉。

どうも……前回から話が繋がってないな。読んでくれている人の頭の上に浮かんだハテナマークが手に取るように分かるぞ。うん。
あれ?これって回想入らなきゃいけない感じなのか?

どっかーん 第五章 『ハイリスク・ハイスタンダード/ハイジャック・ハイウェイスター』

さて、前回俺達は全滅の憂き目に遭った事を覚えていらっしゃるだろうか? その過程で俺はハルヒによって首筋にキスを食らった訳なのだが……。
「アンタなんかでもなかなか似合ってるじゃない?」
俺はものの見事に呪われてしまった訳だ。曰く、俺の残り寿命は一週間だそうで。
「その首筋の蠍のタトゥー、イカすでしょ?」
ハルヒが笑う。クソッタレ! コイツ、ベタな事しやがって! ジョジョの第二部かよ!?
「あ、安心して良いわよ。其れ、アンタとあたし以外の眼には映らないから。まぁ? 逆に言えば、あたし以外には其の呪いは外せないって事なんだけどね!」
……周到にも程が有るだろ、ハルヒ。
「あたし、アンタみたいに考え無しじゃないからね」
うっさい。俺だって好きでこんな脳みそで産まれて来た訳じゃねぇ。
「で?アンタ達を麓の村にまで運べば良いんだっけ?」
「頼む」
「お願いします、デショ?」
「っ……お願いします」
下げた頭の向こうから、ハルヒの笑い声が聞こえた。

移動は、一瞬だった。後から聞いた所によると「空間移送方陣」とか何とか言う、今となっては中々お目に掛かれない伝承から消失した呪文なんだそうだ。ロストミスティック、とか何とか。
「ルー○」とかは結構早くに覚えるもんだが、如何やらこの世界はド○クエでは無いらしい。
っつか、ドラク○だったら他人様とネタが被るしな。おっと、こんなのんびりとした話をしている場合ではない。
目に見えて重傷の鶴屋さん。岩肌に凄まじいスピードで叩き付けられて後、全く微動だにしない長門。そして、何が有ったかは見ていないので判然としないが昏倒している古泉。腕と脚を一本づつひしゃげさせた朝倉。
俺達パーティーは満身創痍も良い所だった。
「鶴屋さんッ! 長門ッ! ……ついでに古泉ッ!!」
ついでに、って台詞に対してのツッコミが来ない。コレは古泉もヤバいか!?
「キョン君、鶴屋さんは私が診ます! 長門さんと古泉君を連れて来てッ!」
朝比奈さんが叫びながら鶴屋さんに駆け寄る。
「朝倉はッ!?」
「眠ってますっ! 無事です!」
「分かりましたッ! 今、そっちに長門連れて行きますッ! 其の後直ぐに古泉も!」
こうして、俺達の決死の救命活動が始まった。

俺は背に長門を負ぶった侭で宿の扉を蹴り飛ばした! 行儀が悪い云々言ってる場合ではない。事は一刻を争うんだ。
「お金なら後で幾らでも請求して構わないんでベッドを貸して下さい! 負傷者です!」
俺は叫んだ。驚いた顔の宿の主人が奥から出て来るが、気に留めているだけの余裕が無い。俺は階段を駆け上った。
一段飛ばしで上る度に体が揺れ、背中の長門の息が乱れる。もう少しだけ……もう少しだけ耐えてくれよ、長門!
「一番近い部屋を使ってくれ! 他に負傷者は居るか! 居るなら何処だ!!」
階下から店主の怒鳴り声が聞こえる。察しが良い人で心底有り難い。俺は長門を一番近い部屋のベッドに寝かせると、階段を転げ落ちる様に降りた。
「広場の辺りに負傷者が更に三人です! この村に医者が居たら、その人を呼んで来て下さいっ!」
俺は叫びながら宿を飛び出す。息が切れるが構わず走った。

人が死ぬ所を目の当たりにするのは、例え俺が死んでも御免だった。

「キョン君、鶴屋さんをお願い!」
朝比奈さんが俺に叫ぶと、宿に向かって走り出す。恐らくは場所を変えて長門の救命作業に移る気だろう。
「古泉は大丈夫ですか!?」
「古泉君は大事には至ってませんでしたっ! 彼よりも長門さんと鶴屋さんがっ!」
鶴屋さんを背負った俺と朝比奈さんは宿に向かって走った。これ以上無いくらい全力で。ローブが濡れて、背中に張り付く。
唾液にも似た生温い、液体の感触。
背に負った少女の出血量は、何の洒落にもなっていなかった。
「今、一番危険なのはこのお二人ですっ!」

宿の一室。向かって手前に長門、奥のベッドに鶴屋さんが寝ている。いや、倒れている。
朝倉と古泉を別室に運び込んだ俺が、三人の様子を伺おうとして眼にしたのは戦場と化した客室だった。
朝比奈さんが息吐く暇も無い程に連続で回復呪文を唱えている。泣いている場合じゃないと眼を見開いて。親友を救う為に必死で泣き崩れるのを堪えて、少女は戦っていた。
……朝比奈さん以外に誰も入り込めない重苦しい空気に包まれた室内。って、この村に医者は居ないのか!?
「ワシも医者だが……出て行っても、あの少女の邪魔にしかならないんじゃよ」
俺の直ぐ傍に居たお爺さんが申し訳無さそうに俺に呟く。チックショウ!
「キョン君! 鶴屋さんの背中に刺さった矢を抜いて下さい!!」
俺の誰に向けた訳でもない罵倒に、朝比奈さんが振り返って告げる。了解です。俺で役に立つ事が有ったら何でも言って下さい!
「鎧のお陰で余り深くは刺さってないんだけど、火傷が酷いの……多分、古泉君が矢に込めた電気の所為だと思う……そっと抜いて下さい」
言われなくても分かっています。俺は鶴屋さんの背中から慎重に一本、また一本と矢を引き抜く。其の度に血が吹き出して、顔に掛かった。少女の体がビクンビクンと跳ねる。
思わず唾を飲む。口の中に少女の血の味が広がった。ソイツは苦くて。
だけど、朝比奈さんが必死に頑張っているってのに、俺だけが投げ出す訳にもいかない。込み上がってくるものを口に入り込んだ血と一緒に必死に飲み下す。
何より、一番頑張っているのは鶴屋さんと長門だってのに。何、被害者面してんだよ、俺は!
そんな場合じゃないだろうが!
「朝比奈さん、長門の容態は!?」
「外側はそんなに怪我とかしてないんだけど、内側……臓器の類が大分傷んでますっ。二人とも、一刻の予断も許さない状況です」
……やっぱりか。最悪のビジョンが俺の頭をかすめる。
「キョン君、其れが終わったら鶴屋さんの鎧を脱がしてあげて下さい! 本格的な治療に移りますっ!」
「了解ッ!」
室内は血の臭いで溢れていた。

俺は夜の闇の中を疾走していた。朝比奈さんのMPが尽きかけていた為、村で一つの道具屋に魔法薬を買出しを強要されて……其の帰りの事だった。
「あの娘。ドラゴニュートの方。あの侭じゃ死ぬわね」
木陰の奥から声がした。がさがさと此方に向かって歩いてくるソイツの姿がゆっくりと月明かりの下に晒される。
「……ハルヒ……」
魔族の姫は俺の持っている魔法薬を指し示して、言った。
「そんなモン幾ら持って行っても無駄よ。両手にどんだけ抱えても、あの直ぐ泣いちゃう娘の手には余る重傷だわ」
何時もなら流せるハルヒの挑発的な台詞。
「見れば分かるでしょ?」
だけど、この時ばかりはダメだった。俺の中でぶつり、と何かが切れた音がした。
「なんで……」
俺は、叫んだ。腹の其処から、罵倒した。
「なんで、お前にそんな事が言い切れるんだよ! 大体、元はと言えばお前の所為じゃねぇか! ふざっけんなよ! お前に朝比奈さんの何が分かるってんだ!
彼女がどんだけ鶴屋さんを救いたいって思ってんのか、お前に分かるってのかよ!!」
八つ当たりも良い所だった。今のハルヒは俺達の敵で、俺達を殺そうとするのはごく自然な事だとは分かっていた。
其れは俺達が牛や豚を食べ物として見るのと同じくらい、当然の事だって頭の隅で理解していたのに。
でも、俺には其の時、溜まっていた感情を堰き止める術が無かったんだ。溢れ出した瞬間、そいつは嵐みたいに俺の心の中を荒れ狂って。
「朝比奈さんは、絶対に鶴屋さんを救う! 此処であの人の思いを汲まないなら」

「こんな世界作った奴は屑だ!クソッタレだ!!」

月に向かって吼える狼みたいに、俺の雄叫びが夜の闇に反響して残響した。

頬に冷たいものが伝う。乾いた血を滲ませて、地面に滴る。俺は泣いていた。
「こん、な……世界作った奴……なんて」
地面が揺れた気がした。バランスを崩す。両手で作った籠の縁から魔法薬のビンが一つ零れて地面に落ち、割れる。
まるでスローモーションみたいに、ソイツは砕け散って。まるで希望みたいに、ソイツは無慈悲に俺の腕の中から転がって、地面にぶつかって砕け散る。
無理をして其れを空中で掴み取ろうとした為に、更に二つのビンが腕から零れ落ちて割れた。
チクショウ!
チクショウ!!
チクショウ!!!
チクショウ!!!!
何でこんな目に遭うんだよ何で俺の周りの人が死ぬんだよ何で俺ばっかりこんな思いしなきゃなんないんだよ!!
吼えた。何度も何度も。世界を呪った。吼えて吼えて、呪詛を辺り構わず撒き散らした。
地面が揺れてるんじゃなくて、俺の脳の方が揺れてるんだと、気づいた時には俺は耐え切れなくて地面に膝を付いていた。

ありったけの侮蔑を吐き散らして、息を吐く。ぜいぜいと、獣みたいな荒い呼吸の音だけが夜に響く。……嗚呼、コレは俺の息か?
「……クソッ」
力無く呟く。
「気は済んだかしら?」
ハルヒが言った。俺に向かって、先刻と何ら変わらない口調で。
そうだ。コイツに関わっている時間は無い。朝比奈さんが……鶴屋さんと長門が待ってる。
行かないと。早く、コレを届けないと。
死んじまう。

俺の友達が。仲間が、死んじまう。

俺はよろよろと立ち上がり、歩き出した。足が縺れる。転んで、また、薬を一個ダメにした。
「無様ね」
後ろから呆れ切った、馬鹿にし切った声が掛かる。
「……うるせぇ」
俺はまた、立ち上がって歩き出す。平衡感覚が無くなっちまったみたいにふわふわぐらぐらした地面を、歩く。
俺の後ろを、ハルヒが歩いて着いて来た。
「ねぇ、そんなに大事な娘なの?」
お前の知った事じゃない。良いから黙ってろ。帰れ。
「連れないのね。まぁ、良いわ。帰れ、って言われたし、此処に留まる理由も無いし、帰るわ。じゃあね」
ハルヒが闇に消える。俺は涙と血と土でぐちゃぐちゃの顔を、ビンが少なくなった所為で空いた右手を使って拭った。
「早く、朝比奈さんにコレを届けないと」
唯其れだけを考えて、必死に歩いた。

「あ、キョン君! 先刻あの窓から涼宮さんが入ってきて……凄く良く効く薬を持って来てくれたんです! お陰で鶴屋さんも長門さんも、何とか峠は越えました!!」
朝比奈さんが戻ってきた俺に向かって、涙でぐしゃぐしゃになった顔で告げた。

腰が抜けて、全身から力が抜けて。両腕がだらんとぶら垂れる。
折角買った魔法薬は全部お釈迦になっちまった。

以上、回想終了である。嗚呼、恥ずかしいからあんまりやりたくなかったんだけどなぁ……。
「シリアスな戦友は僕としても微妙な気がします。元々はコメディの心算で書いていた筈なので」
古泉がボヤく。全く、其の意見には賛同させて貰う。
ちょいと俺の扱いが酷過ぎるよな、最近……コイツは抗議モンだぜ?
「其れよりも女性陣の扱いに問題が有るでしょう。瀕死の状況に置いて読者をヤキモキさせようと言う魂胆は分かりますが……分かり過ぎて逆に鬱陶しいくらいです」
そうだな。でも、ソイツのお陰で俺達は今、ロック鳥の背に乗って遊覧飛行なんて事が出来ているんだから、まぁ一概に悪い奴じゃ無いのかも知れん。
「確かに、この景色には其れだけの価値が有りますね。成る程。何事も良い面と悪い面が有ると、そういう事でしょうか」
つか、そうとでも思わないとやってらんねぇだろ?
「全くです」
俺と超能力者は、展望台の桟に凭れ掛かり、同時に溜息を吐いた。

「「やれやれ」」

こんな感じで俺達が風に吹かれていると、何処かから調子外れの歌が聞こえて来た。そんな所から今回の話は始めさせて貰う。
「WAWAWA、忘れ物〜♪ 俺の忘れ物〜♪」
口に含んだコーヒーを盛大に吹いた。

状況を速攻で察し、全力で他人の振りを始める俺と古泉。何も聞いてない。俺は谷口の歌なんて聞いてないし、飲み物を粗末にしてもいない。
「ねぇ、谷口。流石にこんな人がいっぱい居る場所で歌うのはどうかと思うよ? ほら、皆が僕達に……って言うか君に注目してる。恥ずかしくないのかい?」
そうだぞ、谷口。国木田の言う事はもっともだ。恥ずかしくないのか、人として。
……って、国木田まで一緒かよ……。
まぁ? 岡部が召喚されていたくらいだから、コイツ等がこっちに来ていない道理も無い訳で。むしろ、やっぱりか、と言う思いでいっぱいな訳だが。
「……マズいですね」
古泉が背中の谷口達をチラリと一瞥した後に呟く。ん? 如何した、超能力者?
「考えてもみて下さい。僕等のパーティーの上限は六人。これは既に全員集合しています。つまり、以降は味方となる登場人物は殆ど居ない、と考えて良いでしょう。
そうですね……勇者なり、賢者なりといった役どころの方ぐらいですか、残されているのは。では、其れを踏まえて今回現れた二人を見てみて下さい」
古泉に促されて俺も二人に悟られない様に注意深く、その姿を観察する。そして、溜息を吐いた。
熊か何かの毛皮を上半身に巻いた「ザ・ワイルド」って出で立ちをした半裸の谷口。そして真っ黒なフードとローブに身を覆った、胡散臭さ全開の国木田。
「気付きましたか?」
優男が俺に問いかける。どうでも良いがどさくさに紛れて顔を近付けるなよ?
「嗚呼。確かにアレは俺達の味方には見えないな……」
むしろ、悪役此処に極まれり、って感じだ。
「そうですね。そしてまた、涼宮さんから見た彼ら二人の印象を鑑みても、彼等が勇者の類であるとは思えません。彼女なら……谷口君と国木田君には非常に申し訳無い話ですが……二人を喜んで悪役に抜擢するでしょうね」
「……悪いが俺も其の意見に賛成だ」
国木田は兎も角として、谷口はなぁ……。愛すべき馬鹿、とでも言うか。三流悪役が良く似合うと言うか。いや、良い奴なんだけどな。
でもなんか、どっかでタイミングを外すのが上手いんだよな……悪い意味で。
「まぁ、女性陣もいらっしゃらない事ですし、幸いにも二人は僕達に気付いていない様子です。此処は下手に事を荒立てないで、大人しく他人の振りを決め込むのが良作でしょう」
俺と古泉は顔を見合わせて頷いた。

そんな俺達二人の会話の向こう側で、谷口と国木田も話し合っている。しかし、声がデカい。主に谷口の、だが。俺を含めた周辺の皆様方に一言一句全部筒抜けだ。
「なぁに言ってんだよ、国木田。普通はこういう乗り物に乗ったら、歌の一つも歌うもんなんだぜ?」
「何処の普通だよ……。仮に其れが普通だったとしても、今回は僕も残念ながら一緒に行動する様に言われてるんだから。そういうのは一人の時にやってくれないかい?」
今、国木田さり気無く「残念ながら」って言ったな。他人の事は言えないが、酷な発言だ。ま、馬鹿の谷口はそんな事に全く気付いてないけどな。
「お、かわい子ちゃん発見! なぁ、国木田! ナンパしようぜ、ナンパ!」
ほら、人の話、全然聞いてない。まるでハルヒのような奴だ。国木田が一つ、大きな溜息を吐く。嗚呼、其の気持ちは痛いほど分かるぞ。
「悪いんだけど、断らせて貰うよ……」
「なんだよ。ノリ悪いな」
谷口が口を尖らせて、そして国木田は溜息の量産を開始した。
「谷口はなんで自分が此処に居るのか、分かっているのかい? 一応、任務なんだよ、任務」
「なんだよ、真面目な奴だな。どうせ、コイツが目的地に着くまで後二時間は有るんだぜ? なら、多少は仕事以外の事をやったって、罰は当たらないだろ?」
「君は其の侭仕事を忘れてしまいそうだから困るんだよ……」
「なら、先に任務を終わらせちまったら、付き合うんだな、ナンパに!?」
どうやら谷口はかなりナンパに拘りが有るらしい。負けると分かっている戦いに挑む其の姿はある意味で勇者と言えなくも無いな……。
「……分かった。僕の負けだ。ナンパには付き合うよ。だから、さっさと終わらせてしまおう」
国木田は渋々頷くと、谷口に笑いかけた。

「地獄絵図を見せてくれよ?」
「任せろ」
そして二人の悪魔は、蹂躙を開始する。

危険な行いをしている客が居ないかどうか。其れを監視する為に展望台には乗務員が居たりする。市民プールとかで高台に座って「飛び込まないで下さい」とか言う、あんな感じを想像して頂きたい。
スピーカを片手に、中々大変そうなあの人だ。彼が最初の犠牲者だった。
「ちょいと、其れ貸してくれねぇ?」
やおら乗務員に近づいて行った谷口はそう言うと、本当に自然な動作で彼を殴り飛ばした。手に持った物を取り落として吹き飛ぶ青年。
谷口は満足そうに痙攣する被害者を眺めると、床(ロック鳥の背中)に転がったソレに手を伸ばした。
「国木田、見てみろ。スピーカゲット」
そう言って、無邪気に笑う谷口。元々これでもかと注目を浴びていたソイツの、余りにも突拍子も無い行動に、展望台のそこかしこから悲鳴が上がった。
「君にしてはやり口がスマートだったね、谷口」
「俺は何時もスマートだっつーの」
「そうだったかな?」
「ひっでぇ!」
まるで深夜通販番組の二人組みたいに笑う、少年達。悲鳴の渦中に在って、其の事をなんら介していない様に見える。
急に背筋が寒くなった。アイツらは「地獄絵図を見せる」と、そう言った筈で。
もしも、其の言葉が言葉通りの意味で。そして其れを行えるだけの力を持っていたとしたら。
「不味い事になってきましたね」
そう隣で言う古泉の額には少しだけ汗が滲んでいた。

『えーえー、マイクテス。テス。……おお、中々性能良いじゃん?』
獣皮を身に纏った少年がふざけた様に拡声器越しに喋る。
『静粛に願うっす。俺達には乗客の皆さんに危害を加える心算は余り無いんで。どうか、静かに其の場に伏せて風でも感じながら大パノラマを存分に楽しんで下さい、ってハナシ』
「この状況じゃ無理があるでしょ、谷口」
『其れもそうか? あー、なら今の無しで。ぶっ殺されたくなかったら縮こまって脚を抱えて震えとけや』
「うん、其れくらいが悪役らしくて良いと思うよ」
『何だよ、其れ』
悪役二人組は笑った。俺は色々と思う所は有ったが、古泉に促されるままにしゃがみ込む。
「オイ、結構屈辱だぞ、コレ」
「お気持ちは分かります。しかし、僕達は兎も角としても客室には絶対安静の患者が眠っているんです。此処は堪えて下さい」
言われて、長門、朝倉、其れに鶴屋さんの三人が朝比奈さん看病の下ベッドに眠っている事を思い出す。俺って奴は本当に思慮が足りない。
少女達は前日の戦闘で負った傷の為に、未だ本調子ではなく。もしも此処で騒ぎ、アイツらを戦闘へと駆り出したとしたら。

前回はたまたま運が良かっただけだ。分かってる。
今度こそ、惨事になりかねない。

「分かった。……すまん」
「いえ。分かって頂ければ、其れで結構です」
俯く俺の背中を、古泉がポンポンと叩いた。おい、馴れ馴れしいぞ。
そんなやり取りを俺達が交わしていると、乗客の一人が立ち上がった。
「あんまり調子に乗ってんじゃねぇっ!!」
見た目から察するに俺達と同様、この鳥に乗っていた冒険者だろう。ソイツはツーハンデッドソードって言うのか? 大剣を振り翳して谷口目掛けて突撃する。
『お、こんなトコにも勇敢な奴が居るもんじゃねぇか! そうそう、抵抗する乗客が居てこそハイジャックも遣り甲斐が有るってもんだ』
谷口は余裕綽々で、スピーカすら捨てようとしやがらない。そんな無防備な少年に向かって冒険者が剣を振り下ろす!
「え?」
俺は目を疑った。振り下ろされるべき剣が、彼の腕の動きに付いて来なかったからだ。いや、正確に見たままを説明するべきだろう。
男性の、肘から腕が、有るべき場所に無かった。
「アァァァァアアァァアッッッ!!!!」
黒フードの少年の手の中に握られている「其れ」を見て男性が絶叫する。
「返せッ! 俺の、腕をッ! 返せェェエェッッ!!」
「うーん、人に物を頼む時の礼儀って言うのは知っておいた方が良いと思うよ? だから、これは勉強代だね。うん。こうすれば、もう忘れないだろう?」
国木田は何て事無くそう言ってのけると、切り口から血を吹き流す其の腕を展望台の外、中空へと放り捨てた。当然、其れは重力に従って落下していく訳で。
そして、此処は今まさに飛翔中の巨鳥の背の上。
『残念。アレは流石に回収出来ねぇなぁ』
心底楽しそうな笑い声がスピーカ越しに辺りに響いた。

「オイ、国木田だよな、今の?」
「分かりません。谷口君が動いたようには見えませんでした。しかし、国木田君がやった其の瞬間を確認した訳でも有りません」
……お前の動体視力でも追い付けない動きをした、って事かよ!?
「はい。……恐るべき事ですが、其の通りです」
三流悪役なんてアイツらを評したのは誰だよ? ああ、俺か?
「三流どころではありませんね。彼らは間違い無く一流ですよ。其れも、超の付く……騒ぎにしなくて本当に良かったと、胸を撫で下ろしている所です」
奇遇だな、古泉。俺も今、同じ事を思ってたよ。
「恐らく、涼宮さんと同程度の高レベルだと、そう思って良いでしょう。其れが二人。正面から戦えば、今度こそ死人が出ます。保証しますよ」
分かってる。俺だってそんな馬鹿な真似はしない。
腕を失くして気絶してる奴には申し訳無いが、俺達は生憎正義の味方じゃないんだよ。
俺は目を瞑った。黙って、この状況が行き過ぎるのを待つしか無かった。

展望台に、警備の人間が入ってきたのは其れから三分も無かっただろう。だが、体感時間から言えば半時と言っても決して言い過ぎじゃないように思う。
『お、嬉しいねぇ。続々といらっしゃいまして、俺の出番も有るんじゃないの、コレ!?』
さっきのは国木田の仕業、か。って、分かった所で何になると言うのか。
「いえ、此処で相手の手の内を知っておくというのは非常に有意義な事です。これから犠牲になるであろう警備の皆様には申し訳有りませんが」
「俺達は正義の味方じゃない、か」
「そういう事です。一般人である貴方には此処から先に展開される光景はキツいとは思いますが、どうか堪えて下さい」
分かってるよ。
人の命は平等じゃない。少なくとも俺にとっては。そんな事を、俺は今から再確認させられるんだろう。
仲間を生かす為なら幾らでも非情になってやるさ。世界を守る使命を持った勇者だって悪魔に売り渡す覚悟なんだ。
何処まででも、鬼になろう。

警備の連中は息巻いて走ってきたは良いが、展望台で繰り広げられている光景に絶句していた。
そりゃ、そうだろう。誰だって腕を失って倒れている人間を見たら怯えちまうってもんで。しかし、彼らだって役職上何もしない訳にはいかず。
食われるのを待つだけのガゼルみたいな目をして、震える警棒を握り直すしか無いんだ。其れが地獄への片道切符だと分かっていても。
彼らには乗客の身の安全を守る義務が有るから。
『やる気満々じゃんかよ! ひぃふぅみぃ……もっと揃えてきてくれても構わんぜ! 待っててやるからよ!』
「さっさと終わらせないと、ナンパしてる時間がなくなるんじゃないの、谷口?」
『のわっ! そいつもそうだ! 予定変更して、さくっと殺すぜっ!』
谷口がスピーカを取り落とす。
「要求を聞こう!! 乗客に手を出さないで貰いたい!!」
警備の隊長っぽい髭のおっさんが声を張り上げる。しかし、谷口は聞いているのかいないのか、素知らぬ振りで国木田の方を向いて口を開いた。
「なぁ、アレ全部俺がやっちゃって良いか?」
「好きにすれば良いと思うよ。元々、僕は君のサポートでしかないんだから」
「よっしゃ。なら、やっちまうぜ!」

「――体は輪剣で出来ている。血潮は鉄で、心は硝子。
幾度の戦場を越えて不敗。唯の一度も敗走は無く、唯の一度の勝利も無し。
担い手は此処に一人。輪剣の丘で鉄を打つ。ならば、我が生涯に意味は無く。
この体は、きっと――無限のWA(=輪剣)で出来ていた――」

「「なぁっ!?」」
俺と古泉の驚愕の声が重なる。谷口の周囲に百は下らない数のチャクラム(だよな、多分)が現れたからだ。ソイツは高速回転しながら宙に浮いている。
その光景は、正しく「無限の輪剣」。
警備の人達があるいは後退り、あるいは腰を抜かし、あるいは逃走を始める。
「行くぜ、雑魚ども。責務と一緒に挽き肉になる覚悟の貯蔵は十分か?」
輪剣に囲まれて今や姿すら殆ど見えない谷口の、辛うじて確認出来る口元がニヤリと笑みを浮かべたのを、俺は見た。
――仕掛ける。俺がそう感じたのと、谷口が叫んだのは同時だった。

「切り刻めっ、アンリミテッド=チャクラム=ワークス(無限の輪剣製)ッ!!」
俺の見ている目の前で幾百の高速回転するチャクラムが、男達を襲う。

鳥の背に血の雨が降った。

其れは、惨劇だった。惨劇でしかなかったし、惨劇としか呼べなかった。
鋼の刃が雨と降り、谷口の号令を受けて嵐となる。其の場に居た人間はジューサーに掛けられた果物でしかなかった。
胃液が逆流する。

「うおえぇぇっっ!」
臆面も無く、外聞も無く吐いた。そんな俺の背中を擦りながら、古泉は目を逸らさずに其の光景を見つめている。
長門とは別の意味で、つくづく、コイツも俺みたいな一般人とは出来が違う事を痛感させられる。
「キョン君。堪えられそうに無かったら眼を閉じていて下さい。今、また警備の増援がやってきました」
「……スマン」
俺は古泉の言葉を素直に受け入れて、眼を閉じて耳を塞いだ。
「良いんですよ。人には得手、不得手が有るものです。決してこういった状況を僕が得意としている訳ではありませんが。しかし、こんな時くらいは頼って下さい」
そう言って俺にハンカチを差し出す、古泉の手は震えていた。
……コイツもまた必死に堪えているのだ。飛び出したい感情を。必死に押し込もうと戦っているんだろう。

どれだけ強く耳を塞いでも、指の隙間から悲鳴が聞こえてきて。俺の頭は今にも如何にかなっちまいそうだった。
だけど、どれだけ悲鳴が聞こえても。救いを求める声が俺の耳に届いても。
俺は正義の味方ではないから。
俺の手には何の力も無いから。
俺には誰を犠牲にしても守らなきゃいけない仲間が居るから。
そう自分に言い聞かせて、必死に耳と眼を塞ぎ続けた。

無力な自分を呪ったのは、蔑んだのは、これが何度目になるだろう?

『もう、抵抗してくる奴は居ないのかよ?』
スピーカで拡張された谷口の声で我に返る。眼を開けた。展望台から艦橋に向かう、通路の周りは真っ赤に濡れていた。
どれだけの人が犠牲となったのかなんて分かる筈も無い。けれど、まるで赤いペンキの缶を幾重にもぶちまけたかの其の様は、一人二人の人間で作り上げる事が出来るモンじゃぁ無かった。
「……古泉?」
隣の険しい顔をした少年に問い掛ける。何を聞きたかったのだろうか。俺にだって分からない。
古泉は唯、首を横に振った。
其れが何を意味するのかも、分からなかった。

『ブリッジで怯えて出て来れねぇ、責任者ども! よっく聞きやがれ! この鳥は俺達が頂く! ……えっと、何っつーんだっけ、国木田?』
こんな状況でも、谷口は意に介さず何時もの阿呆な谷口だ。いや、こういう風に作られているのかも知れない。ハルヒがそうであった様に。
「お前達が取れる対応は、だよ」
『おう、其れ其れ。お前らが取れる対応は唯一つだ! 今から俺の言う事を素直に聞き入れれば俺達はこれ以上手荒な真似はしないし、乗客の安全も保証してやる!』
谷口は息を一度吸い込むと、スピーカに向かって大声で叫んだ。

『この鳥に乗ってる客の中に居る、キョンって奴を俺達の前に連れて来い!!』

……え?
「キョン君、名指しですよ?」
……そういう展開かよ。俺と古泉は顔を見合わせると揃って溜息を吐いた。


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