ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友どっかーん 4
キョン<前回の終わりが「はじまりはじまり」ってなっていたのは俺の目の錯覚だよな。な?
佐々木<キョン……世の中には向き合わなければならない現実という物が有るんだよ。そろそろ、君も其の事を知っても良い年頃の筈だ
キョン<涙で現実が見れねぇ……
佐々木<ちなみに未だ折り返しにすら届いていない事を、君は知っているかな?
キョン<夢オチで終わらせちまおうぜ、もう

「魔界第一王位継承者、涼宮ハルヒ。只の冒険者には興味無いわ。この中に勇者、英雄、救世主、主人公が居たら、私と戦って殺されなさいっ!
以上!」
少女は世界に向かって高らかに自分の存在を叫んだ。

ったく、登場すんのが遅過ぎるだろうが、団長様よ。あんまり遅いから此の侭お前の出番は無いのかと思っちまったぜ?
なーんて、冗談だけどな。お祭り好き、イベント好きのお前がこの流れで出て来ないなんて神様、お釈迦様だって想像の範囲外だろうし。
其れにしたって、お前の顔を見るのも随分と久し振りな気がするね。実際には一週間振りの筈だが、もう何年も会っていなかった様に感じる。
……全く何だろうね、この安堵感は? 自分でも良く分からん。

ハルヒは魔界第一王位継承者、って言った。魔界の姫。意味する所はつまり、俺達の敵だ。何てったって俺達の目的は魔王討伐だからな。
ってか、聞かなくても分かったさ。戦隊モンの女幹部みたいな際どい格好して、所々に髑髏モチーフの付いた鎧着てればソイツが真っ当な冒険者だと考える方がオカしいって話で。
お前は今回、俺達の敵に回る心算なんだろうって一目で分かったよ。
でもさ。
でも、どんな形でも、どんな格好でも、どんな場面でも。
俺はお前にもう一度会えて嬉しいんだ、ハルヒ。

素直に再会が嬉しいんだよ、ハルヒ。
お前に会えたら言おうと思ってた、数々の恨み言なんて、綺麗さっぱり吹き飛んじまった。

「何をニヤニヤ笑ってんのよ、気色悪いわね!」
何時しか竜が流した黒い涙の雨は止み、雲一つ無い晴天が山頂に広がっていた。ハルヒは手頃な大きさの岩の上で仁王立ちになって腕を組み、俺達を見下ろしている。
何とかと煙は高い所に昇りたがる、ってか。踏ん反り返る少女の姿に、現実世界の少女がダブる。全く、どんな世界でも、どんな役柄でも。お前はお前なんだな、ハルヒ。
しかし、なんだ。其のハイレグは際ど過ぎるぞ。尻から黒い尻尾なんか生やしやがって。今回のコンセプトは小悪魔か? バニーよりも更にマニアックな選択だな、オイ。
其の類の属性が無い俺でさえ、一寸転んじまいそうじゃないか。って、そんな事を考えている場合じゃないな。
「良いから其のにやにや笑いを止めなさい! アンタ、状況が分かってんの?」
ハルヒが俺に問い掛ける。正直に言おう。全く状況は理解出来ん。
唯、漸くお前に会えたって気持ちで心がいっぱいで。他には何も考えられんってのが本音だ。おっと、この辺の恥ずかしい内実はハルヒには内緒な?
「そう。……なら、優しいあたしが愚鈍なアンタにも分かる様に状況を説明してあげるわ」
愚鈍な、とか一々引っ掛かるお前の喋りを聞くのも久し振りに思えて、嬉しくて怒る気も起きない。嗚呼、俺はどうかしちまったんじゃないだろうか。
ハルヒに会えて、安堵を覚えるなんて。まるであの日のリフレイン。そんな事を考える。

この時、俺は気付くべきだったのかも知れない。全てがあの日のリフレインだった事に。
この世界の全てが、あの時の延長だったって事に。

どっかーん 第四章 『Show she's side/消失再度』

「あんた達が置かれている、この状況は『絶体絶命』って奴なのよ?」
血の様に真っ赤な唇がスローモーションで俺にそう告げる。其の瞬間、目の前に青い戦闘ウィンドウが展開された。
何だコレ? ドッキリか?
ハルヒは何て言った? 「絶体絶命」? 如何いう意味だ? 何で戦闘ウィンドウが現れる必要が有る?
俺の混乱を嘲笑うようにハルヒが笑う。何時も見ていたハレハレな笑顔じゃない。何か企んでいる時の、小悪魔じみたあのチェシャ猫笑い。
「そうね。気持ち悪いし、あんたから先に殺っちゃうわ」
「おい、何考えてやが……」
言いながら俺はハルヒに詰め寄ろうとした、其の時だった。ハルヒの姿が俺の視界から掻き消えた。
瞬間、左頬に鋭い一撃。吹き飛ぶ俺の身体は何時かのデジャヴ。其の衝撃が隣に居た長門による蹴りだと気付くのには数瞬を必要とした。
文句を言おうとして長門を見、そして絶句する。先刻まで俺が居た地面がざっくりと抉られていた。
長門が俺を蹴ってくれていなければ、恐らく俺の左半身と右半身が永遠にお別れしていたのだろう。背筋に冷たいものが流れる。
真実、何時かのデジャヴじゃねぇか、これじゃ。違うのは俺を殺そうとしてる奴くらいで。
俺を殺す事に躊躇いの無い少女。其の存在が俺には理解出来ない。
本当に、こいつはハルヒなのか? 俺は疑問の渦に巻き込まれていた。

お前は誰だ?

「やるじゃないっ!?」
何時の間に接近したのか。嬉しそうに叫んだハルヒが長門に向かって長く伸びた爪を振り翳す。恐らくは其の鋭い爪で地面を抉り取ったのだろう。其れくらいは俺にも分かった。
対する長門は俺を蹴り飛ばした右足を軸に、勢いを殺さずに其の侭回転。ハルヒに背を向けた侭に自由な左足で宙に綺麗な弧を描く。
繰り出されたのは左足での後ろ回し蹴り。
ハルヒは想像を絶するスピードで自分に襲い掛かる踵に、これまた想像を絶する速度で反応すると、そいつを両腕で掴み取る。
骨と骨がぶつかり合う、鈍い音が響いた。
誰かの骨が軋む音。其れがハルヒのものなのか、長門のものなのかは、分からなかった。

長門の脚にハルヒの両腕が蛇の様に絡んだ。
「反応速度はまぁまぁね。単純なスピードも、まぁ合格点をあげるわ。あたしの動きに付いて来るなんて、やるじゃない?」
「!?」
長門の顔に滅多に見られない憔悴が、少しだけ浮かぶ。対するハルヒは平然としたものだ。にやにやと、其の顔から微笑みは消えない。
「だけど、力が足りないわね。なってないわ。ぜ〜んぜん、ダメ。出直してらっしゃい!」
ハルヒが叫んで、長門の姿がブレた。捕らえた脚を持って強引に投げ飛ばしたのだと、俺が気付いた頃には長門は山肌に叩き付けられていた。
余りの速度で投げ飛ばされた為に受身も取れなかった少女の首が、かくりと力無く項垂れる。生きているのか、そうでないのか。其の姿からは判断がつかない。
「先ずは一人、ね」
そう言って、矢張りハルヒは笑っていた。

今更ながらに気付く。
こいつは。涼宮ハルヒは、本気で俺達の敵に回っているのだと。
世界は何時だって残酷だった。

情けない話だが、俺は立ち上がる事が出来なかった。崩れ落ちる長門に駆け寄る事も忘れていた。
其れくらい、今のハルヒは凄惨で、残酷で、美しかった。足が竦んじまう位。身の毛が弥立つ程に。俺はそいつの全身から感じられる殺意に当てられちまっていた。
一枚の女神の絵を前にして圧倒される。そんな経験をもし俺が持っていたら、確実に此処で其の比喩を使うだろう。
見蕩れていた、と言い換える事も出来るかも知れない。
罵ってくれて構わないさ。俺は狂った頭で「こいつが望んでいるなら殺されてやっても良いか」なんて馬鹿な事を考えていたんだ。

蹴り飛ばされて地面に伏した侭の俺の隣を、疾風の様に行過ぎる影が一つ。長く艶やかな髪を風に吹かれるが侭に靡かせて。
ハルヒの前に躍り出たのは鶴屋さんだった。
「よくも、有希っこをおぉぉぉぉぉっっっっっ!!」
怒声と共に繰り出したのは、竜の尾撃すらも吹き散らした光り輝く右ストレート。躊躇い無く、戸惑い無くそいつがハルヒの左頬へ迫る。
「ふぅん?」
ハルヒは突っ込んでくる鶴屋さんを正面に見据える体勢を取った。
にやにやと。例の笑顔は崩さない。其れはまるで、じゃれてくる子供を面白がる大人の様に余裕たっぷりで。
「でやぁぁぁぁぁっっっっっ!!」
鶴屋さんの口から出た気合が、世界を震わせる。瞬間、二人の少女の姿が重なった。
朝比奈さんが親友の為に祈りを捧げている、其の姿が聖女に見えた。
けれど奇跡は二度続かない。だから、奇跡。

奇跡は二度続かない。
何故なら、俺達の敵に回っている、其の少女こそが女神だから。

「ふーん。パワーは十分じゃない?」
ハルヒの左手が、鶴屋さんの右拳を受け止めていた。竜すらも一蹴する一撃を。嘘みたいな光景だった。けれど、何処かに「其れで当然」と思っている俺も居たのは確かで。
「先刻の子と逆ね。パワーは有るけど、反応が鈍いわ」
そう言ったハルヒの右手が鶴屋さんの鳩尾に突き刺さっている。比喩じゃない。鎧を、皮膚を突き破って。ハルヒの手に血が滴っていた。
猛き少女が血を吐く。そしてハルヒに寄りかかる様に其の場に崩れ落ちた。彼女の眼の焦点は何処にも合っていなくて。
まるで、糸の切れた人形を見ている様だ。
まるで、報われない小説のバッドエンドを読んでいる様だ。
俺の目に映り込む情景に現実感が余りに無くて。俺はぼんやりと、地に口付けをした侭動かない少女を見つめていた。
其の口の端から、腹部から。流れていく赤い、赤い血だけがコレが紛れも無い現実である事を俺の脳に訴えてきていたけど。
残念ながら俺には其れを受け止められるだけの心の余裕が無かった。

「こんなもんなの?」
ハルヒが拍子抜けした様に呟く。否、心の底から拍子抜けしているのだろう。声色から其れが理解出来た。
「……いいえ。未だですよ」
背後から古泉の声が聞こえる。俺ははっ、となって振り返った。伸びた背筋もしっかりと、立って俺達の敵を見据えるソイツは告げる。
「戦いの中に虚実を入り混ぜる。兵法の基本ですね。涼宮さん、貴女相手では生半可な攻撃では虚となり得ない。其のジレンマを解消してくれたのは」
古泉が背に負った矢筒には、一本の矢も残ってはいなかった。
「貴女が『こんなもん』と一言で斬って捨てた少女です。彼女は僕の攻撃を成功させる為に自ら進んで捨て駒となってくれました」
古泉の声に冷めた怒りが混じっている事に気付く。超能力者は表面上はあくまで穏やかに、しかし隠し切れない憤怒の情を込めてハルヒを見据えた。
「見えますか?貴女を取り囲んだ幾十の矢に因って作られた結界が」
「くっ!」
ハルヒが悔しそうに唇を噛む。古泉の言葉通り、ハルヒの周囲には例の赤い光を纏った矢がドームを作り上げていた。
鏃の向く先は……言うまでも無いだろう。ハルヒだ。
「貴女の敗因は、先程の竜と同じ。格下だと懸命に生きる者達を侮った事ですよ。其れと、もう一つ」

「僕の仲間を傷つけた事です」
古泉の言葉にシンクロする様に、宙に留まっていた幾十の矢が雨の様にハルヒを襲った。
ハルヒの周囲で砂煙が舞い上がる。

「おい、古泉っ!何考えていやがる!!」
俺は漸く立ち上がると、古泉に近寄って其の襟を引っ掴んだ。
「貴方こそ何を考えているのですか?」
素知らぬ顔で言うソイツの、顔を引き寄せる。
「殺す気かよ!相手はハルヒだぞ!!」
「そうですね。涼宮さんです。しかし、今は僕達の敵です」
「だが、ハルヒだ!!」
「ならば、無抵抗に殺されても構わないと。そう言うんですか? 僕は御免ですよ。……気持ちは分かりますがキョン君、落ち着いて下さい」
コレが落ち着いていられるか!
「彼女は明らかに僕達を殺そうとしている。最初に狙われた貴方が誰よりも一番其の事を理解している筈では有りませんか?……残念ですが、彼女は本気です」
だからって、お前はハルヒを手に掛けるのかよ! 躊躇いも無く!?
古泉は首を振ると、難無く俺の腕を振り解いた。
「今は長門さんと鶴屋さんの救助の方が先です。息が有れば涼宮さんも。問答は、其の後でゆっくりとしましょう。では、長門さんをお願いします」
そう言って古泉が未だ立ち上る砂煙に向かって走り出す。
「クソッタレ!」
悔しいが古泉の言う事は正論だった。俺は出来る限り何も考えないように努めながら、動かない長門に向かって走り出した。

背後で、何かが地面に倒れる音がしたのは、直ぐ後だった。

振り返る。視界に入ったのは地面に力無く伏した古泉。そして、背中をハリネズミの様にした鶴屋さん。砂煙は風にさらわれていた。
「其処の弓使いの言った通りね。『こんなもん』でもなかなか頑丈じゃない?」
言いながらハルヒは、右腕に吊り上げていた鶴屋さんを放り捨てた。
「検討の余地有り、ね。例え弱くても盾ぐらいにはなるって」

悪夢なら早く覚めてくれ。心の底から思った。
こんなのは、ハルヒじゃない。ハルヒらしくない。お前はもっとハレハレな、裏表の無い顔で笑う奴だろ?
お前は、こんな光景を望む奴じゃないだろうが!?

俺の絶叫が空に響く。
返り血で真っ赤に染まった少女は、其れでもにやにやと笑っていた。

ハルヒ<この物語はハルキョンです
古泉<まことに結構かと
キョン<おーい、俺の居ない所で勝手に捏造するなー?

地に伏した古泉。背中に十は下らない矢を刺して動かない鶴屋さん。山肌に叩き付けられた侭、反応の無い長門。状況を悟って懸命に立ち上がろうとする満身創痍の朝倉。其れを止める泣き顔の朝比奈さん。
そして俺のMPはカラで。
総じて状況は絶望的。

でも今、此処で皆を救えるのは、俺しかいなかった。
MPが0でも。肉弾戦なんかやった事がなくても。其れでも皆を守れるのは、五体満足でこの場に立っているのは俺しか居なくて。
頭オカしくしてる場合じゃないって事は分かった。だから。
だから、俺は考える。
皆を助ける為に今、俺は何をすれば良いのか。唯、其れだけを考える。

古泉、お前は正しいよ。こうやって、何もしないで全てが終わってから愚痴ばっか叩いてる俺よりも、よっぽど正しい。
全く、毎回毎回、嫌になるよな。いっつも誰かを犠牲にした後じゃないと気付けない。
自分が今何をすべきか。俺、馬鹿だからさ。そんな簡単な事にも気付けなくて。
鶴屋さん、長門、朝倉、朝比奈さん。皆、自分の頭で考えて、今やるべき事を見つけて、判断して、身体を張ってるってのに。
俺だけが何も考えず、守られてばかりで。
そして其れに報いないなんてのは無しだろ、やっぱ。
だから、さ。
「後、頼んます、朝比奈さん。ハルヒは俺に、任せて下さいよ」
俺は涙で顔をぐしゃぐしゃにした少女に精一杯の強がりでウィンクしてみせると、ハルヒに向き直った。
さぁ、始めよう。
コレは俺とお前の物語だ。

「良い眼じゃない。仲間をヤられて眼が覚めた?」
嗚呼。これ以上無い、最悪の目覚ましだったがな。
「ふーん。先刻までの気持ち悪い表情よりはよっぽどそっちの方がマシね。其の親の敵を見るような眼。ゾクゾクするわ」
そうかい。悪趣味なんだな。
「何よ。辛気臭いのね。あたしとしてはもっと、激昂してくれる方が潰した時も気持ち良いんだけど」
残念ながら、お前の好みに合わせる気は無い。嗚呼、これっぽっちも持ち合わせちゃいないとも。
「へぇ。この状況で未だそんな口を聞くんだ? 其れって強がり? 其れともなんか奥の手でも有る訳? 面白そうだわ。見せてみなさいよ」
そんなもんは無いさ。
「なら、何で笑ってんのよ? 笑ってられんのよ?」
問われて口元に手をやる。口角が上がっていて、俺は笑っていた事に気付かされる。
「ハルヒ」
「初対面で呼び捨てにするなんて、あんた何様?」
……そういや、この世界では初対面か。
「なら何て呼べば良いんだろうな? 涼宮、か?」
俺の口から出た「涼宮」ってのを聴いた瞬間、ハルヒの眉間に皺が寄った。
何かに違和感を覚えている、そんな顔。

其の表情に、俺は悟る。目の前に居るこの「ハルヒ」は、確かに「ハルヒ」なんだって。
こんな当然の事にも気付けないなんて、やっぱり俺は阿呆だね。

「あははははははははっっっ!!」
俺は笑っていた。今度こそ、表情だけでなく。身体中で。込み上げてくる可笑しさを抑え切れなかった。
「何が可笑しいのよ。アンタ、やっぱり状況が良く分かってないみたいね」
いいや、違うね。分かってないのはお前の方だ、団長様。
「予告してやるよ。お前は俺に手出し出来ないぜ、ハルヒ」
「はぁ!? ついに頭までおかしくなったワケ?」
ほら、今度は「ハルヒ」って呼ばれた事に噛み付かない。其れが全てを物語ってるじゃないか。

長門、鶴屋さん、古泉。もう一寸だけ頑張ってくれよな。この状況を打開する糸口を、たった今見付けた所なんだ。
必ず、助けてみせるからさ。嗚呼、俺だってこんな所でゲームオーバーは御免だよ。
最後は皆で笑ってハッピーエンドって、相場が決まってるもんなのさ。こういうのは。

ハルヒの姿が掻き消える。手出し出来ない、って言葉に触発されたのだろう。全く、直情径行の分かり易い奴だよ、お前は。
俺は溜息を一つ吐くと、呟いた。
「取引をしようぜ、ハルヒ。対等の……条件でな」
顔の目前まで迫っていた見事な脚線美が紙一重で止まって、風が俺の前髪を揺らした。
喰い付いてくれた、か。助かるね。比喩じゃなくて、真実助かったのだが。
まぁ、いい。さて、もう一回言わせて貰おう。

全く、何処の世界でも、どんな姿でも、直情径行の分かり易い奴だよ。俺達の団長様は。

勇者の武器って何か知ってるか? 伝説の剣? いいや、違うね。
剣折れ矢尽き果てても、尚勇者には最後の武器が残ってる。ソイツの名は勇気。勇気を持つ者だから、勇者って言うんだとよ。
ならさ、魔法使いの武器ってのは一体何だろうな?
MPも尽きて、杖で戦闘する技術も無い。っつか、正面からやり合った所で勝てる相手じゃ決して無い。そんな時。
魔法使いには何が出来るのか?
勇者の武器は勇気だと言った偉大なる先人はこんな言葉を残してる。
「よく覚えとけ。魔法使いってのはつねにパーティーで一番クールでなけりゃならねえんだ」
オーケィ。理解した。
なら、始めよう。魔法使いの本当の武器を見せてやろうじゃないか。

「取引? 対等?」
そうだ。対等な立場で取引しようぜ。
「あんた馬鹿じゃないの? この状況で、何を如何間違ったら『対等』なんて言葉が出て来んのよ?」
ハルヒが辺りを見回す。あんた達は全滅寸前なのよ、とでも言いたげだ。しかし、俺は敢えて其れをスルーした。
「そうか。悪くない話だと思ったんだがな。少なくともお前には破格の条件の筈だぜ?」
ハルヒが俺を睨む。しかし、此処で気圧されてはいけない。ほら、何時も見ていた部室のハルヒと顔自体は全く変わってないじゃないか。
お前の機嫌が悪い時の表情なんざ見慣れてるよ。そう思い込む事で、これでもかとぶつけられている殺意が幾分和らいだ気がした。まぁ、気の所為だけどな。
「良いわ。聞くだけ聞いてあげようじゃない」
そう言ってハルヒは俺の顎をつつーっと撫で上げた。そんな有り得ない仕草にも違和感を感じなかったのは、コイツがしてる珍妙な格好の所為だと、そう思おう。

「俺から提示するのは一つだ」
言葉を手探りで選びながら、俺は慎重に喋る。此処で間違えてはいけない。
間違えれば全てが水の泡のバッドエンド直行便だ。悪いが俺は未だ、そんなエクスプレスに乗ってみたくはないんでな。
「俺達を麓の村まで送り届けて欲しい」
「へぇ。案外殊勝で、ちんけな望みなのね」
ちんけで悪かったな。俺達……特に一刻を争う鶴屋さんと長門にとっちゃ文字通り死活問題なんだよ。
「で? アンタ達はあたしに何をしてくれる訳? 真逆、適当な宝石とかで誤魔化そうってんじゃないわよね。そんなんならお断りよ? アンタ達をぶっ倒して奪った方が遥かに楽だもの」
平然と物騒な事を言ってのけるハルヒ。まぁ、らしいって言えばらしいか。
哀れなコンピ研の連中を引き合いに出すまでも無く、そう言やコイツはこんな奴だったな。
「其れにそういうブツは見飽きてるの。言ったでしょ? 魔界第一王位継承者って。之でも所謂お姫様的な位置に居るの……之でもって何よ」
「お前が自分で言ったんだっつの」
はぁ。こんな挑発的且つ前衛的な格好して、一人ボケツッコミもこなせるお姫様なんざ見た事無いぞ……って、まぁいい。其れより本題だ。
「俺達の出す条件が一つならお前が得るのも一つだ。お前は最初に言ったな。只の冒険者には興味無い。この中に勇者、英雄、救世主、主人公が居たら、私と戦って殺されろ、って」
「其れが如何したのよ?」
「俺達は残念ながら勇者でも英雄でも救世主でも主人公でも無い。だから、お前は本来なら俺達になんて興味は無い筈だ」
「そうね。で?」
ハルヒがくいと顎を上げる。良いから早く本題を言えってか。予想外の食い付き振りだな。しかし、早く話を切り上げたい俺にとって見れば好都合か。

「お前が殺したい、勇者って奴……俺達で見付けてきてやるよ」
俺の陳腐な頭で出した、之が最後の切り札だった。

まぁ、結局、俺の戦い方は魔法使いで有る無しに関わらず、何時もと何ら変わらないって事だ。

俺の言葉を聞いてハルヒが黙り込む。
……しくじったか?
いやいや、此処で乗って来ない様な奴はハルヒじゃない。逆に言えばハルヒならこの提案に必ず乗って来る!
だから、落ち着け、俺の心臓。
ぎりぎりの綱渡りをやっている事を表情に出すな。ハルヒに悟られたら其れで終わりだ!
耐えろ、俺の表情筋!

「面白いじゃない!」
ハルヒが顔を上げた。其の顔いっぱいにハレハレな笑顔を作って叫ぶ。
……漸く、お前に本当の意味で会えた様な気がするね。全く、冷や冷やさせやがって。
「けど、アンタ達が口約束を破って逃げないって確証も無いわ!其れとも其の辺もなんか用意して有ったりするの!?」
ハルヒが目をキラキラと輝かせる。しかし、生憎俺の頭は其処まで回らなかったんだ。
「無い。之ばっかりは俺達を……俺を信用して貰うしかないな」
「へぇ……アンタ、面白いわね。この状況で信用とか言い出すなんて」
「どーしても信用出来ない、ってんなら俺が人質にならんでもないがな」
走れメロス的発想しか出来ん俺は全く阿呆にも程が有る。自分でもこの辺は残念だと言わざるを得ない所だ。
「アンタを人質にして、其れでそいつ等が逃げ出さないって、保証は?」
ハルヒが朝比奈さんを見据えた。少女がひぅっ、と可愛らしい声を出して縮こまる。朝倉の治療を続ける其の手が一瞬止まる。
大丈夫ですよ、朝比奈さん。俺、言いましたよね。
ハルヒは任せてくれ、って。俺が貴方達を信用しているくらい、信用してくれませんか?
「保証は無いが、そんな事は絶対無いね」
こう何の躊躇も無く言い切れる俺は幸せだ。
「へぇ、仲間って奴? 信頼してるんだ」
「まぁな」

「でも、アタシ……アンタみたいな冴えないのを傍に置いておく趣味は無いのよね」
そう言ってハルヒがにやりと笑む。背筋がぞくりと凍る。
しくった!? 何処でだ!?
「アンタ、名前は?」
「……キョンだ」
本名を出しても良かったがしかし、ハルヒに呼ばれるならこっちの方がしっくり来ると思った。こんな状況で、俺は何を考えているんだか。
一歩間違えば三途の川行きのこの状況で。

「変な名前ね」
ハルヒはそう言って俺に近付く。一歩。また一歩ってオイオイオイ、近いぞ。近過ぎる! 何考えてんだ、ハルヒ!!

「指一本でも動かしてみなさい。頭と身体がさよならするわよ?」
耳元で吐息混じりに言われて、って……艶かし過ぎるぞ、お前! 冗談は止めとけ!!
「冗談? キョンがアタシに持ち掛けてきた交渉の方がよっぽど冗談みたいじゃない?」
そうハルヒが言った直後、首筋に何かが這う感覚が有った。
其れがハルヒの唇だと気付いたのは、其処に液体特有の冷たさを感じたからで。
色気の欠片も無い、一方的なキス。けれど其の唇は、あの夢の時と何ら変わらず柔らかかった。

不意に唇の感触が消えた。
ハルヒが飛び退いて、俺は思わず首筋を擦ってしまう。指に少しだけ感じる唾液の感触が生々しい。
って待て待て。流されるな、俺。流され体質なのは、今は自重しろ。其れよりも、だ。
俺の首筋にキスなんかして。何をやりたかったんだ、コイツは?
顔中をハテナマークでいっぱいにした俺に向かって、ハルヒは何時もの仁王立ちで踏ん反り返る。
「アンタの提案、飲んであげるわ。面白そうだし、此処でアンタ達を殺してもアタシには何の得も無いしね。……ああ、そうそう」

「アンタの命は後一週間だから。死にたくなかったら気合入れて勇者を探しなさい?」
悪魔が不敵に笑って、俺は眩暈がした。

成る程、之が所謂「死の接吻」って奴か。笑えない冗談だな、ハルヒ。


←back next→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!