ハルヒSSの部屋
七月七日の消失 1
今年もだ。今年もこの季節がやってきちまった。ああ、カンカン照りに冴え渡る太陽に俺の無気力を少しでも分けてやりたい。そうすれば俺の一向に伸びる気配を見せない学力だって向上せざるを得ないし、どこだったかが六月にしてあわや四十度なんて記録を叩き出す事も無かったはずだ。

果たしてここまで全力を振り絞り俺たちを苦しめて、太陽のヤツに何か得でも有るのだろうか。いや、無い訳が無いだろう。何か有るからこそ、その身を一層焦がして俺たちの住む太陽系第三惑星へとガンマ線やらアルファ線やらを送るのであるからして、地球の科学者たちは早いところあの灼熱帝王様の弱みを見つけるべきだと思う。

そして見つけ出した弱みを憎憎しい黄色い鼻っ面に突き付けてやれば、そろそろ氷河期も恋しくなってきた事だろう地球だって喜ぶに決まっている。俺だって手放しで喜ぶさ。

何より太陽自身の寿命も少なからず延びるのであるからして、これは脅迫ではなく延命措置、善意の行動である事は誰の目にも明らかだ。一石二鳥、ウィンウィンの関係ってな。つーか、こんな気温が続くようならクーラの無い教室に留まる事を強制されている俺たち北校生の命が割とマジに危うい。

不平等とはつまり、こんなモンではないだろうか。同じ学校に居ながら職員室はエアコンが二台も設置されており、また同じ高校生ながら佐々木の通っている学校では一教室に一つ、必ず冷房設備が有るという。

羨ましい話だ。私立と県立の違いは無論知ってはいたが、親の経済力を理由にするそれ以前の話で俺には学力が足りなかった訳だが。それでも、こんな事ならば無理を言ってでも私立に行っておけば……などと思ったが、逆立ちしてもなんとやら。逆立ちが三秒と続かない俺にはそんな真似すら許されん。

あー、何を言いたいかってーとだ。熱いんだよ。「暑い」ってレベルじゃない。「熱い」んだ。見回せばクラスメイトの半数越えが机に上半身を預けてくたばっている。分かるだろうが今日の気温は尋常じゃない。

「熱いわね……」

ほれ見ろ。子供は風の子元気の子。灼熱太陽なにするものぞ、我こそが太陽神なりってなハズの我らが団長様ですらこの有様だ。世界の優秀な科学者諸君、早急に恒星用の解熱剤を開発しようではないか。

後ろの席で続いてハルヒが何事かボヤくも俺には聴力はおろか、最早声を返すだけの気力も残っちゃいない。辛うじて「俺はもうダメだ。後は頼んだ」という意味を込めて右手を頭上でひらひらと揺らしてみた。

「……そんな所で扇いでもちっとも涼しくならないわよ、馬鹿キョン」

どうやらハンドサインは一つも伝わらなかったようだ。が、訂正する必要性を感じないので放置しておく事とする。いつもならば放置に対して俺の背中をシャーペンで突付くという報復に出るハルヒも、しかしこれだけ熱いと虫の息である。

体力面でハルヒと比べるべくも無い俺は虫の息どころかバクテリアの域だ。気温が高過ぎて「溶ける」という表現の意味をここに来てようやく身をもって理解した。

人体は七から八割方水分で出来ているので、これはもうスライム状の生き物と似たり寄ったりなんだろうよ。しっかし、こうも熱いと溶けるを通り越して蒸発するぞ。ほら、谷口のヤツなんか魂が口から出ちまって……おい、谷口、戻って来い!

そんなこんなで化学教師の「早く自分だけでもエアコン圏内に避難しなければ」という思いを如実に映してだろう、授業は駆け足どころかカモシカインマイレッグで進み、チャイム十分前にして放課後に突入である。

ご存知だとは思うが俺の席は窓際後方二列目であり、それはつまり太陽の範囲攻撃射程内である。カーテンを引いちゃいるものの、そのカーテンが今にも燃え上がりそうなほどに熱い。なるほど、これがファイアウォールとやらか……いや、冗談だ。真に受けるなよ。

「おい、ハルヒ。生きてるか?」

死んでいたら大問題だが。

「……なんとか、ね。早く部室に避難しましょう。あそこなら扇風機が有るし、冷蔵庫も有るわ。それにみくるちゃんがお茶を淹れてくれる」

ああ、そうだった。皆の衆はご存知無いかも知れないが、ついに我らがマスコット未来人、プリティエンジェル朝比奈さんは冷たいお茶も淹れられるようにバージョンアップを果たされたのである。

夏であっても熱いお茶を啜っていたあの日の俺に教えてやりたい。冷たいお茶が飲みたいなら素直にリクエストするだけで状況はこうも激変するものなのだという事を。

捻くれ者は貧乏くじを引くように世界は出来ている……なんてな。

俺とハルヒは我先にとサウナルーム――じゃねえ、教室を飛び出し、廊下で競歩でも行っているんじゃないかと傍から見れば疑わしくなるようなデッドヒートを繰り広げた。走れば暑い。かと言って一秒でも早く楽園には辿り着きたいと言う俺たちが我侭だってのは言われんでも分かっているから黙っていてくれ。

だが、そんな俺とハルヒを部室で迎えてくれたのは朝比奈さんのエンジェリックスマイルではなく。

「ああ、朝比奈さんなら早退なされたそうですよ。この気温ですからね、仕方ありません」

同じ笑顔であっても、朝比奈さんとは違ってマイナスイオンを発生させるなどこれっぽっちも有りはしない副団長によるお出迎えだ。

嘆いたのはハルヒである。

「そんな……アタシのお茶は! アイスロイヤルミルクティは!?」

おい、上に立つ者として団員の心配をする言葉が第一声でなければならないんじゃないのか、ハルヒ。まあ、気持ちは多少なりと分からなくも無いし、しょうがないから俺が代役を務めてやるが。

「なあ、古泉。朝比奈さんは大丈夫なのか?」

「ご心配なさらずともよろしいかと。僕よりも余程頼りになる女性に付き添われてご帰宅なさったようですから」

古泉の言う頼りになる人で脳内検索を掛ければ該当者は一名。なるほど、鶴屋さんの事か。そりゃ確かに心配は要らないな。俺が百人居るよりも心強いお人だ。

「ふーん……まあ、仕方無いかもね。今日はほんっとうに暑かったし。みくるちゃんだし。……あ、そうだ。良い事思いついた」

扇風機が首を振るのに合わせて右へ左へと身体を傾ける、不審なフラワーロックかメトロノーム紛いの動きをしながらハルヒが口にした言葉は俺の背中に電流を走らせた。

つまり、「今度は何物騒な事思い付きやがったんだ、バカヤロウ」である。思い返すまでも無いが、ハルヒが思い付いた「良い事」とやらは総じて俺にとっての災厄でしかない。出来ればもう少し常識的な発想をして頂ければこの身が擦り減る事も無いのだが、悲しいかな、我らが団長様にとって常識とは打破すべき敵であり、涼宮ハルヒとはつまり非常識を抜きにして語れない存在なのである。

それはつまり、コイツの周りに未来人、超能力者が居る事からもご理解頂けるであろうか。

流石に異世界人ってヤツはまだ登場してきちゃいないけどさ。

「その眼は何よ、キョン」

「いんや、別に何も。強いて言うなら、俺たちの輝ける団長様はどんな素晴らしい何かを思い付いたのか俺は興味をそそられて仕方が無いってのを視線に込めてみただけだ」

「ふん、どうだか」

勿論、皮肉混じり――つーか完全無欠に皮肉なんだが。それにしたって聞きたくすらないなんて本音は口に出した瞬間に俺の身体が宙を浮く気がするので却下だ。

「僕も気になりますね。今度はどのような事を思いついたのですか、涼宮閣下?」

「そう? 古泉くんも気になる? 教えて欲しい?」

勿体付けるな。それともなんだ? 俺に覚悟を決める時間をくれているってんなら痒いところに手が届き過ぎて背中は引っ掻き傷だらけだな、オイ。

「ふーん……まあ、仕方無いかもね。今日はほんっとうに暑かったし。みくるちゃんだし。……あ、そうだ。良い事思いついた」

扇風機が首を振るのに合わせて右へ左へと身体を傾ける、不審なフラワーロックかメトロノーム紛いの動きをしながらハルヒが口にした言葉は俺の背中に電流を走らせた。

つまり、「今度は何物騒な事思い付きやがったんだ、バカヤロウ」である。思い返すまでも無いが、ハルヒが思い付いた「良い事」とやらは総じて俺にとっての災厄でしかない。出来ればもう少し常識的な発想をして頂ければこの身が擦り減る事も無いのだが、悲しいかな、我らが団長様にとって常識とは打破すべき敵であり、涼宮ハルヒとはつまり非常識を抜きにして語れない存在なのである。

それはつまり、コイツの周りに未来人、超能力者が居る事からもご理解頂けるであろうか。

流石に異世界人ってヤツはまだ登場してきちゃいないけどさ。

「その眼は何よ、キョン」

「いんや、別に何も。強いて言うなら、俺たちの輝ける団長様はどんな素晴らしい何かを思い付いたのか俺は興味をそそられて仕方が無いってのを視線に込めてみただけだ」

「ふん、どうだか」

勿論、皮肉混じり――つーか完全無欠に皮肉なんだが。それにしたって聞きたくすらないなんて本音は口に出した瞬間に俺の身体が宙を浮く気がするので却下だ。

「僕も気になりますね。今度はどのような事を思いついたのですか、涼宮閣下?」

「そう? 古泉くんも気になる? 教えて欲しい?」

勿体付けるな。それともなんだ? 俺に覚悟を決める時間をくれているってんなら痒いところに手が届き過ぎて背中は引っ掻き傷だらけだな、オイ。

「ええ、率直にとても気になります」

「キョンは?」

どうして俺に振る?

「はいはい、俺も気になるって事にしといてくれ」

「何よ、その言い方」

他にどんな言い方が有るってんだよ。素直は美徳じゃなかったのか?

「……気になって気になって夜も眠れそうにないね、ああ。まったく、このままじゃ不眠症で医者にカウンセリングをして貰わなきゃならん」

「おや、それは大変です。涼宮さん、どうか彼のためにも速やかな発表をして頂けませんか?」

古泉が苦笑いとも微笑みとも取れるどっち付かずな表情を披露する。最近、コイツのこういう顔を見る事が多くなった気がするね。前のような笑顔一辺倒に比べれば大分接しやすくなったと言えるだろうか。

ま、これも俺がそう勝手に思っているだけで誰に言う気も無い事だけどさ。勘違いかも分からんし。

「では!」

言ってハルヒが椅子によじ登る。馬鹿と煙はなんとやら。本当にお前は一段高い場所が好きだよな。熱い空気ほど比重が小さくなる……つまり、高いトコほど暑いんだが、頭が良いはずなのにそういうのはまるで考えちゃいないんだろうよ。

涼宮ハルヒってのはそういう女さ。ああ、一年以上も見てきたんだ。今更そこに疑問なんぞ抱くまい。

「みくるちゃんちにこれから突撃します!」

俺の中で戦いの女神がラッパを吹き鳴らした瞬間である。ついに、だ。苦節一年と三ヶ月。道のりは果てが無く、千里の道を一歩進んじゃ二歩下がってる気もしていたが、そんな事は決して無かった。

俺の今までの戦いは決して無駄なんかじゃなかった……などとどこぞの映画か漫画の主人公のように声高に叫んだ。無論、本当に叫んではそれこそハルヒが前言撤回してしまうため声にならない声でだが。

「……何か言いなさいよ、キョン」

ええい、感動で言葉が出なかったという経験がお前には無いのか。俺は今まさにその真っ最中だからほっといてくれ。

「お見舞いと言うのは非常に良い提案かと思いますが、しかしクラブ活動が同じであっても僕と彼は異性です。いえ、性別を加味せずとも突然お邪魔して、迷惑になりませんかね」

「え? 古泉くんとキョンには勿論別の仕事が待ってるわよ?」

当然と口にしたハルヒだが、台詞全体に「絶望」とルビが振ってある。マジか。自分だけ秘密の花園に突撃か、メアリー。ここまで俺に期待させておいてお前、ちょいとその扱いは残酷過ぎるだろ。

いや、疚しい気持ちは一欠けらも無いぞ。寝巻き姿の朝比奈さんを見てみたいであるとか、彼女が日頃生活を送っているそのエリアは一体どんな花の匂いで満ちているのだろうなんて一ピコグラムほども思っちゃいない!

「嘘ね」

「ああ、嘘ですが何か!? 仕方ないだろ、朝比奈さんだぞ。いや、朝比奈さんだから特別って訳じゃない! 男ってのはそういうのに弱い愚かしいヤツが八割で俺も例に漏れず多数派なんだよ」

アイアムミスターマジョリティ。

「……古泉くん、同じ男として気持ちは分かるかしら?」

ハルヒにチラリと視線を向けられた古泉はとんとんと自分の鼻先を中指で数度叩き。

「分からない、と言いたいところですが。しかし、ここで首を横に振るのは朝比奈さんの麗しさを否定するようでそれも面白くない回答ですね」

「無回答は肯定と取るわよ?」

「いやはや、これは困りました。では、こう回答する事にしましょう。涼宮さんも朝比奈さんに負けず劣らずでとても魅力的ですよ」

古泉とハルヒのやり取りを横で聞きながら感心してしまう。なるほど、これが模範回答ってヤツか。ただし、この忌々しいイケメンが口にするからこそ答足りうる気がしないでもない。

「口が上手いわね、古泉くん」

「いえ、僕は事実を言ったまでですよ……ねえ、貴方もそう思いませんか?」

ここで話の矛先を俺に向けるか。なるほど、ナイストスだぜ、古泉。こんな打ち頃のトスであれば流石に俺でもし損じたりはしない。

「ああ、確かに。病気で弱ってるハルヒとかは見てみたい気もする。普段の快活なコイツを見てるだけにな。こういうの……なんて言うんだっけか?」

「……ギャップ萌え、とでも言いたい訳?」

「ああ、それだそれだ。流石ハルヒ……って、お前なんて眼で見てやがるんだよ」

アレだ。ゴミを見る眼ってこんなんで間違いない。やっぱり俺じゃこういうのは向いてないらしい。古泉、すまん。折角のトスだったが遥か彼方にボールは飛んでいったらしい。力み過ぎたな。

「――ま、いいわ。その気持ちは分からなくも無いし、みくるちゃんはめちゃんこ可愛いしね。……アタシの事も少しは見てるみたいだしね」

ん? 今、お前何か言ったか?

「べ、別に!」

そう言ったハルヒはどこか楽しそうだった。ああ、確かに俺が朝比奈さんのプライベートを覗き見る権利を手にしたら今の少女みたいにニヤニヤしちまうだろうさ。


さて、俺と古泉に下された命はと言うとだ。

「今日は何月何日かしら、キョン」

「あ? いきなりそんなん言われてもな……ちょっと待て。――俺のケータイが壊れてなきゃ七月の五日らしいが」

「そう言えば、明後日は七夕ですね。なるほど」

「一人で納得するのはお前の悪い癖だぞ、古泉。俺にも分かるように一、二言付け加えるくらいは親切の領域に入ると思うぜ」

「察しが悪いわねえ、キョン。七夕と言えば笹でしょうが」

てな感じで。現在、俺と古泉の男手二人組は鶴屋さんの家に向かっている最中である。いわく、一番立派な笹を持ってきて朝比奈さんを驚かせてやれだそうで。

病床の身には余り刺激を与えるのも正直俺はどうかと思ったのだが、それを差し引いても最終的には朝比奈プライベートゾーンへの侵入を果たす事が叶うという欲求が勝ってしまった。申し訳ない。

「良いではありませんか。病床とは言え単なる暑気当たりでしょう。それならばちょっとしたサプライズも薬ですよ」

「そんなもんかね」

古泉と二人、肩を並べて下校道を歩く。これから夏本番を迎えようとする空は、まだまだ日が高い。それはつまり暑いって意味に相違無く、俺と古泉は二人とも三百五十ミリリットルのアルミ缶を手に持っていた。

「やはり、暑い日は炭酸が美味しいですねえ」

「それには同意だが、だからと言ってコーヒーに炭酸水を混ぜて売り出すのはどうかと思うんだよな、俺」

「それ、試してみられたのですか?」

「いや、少し貰っただけだ。あーっと、誰にだったかな?」

不思議探索の時だったのは覚えているんだが、となると古泉か? いや、古泉相手にそんな親切はしないだろう。朝比奈さんか……それともハルヒか。まあ、その二択しかないんだけどな。

妙な感じだ。買ってやった経緯ははっきりと覚えているのに「誰のために」の部分がそっくりと抜け落ちている。確か、ソイツが妙に不思議そうにそのアルミボトルを見つめるモンだから、つい興味本位で買っちまって……で、結局俺が最初から最後まで文字通りの苦い思いをしたんだったな。

ハルヒか?

朝比奈さんか?

うーん……覚えが無い。

「……なんとも要領を得ませんね。少し貰っただけと言いながら、買って全て自分で飲んだとも貴方は仰る。よほど記憶が曖昧なのでしょうが」

「まあ、いつの事だったかも覚えてないくらいだしな。それに俺の記憶力の悪さは……どうせ、こっちのテストの点数なんかもお前は知ってるんだろ?」

俺のプライベートってヤツは一体どこへ行っちまったのかねえ。青い鳥みたいにいつかは自分の家に戻ってきているものである事を俺には祈るしか出来ないのが歯痒い。

「それは、ええ。そんな恨みがましい眼で見ないで下さいよ。僕だって仕事です」

「他人のプライバシに土足で踏み入る時点でお前の仕事は相当にブラックだよ。止めちまえ、そんな仕事」

「そうも行きません。僕が仕事を放棄すれば、それは即ち世界の危機ですから。僕はこう見えましても」

この世界がそれなりに好きなんだろ。知ってるよ。前に聞いた。

「良い記憶力ですね」

「お前、俺をあからさまに馬鹿にしてるだろ」

「滅相もありません」

言った後でコーラを呷り喉を鳴らす古泉は、今すぐどっかの清涼飲料水のメーカがCMを依頼しに来ないのが不思議なくらいに爽やかで、その爽やかさが逆に太陽の熱を増長させる。

……オカしいな。爽やかって言葉を涼しいと同じような意味で今まで俺は捉えていたんだが。

「しかし、少し気になりますね」

「スパークリングカフェが、か?」

今すぐその興味は捨て去る事を俺としては一押しせざるを得ん。お世辞にも美味しい飲み物じゃないぞ、アレは。

「いえ、そうではなく。貴方のその記憶の混濁ですよ」

古泉が缶を持っていない方の手でこめかみをトントンと叩きながら。

「もしかしたら、何者かによって既に攻撃が始まっているのかも知れません」

「攻撃ってなんだよ、攻撃って」

つい素っ頓狂な声が出てしまう。だが、男子高校生の間で攻撃なんて単語はゲームの話題以外じゃ縁遠いしな。そりゃ一オクターブ高い声だって出るさ。

「貴方がそのような反応をするのも分かります。しかしながら僕らは極々日常的に非日常の脅威に晒されている。以上、眼に映るものを全て一度は疑ってかかるべきでは……ないでしょうか?」

「そんな生き方してりゃ神経がその内に参っちまうぜ」

デリケートな方なんだよ、こう見えても。お前やハルヒみたいに心臓に毛が生えてる類と一緒にしないでくれ。

「そうして神経が参っている貴方と言うのも……ええと、なんでしたか? ギャップ萌え……というヤツでしょう」

ニヤニヤするな。顔を近付けるな。ええい、気持ち悪い。

「お前が本気でそんな事を考えているんだとしたら、俺はお前との付き合い方を一考する必要が有りそうだ」

「いえ、僕ではありませんよ」

なら、誰だよ? まさか機関の女の子に俺へとなんらかの感情を抱いてる超能力者でも居るってのか。そりゃ朗報だな。ちなみにその子はお前から見て可愛いかどうかを教えてくれたら助かるね。

「幸運な事に機関では今のところそのような話は聞いていません」

「幸運? そりゃ随分な言い草じゃねえか、古泉。あー、話は戻るが」

「どこまで戻ります?」

「記憶が操作されてるんじゃないかとかその辺りか。俺の知っている限りじゃそんな事を出来そうなヤツは居ないぜ。それに出来たとしてなんで俺からそんなみみっちい記憶を奪っていく必要が有るんだ?」

超能力者は言うに及ばず、未来人であってもそんなに簡単な事ではあるまい。それともとうとう異世界人ってヤツまで暗躍し始めたか? 勘弁してくれよ。

「そのような勢力は感知していません。と言いますか、正直に言いますと記憶云々は戯れの冗談のつもりでした」

……なんだよ、それ。

「僕は思うのです。我々SOS団は今のメンバで増えも減りもしないだろう、とね。何の確証も無い只の勘ですけれども」

額の汗を拭う真似をして口元を隠す。ここで笑ってるのを悟られるのは少々癪な気がしたんだよ。悪いか。

ほんの三ヶ月前に俺も同じ事を考えたなんて、口が裂けたってそんな恥ずかしい事は言えやしないさ。だからただ、心の中でこっそり同意しておくだけだ。

ハルヒと、朝比奈さんと、古泉と、俺。

きっとSOS団はこの四人でメンバが固定されちまってんだよ。――そう、思う。

「この勘というもの、されど決して馬鹿にしたものではないかと。貴方だって今更我々の輪の中に見も知らぬもう一人が入ってきたところで違和感を覚えられるでしょう? 恐らく、我々の女神も同じですよ」

「そうかもな。となると異世界人ってのはどんなタイミングで出て来るんだと思うよ?」

ハルヒが入学当初にぶちかました衝撃の自己紹介。あの言葉通りにハルヒの元へと現れた未来人と超能力者。だったら異世界人ってのも本当は出て来てなけりゃおかしいんだ。

いつまで出待ちしてやがんのか、それともずっと出て来ないつもりなのか……多分、後者に関しちゃ有り得ない仮定だろうけれども。――根拠なんざ無い、ただの勘だ。

俺の問い掛けに古泉は笑った。

「案外、貴方がその異世界人とやらでは無いのですか?」

「あのなあ……俺もその可能性は考えなくも無かっただけに洒落にも何にもならんぞ、その発言は」

「そうですか。これは失礼。貴方であっても流石にそのような危惧を抱きましたか。ですが貴方が一般人である事は機関によって裏付けが取れていますよ。ご心配なさらないでもよいでしょう」

本当か? 俺にひよこのオスメスが判別出来ないように、超能力者にどっかの誰かが異世界人かどうかの判別なんて出来ないんじゃないだろうかなどと、俺は半ば本気で思っているんだけどな。

大体、異世界ってなんだよってーな話じゃないか? 平行世界、パラレルワールド? それともファンタジックな剣と魔法の世界を指す言葉?

「それは……確かに。ともあれ、それを言い出してしまえば異世界人である事に何の特性が有るというのですか? 僕達はこう考えます。異世界人とは」

聞いてやろうじゃないか。

「涼宮さんにとって、そしてまた常識にとって、普通とは一線を画していなければならない。確かにその方を異世界人だと言い切れる何らかの特性を持っていらっしゃるだろう……と」

ふむ、なるほどな。確かに古泉の言うことも一理認めてやらんでもない。ハルヒが求めているものは、少なくともあの電波自己紹介をした入学当時のアイツが望んでいたものは常識を打ち壊す劇的な何か、なのであり。

それなら、俺が異世界人って線は消えちまうか。

「それとも僕らに巧妙に隠していらっしゃるだけで、何か非常識な事が貴方に出来たりするんですか?」

「やれやれ……出来るんならとっくに手の内をバラしちまってるさ」

「ですよね」

などと言い合っている内に鶴屋さんのお宅に到着である。ちなみに、到着したと言っても家をぐるりと取り囲む土壁の端っこであり、ここから正門まではさらに二百メートルは歩かねばならない。

「いつ見ても壮観だな、この壁は」

俺がポツリと漏らした呟きに古泉が苦笑する。

「何、笑ってんだよ?」

「いえ、この間ここを通った時も貴方は全く同じことを言ってらっしゃったなと思いまして」

変な事を覚えてるんじゃねえよ。己の語彙の少なさに俺が落ち込んじまったらどう責任を取ってくれるってんだ。

「しかしまあ、確かに鶴屋さんのお屋敷は立派ですね。知っていますか? これだけの土地と建物を所有し続けるというのは、それだけでも莫大な金額を要するのです。この白壁が美しい体裁を保ち続けるのもまた、お金が掛かる。僕らとしてはスポンサの事業が上手く行っている何よりの証でして」

ああ、そう言えば鶴屋グループは機関のスポンサだって話だよな。鶴屋さんのご親族さんとやらに俺は一度も会った事がないが、古泉のやっているトンチキな活動に出資するようだから相当に頭の柔らかい人なのだろう。鶴屋さんご自身もそんな感じだ。

「僕は一度会ってお話をさせて頂いた機会が有りました……が、その話はまた後日という事で」

正門に辿り着いたタイミングで古泉が話を切る。少しばかり興味をそそられる話ではあったが、今絶対に話しておかねばならん内容で無い事には同意しよう。

チャイムを押して待つこと数秒、インターホンに出たのは鶴屋さんだ。

「ほいほーい。どなた様っかなーん?」

……門の向こうに居るのが誰なのかも分からない状況ですら鶴屋さんはいつもの鶴屋さんである。

「ども」

「おおっ、その声はキョン君じゃないか。何々? みくるの事が気になって来たのかい?」

「え? 朝比奈さんはこちらにいらっしゃるんですか?」

「うん、いるよー。家に帰っても誰もいないって言うし、そんなんだったらウチに来て貰った方が私も安心だしねー」

全く、一から十まで本当に頼りになる先輩である。ってな訳でハルヒ、無駄足を恐らく現在進行形で踏んでいるだろうがご苦労さん。

「って訳でみくるの身柄は預かった! 返して欲しければ……えーっと、どうしようかな?」

なるべく穏便に返して頂きたいところであるが……って、違う違う。本題その一は確かに朝比奈さんであるが、その朝比奈さんが保護されているのならそれはそれで構わないのだ。

「あーっと、鶴屋さん。こんにちは、古泉です」

「お、古泉君も一緒に居るのかい?」

流石に俺は一人でこの馬鹿でかい屋敷を訪ねる度胸は無い。ピンポンダッシュでさえも躊躇われる小心者で悪かったな。


「ええ。我々は実は……」

と、古泉が本題を切り出そうとしたのだが、それは元気の良い声に遮られた。

「皆まで言わないでだいじょぶ! ハルにゃんから聞いてるよん。ウチの裏の竹林に有るヤツで良かったらどんっどん持ってっちゃって良いから!」

ほう、ハルヒのヤツ先回りして話は通しておいてあるのか。リーダーとしては正直その資質をどこまでも疑わねばならん傍若無人の無神経だが、イベント事にのみ関して言えばその手腕は折り紙付きだ。

猪突猛進とハサミは使いようなのである。

「そうですか。では遠慮無く」

「うん。あ、すぐ門開けに行くからちょいと待ってて」

ぷつりとインターホンの切れる音。俺と古泉は揃って顔を見合わせた。

「涼宮さんに朝比奈さんの現在の居場所をお伝えしておきましょう」

「ああ、そうしてくれ」

速やかに連絡しないと後が怖いからな。


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