三毛と上司 3
恥も外聞もなくメソメソと泣きはじめたミケに、俺は深いため息をついた。
「あのな、ミケ。お前には本当に感謝してる。だけど、俺らのせいでお前の立場が悪くなったら嫌なんだよ。悪魔の世界のことなんてよくわかんねぇけど、俺が思ってる以上に大変みたいだし」
「うっうっ、ダーリン……ミケのこと、嫌いになってないですか?」
「なわけないだろ。仕事が終わったらいつでも会いに来い」
「わぁん、ダーリン!!」
俺の言葉に感極まったミケが、ほっぺたにチューしようとしてきたので、ローテーブルの影で思いっきりつま先を踏んづけてやった。
「では……さっそく解約の手続きに移りたいのですが」
七三男が丸眼鏡のブリッジを指で押し上げてそう言うと、母親も渋々頷いた。
「ご契約者様に部下の真名を復唱して頂けば、それでご解約の成立となります」
ミケはしばらく俯いていたが、ようやく口を開いてボソボソと何かを呟いた。
「さあ、どうぞ」
七三男が笑顔で、母親に復唱を促した。
「え?」
俺も母親が不思議そうな顔で七三男を見ると、今度は七三男とミケが不思議そうな顔でこちらを見た。
「だから、◎§♪☆¶※……」
「……発音できるかボケナスッ!」
俺のツッコミに、ミケが目をぱちくりさせた。
唯一の解約の手段である真名が、人間には聞き取れないってどういうことだ。詐欺か。
だけど、ミケはともかく、七三男までもが「予想GUYです」って顔をしてるので、マジで二人とも知らなかったようだ。
まぁ、俺自身も悪魔と契約した人間の体験談なんて他で聞いたことがないし、ましてや契約の途中解約なんて、悪魔的にも稀なケースなのだろう。
へなへなと力が抜けて思わず突っ伏したが、そんな俺の手をミケがギュッと握りしめてきた。
横目で見やると、いつになく真面目な顔をして七三男の表情を伺っているミケがいた。
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