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フラッシュバックするあの日の夢。消えてくれない深い傷跡。

(銀妙)


今両足で立っている此処を銀時は知っている。
妙に現実味を帯びているありさま。
湿った地面に項垂れているのは人か、化物か。


どこまで進んでも果てのない血の海ばかり。
赤黒く染まり、烏が飛び回る空。


「死ねえええええ!!」

血に飢えた天人が槍を振り回し暴れ回る。
一人の男が腰から刀を抜いた。
瞬間。
天人にも男にも、眼に映るのは赤となった。
腹を斬られた天人はぐったりと死体の上に覆いかぶさるようにして倒れる。

男は全身に血を帯びていた。
しかし全て彼の血ではない。

(あれは、俺か…)

目の前に映るは過去の己、白夜叉。
刀を手に取り、戦場を駆け巡る鬼。
そう恐れられてきた。



「…しゃ。し、ろ…やしゃ、あ」

銀時の足元の死体が突然動き出し、足を掴んだ。

「しろ、やしゃ…ころ、す…」
「どう…し、て、しろや、しゃ…」

死体が這いずりまわっている。
数はどんどん増すばかり。
己が斬った者、己が守れなかった者。
銀時は振り払うことが出来ずいた。
恐怖に支配されていた。
(い、やだ…やめろ…やめろ)

声を出すことも儘ならない。
離れようにも、死体が足を解放しようとしない。



「銀時」

名を呼ばれた。
とてもとても懐かしい、暖かな声。
まだ彼の中で残っていた響き。
信じられなかった。
しかしその響きをまだ覚えている。


ゆっくりと振り向く。
手に力を込めながら。

「せん、せ」
「殺してやる」

眼に飛び込んできたのはあの人ではない。
先程夜叉が殺した天人だった。


トサッ
一本の槍が銀時を貫く。
腹部からは血が溢れ、口からも血を吐く。

「お前が悪いんだよ…お前がああ」


銀時自身も死体の上に倒れこんでいく中。
ああ、これが死か。
そう思い、意識を放していった。






「…ん。…さん」
「銀さん」

ハッと目を覚ました。暗がりの中。

呼吸を乱したまま繰り返す。


「……お妙?」


隣にいる彼女に気がつくと、憂いの表情を銀時の方に向ける彼女は、彼の額から頬にかけて白い手を滑らせ、汗を拭おうとする。

さっきの光景とは打って変わった此所はどこなのか。
一呼吸置き、ゆっくり今の状況をくみ取ろうとした。

夢、なのか。
すべて幻だったというのか。
あの血の匂いも、感触も、死も。
そして名を呼んだあの人の声も。


それを認めさせるのは、今銀時に触れている女の柔らかな手だった。



「大丈夫ですか?」
「あぁ。…悪ぃ」
「私はいいの。それより、凄い汗だわ。…今着替えを」
「いい」


彼女を何処にも行かせまいと、胸に押さえ込む。
窮屈な程抱きしめられた妙は、苦しいと伝えることもせず、彼の胸元に顔を埋めたままでいた。



少しして、腕が緩められた。
すると今度は口づけの嵐。
彼女を見下ろすようにして、それは行われる。

そっと触れたり、深く絡めたり。
無理やりに口を開けさせ、中を貪る。
唇だけでなく、額や髪。瞼や頬。
耳や首筋にも、舌でなめらかにとかす彼の行為を、されるがままに受け止める彼女。
甘い熱い息を吐く。


今触れないと、またあの場所に戻りそうな気がして。
彼女を忘れそうな気がして。
温もりも存在も、確固たるものにしようと縋った。




「……怖い夢、見たの?」


妙が恐る恐る聞いた。声色は震えていた。
銀時は我に返ったのか、妙の肌を滑らせていた唇を離し、彼女を纏うものを剥す手を止めた。


「……昔の、夢」
「恐ろしく、怖い夢」

"ごめん"と零した銀時の手は強張っていた。痛みを噛み締め、全てを悔やむような瞳。

彼がいた世界に、今彼はひとり。
夢だけれど、夢ではない。
斬ったのも、守れなかったのも、過去に在った事実。




妙は彼の頭を包み込むようにして、抱き寄せた。



「ひとりじゃないわ」
「ひとりで怖がることなんてない」


銀時の髪を梳き、心を慰めようとする。
壊れて砕け散らないよう。


「あなたを愛してあげる」
「だからもう、ひとりじゃない」


彼女が届けた、彼を慈しむ言葉。
銀時の中で、泣いてしまいたい衝動が沸き起こる。
そして彼女を優しく愛してやりたいと。
こんなにも弱りきった男を前にしても、彼女は愛することをやめやしない。
それはきっと彼女の覚悟。




彼の過去は消えないもの。それは深く傷を抉り、跡を残す。
その跡を少しでも癒せればと、妙は側にいる。
少しでも、優しさに身を任せてほしくて。


「…妙、」


傷跡を背負って歩んでいくこと。
とても勇気が要ることだけど。
ふたりで分かち合って、背負っていけるのなら…


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