届けたいもの 世間では乙女決戦日。 全国の乙女はチョコレートやらお菓子やらを求め、せっせと歩き回る。冬のこの季節。 街中で、大量のチョコレートを入れた紙袋を提げて歩くポニーテールの少女、その隣に傘を差してくるくる回すお団子頭の少女が並んで歩いていた。 「はい、神楽ちゃん。ハッピーバレンタイン」 「アネゴォォォ!ありがとうネ!大好きヨ!」 妙は紙袋の中から一つだけ違うラッピングの箱を神楽に渡した。 神楽はそれを受け取り、妙に盛大に抱きつく。 「今年も本命アルか?」 「ええ、勿論よ」 女の子の、はね。 その言葉は心の中に止どめられた。 「これはお店のお客様、こっちはお店の子」 家に着いた妙は、大量のチョコレートが入った箱を散らばめ、それぞれ配る人に分けていた。 義理チョコと、友チョコというやつだ。 「これは新ちゃんで、これは…」 最後に残った一つの箱を手に取る。 お客とも仕事仲間とも新八とも、ましてや神楽とも違うラッピング。しかも少し大きめだ。 それは妙にとって特別を意味する人に渡される。本命チョコというやつだ。 ふう、と一呼吸し、その箱と共に再び家を出る準備をした。 ―――――――――――― ガラガラガラ 「こんにちはー」 弟が勤める事務所"万事屋"の玄関を開ける。 中から出てきた彼は本命の相手。 「よお、どうした?」 「ちょっと渡したいものがあって」 「ふーん…ま、入れや」 何でもないような顔をしているが、さっきから紙袋の方をちらちらと見てきている。 やはり期待しているのだろうか。 そんな彼に「はい、どうぞ」と簡単に渡してしまうのが何だかつまらなく思い、妙に少しばかりの悪戯心が芽生えた。 「で、渡したいものって?」 ソファにふたり腰掛け、銀時は尋ねた。 「これです。お登勢さんに渡しといて下さい。さっき伺ったら誰も居なくて」 「…これだけ?」 「そうですけど?」 「本当に?」 「ええ」 「他は?」 「誰かいましたっけ?」 想定外のことに拍子抜けして、銀時はぽかんと口をあけた。 妙はこみ上げてくる笑いを我慢して、あたかも"あなたには何も用意していない"という顔をする。 「本命はもう渡しました」 「はあ?!」 耳元でキーンと鳴り響いたそれにも気に留めず、淡々と話し出す。 「すっごく喜んでくれたわ。大好きって抱きつかれちゃった」 「………」 銀時はだんだん瞳が弱弱しくなっていき、意気消沈してしまった。 そして、"もうだめ""生きていけない"など、ぶつぶつと呟きだす。 本当にがっくりと肩を落とし、手を顔に当て、しょんぼりとする彼を見て。 妙はもういいか、と思い紙袋に手を入れる。 「女の子の、ですけど」 「……へ?」 「本命の話ですよ。神楽ちゃんのことです」 紙袋から取り出した、少し大きな箱を差し出す。 「はい。少しからかってみたの。ごめんな」 肩を掴まれ、顔が急接近。 言いかけた言葉は邪魔されてしまった。唇で。 いきなりのことなので、避けられやしない。 ようやく理解したのは彼が離れてから。 「…何するんです」 「こっちの台詞。俺で遊ぼうなんて、やってくれんじゃねえかオネーサン」 銀時はニヤリと笑い、くいと彼女の顎を持ち上げる。 「これ、開けてみて下さい」 妙の手からそれを受け取り、シュルリと紐を解いて、包装紙を剥がしていく。 中から出てきた丸い形をしたのはトリュフ。 ひとつ手に取り、口にひょいと投げ入れた。 「甘いな」 「お酒も入ってるの」 「もっと甘くして」 「どうやって?」 手を彼女の口元にもっていき、指で唇をなぞる。 「これ、俺のに重ねて」 「さっきしたじゃない」 「ばか、足りねえよ。お前から、な」 「…特別。今日だけよ。」 両手で彼の頬を包んでやり、チョコレートの甘い香りが漂う中、彼女のそれは彼のに重ねられた。 最初はついばむように触れ合う。 口を少しあけ、戸惑いながら舌をも重ねあわせる。 ぞわっ、と振動、けどうっとり酔ってしまいそうな感覚。 引っ込めようにも彼が制してやまない。 ちょっぴりのお酒も味わう。 口内から唾液が漏れ、呼吸が分からなくなると、ゆっくり遠ざけられた。 「お詫びのつもり?」 「…さあ?」 「よかったからもう一回」 「もういや」 彼女からにしては積極的だったので、銀時は気を好くしたらしい。 手を当てれば微熱みたいな。 おそらく紅色になっているだろう顔に恥ずかしさを感じた妙は、腕を銀時の首元に回し、顔を見られないようにぎゅっとした。 「銀さん」 「何?」 「たぶんすき」 「たぶんって何」 上手く"すき"を表せない彼女。 少しの時間、そんな彼女なりの愛情をたくさん感じた、2月14日。 「お返し楽しみだわ」 「高級アイス100個とか勘弁な」 |