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長市短編三種



今日も戦だった。
まったくこの日ノ本には悪ばかりが蔓延っているとため息をつく。
そういえばここまで戦が続いたのは隣に佇むこの妻が輿入れしてからだったとふと考える。
白い顔だと思う。
いやもしかしたら青いともいうかもしれない。
黙って立っているその姿に家臣達は絶世の美女だと持て囃す。
確かに家臣達がいうように整った顔立ちだろう。
しかし自分にはこの妻がただ黙って立っているその姿になんの魅力も感じられない。
妻を人形と呼ぶのは悪だとは思うがその姿はまるで人形のようだとも感じる。
一歩だけ後にいる妻を見る。
整った顔。
後悔の言葉。
無駄口を叩くよりはましだが何も感じていないかのように空虚だ。
ただ過去や出生を悔やむ自嘲めいた笑いではなく心の底から笑ったその顔をはきっと綺麗だろうにと惜しく思う。
ただ問題はどうすれば笑うようになるのかはわからないということか。







そっと傷口を触る
「っ」
少しだけ、体中に痛みが走った。
はっきり言うと嫌がらせかと言いたい。
しかしいつも不健康そうな妻のその顔に心配だという気持ちが見え、満足するまで触れさせておく。
白い顔だと思っていたがここまできたら青く見える。
「ごめんなさい」
「…何がだ?」
妻はただただごめんなさいとそれしか言えなくなったのかと思うほどそれだけを呟く。
「市、何に対して謝っているのだ」
すこし苛々としながら妻に問う。
こういう所が部下に長政様は姫さまにキツすぎますお可哀相ではございませぬかなどと言われる要因なのだろうか。
はぁとため息をつく。
わからないものを苛々するのはしかたないだろう。
ため息に少しびくっとしながら消えるかのように呟く。
「だって…長政様、市のせいで怪我を…」
「市のせいではない」
「?」
意味がよくわからないというふうに伏せていた顔を見上げる。
まるで童のようだなと頭のどこかで思う。
「夫が妻を庇うのは当然のこと、夫婦とは支え合うものだからな。それを庇いつつ回避できなかったのは私の未熟だ」
まだまだ正義の心が足りなかったと足の怪我がまだ治っていないというのに勢いよく立ち上がった。
やはり痛いのかうっと一瞬動きが止まる。
「…長政様、」
なんだ無駄口以外なら聞くぞと振り返る。
「市も、一緒にお手伝いします」
勝手にしろと少しだけ嬉しそうに言った後前を向く。
自分もその姿に少しだけ嬉しく感じ微笑む。
自分を人形じゃなく妻として、人として見てくれたこの人の手伝いをしたいと心から思う。
そういえば自分からなにかをしようとしたのは初めてだったと思い出した。
「市、早くしろさっさとこい」
はいと返事をしてから少しだけかける。
その音を聞いてせかせかと歩くその姿にこの夫の優しさが見えた気がして後ろから綺麗に微笑んだ。









「貴女の夫は操り人形のようですね」
「…なんで?」
「この軍を骨抜きにして動かしているのは貴女だというのにそのことをまるで気付いていない。とても滑稽ですよ」
「そんなことないわ」
「何故ですか?」
「市は長政さまがいなきゃ『生きて』いないから」
どんなにあの人の軍を操れてもあの人がいなきゃ私は何もできない人形になってしまうだろう。
「なるほど、あの方の人形が意思を持った、という事ですか」
返事も頷きもせずに美しく微笑む。
あのような男のために『意思』をもつとは…理解しかねますねと死に神はいつも通り抑揚のない言葉を宙に放った。








あの人は光、だと思う。
全てを明るく照らす光。
あの人には闇の部分がない。
まるで太陽のようだ。
でも私は闇だ。
だからあの人とは夫婦でいても一生わかりあえないだろう。
でも
でもそれでいい。
光があれば闇はその存在を一掃引き立てられる。
そして逆もまたしかり。
「長政様は、太陽みたいね」
突然後から発した妻の言葉に不振そうになんだと振り返る。
「長政様は太陽で市は夜の闇みたいって思ったの」
「そうか」
無駄口を叩くなと怒鳴られるかと思ったが予想外に否定でもなく肯定でもない言葉が返ってきてきょとんとする。
「そうだな。私はどちらかというと太陽よりも月のほうが好きだ」
意味がわからないがとりあえず頷く。
その姿に満足したのか巡回だといいながらもう一度前を向いて歩き出した。
慌てて追い付こうと早足で歩く。
「たしかに太陽はどこまでもこの日ノ本に光を届けるだろう。だがたまに熱苦しくさせ農作物に被害をだす」
はいと消えそうな声で返事をする。
そんな市を察してかどうか知らないが少し歩く速度が遅くなった。
「だから太陽よりも月でありたい。」
わかったなといいすぐに答えを言わない市に苛立ったのか振り向く。
そんな夫の姿に微笑む。
「…じゃ市は長政様とずっと一緒にいられるね」
照れたのか当たり前だろう夫婦なのだからなとフイっと顔を反らしまた前を向く。
セカセカと歩き出した夫を見てまた追い付くために早歩きで歩き出した。



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