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グラデーション
1

わかっているつもり、君がただ縛り付けられているだけだってこと。
君がいつ愛想つきたと言ってもおかしくないってこと。
君が時々悲しそうな顔をすることも。

ずるい俺は君の事をいつまでも離せないでいる。






「身の程知らず」
「しね」

1人で廊下を歩けばすれ違い様に囁かれる、見知らぬ人に。机の中には教科書やノートを置いて帰らないって学習もした、口汚い言葉の落書きだらけになるから。上靴も毎日持ち帰る、虫やゴミまみれはもう嫌だから。

「成田くん、ちょっと俺らと来てくんない?」

今も廊下を一人で歩いていたら、ほら、また。こいつらは一応疑問系で俺に話し掛けるけれど、はなから俺に拒否権なんかありやしない。
いつでも、俺が一人になる瞬間を窺ってるようなやつら。

そして体育館裏に呼び出しだなんて、なんてベタな話なんだろう。全然笑えない。

逃げたり、抵抗したりはもうしない。そんなことをしたら余計に痛い思いをするだけだって、身に染みてる。

「本当さ、目障りなんだよね」
「キミ自分のこと鏡で見たことありますか〜」
「男前にしてやるよ」

頭上に掲げられた500ミリのペットボトル、今日はスポーツドリンクか。まだマシだ、前に牛乳を掛けられた時は正直参った。ニオい的に。というか、飲み物を無駄にするなよ。俺なんかのために…。

バシャバシャ、勢い良く頭に掛けられる液体はじわじわ紺色のブレザーの色を濃いものにして行く。冷静に、またクリーニング行きだなと思った。

「だっさ〜」
「ごめーん、余計ブサイクにしちゃったね」
「恥ずかしー」

確かに、びしょ濡れになった俺を指差して楽しそうに笑っている目の前の三人は、俺なんかに比べたらずっと秀でた外見をしている。
こういう人なんだろうな、央(なかば)の隣が似合うのは。

「幼なじみだか何だか知らねえけどさあ〜」
「いい加減央さんだってうんざりしてんだろ、あんたのお世話は」
「調子乗りすぎ」

わかってるよ、そんなの。痛いほど理解してるから、わざわざ言わないで。
でも俺は何も言い返せなくて、ただうつ向いて自分の足元を睨んでいた。
鼻の奥が熱くなって、視界が滲んでいく。泣いてはいけない、泣いたってこいつらが喜ぶだけなんだから。

黙っていたら、その内飽きて居なくなるんだから。堪えてればいい。

「由ー良ちゃん?聞いて…」

ぐい、襟首を掴まれた時。

「由良」

耳に届いた大好きな人の声…ああ、央だ。央が来てくれた。

「由良に触んないでくれる」
「すいませー、っぐ!」

痛そうな音を立てて、先ほど俺の襟首を掴んでいた男を央は殴る。そして地面に派手に転がった男の腹を靴底で踏みつけた。
それを見下す央の目は、酷く冷たい。

「ざけんな、由良が汚れんだろ、触んじゃねえよカス」
「っが…、す、すいません…」
「さっさと目の前から消えろ」

あとの二人に支えられるように、殴られた男は去っていく。俺はそいつらが見えなくなるまで後ろ姿を見つめる。

「由良…大丈夫?」

央に俺の頬を撫でられてふと我に返った。ジリジリと、俺の中の何かが焦がれる音がする。

「…触んな!」

央の手を思い切りはね除け、そのムカつく位に整った顔を睨み付ける。

「…由良」
「誰が助けろなんて頼んだ」
「放っとくなんて無理だよ…」
「大体!あんたのせいで俺がこんな目にあってんだよ!」

違う、違う違う違う。
こんなこと言いたいんじゃない。央は何も悪くないのに。
俺を守ってくれたのに。

「ごめん…由良…」
「…いい加減、俺から離れろよ」
「そんなこと、出来ないよ…お願い由良、俺を捨てないで…ごめん、ごめんなさい…」

言わなきゃ、助けてくれてありがとうって。本当はずっと傍にいてほしいって。捨てないで、だなんて俺が言う台詞なのに。

俺はいつでも傍に居てくれる央に甘えきって。
いつも可愛くないことばかり言って、君の事を傷付ける。
こんな自分が大嫌いで大嫌いで。

「由良、由良…怖かったでしょ?ごめん…あ、制服…」
「…っ、いいから。こんなの、平気…」

嘘、本当は凄く怖かった。泣きそうな位怖かった。
そう言ってすがり付けば、良いのかな…


小さい頃に、約束をした。

『ぼくが一生、由良を守るから』

央は真剣な顔で言った。

わかってる、央はずっとその約束に囚われたままだって。
だけど俺は、離してあげられない。


「あんたなんか、大嫌いだ」

ごめん、本当は大好きです。

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