アーユーマイン?
33
映像は、女の子が自分の部屋で勉強をしている場面から始まった。そこに、扉をノックする音が聞こえ部屋に男性が入ってくる。どうやら家庭教師の模様。そこから5分ほど、勉強をする2人の下手くそな演技が続く。それにしても、この女優さん演技が酷すぎる。台詞が全て棒読みだ。
ふと、雰囲気が変わった。
家庭教師が、女の子に下ネタ的な質問をぶつける。女の子は少し恥じらいながらも答え、質問は少しずつエスカレートしてゆく。じわじわと、卑猥な空気になっていくのが画面越しに伝わってくる。
俺も、瑞季も、咲人も誰も喋らない。
家庭教師の手が、女の子の背中を撫でた。男に何かを囁かれ、女の子はゆっくりと頷く。そして2人は近くにあるベッドに移動し、キスをして…
まあ、AVだからこの後はお決まりの展開って感じで…愛撫をされながら女の子の服はどんどん脱がされていき、喘ぎ声も過激になっていく。
ドキドキするし、もちろん興奮もする。だけどすぐ隣に咲人が居るから映像に集中出来ない。
咲人がどんな顔をしているのか気になる、けど何だか恥ずかしくて顔が見づらい、俺が迷っていた時…
「さ、咲人?大丈夫かっ?」
ちょっと焦ったような瑞季の声が聞こえ、ばっと咲人の方に視線を向けた。
咲人は、口元を手で覆い俯いている。肩に触れると、僅かに震えていた。
もう、AVどころではない。何事だ、どうしたんだ咲人。
まさか、興奮しすぎて鼻血出たとかじゃないよね?
すると、咲人がぼそりと呟いた。
「気持ち、悪い…」
俺と瑞季は、まさに絶句して顔を見合わせた。
取り敢えずDVDを止め、部屋は静かになった。
咲人がゆっくりと顔を上げた、顔色が悪い。
まだ状況を掴めていない様子の瑞季(俺もだけど)が、遠慮がちに声を掛ける。
「咲人どうした?具合悪かったのか?」
「いや…。俺…こういうの苦手で」
「こういうの?」
「だから…AVとか、他人のキスとかセックスとか、気持ち悪くてっ…う、見れないんだよ」
俺と瑞季が、再び顔を見合わせた。
何てこった。
驚きすぎて声が出ない。これぞ絶句ってやつ。
暫し流れる沈黙。
ハッとしたように、瑞季が口を開いた。
「そんなこと、今まで言ったことなかったじゃん」
「言う必要が無かったから」
「俺、いつもAVの話とか結構エグい下ネタとかしまくってるのに」
「別に、その位は平気だし。ただ、実際映像とかで見るとちょっと…。特に、キスした時のぐちゃぐちゃって音とか、唾液とか、他人の体液とか、映像越しでもキツい」
え!?
そんな人居るんだ?何、極度の潔癖症ってやつ?うーん、セックス恐怖症とか、性嫌悪とか、そういうのが存在すると聞いたことがある…それかな?
いや待てよ。でもこいつ、俺にキスしてきたじゃん!散々舌入れて、それこそぐちゃぐちゃってしてきたじゃん。
それに、俺のせ…精液飲みたいとか…俺とヤりたいとか気持ちの悪いセクハラ発言だってバンバンしてくるくせに、AVは気持ち悪いの?おかしくない?納得いきません!
瑞季も疑わしいようで、更に質問を続けた。
「えー、じゃあ実際ヤる時は平気なわけ?お前のことだからセックスとかしたことあるだろ?」
「…は?無いよ、そんなの」
「「はあ!!??」」
これには、俺と瑞季も仰天してハモってしまう。
「またまたあ〜俺と奏太が童貞だからってからかうなよ。お前、それだけのイケメンでセックスしたこと無いとか有り得ないだろ」
「いや、無いから。どういう偏見だよそれ…。てゆうか俺らまだ15じゃん、別に経験なくてもおかしくないでしょ」
「おかしい!お前の場合はおかしい!!それだけの見た目で何で童貞なんだよ!俺がお前ならヤりまくってる!」
「うるさいな、無いもんは無いんだよ。てゆうか、ヤりたいと思ったことが無かった。でも…」
「でも?」
「今も、相変わらず他人のセックスとかは気持ち悪くて見れないし、ヤるとか絶対無理。キスも無理。だけど、1人だけ例外が居る。その子とならキスもしたいしセックスもしたいと思う」
へー。
…待て、その例外ってまさか…。
「へー!咲人って好きな奴居るんだ?」
「うん。他人の体液とか気持ち悪いし絶対触りたくないけど、その人の体液なら汗だって精液だっておしっこだって舐めたいと思えるよ。俺にとって唯一の人なんだ。俺にはその人以外有り得ない、きっと最初で最後の恋」
「極端ってか、マニアックだなお前…、って、精液?え、お前の好きな奴って男なの!?は!?お前ソッチだったの!?てゆうか初恋?ちょっと待って…どこから突っ込めば良いの!!?」
ぶわりと顔が赤くなるのが自分でもわかる。
咲人の好きな人…これ多分、おそらく、俺のことを言ってるんだよな?
そう考えたら、何だろう、物凄く恥ずかしい。帰りたい。いたたまれない。
咲人の奴、他の人のセックスは映像で見るのも無理だし、ヤるのも無理なのに…俺とは平気なんだ。
それってさ、かなり本気で俺のこと好きって事になるよな。あいつ、それだけ俺のこと好きなのか…。
いや、今までも散々好きだって言われたし、本気度だって伝わってたよ。でも、こんなこと聞いたら…どうすれば良いのかわからなくなる。
恥ずかしい、何だよそれ、咲人ってやっぱり変な奴だ。しかもどんだけ俺のこと好きなの。
うわー、うわ…咲人の顔が見られない
「俺、帰る!!!」
「え、奏太?」
「さよなら!!!」
戸惑う2人を残して、俺は咲人の部屋を飛び出した。
自宅まで全速力で走りながら、何度も何度も考えた。
どうして俺なんだ。勿体無い。
あんなにカッコいいのに、いくらでも素敵な女の子と素敵な恋が出来そうなのに。
俺以外とヤれないって何だよ。最初で最後の恋って何だよ。じゃあ、俺が咲人のこと好きにならなかったら、あいつ一生誰ともセックスしないの?もう恋とかしないの?そんなの重い、重すぎるよ。怖いよ。
俺、あいつのこと好きになったりしないのに。
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