長い夢
甘美なる吸血
「さて、怖がらせるのはここまでにして・・・まずはキミの名前を教えてもらいましょうか?」
『な、まえ・・・?』
「ええ。じゃないと、これから呼ぶときに困るからね」
くぃ、と眼鏡を上げて言う。
『これから・・・?』
「先にも言ったでしょう?キミにはしばらくここにいてもらうと。だから、早く言いなさいよ」
『言わなかったら?』
「実力行使ですかね・・・?言わせるように仕向ける。それも悪くない」
男の舐めるような視線に身の危険を感じ、素直に名前を口にする。
『名字名前、です』
「名前…いい名前だ。可憐なキミによく似合う」
熱っぽい視線を送り、輪郭を撫であげる。
『(ビクッ)』
不覚にも身体に力が入る。
「さっきも言ったけど、俺の名前は木手永四郎と言います。まあ、好きに呼ぶといい」
満足げに笑った後、くるりと背を向ける。
「簡単に、俺の城を案内しましょう。着いておいで」
もちろん、着いていきたくなどなかったが
「早くしなさい」
という有無を言わせない声色にこれまた素直に着いていくしかなかった。
大きな城をキョロキョロしながら歩く。
気を抜くとあっという間に離されてしまいそうで、足を動かし必死についていく。
色々見たあとで、ふと目に入った地下へと続く階段。
『あの階段を下りると、どこに着くんですか?』
「…名前は知らなくていいことだ。だから、勝手に行ってはいけませんよ?分かりましたか?」
『は、はい』
「ソコ以外なら、好きなところへ行くといい。幸い、書物も揃っているし時間を持て余すことはないでしょう?」
コツコツ、と靴音を鳴らし長い廊下を歩く。
「…最後にとっておきの場所を見せてあげましょう」
大きな扉を開け、外の空気が流れてくる。
庭らしき場所に着き、木手は足を止める。
それに従うように立ち止った名前は庭を見やる。
『わ、ぁ・・・』
そこにあったのは、紫の薔薇。
満開のもの、まだ蕾のものなど様々だが、見渡す限り薔薇が咲き誇っていた。
『綺麗・・・』
「それは良かった」
正直、赤い薔薇しか見たことがない名前にとって紫の薔薇は新鮮だった。
『紫の薔薇なんてあるんですね!私、初めて見ました・・・』
名前の顔に笑みが零れる。
「・・・やっと、笑ったね」
『え?』
「ここに来てから、怯えた表情しかしていなかったからね。まあ、突然こんなところに連れて来られたのだから当然と言えば当然だけど・・・俺は、名前の色々な表情が見たい」
そう言って木手は柔らかく微笑んだ。
「この花の手入れは俺が完璧にしているんだけどね・・・誰にも見てもらえないというのは花たちもかわいそうでしょう?・・・だから、今キミに見てもらえて良かった」
そう話す姿は、常人とほとんど変わらない。
本当にバンパイアなのかと、疑ってしまいそうなくらいだった。
「少し、風が出てきたね。戻ろう」
『あ、はい』
「一つ忠告だけど、一人でここへ来てはいけませんよ?」
『なんで、ですか?』
「俺の城の庭といっても、ここは魔界。他の魔物達に見つかれば、襲われてしまうかもしれない。…裏を返せば、城の中にいれば絶対に安心ということですよ」
『分かりました……』
「物わかりのいい子は好きですよ」
ポン、と頭を撫でられる。
が、すぐに離れ歩き出したので、名前もそれに従った。
先ほどいた部屋に着く前に、木手は足を止めた。
「さっき言い忘れたけど、この部屋にも入ってはいけませんよ?…もっとも、この部屋には内側から鍵がかかっているから入れる筈がないのですが…念のため、ね」
『…?』
何があるのか聞きたいところだが、木手の異様な雰囲気から聞かない方が良いと悟り、名前が口を開くことはなかった。
先ほどの部屋の中へと戻ると、木手は大きなソファーに座り、優雅な動作で足を組んだ。
さすがに隣に座るのは気が引けたため、名前は向かい側の少し小さなソファーへ腰を下ろした。
「なにか、聞きたいことはある?」
『えっと………』
「ふっ…いきなりだからね、聞いた俺も意地悪だったね。少し、一人にしてあげるから色々と整理してみるといい」
そういうと男は扉を開け、どこかへと行ってしまった。
少し歩き疲れたのと、頭の中を整理したいと思っていたので、空いたベッドへと横たわり、思案を巡らす。
自分が連れてこられてからまだ間もないというのにそれに馴染んでいる自分がいること。
最初は怖いとしか思わなかった木手という男のことをもっと知りたいと思っている自分がいること。
そして、一つの疑問に辿り着く。
『あの人はこんなに大きなお城に1人で住んでるのかな?』
城の中を一通り見させてもらったっが、誰にも会わなかったということは、そういうことなのだろう。
『ずっと、1人で?・・・寂しかっただろうな』
一方的にに連れて来らたというのに、名前は男に同情にも似た感情を抱いていた。
『私を連れてきたのはそのため……だったりして』
そうであるならば、自分になにができるかは分からないが、ただ傍に寄り添うことならできるのではないかと。
幸い、この世界に来てから不思議とお腹は空かない。
自分がいた時間軸の差は分からないが、時間はたっぷりあるように思えた。
そのころ、男はというと。
先ほど名前に入るなと言ったばかりの鍵の掛かった部屋へと来ていた。
ガチャリ、と持っていた鍵で錠を外し中へと入る。
ひどく真っ暗な部屋だが、夜目が利くので不自由はない。
「平古場君。調子はどう?」
「永、四郎・・・」
平古場と呼ばれた男は部屋の隅にうずくまっていた。
目の下には大きな隈があり、顔にも生気がない。
金の糸を思わせるような髪も、今はただ色褪せてしまっている。
「・・・かすかだけど、人間の匂いが強い。また誰か連れて来たんば?」
かすれた声で問う。
「いい匂いがする子を連れてきたんだけどね、なんだか面白そうな子でね。しばらく傍においてみることにしたよ」
「っ!」
平古場は、生気が全く感じられないその姿からは想像もつかないような早さで間合いを詰めると、木手に掴みかかった。
「ヤー〔お前〕、本気か?」
「本気も何も・・・ただのお遊びですよ」
「でもっ!そのお遊びが本気になったら、わん〔俺〕みたいにっ!」
「・・・そうならないように、キミが監視すればいいでしょう?・・・だから、早く戻ってきなさい」
言葉とは裏腹に優しい瞳で平古場を見つめる。
これは、木手にとって平古場を立ち直らせるための大きな賭けでもあった。
だから、あえて名前の存在知らせ、彼の強い競争心を掻き立てるようにしたのだった。
思惑通り、平古場の目に光が戻ってきた。
「まずは食事からですね・・・俺のお下がりだけど、人間界で探すよりはマシでしょう?」
「っ!」
木手なりの気遣いを察し、平古場も大人しく地下へと着いていった。
木手は牢にいる女たちには見向きもせず、まっすぐ調教部屋へと向かう。
そこには、鎖に両手を拘束され、足も大きく開かれ、秘部にはグロテスクな玩具埋め込まれた女がいた。
妖艶な姿に、平古場も無意識にごくりと喉を鳴らした。
その様子を目ざとく見やり、甘い吐息を零す女に言葉をかける。
「気分はどう?」
「さ、いあくっ!」
「今日もたくさんイったみたいだね?こんなに水たまりを作って」
「んっ!そん、なことっ」
「今日は俺じゃなく、この人が相手してくれるから」
「誰がっ!相手、なんてっ・・・ああああああああああああ!!」
ゆるゆると動いていた玩具を奥まで突き刺す。
その刺激に、あっけなく女は絶頂を迎えたようだ。
「さ、俺は離れて見てるから好きにしていいよ。なんなら死ぬまで血を吸ってもいい。処理は俺がするからね」
そう言い肩を軽く叩くと、平古場は弾かれたように女の首筋に咬みついたのだった。
半ばヤケに見えないこともないが、木手は満足げだった。
「あのこと以来、動物の血ばかりで人間の血を吸うことを拒否し続けていたからね・・・今回のことでふっきれたなら、安心だ」
尚も吸血を続ける平古場に、声をかける。
「久々の人間の血は、美味しいでしょう?」
「…………あぁ」
そこには、かつての姿を取り戻しつつある平古場の姿があった。
甘美なる吸血
(吸血失くして、俺らは生きていけない)
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