短編 白銀の彼に魅入られて イタリア、シチリア島。古くからマフィアの拠点であり、発祥の地。マフィアとは元は自警団であり、誇りも高く掟も多い。 ファミリーの絆は固く裏切りは死に値する。沈黙の掟だの何だのとあり、仲間を自ら殺すことだってある。暗殺や暴力沙汰は日常であり策略謀略は蜘蛛の巣のように張り巡らされていてその隙間を擦り抜けていかねば命はない。力がものを言う世界の血に塗れた椅子に座る帝王。誰もが恐れ、誰もがひれ伏すイタリアの帝王に、俺は気に入られてしまった。 逃げる術など、どこにあるっていうのだろうか。 「桧、何か欲しいものは?」 セックスの後のベッドの中。アレッシオは甘やかすように俺に同じ事を聞く。俺が金や物で動くと思ったら大間違いだ。裕福ではなかったけれど金に執着などしていないし何よりアレッシオがそんな風に俺を見ているのがムカついてたまらない。 抱いて何か与えていれば言うことを聞いて素直になるとでも? 「ない」 「何でも与えてやれるのだがな」 「アレッシオからは何も貰いたくないね」 白銀の髪の男は困ったように笑った。そんなところも大人っぽくてつい苛立ってしまう。 大体14も年下の男なんて愛人以外の何だというのか。この屋敷の奴らだって俺をそういう目で見る。好色と侮蔑の混ざった目だ。 ジャッポーネから来た男娼。ふざけんじゃねえ、好きで来たわけでも男娼だったわけでもないんだ。ただ時給がいいから受付をやってただけだ。そりゃアレッシオの顔にときめいたし最初の一夜は合意だったけれども。 こんなに嘗められて黙っているわけにはいかない。俺は日本に何としても帰る。 こんな風に抱かれ続けて飽きられたらポイなんて惨め過ぎる。 「もう帰れよ」 「相変わらずつれないな」 「うるさい」 「だが口の利き方には気をつけるんだな」 あ、ヤバッ。 アレッシオの口調がガラリと変わった。氷点下だ。また俺はやりすぎてしまったらしい。 慌ててベッドをずり上がるがあっという間に追い詰められて囚われる。 イタリア人のリーチの長さは反則だと思う、くそやろー。 「アレ…」 「それとも桧は、苛められたくてそんな口を利くのか?」 「んなわけっああっ」 俺の息子潰す気かぁあ!!!! 痛い痛い痛い!真人、お前組長にこんな扱い受けてないだろうな!?永久就職したのはいいけど京獄組の京楽組長っつったらサドで有名なんだからっ! あまりの痛みに現実逃避した俺が気に入らなかったのかアレッシオの手の動きが妖しくなってきた。 痛みの後の快楽。 俺がこれに弱いのを知っていてアレッシオは攻め立ててくる。 「私を見ていろ、私だけを」 「ぐっ…ばー…か…っ」 そんな風に言わなくても、アレッシオしか見えていないのが死にたいほど悔しいことだってのに。 「ハロー、桧ちゃん。元気〜」 それから二週間、何とか俺は日本のクラブ「シークレット」の奴らと連絡を取ることを許された。 京楽組長の懐だからだろうと思われる。 「元気だ。そっちはどうなった?」 「変わりないって言いたいとこだけどね〜。紅葉がさ、組長に売り飛ばされちゃったんだよね」 「ええっ!?」 「中国の〜誰だっけ?」 「劉青雲」 「あ、そうそうそいつ!すんごい好色オヤジで知られててさー流石に同情」 助け舟を出してくれたのは夜だろう。話している珱は相変わらずのハイテンションだ。 「組長が…」 「何でも桧ちゃんを買ったイタリア人、すっごい大物らしいね。それに組長の親友なんだって」 「俺もそれは聞いたよ。真人は?」 「元気みたいね。真人ちゃんのお陰で組長の機嫌がいいから助かるんだよ〜」 どうやらクラブのほうは問題なく出来ているらしい。俺は少し安心した。 「受付は?」 「入ってきたよ。相馬ちゃん。相楽相馬」 「優秀?」 「桧ちゃんレベルにはまだ行かないけど見込みはあるね。20歳、体育会系の身体でさー従業員が色めきたって」 「抱かれたいって?」 「そうそう。いい身体してんだもん」 ちなみにこの連絡がねだったものであったりする。こうやって何とか少しでも多くの情報を得ていつか日本に帰ってやる。 好きになんて絶対ならねぇっ!! 「桧ちゃんもさー意地張らないほうがいいよ?」 「へ?」 「んー…惹かれてるならさ、素直になったほうが…」 「惹かれてないしっ!!」 ガチャンッ!! 俺は思わず電話を切っていた。 見張っていたルーファスさんが眉を跳ね上げる。だけど今俺はそんなことに構っていられなかった。 俺がアレッシオに惹かれている?そりゃ初めてときめいた相手だから。 でも、それでも俺を勝手に買い取って監禁した相手を愛せ?いつ捨てられるかも分からないのに? 無茶苦茶すぎる。俺は残念ながらそこまで人間出来ていないんだ。 真人みたいに割り切って好きなものは仕方ないんだなんて言えないし。アレッシオが組長みたく愛してくれるならまだ考えられるかもしれないけれどこんな異国の地で捨てられたらどうすればいい?愛してしまってから飽きられて日本に帰されたら? 俺は臆病なんだ、そんな未来が怖いから好きになんてなってやれない。 「…ミスター倉沢」 「何です」 「少しはアレッシオに甘えては如何か」 「はぁっ!?」 「今回の連絡の件、アレッシオがミスター京楽に『あまり束縛していると嫌われるぞ』と言われたため許可が出たのですな」 「…は?」 アレッシオが俺に嫌われると言われて許可した? 何を言っているんだろうこの死神。 「アレッシオは引く手数多な色男。それが毎日真っ直ぐ帰ってきてミスターの部屋に向かわれるのが一ヶ月も続いている。いい加減我輩もじれったくなってきまして」 ルーファスさんは呆れたような吐息を零した。俺が呆れられてる?そんな筋合いないんだけど。 ルーファスさんの言葉通りなら俺はまるでアレッシオを焦らしているみたいじゃないか。そんな悪女に俺はなれないしそんなんじゃない。 それの大前提は俺をアレッシオが愛しているってことなんだから。 そんなはずはない。 アレッシオは俺が気に入っただけだ。愛人にしたいだけ。 「愛人になんか、なるつもりないんで」 意地でもならない。こんな血なまぐさい世界に身を置いておけない。 アレッシオの愛人になんてなったらいつ命を狙われるか分かったもんじゃない。 俺は受付で金を稼いで貯めて可愛い奥さんと子供を二人設けるのがささやかな夢だったんだ。 こんな、ハードボイルドな人生望んでない。 「こりゃ大変ですぞアレッシオ…」 ルーファスさんがぼそりと呟く。 つーかこの人マジで何者なんだ?何歳だよ、妻は?子供は?医者ってマジか。 謎の多すぎる男は死人みたいな顔でぼそぼそ喋る。 「思った以上に難攻不落ですな…。頭も固いみたいですしこれを落とすのは至難の業で…我輩はオススメしませんが。健康そのものなのは評価致しますが…」 独り言のわりには大きめの声だ。 しかも誰かと喋ってるみたいで正直気持ち悪い。 「…ミスター倉沢は」 「はい?」 「アレッシオがお嫌いですか」 いきなり話しかけてきたかと思えばそんなことを聞く。 ホントに何者? 「アレッシオ?」 「ええ」 俺はくすっと笑った。 「大ッ嫌いですよ」 バーカとまで付け足して俺は部屋を出る。 大嫌い。大嫌い大嫌い。 嫌味たらしくて鬼畜でドSで俺様で、 なによりも そんな男に魅入られている俺が 一番大ッ嫌い!!!! 白銀の彼に魅入られて (俺はどんどん逃げられなくなっていく) END [*前へ] [戻る] |