短編 極道さんに花束を 俺の名前は杉野真人(まこと)21歳。 大学三年生にして両親の借金のカタに売られてしまった男。 人の良い両親には働いてくるとだけ伝えている。 しかし永久就職先はでかい組の組長さんの寝室だというのだから笑えない。 しかし就職して三ヶ月。そろそろ研修も終わって仕事も覚えた。(こんな風に言ってるけど仕事なんてろくなもんじゃねえよ) 嘆くのも飽きたし、抵抗するのも飽きた。 どう考えたって組長さんからは逃げられないし、借金しといて踏み倒すのは義に欠ける。 なので俺は組長さんを好きになることにした。 俺の永久就職先の雇い主、広域指定暴力団京獄組組長京楽忠孝。多分35歳くらい。 嫌味なくらい綺麗な顔してる男。野性味があってワイルド?頭脳と肉体、どちらも極めたような組長。 若いながらに引き継いでからは京獄組は急成長したらしい。舎弟からは尊敬、むしろ崇拝されているお方。あれこそ神だとか思ってんじゃなかろうか。 あれなら女は引く手数多、ホモだとしても俺より美形な男がいくらでも引っかかると思うのだが組長さんはどうも俺にご執心だった。 何が気に入ったのかなんて分からない。 でも彼が俺を好きなら俺も好きになってやる。 何せ組長さん、意外に可愛いトコあるんだから。 ――極道さんに花束を―― 俺の朝はむしろ昼に近い。夜の仕事を組長さんがたくさんねだるからだ。 いやねだるなんて可愛いもんじゃない。拒んだら間違いなくパジャマはおじゃんになるしワーカホリックになってしまう。正しくは強請る、強制する、義務付けるとかそこらへんだ。 だが気持ち良いし、鬼畜気味だけど好き好きオーラ出してくるから最近じゃ心待ちにしてたりする。 とにかく起きたらまず着替え、顔を洗う。鏡に映る顔はごくごく平凡なのだが、まあ良しとする。 ご飯をもらおうと食堂へ向かう。組長さん、応えれば翌日に響かないようにしてくれるんだから優しいとこあるなぁ。 食堂では舎弟が交代で自分たちのご飯を作っている。俺が入っていくと挨拶してくれる。これも最初のほうは好色だったり侮蔑だったりしたのだが最近じゃ気さくな声だ。 俺、何かしたっけ。 まあいいか。 「おはようございます。ご飯あります?」 「そんな堅苦しくならねえでくだせえ!そこに用意してありますからお食べください」 「あ、俺のは貴方たちと同じでいいっていつも言ってるじゃないですか、金子さん」 俺に出されるのは組長や若頭とかと同じ手の込んだものだ。 俺なんて舎弟にも及ばないお荷物なのだから彼らと同じでいいと何回言っても聞いてくれない。 「真人さんに粗末なもん食わせられません、どうぞお食べください」 「そうですよ真人さん。せっかく組長が作らせたんですから」 「組長さんが?うーん、やっぱり可愛いトコあるなぁ…」 「いつも思うんですけど真人さんって変わったお人ですよね…」 若い舎弟の倉内がそう呟いた。彼は年齢も近いからよく話す。 変わってる?俺が?んなわけない。 「まぁ、最初の日は傑作でしたね」 「それ言わないでくださいよ」 金子の言葉に俺は赤面する。 最初の日、つまり俺が借金のカタに有無を言わせず連れてこられた日だ。 着流し着て上座で胡坐に煙草、オールバックで目つきが悪いという見ただけで背中を向けて走り去りたいような男とお目見えした。 そして言われたのが俺の就職。ヘッドハンティングかよとか思ったり思わなかったり。 で、組長さんは俺を見て言ったのだ。 『せいぜい二千万分働くんだな』 それに俺はブチ切れた。何しろ人生をそっくり明け渡したのにその価値は二千万だけ? 人生八十年として残り五十九年分の価値が二千万?年収にして約33.8万?月収約2.8万? 賃金値上げもなく年功序列もなく春闘もなく? 年金もなしで?ありえねえええええ!!!ってワケだ。 なので俺は思わず立ち上がって組長さんにビシィッと指を突きつけて叫んだのだ。 『俺の人生二千万ぽっちで済むわけねえだろ!ちゃっちゃと返済してもっとウチの両親に金貸したくなるくらい俺に夢中にさせてやる!そのときは袖にしてやっからその言葉せいぜい後悔しやがれぇええ!!!』 で叫んで肩で息をしている間に何をやったか理解して俺は真っ青になった。 天下の京獄組組長に怒鳴りつけてしまった。バラされるかも。 もちろん部屋の空気は最悪だ。崇拝する組長に平凡な男が怒鳴ったのだから仕方ない。 俺はその場にストン、と座りとりあえず頭を下げた。 『えーと…そういうことでよろしくお願いします…』 その後は組長さんが何を思ったか俺を気に入ったので何事もなかったのだが今思えばよくバラされなかったなと思う。 あの出来事は伝説化したとは最近知った。 「今日は真人さん、何するんですか?」 「今日は出かけたいんだけどいいですか」 「出かけるって」 「組長さんに呼ばれまして。本社ビルまで来いって。ほら」 俺は金子さんに携帯を見せた。 ちなみに組長さんと何人かの幹部のアドレスと電話番号しか登録されていない最新式携帯だ。 組長さんにもたされた。 だいたい今から帰る、とか出張だ、とか送ってくるから一回冗談で『帰りに豆腐買ってきてください』と送ったら本当に買ってきた。 あれには吃驚したがそれが俺からねだられた初めての品物だと真顔で言われ噴出したのは記憶に新しい。 情人からねだられたのが豆腐って組長さんも吃驚したのだろう。 でも何となく嬉しそうだったのでそれから何回かお使いを頼んでいる。 牛乳とか納豆とか入ったレジ袋を提げて帰ってくる組長さんはなんだか可愛い。 「ははぁ。なら車回しますわ」 「あ、ビルの前に花屋に寄ってもらえますか」 「へい」 舎弟たちは嬉しそうな顔をした。 この男所帯に俺は花を生けている。竜とか彫られた欄干とか書道の掛け軸とか翡翠の置物とかは腐るほどあるくせにこの組長本宅には花がないのだ。 玄関先から虎の置物がお出迎えしてくれるおっそろしいこの屋敷に花でもないと窮屈すぎる。 ちなみに虎の置物には虎三郎と名前をつけてみた。すると不思議にも口を大きく開けた虎三郎が可愛く見えるのだ。 屋敷中の置物に名前を密かにつけていたら組に広まったらしく、『客間の熊太郎は磨いたか』とか『離れの竜丸は右の部屋に移せ』とかよく聞く。 たまに熊子などメスもいるのがポイントだ。俺の部屋にある木彫りの小熊は、蔵にあったのを可愛いと俺が言ったのを聞き、組長さんがくれたものだ。 ちなみに花瓶はでかいものではなく一輪挿しである。でかいものなんて生けられないし。 「さて…ごちそうさまでした」 片付けて俺は伸びをした。 今日は呼び出されなかったら掃除でもするつもりだったがそれは明日だ。 それにどうせだから今日は愛の告白でもしてあげよう。 組長さんは意地っ張りだから言わないけど三ヶ月もずっと一緒にいれば嫌でも分かる。 組長さんは意外にも分かりやすいのだ。 で、本社ビル。 組長さんはちょうど玄関口にいた。 俺を乗せたレクサスに気づくと顔を上げて少しだけ顔を綻ばせる。 こういうところだよ、可愛いの。 どうでもいいがビルはでかい。 組長さんがバックについた会社の持ちビルで全フロアその会社だ。 筆頭株主は組長さん。 レクサスが止まり、俺は花束を携えて車から出る。 俺の一世一代、人生を決めちゃう瞬間のために。 しかし運命とは悪戯なものだった。 組長さんへ歩き出した俺の視界を掠めたのは、刃物を持って走り出した男。 目指すのなんて、一人しかいないだろう!! 「ああもう、何だってこんなときに!」 俺は嘆きながら走り出した。組長さんたちも気づくがもう遅い。 こんな街中で拳銃ぶっ放すわけにもいかないのだろう、何人かが遅れて走り出す。 いつも拳銃に頼ってるから反応遅れるんだ!! 俺は花束を持ったまま走り、男に追いついた。迷わず花束を顔に投げつける。 思わぬところからの伏兵に男がよろめいた。 しかしすぐに体勢を立て直して俺に向かってくる。刃物を振りかざしながら突進してくる。 「真人っ!」 組長さんの声。 俺は突進してきた男をひらりと避け、身を反転させて男の腕をつかみ、思いっきり一本背負いを食らわせた。 叩きつけられ呻く男の腕を蹴り上げて刃物を飛ばす。 「俺の組長狙ってんじゃねえええ!!」 さりげなく所有格をつけて怒鳴り、呆気にとられている組長さんの側近に男を明け渡した。 警察も来たらしいが、若頭が追い返している。 俺は思ったより被害のなかった花束を拾い上げ、組長さんを振り返った。 「こう見えて師範代です」 「ふっ」 頬を緩めた組長さんに花束を差し出す。 何だこれは?と目線で告げる組長さんに笑顔で言ってやった。 「愛の告白」 その後組長さんから返歌ならぬ返花をいただいたのだが別のお話。 ストック・スターチスの花束。 花言葉は『永遠の愛』 終 [*前へ] [戻る] |