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短編
ショコラの贈り物


ショコラの贈り物



イライラと、街中を歩く。
明らかに怯えて道を開けられるのも気にならず、真ん中を肩で風を切って闊歩するのは東郷久人。東雲組組長である。
猛者揃いの武蔵会の中で目を光らせる久人は強面で目付きは鋭く、オーラも半端ないものがある。そんな久人がイライラしながら歩いているのだから、すれ違う人々は怖すぎて道のはしっこを目を伏せて行き交っていた。
その顔を見たものは百人が百人、「殺しをやりにいく顔」だと断言するだろう。懐から拳銃を出しても違和感がないに違いない。
だが、久人の脳を占めるのはそんな算段ではなかった。
むしろ真逆、乙女のような悩みだ。
久人はちら、と街中を眺め、さらに眉間にシワを寄せた。
街中にハートやピンクが散らばっている。ポスターには愛の日なんて文字が陽気に踊る。

そう、目下久人を悩ませ、すれ違う人々を恐怖に陥れるその悩みの元凶。


本日2月14日


――バレンタインデー。









ショコラの贈り物









久人が悩む原因は、三つある。

1、バレンタインデーとは原則チョコを贈る日であり、久人の恋人は昔世界的に有名だった天才ショコラティエであること。

2、2月14日はバレンタインデーであると同時に付き合いだして一周年の記念日であること。

3、恋人の蓼科幸壱が物欲がない上に望みが全くわからないこと。

ショコラティエにチョコを贈るなんて馬鹿らしい通り越して愚かだし、一周年を祝わないほど無神経ではないし(むしろ気にする)、欲しくないものをあげても気まずい。
結果悩みに悩んで1人街中をさ迷い歩くことになったのだ。

「…………わからん」

思わず口に出たがそれすら気づかないほど久人は悩んでいた。
とりあえず見てみようと町に来てみたのだ。

ショーウィンドーに挟まれながら、久人はこれから討ち入りにでも行くような表情でまわりを見回した。
まず目についたのは男の戦闘服スーツだが幸壱に一番要らないものだろう。
次は靴。しかしこれは個人の好みが左右する。ならば鞄は、と言えば幸壱は出来るだけ身軽にしたいタイプらしくいつも鞄は使わない。
カードケースは三年前にあげた。キーケースは一昨年の誕生日にあげたし、車は去年の誕生日にあげて高価すぎてもらえないと押し問答した記憶がある。

――そう、幸壱は車や宝石に全く興味がないのだ。

何がほしいかと聞いたら自惚れでなく百パーセント「久人」と満面の笑みで答えるはずだ。右手に魅惑のショコラをもって。

だがそれでは意味がないのだ。なぜなら、久人はとっくに幸壱のものだからである。幸壱のものを幸壱にやってどうする。リサイクルにすらならない。

「――…………」

時計、サングラス、家、アクセサリー。
全てダメだった。ぴんとこない。

なにか、形として残るものがいい。
だが、何がいいんだろう。
そのとき、視界をふっと何かが掠めた。

「………ん?」

久人は目に留まったポスターを凝視し、思い立ったように身を翻した。









その日は屋敷が騒がしい気がしたが気合いを入れてショコラ作りに勤しんでいる幸壱は毛ほども気にしていなかった。
今日は付き合って一周年の大事な記念日。
ショコラの出番であるバレンタインデーだ。
久人は難しい顔をして朝早くから出ていったがまた仕事なのだろう、と幸壱は笑顔で送り出した。

そして1日がけで最高傑作の仕上げをしているのだ。
三日前から取り組んでいたこれも予定通り進んでいる。

この日のためだけに厳選したチョコレート。(材料費もろもろは全部久人の懐であるが)

己の全力を出した傑作。

久人のため、つくる作業はいつも楽しい。
組員とも仲良くなれたし、幸壱はここに居場所を見いだしていた。

幸せだ。
幸せな中作るショコラの出来は、いつもいい。たまに失敗しても、久人は必ず食べた。

久人は喋らないし強面だけれど。

とんでもなく可愛いのだ。

一生懸命ショコラを食べる様など栗鼠みたいだし、好き好きと目が訴えてきてくれる。

幸壱はチョコレートを伸ばしながら久人を想った。

彼と生きたいと思ったのは何時だったろう。

ヤクザでも構わない、と思った。
それが東郷久人なら、それでいい。

実家がヤクザだったせいか、ヤクザは身近だった。
幸壱はショコラの修行のために養子に出た。ヤクザとの縁切りをしたほうが幸壱のためになる、と兄が言い出したことだった。
実際そのお陰で有名になったあともヤクザとの関係は嗅ぎ付けられなかった。


けれど結局ヤクザを愛した。

兄には申し訳ないが、それが自分だったのだとも思う。

久人は、運命の人だ。

幸壱はガチガチになった肩を回して時計を見た。

もうすぐ、愛するひとが帰ってくる。

その頃には、このショコラも出来上がっているだろう。













久人は夜のとばりが降りてから帰宅した。
プレゼントが用意できた安堵と、気恥ずかしさと、ショコラへの期待がない交ぜになりながら出迎えた幸壱を見る。
幸壱はいつものパティシエ姿で久人に笑いかけた。
まずは例年通り食事だったが、久人はどこかそわそわしていた。
食事もあまり進まない様子を見て、幸壱は苦笑した。

「食事はこれくらいにしよっか」

「…………」

久人は頷いた。
端から見ればいつもの仏頂面だったが幸壱は喜色を見逃さなかった。

久人の手をとり、立ち上がらせる。

障子に手をかけて、小さくささやいた。

「ハッピーバレンタインデー」


すらり、と障子があく。
飛び込んできた光景に、久人は目を見開いた。

部屋の中央。

台座の上に、雪を被った双頭の大蛇が、とぐろを巻いていた。
大蛇にはバラが絡み付き、差し出すように突き出た頭には、箱がぶら下げられ、とぐろにはホワイトチョコレートで作られた文字が立て掛けてあった。

文字は、シンプルだった。

Please be next to me forever.


――永遠に私の隣に居てください。


「っ」

久人は震える指で箱を開けた。
中には、予想通り、プラチナのリングが二つ、光っていた。

ああ。
死んでしまう。

「――……」

「返事、聞かせて?」


幸壱が後ろから抱き締めてくるのを、久人は振りほどき、正面から抱きついた。

何回、幸壱は久人を殺せば気がすむのだろう。

もう撃ち抜かれ過ぎて、心臓はぼろぼろだ。

「YES以外の返事があるわけねえ…………」

「久人ッ」

「ゆきっ…」

抱き締める。すがるようにキスにこたえる。

好きだった。

どうしようもなく。

「…嵌めるね」

キスが一段落したあと、幸壱はリングを久人の左手の薬指にはめた。
久人も同じように幸壱にはめる。
きらりと光るリングは、二人をどうしようもなく幸せな気分にさせた。

「…実は……俺も……お前に」

「え?」

久人は恥ずかしながら幸壱を引っ張った。
幸壱は目を白黒させながらついていく。

連れていかれたのは、久人の寝室だった。

開けろ、と言いたげに見てくる。
幸壱はドキドキしながらドアをあけ、絶句した。

「べ、ベッド?!」

朝まで布団をしいていた場所にキングサイズのベッドがでーん、と置いてあった。
それどころか、朝まで確かに畳だったのにいつの間にか板張りにペルシャ絨毯まで敷かれている。
壁には幸壱好みの本ばかりの本棚、サイドテーブルには淡いオレンジのランプがおかれていた。
何もかも、朝とはまるっきり違う。

絶句したままの幸壱に勘違いしたのか、久人はぽつりぽつりと話始めた。

いわく、

プレゼントを探しに行ったが決まらなかったこと

途方にくれていたとき、寝具の店のポスターを見たこと

ポスターには、「愛するひととの寝室は最高の安らぎの空間」とあったこと

そういえば寝室は分けていたことを思いだし、幸壱との安らぎの空間が欲しくなったこと

だから、なるべく幸壱好みの寝室を調えたこと

以上をたっぷりと時間をかけて説明し、久人は「嫌か?」と首をかしげた。

そのしぐさと、久人のプレゼントは幸壱の理性を吹っ飛ばすには十分過ぎるほどであり、

その夜、新品のベッドのスプリングの性能をたっぷりと確かめたのは、言うまでもないことである。















翌日
定例会議のあと。

「あ?てめえいつ結婚しやがった」

「…昨日、です」

「チッ。ほら、祝儀だ。受けとれ」

京楽会長の御祝儀は、休暇と小切手とイタリア旅行のチケットでした。





ショコラの贈り物
(あれ?バレンタインデーにあげたチョコレートは?)
(食べた)
(あれを?!1日で?!)
(……あれは誰にも渡したくねえから…)
(…もう!久人愛してる!)





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