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短編
その男、Killer


注意
神を冒涜するような意図はありません。また殺人描写有
















いつの世も、裏の世界というものがある。
人知れず、闇に葬られていく人間。一度闇に染まった人間は、二度と日の当たる場所では生きていけないだろう。闇は闇に滅ぼされ、太陽の下生きる人間の目にうつることはない。

それは、当たり前だと思わないだろうか。
裏の世界と言うぐらいだから、当然あくどいことばかり行われる。そんな世界の人間が許されようなど馬鹿らしいにも程がある。

だから当然、私も許されることはないのだ。












その男、Killer











真人が応接間に人影を見つけてふらりと入ったのは夕方のことだった。
趣味のいいスーツにネクタイをしめ、細いフレームの眼鏡をかけた男が正座したままちらり、と見てきたので真人もあわてて正座した。
一見エリートサラリーマンにも見える男だがくすんだプラチナブロンドがそれを否定した。ホストのわりには軽さが微塵もなく、ヤクザかなぁ、と見当をつける。

「黒田彪と申します」

「杉野真人です」

男は黒田彪と名乗った。声は低くはない。
金髪が無造作にセットされ、前髪が目に少しかかっている。整った造形にひやり、としたものを感じさせる人だった。

「待たせたな…真人?」

「あ、すみません組長さん。仕事でしたか?」

「いや話はもう終わってる。お前にも紹介しといたがいいかもしれねえな」

すらり、と障子を開けたのは京楽忠孝組長だった。
紺色の着流しに帯を締め、さらしを巻いた彼は上座に座った。

「手配は済んだ。好きにやってくれ」

「はっ」

黒田彪は頭を下げた。
京楽組長は煙草に火をつけた。

「真人。この男は黒田彪。通称黒彪だ」

「黒彪?」

「殺し屋だよ」

「ええ!?」

驚愕を隠せない真人に黒田彪はすぅ、と目を細め、ニヤリ、と笑みを浮かべてみせた。
殺し屋なんてものに会ったのも、存在を知ったのも初めての真人は思わず後ずさった。

「フリーなんですが、京楽組長の依頼は優先してお受けしています」

「長い付き合いになるな」

「はい。東郷組長とも、親交がございます。真人さん、よろしく」

「は、はい」

黒田彪はすっ、と立ち上がった。
そこで初めて気づいたのだが彼はとてもスタイルが良かった。
組長ほどの上背は無いが、均整の取れたスタイルで、長い足が印象的だった。真人と京楽組長に一礼し、黒田彪は出ていった。

「こ、殺し屋」

「怖いか真人」

「…組長さんの仕事は分かってますし、吃驚しただけです」

「そうか」

「あの人、金髪地毛ですか?」

「クォーターらしいぞ」

確かに、日本人離れした目鼻立ちだった。
納得する真人に京楽組長は言った。

「俺になんかあったら、瀬野尾と黒彪を頼れ。黒彪はああ見えて裏じゃかなり名の通った男だからな」

「組長さん…」

「死ぬつもりはねえが、保険はあるに越したことはねえ。わかったな?真人」

「はい…」

組長さんの腕に引き寄せられながら、ここまで信頼される黒田彪とはどんな人なのだろうと真人は思った。













武蔵会の頂点京獄組の京楽忠孝組長の屋敷を黒田彪が出たのは、夜の帳が降りかけた頃だった。
敬語を使ってはいるが、黒田彪は京楽組長の下である意識は更々なかった。
知己と言うのが相応しいかもしれない。アメリカから来たのも、京楽組長が組を継いだと聞いたからだった。
若く見られがちだが黒田はすでに34歳である。

「ああ……イヌガミか」

門の前で携帯で話始めた相手はイヌガミ。日本で知り合った武器商人兼情報屋だった。

「すぐに片付ける。大丈夫だ」

黒田は短い通話を切るとリムジンに乗り込んだ。
京楽組長の屋敷から繁華街へ向かわせる。高級車の運転手は心得たもので、何も言わず聞いてこなかった。
数十分でついた繁華街で降り、人混みに紛れて歩くこと数分。
迷路のような路地裏に入り、煤けたビルの外壁や錆びた非常階段、捨てられたゴミの中を迷わず歩いていく。
奥まった場所にある雑居ビルの裏口を開け、地下の物置の小物に紛れたスイッチを押した。
壁がスライドし、出てきた扉の網膜認証をクリアすると扉が重そうに開いた。自動的についた電灯で必要以上に明るく照らされた廊下は上下左右すべてが白く、暗がりがなかった。廊下を進み、同じように明るい室内に足を踏み入れる。
巨大なワンフロアには横長いテーブルがひとつと、壁一面の武器、吊り下げられたスーツ、入り口の監視カメラを映し出すモニターとパソコン、それに何台かのバイクと車があった。

黒田はスーツの背広を脱ぎネクタイを外すとテーブルに置いた。
靴を脱いでスラックスとワイシャツも脱ぎ、ライダースーツに着替える。
繁華街ではライダースーツといっても本格的なのは目立つので革のパンツにジャケットである。ブーツを履き、手袋を嵌めて眼鏡をはずした。

パソコンを立ち上げて地図とターゲットの情報を見直し、時計を確かめた。ひとつ頷いて銃を選び、銃弾を確かめてパソコンの電源を落とした。

フルフェイスを被ってボタンを押しバイクに跨がった。壁の一面が開くとエンジンをかけ、一気に路地へ出た。背後でまた閉まるのを確認することもなく道路に出る。

しばらく走り、目的地である路地裏の入り口にバイクを停め、時計にちらりと目を走らせた。
時間通りに路地を出てきたターゲットの背中に音もなく近づきためらいなくサイレンサー付の銃の引き金を引く。バシュッという音は繁華街の喧騒に紛れて消えた。
絶命を確認して掃除屋に連絡を入れる。今日はもう終わりだ。

バイクにまたがってその場を去る。入れ違いに入ったのが掃除屋だろう。

黒田がバイクをとめてから、五分もない間の出来事だった。

さっきとは違うルートで雑居ビルに戻り、バイクを戻してフルフェイスを脱いだ黒田は顔色ひとつ変えていなかった。
興奮も脱力もしていない。淡々と銃を戻し、パソコンのデータを消してライダースーツを脱いだ。

脱いだライダースーツはビジネスバッグに入れ、先ほど脱いだスーツを着る。目を引く金髪は仕方ないと諦めて眼鏡をかけ、地下室を出た。
自動ロックを確かめて違う入り口から出る。
繁華街の人混みに紛れるもその容姿から注目されるのは仕方なかった。
金髪を黒髪に染めようかと思案しながら気配を消して携帯を取り出した。

「今から戻る。…心配いらない」

二言三言話して早々と切り、数十分。
貸しコンテナ場のひとつのコンテナに入り、バイクを避けてロッカーを開き、階段を降りた。

ばたん、と閉まったロッカーの扉によりもたらされた暗闇にも動じずに危なくなることもなく降りる。

最後に扉を押し開けば、そこは武器が整理整頓された店だった。
そこには全く興味を示さずに黒田は店を抜け、奥の扉の網膜認証をクリアして潜った。

奥はベッドとテーブルと冷蔵庫、ソファーがあるだけの簡素な部屋だった。
奥にシャワーとトイレがある。黒田はソファーに座りタバコをふかす、黒髪の男の頭にキスした。

「またこっちにいたのかイヌガミ」

「今日はお前が組長のところに泊まると思ったからな…」

イヌガミは顔を赤くしていかつい顎をそらした。
黒田の前になるといつものポーカーフェイスも崩れ去る。
年上のこのイヌガミ。黒彪と呼ばれる黒田の仕事ぶりが好きだったらしくコンタクトを取ってきたのはイヌガミの方だった。
ビジネスからプライベートへ、いつしか友へ、さらに友を越えた仲へと着実にイヌガミを落としていったのは黒田である。
五歳年上のイヌガミは無造作に伸びた黒髪に角張った顎、ふとい首に鍛えた肉体と大柄なのだが体毛が薄くずっとノンケだった。
普段はポーカーフェイスで尊大だが武器とパソコン以外だと不器用で何も出来ない。何もないとこでもコケるくせに仕事だとミスがない。
その二面性があまりにかわいくて黒田は惚れ込んだ。

「明日私休みなんだが」

「俺もだ」

「じゃあ、今夜は寝かせねえぜ?」

ぴくっとイヌガミの肩が揺れた。

「お前のぺニス、食らいつくしてやるからな」

「上等だ」

「そのあと抱き潰してやるよイヌガミ」

「そんな余力残してやるか」

黒田はにやり、と笑ってイヌガミの唇を嘗めた。

「気が変わった。突っ込んで啼かせてやるよ。ヒィヒィ泣きながらイく顔見せろよ」

「だれが」

「イヌガミ。可愛い私のイヌガミだよ」

ぞくりとするほど色気ある笑みを浮かべた黒田はイヌガミの反論ごと飲み込むキスをした。
あつい唇を割り開き、舌を絡ませる。あえぎも吐息も、許さないで飲み込んだ。

息が切れる頃合いをみてはなし、咳き込むイヌガミをソファーに押し倒す。

「ごほっ、あき、らっ」

「とけちまうまでヤろうぜ」

黒田はうっそりと笑って、イヌガミの喉元に噛みついた。










裏世界の深い深い闇の中で見つけたただひとつの宝物。


興奮するのは、イヌガミといるときだけ。
感情らしいものをくれるのはイヌガミだけ。



私は笑った。






許しなんて、はじめからいらなかったのだ。





その男、Killer
(神様に中指立てて)
(男は笑った)

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