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短編
捕獲2


「どこにいるんだ」
「今は仕事中だと思うが」
「どこで働いている」
「外務省」
 ―――ああ、分かった。
 どうして、ラディスラスが己を呼んだのか。
「国家試験T種突破のエリートだそうだ」
 アレクは興味なさげに頷いた。
 外務省勤めのエリート、ラディスラスに突っかかるくらいの気性の激しさを持つ男。
 それを足止めするには、外務省に繋がりのある己が適当だと判断したのだろう。
「名前は?」
「東堂静司。二十八歳。サウジアラビアへの出向から戻ってきたばかりだ」
 頷き了承を伝えたとき、控えめな足音と共に黒髪の美青年が姿を現した。
 華奢で清楚な雰囲気の青年は見た目を裏切って熱く男らしい性格だ。
 屈さない性格はアレクも幾度となく目にしている。
「瑞貴・・!」
「ラディ、話中だったんだな、俺は戻るよ。邪魔して悪かった」
 にこっと笑い、すぐに踵を返すのはラディスラスとアレクの立場を慮ってのことだろう。
 二人とも、仕事の話は聞かれたらまずいときがあるのだと天上瑞貴も理解しているのだ。
 こういうところはアレクも好ましかった。
 天上瑞貴、優秀な頭脳とそれなりのやる気を持ちながらラディスラスの恋人として傍にいることだけを選んだ男。
 紆余曲折あったが決断してからはそのことに一切の未練も弱音も吐いていない。
 不満も洩らしていないらしい。
 背中を向けた天上瑞貴を引きとめ、これ以上ないほど幸せそうに笑うラディスラスを見てアレクのほうが立ち上がった。
 二人を邪魔するつもりはないし、話は終わった。
 幼馴染として友人として、ラディスラスの幸せは守ってやりたい。
 弟のように面倒を見てきたラディスラスの頼みは引き受けた。自分がここに留まる理由はない。
「じゃあな、ラディ。ミスターアマガミ」
「あ、はい!」
「頼んだぞ、アレク」
 後ろから飛んだ声にひらひらと振った手で答え、アレクはテラスを後にした。
 外務省、東堂静司。
 ラディスラスはどうやら自分をこの男に会わせたいらしい。
 自分の好みは鼻っ柱が強くて細身で強気な美人だ。賢いのもいい。
 もしかすれば、ラディスラスからのプレゼントだったりするのかもしれない。
 気持ちは嬉しいが好みでなければ適当に相手させて自分はさっさとエレジア帝国に帰ろう。いや、急いで戻らなくても仕事は出来るからどうせなら上海やドイツ、イタリアを巡ってもいいかもしれない。
 久しぶりにローマの街並みも見たいしフランスで美味いものを食ってもいい。
 モンサンミッシェルは見るべきだろう。
 しかし今は日本にいるのだから名城を見て回っても面白い。大阪城、名古屋城、熊本城。
 中でも熊本城の武者返しは一度見てみたかった。
 京都や奈良はもう飽きるほど見た。
 どこから巡ろうかと顎に手をかけたとき、罵声がアレクにまで届いてきた。
 秀麗な眉を潜め、声の主を探る。アレクやラディスラスの側近に、怒鳴り声を上げるような人物はなれない。それゆえか、アレクの周りは常に静寂だった。
 その静寂を引き裂くようにもう一度、誰かが怒鳴った。
「会わせてくださいって何度言わせれば気が済むんですか!」
 ぎりぎりな敬語で、やもすれば不敬とも言われかねない態度だ。
 アレクは騒然となっている玄関へ足を向けた。
 もしかしたら、あれが東堂静司かもしれない。
 ラディスラスの顔を立てるためにも、直々に会うほうがいいだろう。
 そう思ったのだ。
 それに、綺麗な英語である。エレジア帝国はエレジア語が公用語だが、貴族や政治家は皆英語を会得していた。
 イギリスへ留学経験のあるアレクでも舌を巻くほど、そのクイーンイングリッシュは流暢だった。
「ですから、お会いになれません」
「どうしてですか!いいから会わせてください!瑞貴は俺の大切な、友なんです!」
「主人に命じられております。瑞貴様には誰一人、会うことは叶いません」
「そんな馬鹿な・・!話になりませんね、大使館に掛け合ってみますから!」
 そんなやりとりが為されているところにアレクは入った。
「あ、アレク様・・!」
 使用人の声にばっと振り返ったのは、メラメラと炎を宿らせた男だった。
 スッと通った鼻筋にすらりと伸びた身長。見るからに気高く強い力のこもった瞳は眼鏡の奥で囂々と燃えている。
 美しいというよりも、惹きこまれるような強烈な生気。どんな美術品も、かのモナリザさえも彼の前では霞むだろうと、そう思わせるほどその男の美は完璧だった。
 生きている。
 だから、美しいのだと。
 生を感じさせる瞳はきっとアレクを睨み付けた。
「き、さま!!」
 前言撤回。
 諸国漫遊も、日本名城巡りもすべて無し。
 ラディ、ありがとう。
「東堂静司・・だな?」
「はい」
 アレクは微笑んだ。
 東堂静司。
 久しぶりの獲物。
 決して逃がさない。
 どんな手を尽くしても、この青年を手に入れよう。
「さあ、入れ」
「アレク様!?」
 侍従の声を無視して静司を招き入れる。
 怪しみ警戒しつつも静司はアレクの借りる邸へ足を踏み入れた。
 ――捕獲。
 にやりとアレクは笑った。










 幼馴染がくれた 可愛い子猫。
 怯える彼をどう調教していこうか。

 さあ 遊びの始まりだ。








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