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短編
白銀の彼に囚われて



俺は、どうしてしまったのだろうか。そうだ、思い出せ、昨日は何をした?昨日は、アレッシオに抱かれて、そしてそうだ、眠ってしまった。初めてだったし激しかったから。
眠りは深かったが、それでも起きた。どうして?どうして…話し声がした。
あれはアレッシオと…組長だ。電話だった。切れ切れに聞こえる組長の声。俺が眠っていると思っているのかアレッシオは俺を抱きしめたままだった。
電話の内容は?…買う?何を?笑ってそして一億で、と。一億か、何を買ったんだか。そう思っていたら、ええ、と何か言ったな。何だったか。あ、そうだ。「桧に比べれば一億などはした金」…え?買うって俺!?俺!!?

――だから、目の前がイタリアの風景なのか。


って悟れるかよ!




「――はぁ」

朝の自問自答から数時間。俺はどうやっても開かない扉に辟易した。
叫んでも暴れても開かない。誰かいる気配はあるのに開かないのだ。これはアレッシオに命じられているに違いない。くそったれ。
汚い言葉遣いで悪いけど俺、今余裕ないんだ。
投げつけた椅子は大破したしこじ開けようとして用いたドライバーは放り投げられている。何ならシーツを破いて繋げて脱出、なんてのも考えたがそもそも窓が開かない。
窓に負けた椅子がひとつ、そこに転がっている。
だったら壁を、と思ったが漆喰の裏はコンクリートと石だ。流石ヨーロッパ。

「おーれーをーだぁあーーせぇええーー!!」

声を張り上げてみる。これで記念すべき100回目。
俺をナメんなよ、これでも高校時代は応援団の団長だったんだよ、声量なら自信あるってんだ。

イタリア語や英語で叫んでみたがぜんっぜんダメ。
こういうのを日本では暖簾に腕押しって言うのか。
というかコレ監禁じゃないのか?そして攫っただろ。
まあ行為は合意だから不問にするとして俺の荷物は?くそっ、盗難に私物棄損かよ。
並べてやろうか、犯罪!!

「−−どうやら元気そうですな」

「!!??」

ど、ど、どっから!!?
もう一回叫ぼうと息を吸い込んだ俺の後ろから呆れたような声。扉が開いた気配も、窓が開いた気配も何もなかったのに。いつ、どっから入った!?
振り返った俺は気味悪い男を眼にした。真夏も近いというのに黒い服、むしろローブを着込み、露出は顔だけ。
その顔も血色が悪く、蝋人形のように真っ白く、目の下には凄まじい隈。
かすれた低い声だけが妙に色っぽい。

――あれ?こういうの、某魔法学校の童話の薬学の教授にいたような気がする。

「お初にお目にかかりますな」

「え、ええ」

口調までそっくりだよ、わぁ、読んだこと無いけど映画は観た。

「我輩はルーファス。何とでも呼びたまえ」

「似合いすぎ、あ、すみません」

あまりにぴったりな名前だから思わず呟いたら睨まれた。ダメだよ似過ぎだ。噴出さない俺を褒めてほしい。

「で、ルーファス?さん?どうしてここに…?あ、まさか出してくれるなんてこと」

「あるわけなかろう」

「…」

ですよね。明らかにイタリア人ですしね。

「我輩は卿の様子を見に来ただけですぞ。出たくばあの男にねだればよろしい」

「あの男?」

「分かるでしょう、アレッシオ、ですな」

ルーファスさんは不敵に笑った。クッと咽喉の奥で震えたような笑いを洩らす。
ッカー、むかつくー。何なんだコイツ。
様子見に、って、様子見?

「お、お前、何なんだ?」

「我輩ですかな?医者ですが?」

「嘘だぁああああああ!!」

「−っ」

俺は叫んだ。遠慮なしに。
俺の爆声を間近に受けたルーファスさんは耳を押さえる。
だがそうだろう、叫びたくもなるだろう。
この見るからに死神のような男が医者だなんて。法医学の間違いじゃないのか。
クールな俺もこれは流石に驚きだ。こんな医者、命を吸い取るつもりだろ、そうだろ。

「失礼なことを考えてないですかな?全く、こんな問答は無駄以外何にもなりませんな。さあさっさと服を脱いで、診察します」

「はぁ?いやいや、大丈夫ですからお引取りを」

「大丈夫かどうかは我輩が決めることで卿が決めることではありません」

「ちょ、まっ、待てぇええ!」

何なんだこの男!俺が鏡で直視できないほど鬱血の多い肌を何の感慨もリアクションもなく見て。
頼むから何かリアクションしてくれ。じゃないと逆に居たたまれない。

「協力する気があるなら深呼吸したまえ」

「ないなら?」

「する気にさせるまでだが?」

「…」

俺は大人しく深呼吸した。
倉沢桧、21、人外にはなりたくないので。
ルーファスさんは聴診器を外し、おれの身体を見回した。
痣や鬱血の具合を調べているらしい。

「肛門は切れていないかね?」

「え?」

「切れているなら薬を出すが」

「い、いや、大丈夫」

切れてはいない、うん。
ルーファスさんは頷き、酷い状態の部屋を見回した。

「これほど暴れまわって打ち身ひとつないのかね」

「え、ハハ…」

「そろそろあの男が来るだろう。この部屋を片付ける暇もないな」

「それは嬉しい」

俺の厭味にもルーファスさんは無表情で何も言わなかった。本当にこの人、何者なのか。
ここがアレッシオの屋敷としても、この頑丈さはただ事ではない。それに組長と親しいのならまず堅気ではない。
そんなアレッシオの屋敷で恐らく自由に動き回れる立場にいるのだろう。それも相当親しそうだ。アレッシオを、呼び捨てに出来るのだから。

「ほら、来た」

「死神、桧の様子はどうだ?」

ルーファスさんが呟いた刹那、扉が開いてアレッシオが顔を覗かせた。
す、凄い。
気配を完璧に呼んでいたのか。
というか、やっぱりアレッシオカッコいいなー…。顔はイイんだ。だめだ、ときめいてきた。
ん?
…死神?

「桧?…ああ、この男の通称が死神なのだよ。この見た目でね」

「あ、ああ」

じゃない、和んでいる場合じゃない。
俺はアレッシオに詰め寄った。

「何でここ、イタリアなんですか!?」

「私の拠点だから」

「何で俺はここにいるんです!」

「私が買ったからだ」

「買うって、俺、そういう仕事じゃなかったんですが!そして何故監禁されてるんです」

「逃がさぬためだ」

「−っ、それで貴方、何者なんです!!」

アレッシオは見惚れるくらいの笑みを浮かべた。
視界の端でルーファスさんが呆れたような吐息を零す。

ああ、

嫌な予感がする。

聞きたくなくなってきた。

「私は、テンプルファミリーのボスだ」




――誰か嘘だと言ってくれ。








「テンプル…ファミリー……」

その名前は俺でも知っている。裏社会を覗いた人間なら誰でも知っている、イタリアンマフィア、テンプルファミリー。シチリアを拠点とし、騎士団の名前を冠したそのファミリーはまさに秘密結社と呼ぶに相応しいファミリーだ。
表には一切出ない、真の支配者と言われている。他のファミリーからも恐れられるテンプルファミリーは謎に包まれていて少しでも秘密を漏らしたら三族皆殺しにあうらしい。
イタリアのマフィアを相手にするならこれくらい知らなければ命を落としかねない。

そんなファミリーのボスがアレッシオだって?

「京楽とは悪友でね。女に飽きた私をあのクラブに招いてくれた。桧、一億で君を買うと言ったら全てやってくれたのだよ、京楽は。持つべきは友だね」

イタリアと日本では抗争やしがらみもないから悪友になれた、とアレッシオは続けた。
俺は青ざめた。アレッシオがテンプルファミリーのボスなら、大使も警察も、アレッシオ側だ。
それに運よく日本に戻れても京楽組長の顔に泥を塗ったと言われ、捕まるだろう。

「そんな……」


日本の京獄、イタリアのテンプル。どちらもその国1番のヤクザ。

敵に回して、勝ち目はない。


「さあ桧、おいで、可愛がってあげよう」

ルーファスさんはまた笑みだけ残して立ち去った。
俺はなすがまま、アレッシオに組み敷かれ絶望の混じった視線を向ける。

それに微笑んだアレッシオは、やっぱりムカつくくらい、綺麗だった。










白銀の彼に囚われて


(こんなことをされても、俺はまだときめいて)
(まさか好きになんて、なってやらない)


End

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