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短編
爺になって、また言おう



73歳×70歳 近未来SF?

年を取ると何もかも悟ったような気持ちになる。
大竹洋は公園のベンチに座り白くなった髪を弄りながら空を眺めた。この空も、足元の芝生も全て今では人工物だ。星中を覆う人工のドーム。その中では擬似太陽により雲や雨がコントロールされて現れる。
人類はかつての数十分の一にまで減り、戦争はいつしかされなくなった。
全て管理された社会で、何も刺激が起きない平凡な毎日。
その毎日の中で洋はいつもこのベンチに座り、いつも空を眺めていた。誰も足を運ばない、木が一本とベンチしかない寂れた公園でたった一人、何十年間も繰り返してきた。

プカァ、とパイプをふかす。本を持ち込むこともあるが、今日は何も持ってきていなかった。

しかしこの日、ひたすら変わらなかった毎日に、ひとつの波紋が起こった。

「いつもココに座っておるらしいのぅ」

「何だジジイ、用か」

「お前さんもジジイじゃろ」

洋だけのスペースだったベンチに腰掛けてきた、白髪の爺。洋はジロリと睨みつけてその爺に毒づいた。
爺は笑って流し同じように空を見上げた。

「偽物の空をずぅっと眺めておるのか?」

「あぁ。眺めてる」

しわくちゃの手を翳し、偽物の太陽の陽射しから目を庇う。
白髪になっても豊かな髪をかきあげ、洋は隣りに座る爺に目をやった。
爺は笑っている。

「偽物の空なんて面白くないじゃろ」

「あぁ、面白くねぇ。というか消えろ、目障りだ」

「いいじゃないか、害にはなるまい」

「なる。害になりまくる」

「お前さんの口のものより害にはならん」

「うるさい」

同じくらいの年齢だろうか。爺の笑みはどこか懐かしく、数十年ずっと繰り返してきたように洋は目を閉じた。
空はいつも変わらない。アナウンスで雨なら雨が降るし曇りなら雲が出る。雷の日もある。ただ、昔はあった台風や津波なんてなくなった。
全て、監視下にあるからだ。

「あの空の向こうには何があるんじゃろうか」

「晴れない曇りと火山灰と雷雨だ」

「そうじゃ。そうなんじゃよ」

「あぁ?」

「私はずっとずぅっと南のほうにおってな…。そこではドームの修理があって、裂け目から本物の空が見えた」

爺は空を眺めながら静かに言った。

「地獄の空みたいな空じゃったが…何十年ぶりに見たかの、本物の空は」

「そうか」

「お前さんも、死ぬ前に見れるといいの」

「興味ねぇよ」

「じゃあ何で空を見てるんじゃ?」

「…約束だ」

パイプを深く吸い込む。着ているコートをはためかせる、送風機からの風。
しわの寄った爺の顔がこちらを向いているのに気づいていたが洋は無視して煙を吐き出した。
まだ、空が本物の空だったとき。作り物の空とは比べ物にならないくらい、空は美しかった。
若者は知らない、本物の自然。
洋も当時は若かった。

「…約束か。いいのぅ」

「…ハッ、もうくたばってんじゃねぇかと思うがな」

「相手かの?」

「そうだよ。けっ、あの野郎身勝手な約束だけしていきやがって」

数十年前。45年ほど前か。
洋が25歳のとき、戦争が終結した。
洋の国は負け、国は消えた。

「酷い時代じゃったのぅ」

「今とどっちがいいかって言われたら俺は間違えなくあの時代を選ぶぜ」

「平和は嫌か」

「嫌じゃねぇが、人工の空も川も風も好きになれねぇな」

国が消えるまで、一緒に眺めた空だった。
戦いで包帯ばかり巻くようになっても、傷一つないときでも肩を並べて歩いて、たまに手を握って、歩いた。
踏みしめる草は土は自然のもので、空は様々に表情を変えていた。

「私も好きにはなれんよ」

「アンタもかよ」

「なれんが、ドームは星中を覆っていて最早自然は無いに等しい」

「知ってるよ」

星がそうなっていくのを見続けた。
傷が癒えて、運命が決まってもずっと。
洋の心が止まっても、世界は止まらなかった。
時間は川のようにうねりながら過ぎて滝のように落ちていった。気づけば黒髪は白くなってすべすべだった肌はしわくちゃだった。
変わらないのは、この風景とやること。

パイプがぷかり、と煙を上げる。

「昔を振り返るのは老いた証じゃのう」

「無駄な思い出はいらねぇ」

「いらない思い出なんかないのじゃよ」

諭す、というより慈しむように爺は言った。
洋は眉を跳ね上げたが何も言わなかった。
痩躯を包むようにコートがはためく。風の向きが変わった。

「…爺、俺はなぁ、昔、大日本の暗殺機関にいたんだぜ」

「面白いのぅ」

「冗談じゃねぇんだよジジイ。暗殺者でもよ、やっぱ心ってもんはあってなぁ」

「そうじゃな」

「約束した相手は俺の上司でクソむかつく奴だったが俺はいつの間にか本気で惚れてた」

「戦争で負けてしまったのぅ」

「ああそうだ。俺たちは負けた。俺らはちぃっとばっかし頑丈でなぁ、この国の実験体として各地に送られることになっちまった。もちろんあの野郎とも引き離されちまったさ」

思い返せばこうして誰かと話すのは数年ぶりだった。最後に話したのが誰か、思い出せないほど昔のことだ。
爺はにこにこと笑い、先を促す。
当時のことを話すのは、それこそ45年ぶりだった。

「くたばってんのか生きてんのか、それも分からねぇ」

「それで、どうしたのかい?」

「待ってろって言われた。だから待ってる」

「君は何かされたのかね?」

「不死の研究の実験だよ。失敗したけどなぁ、何年生きるかって見られてんだ。おかげで飲み食い一切いらねぇんだ。コレさえありゃあな」

洋はパイプを振って見せた。
研究は進んだのか、どうなのか、よく分からないがそんなことは洋には関係ない。
白髪になってもしわくちゃになっても、パイプ一本で何とか生き延びる。いつか来る、寿命の日まで。
爺はくすくす笑って言った。

「待っていたのか」

「ああ、待ってる。…ところでよジジイ。アンタ、どうやって入った?」

洋は何気なく言った。風が吹き、洋の鼻に香りを届ける。
嗅がなくなって久しくなった、鮮血の匂いだ。

「なぁに、お眠りいただいただけじゃよ。…さて洋、待たせたかの?」

洋、と爺は呼んだ。
名乗っていないのに。
洋は、先ほどからうすうす感じていた勘が当たっていたことに、微笑を浮かべた。

「待ちました、柏木隊長」

「いつから気づいておった?」

「初めから。俺がアンタに気づかないわけねぇだろ」

柏木大佐。45年前に引き離された、愛しい恋人がやっと来た。
洋は懐かしさと感慨と、噛締めながらパイプを吸い込んだ。
お互いにしわくちゃになった。お互いにジジイになった。洋は45年間、ずっと公園で過ごしてきた。ここが監禁場所だったからだ。
この檻を破って、同じ空の下にいる恋人が迎えに来てくれるまで、ずっと。

それが、約束だったから。

「なぁ隊長」

「何じゃ?」

「俺の手を取って。逃げよ。駆け落ち?」

45年前にも聞いてやった。叶わなかったから、ずっと逃げた後の生活を思い浮かべてきた。
そして今度は

「じゃあ、海辺の家にでも行こうか?」

洋のしわくちゃの手は、力強く握られた。




(海辺なんて、もうねぇだろ)
(じゃあ川でもいいね)

(そう言って笑うアンタは、45年前からちっとも変わらない)



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