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短編
捕獲1


まだ寒さの残る春先の風の中をラディスラスがゆったりと歩いてくる。

その冷徹な美貌がいつになく綻んでいるのをアレクは不審そうに眺めた。組んでいる足を組み替え、飲みかけの紅茶をかちゃりと置く。

アルマーニのスーツを嫌味なく着こなし、百八十を越える身長にすらりと伸びた手足、黄金の髪をオールバックにした姿は未だ貴族制度が根強く権力を握るエレジア帝国の大公に相応しい姿だ。

ラディスラス・ティアナン・エレジア大公。彼は現皇帝の従兄弟であり、彼の父親が前皇帝の弟だった。

大公であり、ティアナングループの若き総帥のラディスラスは国民からの支持も高い。

しかし彼は滅多に笑わないことで有名だった。幼馴染であるアレクでさえあまり記憶にない。

「ああ、アレク。来ていたのか」
「まあな」

ラディスラスはアレクの向かいに腰を下ろした。ぞろぞろとついてきていた側近たちがさっと姿を消す。


「日本くんだりまで来て何の収穫もなしとか言わないだろうな、ラディ」
「当たり前だ。伊崎はこちらの要求を呑んだ」

ラディスラスは満足げに笑った。アレクもふっと頬を緩める。

冷めてしまった紅茶を下げさせ、読んでいた本を置いてアレクはラディスラスに向き直った。

「俺まで来させることはなかっただろう」

伊崎商社との契約は本来ならラディスラスが来ることもなかった案件だった。それに加え己まで呼ぶとは何事だったのだろう。
ラディスラスは不遜に笑った。

「少し頼みたいことがあったからな」
「頼みたいこと?」

ラディスラスの頼みは大概ろくでもないものだ。この半年でアレクは嫌というほど思い知らされていた。

嫌そうに反芻したアレクにラディスラスは気障に笑って見せた。

「ああ。日ごろの礼も兼ねて、な」
「・・・」


余計に胡散臭い。人生三十二年、年下のラディスラスが生まれて二十九年、一度もそんな気遣い受けたことはない。

もちろんラディスラスとは何かと気が合うから幼馴染で親友であり続けているわけだが、彼と己の間で礼なんていうことをしあったことはない。今更やられても気味が悪いし、礼をしてもらうこともやってない。

「何の礼だ」
「日ごろのだ、って言っただろう。瑞貴のことで色々やってもらったからな」
「別に何もしていない」
「まあ有り難く受け取っておくといい、アレク。頼みもそう難しいことじゃない」

さらりと風がアレクの銀髪を撫でていく。

長く伸ばした真っ直ぐな髪を後ろで束ね、はらりと長めの前髪がサイドに流れたのを無造作にかきあげた。
蒼い瞳が怪しいとでも言いたげにそらされる。

「俺は忙しいんだが」
「心配するな、私も忙しい」

ささやかな抗議も受け流され、アレクは苛々と指を叩いた。

この急な呼び出しに自分も部下もどれだけ苦労したと思うのか。よほど伊崎側と揉めたのかと思いつつ――どこにも揉める要素はないはずなのだが――急行したというのに当の本人はニヤニヤと笑うだけだ。

「・・で?どういう頼みだ」
「引き受けるかアレク」
「ああ。引き受ける」

降参したようにアレクは肩をすくめた。―最も、最初から断るつもりはなかったのだが。

「彼に会ってほしい。その後はどうしようと構わない」
「――時間稼ぎか」

ラディスラスは目だけで笑った。この酷薄な笑みにこそ、この男の本性が隠れているとアレクは思っている。

そしてそれは多分・・間違っていない。


「伊崎は頷いたのだろう」
「伊崎は頷いたからとて、誰もが納得したわけではないからな」
「出来れば会わせたくないのか、ミスターアマガミに」
「ああ、もちろん。瑞貴は私のことだけを考えていればいいのだ」
「・・・」

 アレクは閉口した。つまりはラディスラスの来日の目的、天上瑞貴の国籍を移すことについて誰かが反対したのだ。しかもその人物は天上瑞貴の親しい人物。

ラディスラスが懸念するほどなのだから相当な剣幕なのだろう。

ラディスラスは天上瑞貴に知れる前にここを立ち去りたい。だから己にその人物の足止めを頼んでいるのだ。

「それくらい、お前になら・・」
「無碍にも出来なくてね。まあ、頼まれてくれ」

天上瑞貴に惚れ込んでからのラディスラスは変わった。

今日何度目かのため息をつきながら笑みを浮かべるラディスラスを見やって思う。

以前なら、アレクに頼みごとなんてしなかった。それも、恋人のために。

天上瑞貴のどこがそんなに良かったのか分からない。確かに美人で優しい男だが、そんな男なら山ほどいる。

実際ラディスラスの恋人歴にそんな男は掃いて捨てるほどいたのだ。

二股浮気は当たり前、独りに絞ることがなく、最近ではそれさえ飽きて長年フリーを貫いていたというのに。天上瑞貴の登場以来、ラディスラスの心は天上瑞貴に捧げられている。





 

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