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幻滅デイリー
見知らぬ自分
 思ったよりも、掠れた声が出た。

「喉、渇いたな……」
深夜までレポートを書いていたせいか、暖房の熱気にやられて咥内が乾燥していた。仕方ないと立ち上がり、静かに静かにと階段を下りる。
「さっぶ……」
リビングは暖色系の明かりが漏れ、冷えた空気が体に纏わり付く。身を縮こませ、明かりの方を見ると誰かが立っていた。視力が悪く、逆光でもある為に父か母か或いは弟か判別出来なかった。深夜なので腹が減ったか、もしくはぼくの様に喉でも渇いたか。またはガスの消し忘れに気付いたのか、炊飯器の予約が気になったか。
「誰?」
自らの息が白くなり、眼鏡を曇らせる。ぼくは、相手に近付いていく。近付く程に寒くなり、暖色系の明かりが冷蔵庫だという事に気付いた。眼鏡を少し上に上げ、更に相手に近付く。
「黙ってないで、答えたらどうだ?」
肩を軽く叩くと、相手が口の周りを油で光らせたまま振り向いた。
「煩いなァ」
振り向いた顔には、見覚えがあった。間違えようがない、それはぼくだった。ぼくの声であり、ぼくの顔であり、ぼくの体である。
「あ、あああ……」
指を差して、そのまま尻餅を着く。驚きのあまりに、大声も出なかった。ガタガタと震えが止まらず、手だけで退く。やがて、壁に背を打った。もう後も無いのかと振り返り、そして視線を戻すと扉が開きっぱなしの冷蔵庫だけが唸っていた。
「げ、幻覚か……」
疲れているだけか、と胸を撫で下ろす。冷蔵庫から冷えた麦茶を出し、コップに三杯を簡単に飲み干してしまった。
「ふう……、寝るか」
幻覚だ幻覚、疲れているだけだ。そうだ、少し仮眠を取ろうと自分に言い聞かせる。そして、再び階段を上って自室に戻った。しかし、ドアを開けるとベッドの上は自分自身に占領されていたのだった。ぼくは、気を失った。

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