幻滅デイリー 鰻登りに鯉幟 「鰻が食いたい」 彼が言うものだから、出前を取ろうと電話の受話器を上げた。すると、横取りされる。 「奢るから、美味い鰻を食いに行こう」 彼は、気だるげに笑っていた。 自家用車に乗り込み、約一時間。店長一人で切り盛りしている、小さな店だった。 「鰻重2つ」 ブイサインを作り、カウンター席で店長に注文する。店長は快く承ると、鰻を捌き始めた。 「鰻の自然発生説、って知ってるか」 一口お茶を飲んでから、首を横に振る。すると、彼は笑った。知らなくても、良い事らしい。 「鰻ってのは、生態がよく解っていないんだ。海や河を回游し、いくらかの距離ならば地上も這って移動する。つい最近まで、産卵場所さえ解らなかった」 「そうなの」 普段は休みの日になるとボケーッとしているくせに、蘊蓄やクイズを語らせたら止まらない男。それが、彼だった。 「お兄さん、鰻に詳しいんだね」 店長が話し掛けてくるなんて、怖いもの知らず。 「いや、鰻だけじゃねえよ」 言葉遣いにも負けない程の、Tシャツにスウェット姿というだらしない恰好。 「ところで、お兄さん。隣の美人は彼女かい?」 「いや、自然発生説」 ムカついたわたしは、彼の足を勢いよく踏みつけた。 [戻][進] |