幻滅デイリー 武将と下賎の女 「殿が病にて、お臥せになりましたぞ」 家臣の一言で、城は恐慌状態に陥った。正妻は自国に遣いを出したり、医師は効かぬ薬を煎じたりと目まぐるしい変化を見せていた。 「殿、加減はどうで御座いまするか」 書院勤めの例の女は、粥を持って主の寝所に膝をつく。 「あまり、良くはない……。して、いつもの膳番の奴はどうした」 「今、手を離せぬ状態だと聞きました」 大して感情の篭らない女の声に、主は青白い顔で溜め息をつく。 「まあ、一国の主が倒れたのだ。皆、忙しいのだろう」 「皆、世継ぎ問題で紛争しております」 「わしは、もう治らぬのか」 主にとって、心の内を話せるのは既にこの女だけになっていた。 「わたしは、医師では御座いませぬ」 「……そうだな。では、わしはどうしたら良いかのう」 「わたしには、政など解りませぬ」 匙に乗せた粥を吹き冷まし、主の口へと運ぶ。 「お前は、素直で良い女だ」 「そうおっしゃられるのは、貴方様だけで御座います」 「わしの病は、如何したら治ると思うか。何かの祟りだろうか」 女は姿勢を正してから、言葉を繋ぐ。 「恐れながら、申し上げます。医師は貴方様が亡くなった時に、責任を追及されまする。だから、良い薬を煎じる事が出来ませぬ。医師も、自らの命が大事なのです」 「そうか、解ったもう良い。膳を下げろ、そして大臣と医師を呼べ」 武将は大臣と医師を呼び、医師には「どのような副作用が起ころうと、病を治す事を優先して薬を煎じよ」と命じた。そして、医師には「もし、己が死のうとも医師を罰してはならない。もし、己が死んでしまったら弟を君主として立てよ」と命じた。すると、みるみるうちに武将は快復していった。やがて、正妻は亡くなると武将は女を後添いに迎えたという。 ある時、武将は女に訊いた。 「お前の親族で、城に取り立ててほしい者はいるか」 「有難いお話だとは思いますが、わたしの親族で政に詳しい者はおりません。しかし、田畑の事ならば何でも知っております。だから、お断り致します」 「お前は、本当に面白い女だ」 [戻] |