幻滅デイリー 彼女とタンゴを 「女は、人前で口笛を吹いちゃいけないんだってさ」 彼女は、今思うと黒猫の様な人だった。 * お世辞にも綺麗だとは言えない、黄ばんだ教室のカーテンが翻る。きっと、日に焼けてしまったのだろう。 「どうして?」 訊くと、彼女はニヤッと笑ってトトと近付いた。その素早さに対応しきれず、身を反らせる。 「アンタ、思ったより子供なんだね」 俺より三十センチ近く背の低い奴には、言われたくなかった。しかし、彼女はずっとニヤニヤしてこちらを見ている。 「一体、何なん」 「シッ」 口に出そうとした言葉を遮られ、長いカーテンの中に連れ込まれる。冬場なのに、何だかやけに暑かった。 「誰か来た」 「隠れなくたって、良いだろ」 「煩いわね、黙りなさいよ」 仕方なく静かにしていると、扉の開く音と共に担任の声が教室に響く。 「誰か、いるのか?」 いたたまれず、固く瞼を閉じて息を殺していた。彼女は馴れているのか、未だニヤニヤして俺を見ている。 「空耳だったか」 そして、溜め息と共に扉が閉まった。 「……残念だわ」 「何がだよ」 「不純異性交遊を見せ付けられなくて」 俺は日常生活から考えると、異常な程に近い距離に興奮していたのかもしれない。 「あの教師、わたしに援助交際を迫って来たのよね」 「ふうん」 いやらしい程の流し目、短いスカート丈から覗く脚、白い首筋。全く興味が無い振りをするが、彼女は俺の手を取った。 「女が人前で口笛を吹いたらいけないのは、キスをねだっている様に見えるからよ」 そう言って、彼女は目の前で口笛を吹き出した。 [戻][進] |