幻滅デイリー 生活指導 彼は自宅が面白く無いからと言って、いつも朝の六時には校門前に立っているらしい。身長に対して細い体躯と、長い黒髪はすぐに彼だと知らしめる。 「おはよう、佐々井」 「……はよ」 生活保護を受けているぼくとは違い、同じクラスの佐々井は学術機関に寄付を施す程の金持ちだ。しかし、そんな事を鼻にもかけない彼が好きだった。 「椎名は、朝練……なんだ」 「あ、そう、陸上部なんだ。大会に推薦されててさ、上位に食い込めたら高校の推薦も取れるかなって」 彼は気温の低さに、顔が赤くなっていた。当たり前か、ぼくより三十分も速くから立っているのだから。 「頑張ってんだ……」 「佐々井こそ、今回の試験結果凄いじゃん。お前こそ、頑張ってるよ」 用務員のオッサンが門を開けると、佐々井は無言で歩を進めた。 「俺は、頑張って無い。頑張っていたけど、もう止めた」 「それって、どういう事だよ」 慌てて追い掛けると、髪に隠れていた彼の左耳が露になった。ぽつぽつと赤く、爛れている。 「その、耳の痕……」 点が線で結ばれ、何を示しているかが解った。家で虐待でも受けているのだろう、だから自宅が面白く無いとか言うんだ。それに。 「あ、それ、ピアスホール」 「何だ……」 ある意味、予感が的中せずにほっとする。 「これさあ、リストカットより効くんだ。髪で隠せば見えないし、塞がりかけた穴に無理矢理ピアスの針を突っ込むと、何もかも忘れられる。一時的にだけどね。でも、最近は痛みに馴れちゃってどうしようかと思っているんだ……。あ、これは内緒だから」 佐々井は人差し指を、口元にそっと当てて苦笑した。 [戻][進] |