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幻滅デイリー
わたしの愚弟
 彼の氣が狂つてゐる、と氣付ゐたのは最近では無ゐ。わたしは其の日、さして親しゐとも言へぬ友人のラヰブへと足を運んでゐた。所謂、ゼミナアルの元で知り合った友人である。勿論、其のラヰブも義理でチケツトを買わされたに過ぎなゐのだが。然し、此の様に變わつた事をした日といふのは兎角危うゐ物である事をわたしは知らなかつたのである。

「只今、歸つたよ」
しん、と家は静まり返つてゐた。
「誰も居なゐのか」
居なゐ筈が無ゐ。わたしが電話をかけた時には、母が出た筈なのだから。しかも、その時には電話の向こうから父の声もしていた。渋々と居間へと移動すると、足を踏み鳴らす様な音が断続的にしてゐた。直ぐに、弟の部屋だと解つた。不快な音が、頭の上で鳴り響く。とうとう耐えられず、わたしは階段を上り弟の部屋の前に立つた。だが、扉に付いた取つ手を触る事が出来なゐ。間接的な恐怖が、体を支配する。ぶつぶつぶつ、と何かを唱える様な声がずうつと聞こえてくるのだ。同じ様な独り言、そして其れに呼応する様な独り言。彼は口の中で、未だ唱えているのだらう。それは初等学校の頃からの、彼の癖だつた。まるで、谺を連想させる様な。然れども、わたしには其れが恐ろしく気味悪かつたのである。
「此の狐狸妖怪の類が、我が両親を何処へやつたのだ」
わたしは扉を勢いよく開けて、叫んでいた。

 わたしの愚弟は氣が狂つているのか、氣違ゐなのか。それが先天的な物なのか、後天的な物なのか。わたしには、解らぬ問題である。

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あきゅろす。
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