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幻滅デイリー
贋作師と修復師
 ビッ、ビリリリ。

「……えッ?!」
空の額を抱いたまま、先生と客を見る。先生は贋作師で、わたしはその助手をしている。贋作と言っても、犯罪には加担していない。それは、先生のポリシーでもある。贋作と解っている所望者にだけ、売っている。
「悪い癖が出たか」
「悪い癖とは心外だ」
まだ絵を破り、擦る様に汚していく。ぱくぱくと口だけを動かすと、先生は嫌々紹介した。
「こちら、修復師崩れの蓮見さんだ」
「ふふ、そちらの先生とは付き合いも長いのだけれどね。それにしても、崩れか」
くつくつと喉を鳴らしながら、破き汚した絵を集める。
「まあ、金を払っている分だけマシか」
すると、先生は身を翻した。
「用が済んだら帰れ、俺は詐欺の片棒を担ぐのは御免だからな」
「はいはい、これにて失礼するさ」
店内から蓮見さんが去ると、先生はふうと溜め息をつく。大枚をはたいて買った絵を、どうしてあんなにしてしまうのだろう。わたしは、そのまま疑問を述べた。
「奴はそれを楽しみながら、商売にしてしまったんだ」
「と、言いますと?」
「まるで、本物を修復した様に見せて客に売り付ける。そして、奴は修復を生き甲斐としている。歪んでいると思うか」
アトリエは重い空気で淀み、押し潰されそうだった。
「は、はい……」
「しかし、奴は歪んでいないんだ。挫折も屈辱も味わった事の無い、サラブレッド。故に、自らで壊して修復するという道を選んだのさ」
先生は、本物と見紛う程の贋作を造る。しかし、それを贋作として売っている真っ当な人。呟く様に、先生は漏らす。
「……本当に歪んでいるのは、俺の方かもしれないな」
「先生は……、歪んでなんかいません……!」
「有難う」



 その晩、先生は美大生だった頃の夢を見たという。
「好きな芸術家? エルミア・デ・ホーリー、かな」
「有名な贋作師だが、彼のオリジナルの贋作が増えているという皮肉な人物だな」
「人は皆、そう言う」
蓮見さんとキャンパスで話している夢だった、と教えてくれた。
「君は」
「俺には、好きな芸術家などいないさ」
「そうか」
二十歳になったばかりの二人には、非情な未来が牙をむいて待っていた。一人は美術館のキュレーターを追い出され、闇社会で生きる贋作師。一人は闇でしか生きる事が出来ない、真っ直ぐ過ぎた修復師。互いに、金の亡者となるのは遅くなかった。芸術を志した者に、世間は冷た過ぎたのだ。先生は、泣いていた。あの自信家で、傲慢で、人には弱みを見せない、あの先生が。わたしは、先生に何も言えなかった。

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あきゅろす。
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