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幻滅デイリー
美しき悪魔
「ただいま」
彼は、後ろからぼくに抱き着く。
「クリスマスのベツレヘムは、雪が降らなかったよ」
「そう……」
ぼくは、そっと胸の十字架に触れた。彼は、ぼくを唆すから怖い。
「君は何も無いのに、与えるから嫌いだよ」
「でも、ぼくは君が好きだよ。主は言いました、汝の敵を愛せと」
彼は、鼻で笑った。
「クリスマスから大分遅れてしまったが、今日は君にプレゼントがあるんだ。実は、ベツレヘムに出掛けていてね。敬虔なキリシタンでは無いが、キリストの生誕を祝いに行ってきたのさ」
彼は、ぼくの話を聞かない節がある。
「ほら」
アルミのアタッシュケースを、ドンとテーブルに置く。勢いよく置いたものだから、テキストやノートがバラバラと床に散った。
「何ですか」
「君が開けて、君へのプレゼントなんだから」
ごくり、と唾を飲む。一体、何が入っているのだろう。
「さあ」
後ろから二人羽織りの様にぼくの手を取って、アタッシュケースの金具を一緒に外す。目だけで見た、彼の横顔はとても美しかった。
「か、カード……?」
「正解は、会社系列のカードなんだけどね。ぼくの会社系列の企業は、みんなタダで買物出来るカードさ」
驚きで、頭が真っ白になる。彼は若くしてベンチャー企業に成功し、あらゆる企業を傘下に治めた成功者。一方、ぼくは知識にかじりつくだけの研究者とは名ばかりの虫に過ぎない。
「遅れたけど、メリークリスマス」
綺麗な顔で言われ、はたと我に返る。
「駄目だ、それは駄目だよ。だって、そんな、君に迷惑かけられない」
研究者は、金にしがみついてはならない。それは、自らを戒める言葉。
「先生には迷惑かけているのに、俺にはかけられないと」
「そうだ、よ」
がっちりと顎と頭を固定されて、顔を近付けられる。彼の青い目と、長い睫毛が震えていた。
「何故だ。何故、俺には迷惑をかけられない」
「君は、ぼくの友達だから……ぼくは」
友達を手段にする事なんて、出来ない。
「君は、俺を好きだと言ったのに。何故、俺に全てを委ねてくれない」
一層、ずいと彼の顔が近付いた。驚いて瞼を閉じると、瞼に彼の唇が落ちる。
「俺は、君が俺に依存すれば良いとさえ思っているのに。俺は、君が堕落すれば良いとさえ思っているのに。何故、君は俺を頼らない。何故、君は俺の物にならない」
「主は悪魔に誘惑された時に、悪魔よ去れと高らかに言った」
瞼を開くと、やはり彼は美しかった。ぼくなど、足元に及ばない程。彼はカードを手に取ると、パキンと小気味よい音を立てて真っ二つに折った。そして、ぼくを抱きしめる。
「でも、安心している。君が、高潔だった事に。もしも君が俺に落ちたとしたら、俺は君を軽蔑したと思う」
「そう……」
「はは、我ながら矛盾しているよ」
ぼくは思う、彼は美しき悪魔なのだ。だから、この様な事をしてしまうのだ。
「しかし、ぼくも懺悔したい。君の誘惑に、一時でも負けそうになったのだから」





 あのまま、落ちてしまっていたら。ぼくは。

 美しくも怖い悪魔に、魂を。

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