幻滅デイリー 未練の香り 彼と久し振りに、エレベーターのドアの前で鉢合わせる。俺は鼻の辺りまで積み上げた書類、彼は颯爽とノートパソコンを片手に。片手を上げる事も出来ずに、首を伸ばして言う。 「お、珍しいな」 すると、彼は眼鏡を押し上げて俺を見た。 「まあ、部所が違うだけでこんなもんだろうな。大体、会社自体デカいしさ」 「だな」 チーンと電子レンジにも似た機械音が響き、扉が開く。彼が開キィを押していると、数人のOLが出ていった。 「先、乗れよ」 「サンキュー。あと、十五階押してくれ」 書類を落とさない様に顎で押さえ、エレベーターに飛び乗る。彼も俺の後に乗り、閉キィを押してから、十五階のキィと十六階のキィをリズミカルに押した。その時、ふわっと良い香りがした。香水にしては、少し薄めに感じる。 「あれ、お前何かつけてる?」 「これ? 内緒」 「何だよー、言えよ」 学生に戻った様に、軽口をたたき合う。 「秘密だってー」 「俺と、お前の仲じゃんかよー」 結局、彼は吐かずに俺はエレベーターを降りた。何だよ、とは思ったが言えない事もあるかと素直に諦める。 ※ 彼のつけていたシャンプーの香りが、別れた彼女と同じだった事を、俺は一週間後に後輩から聞いた。 [戻][進] |