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幻滅デイリー
その御名は、
「湯人の癖に、このわたしを詮索する気か」
木製の盥に足を浸した少年が、男を睨みつける。蛇が蛙を睨みつける様、彼は残忍の象徴だった。
「は、申し訳御座いませぬ」
「……ふん。お前は、わたしの足を洗っていれば良いのだ」
当時、高級ともいえるべき絹で惜し気も無く自らの足を磨かせる。近くの林では、蝉が最期の声を上げていた。
「残暑厳しゅう御座いますな。蝉が鬱陶しく、鳴きまする」
「鬱陶しくは無い、人の手で握り潰せる空虚な蝉など……」
白袴を折り上げ、袴の色にも負けぬ白磁の様な足が丹念に洗われていく。一方、自らの日に焼けて浅黒くなった肌。男は、少年に愛情にも近い憧憬の念を抱いていた。
「相変わらず、御美しい御御足で御座いますね」
「お前に褒められても、嬉しいとは思わぬわ」
「申し訳御座いません」
美少女と言っても、差し支えの無い容貌。彼が歩けば、誰もが振り返る。その様な主が誇りでもあり、恐怖でもあった。
「つまらぬ」
「は」
「つまらぬ、と言ったのだ。聞こえなかったか、聾唖か」
「いえ……」
武具も力も持たぬ、細身の美少年を組み敷こうとすれば容易い事だろう。しかし、男はそれをする事は無かった。それが湯人であるからであり、彼には心酔していたからであろう。
「わたしはずっと欲しかったのだよ、あの男が。いくら潰しても這い上がってくる、耐久性。何を仕出かすか解らぬ、可能性。生まれながらの、天資性。あれは、わたしにも劣らぬよ。けれど、わたし以外を見る目は許せん。今でこそ、わたしは世を動かす力を手に入れた。しかし、これを手放すわけにはいかんのだよ。兎にも角にも欲しいのだ、あの男が」
爬虫類を思わせる目付きは、男を怯えさせる。
「しかし、太子様……」
「湯人、未だわたしの足を洗い切らぬか愚図が」

 ぱしん、と少年の平手が男を打った。

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あきゅろす。
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