白樺勘定男 ≫漆の幕 と言っても、姫の行くところなど生憎見当も付かなかった。 「姫様、どこで御座居まするかー」 厠や湯殿に、厨・牢・天守閣まで覗いたが、何処にもいらっしゃられなかった。他にも、家来に訊いて回ったが見た者はいなかった。致し方無く、すごすごと自室に戻る。もしかすれば、もうお戻りになられたやもしれんしな。 「遅かったな、榎戸」 襖の先には、姫が横になりながら『論語』を読んでいた。 「姫様っ」 「わたしは暇だったぞ、そなたが見付けてくれんかったから」 先程までの様子からは想像出来ぬ程に、姫は楽しそうだった。 「ここは、俺の部屋なのですが」 「ここは、月夜兄様の城だが」 う、と言葉に詰まる。確かに、此処は白樺城の一室なのだ。乱雑にされた部屋に、溜め息をつく。恐らく、姫の仕業だろうが。 「しかし、春画も無いとは貧相な部屋だの。わたしの部屋とて、枕絵があるというに」 「姫様、左様なことを軽々しく口にすべきではありませぬ」 春画を買う金も、見る暇も無いことを解ってくれなんだか姫は。 「それは良いのだが、欲しい物があるのだ」 「武器、武具の類いはなりませぬ」 前科もあるので、予め注意をしておく。大業物で並木を切り刻むことや、大砲を並木に撃ち込むことなどと容易に想像出来る。個人的には、嬉しいことこの上ないが。 「ふん、わたしが毎度毎度左様な物を頼むか」 「では、簪ですか。それとも着物、紅ですか」 まくし立てると、姫は俺の耳元で熱い息を吹き掛けながら言った。 「一服、痺れ薬をな」 一瞬驚いて、呻いてしまったことを後悔する。 「ふふ、榎戸は耳も弱いか」 「ひ、姫様っ」 「買うてもらうぞ」 押し倒され、着物を無理矢理剥がされる。抵抗しようにも、姫を傷付けてしまえば切腹ものだ。 「う、お止め下され」 「良いではないか」 「嫁入り前のお体に、左様な」 剥がされた着物を引き寄せて、姫を押し止める。目の前に掌を見せ、拒否の姿勢を取った。 「ふん、意気地無し」 身を翻し、姫は部屋から出て行った。荒くなった息を戻し、乱された着物を整える。姫は自室に戻られただろうか、心配になって近付くと声が漏れていたので安心した。 [*戻][進#] |