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白樺勘定男
≫陸の幕
 あの様に切羽詰まった声を聞くのは、久し振りだった。だからこそ、廊下を全力で走る。この城で仕える様になり、俺は文官でありながら随分と鍛えられたと思う。
「姫様っ」
「華っ」
殿とほぼ同時に姫の部屋を見れば、種子島の銃口が並木の額に押し付けられているところだった。目を見れば、どうやら本気の様だ。個人的には嬉しいが、殿の顔は真っ青である。それもそうだ、持参金付きの三男を葬れば戦と成り兼ねん。姫の傍には、女中達が薙刀を構えて立っている。いやいやいや、姫を止めないのかお前ら。
「わたしに触るなど、言語道断。死んで償え」
姫が、引き金に手をかけた瞬間だった。俺は、思わず瞼を固く閉じる。しかし、聞こえたのは『ぱんっ』という軽く乾いた音と『ごとっ』という重い黒鉄の音だった。
「月夜兄様……」
恐る恐る瞼を開けると、姫は殿に扇子で叩かれていた。頬が朱に染まり、じわりと目元に涙を溜める。
「兄様のうつけっ」
殿や女中を振り切り、姫は自らの部屋を出ていった。
「う、うつけ……」
へたり、とその場に座り込む殿。その背中には、哀愁すら漂っていた。
「殿、あれで合うていたので御座居ます」
「華が、わたしをうつけだと……」
「殿は、うつけではありませぬ。……して、並木は姫様に何をした」
己でも驚く程に、低い声が出る。しかし、答えたのは姫の女中だった。何故なら、並木は座ったまま気を失っていたからである。まあ、額に種子島を当てられては致し方無いだろう。
「この男は、華姫様の美しい髪を無理矢理触ろうとしたのです」
「髪ごときで……」
無理矢理触ろうとする方もそうだが、それを死守する方も相当のうつけである。
「髪ごときとは、修正されよ榎戸殿。髪は女の命であり、無下に他の男には触らせとう無い物なのです」
薙刀の先を向けられ、忝ないと謝る。しかし、髪は女の命か。あの姫も、そうなのかと考えるとやはり女人なのだなと改めて感じた。すると、漸く殿が呟く様に漏らす。
「榎戸、華を頼む」
殿に言われては致し方の無きこと、と姫の部屋を後にした。

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